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第9話 レイナ視点、ドラゴンとの再戦

 ◇レイナ視点◇



「ふんっ! ふんっ! ふんっ! ふんっ! ふんっ!」


 シゲルの握った2つの出刃包丁がとてもつもない勢いで、ジャイアントトレントの太くて凶悪な枝をバサバサ切り落としていく。

 彼いわく、ジャイアントトレントの枝は至高の炭火焼ができるらしい。あと薪焼きとかもあるのだったかしら……? とにかくシゲルの目には、この魔物が食材と同じように写っているのだろう。


 にしても……


 どんだけ嬉しそうな顔するのよ、この人。


 シゲルは本当に変わっている。だけどそんな彼に出会ったからこそ、あたしは自分の「楽しみ」について考えるようになった。


 ジャイアントトレントの枝がほとんど狩りとられて、半ば鉢植え状態になったころ。


 上空から強烈な気配が降り注いできた。



「――――――ギュラァアアアア!」



 空気が震える。熱気を含んだ風が肌を撫で、思わず鳥肌が立つ。


 上空で大きな翼を広げて、地表のあたしたちに凍り付くような視線を放つ魔物。


「……ど、ドラゴン!?」


 姿を現したのは、赤ではない。

 燃え盛る炎を象徴するレッドドラゴンではなく、鱗の色は鈍い灰色。

 突出した属性を持たない、いわゆる通常のドラゴン。


 とはいえ、その戦闘力はけた違い。

 通常という言葉が適切かどうかも、正直言ってわからないレベルの魔物だ。


 他の魔物を圧倒する威容と殺気が、あたりの空気を支配していく。


 チラッとシゲルに視線を向ける。

 彼は優勢とはいえ、まだジャイアントトレントと交戦中。


 やるならあたしソロでの戦闘になる。


 でも……


 今のあたしでいけるのか? 前回のレッドドラゴン戦での惨敗が頭をよぎった……

 剣を握る手に、力がグッと入る。


「レイナ、そいつは任せられるか?」


 心臓が跳ね上がる。

 だけど……自然と笑みが浮かんだ。


 シゲルの一言であたしは腹を決めた。


「ええ……わかったわ、シゲル」


 剣を構えて、己の魔力を練り上げる。

 心は焦らず……でも迅速に。それに呼応するかのように、白銀のドレスアーマーが輝き始める。


 シゲルと過ごして一か月。少しずつだけど、武具との会話ができてきているのかもしれない。



「ギュルウウウウウ……」



 ドラゴンが地表に降りたつ。地面が揺れて、あたしの足元まで大きなうねりが届いた。


「ふふ、こうでなくちゃね……いくわよ。相棒!」


 白銀のドレスアーマーが煌めき、剣に脈打つように力が伝わってくる。

 あたしのドレスアーマーは魔力を通わせることで身体強化付与効果が発動する。あたし自身のS級冒険者の身体能力をさらに上乗せしてくれるというわけだ。


「―――はぁああ!」


「――――――ギュラァアアア!」


 ドラゴンの咆哮が森を揺らす。並の冒険者ならこの音だけで動けなくなるだろう。

 あたしはその威圧を跳ねのけて、ドラゴンとの間合いを一気に詰めた。


「グラァアアアア!!」


 ―――っ! 


 いきなりブレス!?


 あたしが威圧に怯えなかったことに苛立ったのか、その巨大な口から強力なブレスが放たれた。


 咄嗟に横へ跳ぶ。

 あたしの眼前をブレスが通過する。


 後方の森が一瞬にして黒焦げになった。

 さすがブレス……ドラゴン最大の攻撃。他の魔物を凌駕する破壊力。

 すべての冒険者に恐れられている死の閃光。


「ふぅ……危なかったわ」


 避けたとはいえ、その余波でドレスアーマーが熱でチリチリと音を鳴らしている。

 けど……まだまだ動けるわよ。


「ギュラウゥウウウ!」


 あたしは迫りくるドラゴンを正面から迎え撃つ。


「はぁっ!」


 思いっきり剣を振り抜くと、ドラゴンの鱗に火花が散った。

 ……硬いっ! けど、通じないわけじゃない!


 右から左から、あたしを引き裂かんと迫りくる凶悪な爪を振り回すドラゴン。


 あたしは臨機応変ににステップを踏みながら、その攻撃をギリギリで躱していく。

 そして、隙をみつけると剣を叩き込んだ。


 何度も何度も繰り返す。剣で突き、斬り払い、振り下ろし。


「ギュアアアアアア!」


 そこへいきなり大きな尻尾を振りぬいたドラゴン。意表を突いた攻撃にあたしは躱しきれず、地面に叩きつけられる。

 脳がグワンっと揺れる。


 たたみかけるように、大きな足で踏みつぶそうと迫りくるドラゴン。


 ……やっぱり無謀だったかな。


 あたしの心の声がそう呟いた。

 だが―――観念して目をつぶろうとした時、別の心の声が聞こえてきた。



「ドラゴンってことは、今日の夜はかつ丼じゃないの?」



 ちょっ……なによその心の声……


 でも―――


 あたしはつぶりかけた目を大きく見開き、渾身の魔力と気力を奮い立たせた。

 さらに輝きを増すあたしのドレスアーマー。


 そこで思いもよらぬ変化が起こった。

 あたしの身体から発せられるなにかが、ドラゴンの足を弾いた。


 そしてドラゴンの巨大な足はあたしを踏み抜くことが出来ずに、ぐらりと体勢を崩したのだ。


 気付けば、白銀のドレスアーマーが炎を纏っていた。


 ええぇ! なにこれ! この鎧、身体強化以外にもこんな力があったの!?


「ギュラウゥウウウオオオ!」


 あたしの突然の変異にドラゴンが少し怯んだ気配を見せる。


 勝機を見出すなここしかない!!


 集中――――――


 ドレスアーマーに宿った深紅の炎が、あたしの剣に乗り移る。



「―――――――――はぁあああ!!」



 崩した体勢を立て直そうと、隙をみせたドラゴンの首筋に渾身の一閃。


「……グルゥウウ……ギィイイ……ッ……」


 ドラゴンの巨体が、地響きを立てて崩れ落ちた。

 あたしは肩で息をしながら剣を納める。


「ふぅ……なんとか討伐完了ね」


 すべての力を使い切ったわ。

 緊張から解き放たれたからだろう、全身から汗が吹き出した。けれど心地よい疲労感だ。


 そこへシゲルがこちらにやってきた。

 ジャイアントトレントを倒したのだろう。


「ふぉ……すげぇなその鎧、燃えてんぞ。火だるま鎧だな」


 いたって真面目そうな彼の声に、あたしは思わず吹き出した。

 火だるまって……何それ。このおっさん、料理以外のセンスは無いみたいね。


「なによそのダサい名前。炎華のドレスアーマーって呼びなさいよ」


 って、もういないし!


 シゲルはあたしの返事を聞く前に、ジャイアントトレントの枝をニマニマしながら回収しはじめていた。


 ったく。まあシゲルらしいといえばらしいか。


 シゲルと出会ってから、ずっと考えていたことがある。


 あたしはこれまで、誰も寄せ付けずにソロで名を挙げ続けてきた。

 それが本当にやりたかったことなのだろうか。

 それがあたしの「夢中になれるもの」だったのだろうか。


 過去に卑劣な罠にかけられた事件。あたしの心に深い傷を残したあの出来事が、ソロ活動の引き金だった。

 そしてその痛みは、S級冒険者になる原動力にもなった。


 だけど。


「……ずっとそれで楽しいの?」


 胸の奥から、そんな問いかけが聞こえる。


 答えはまだ見つからない。すぐに見つかりそうもない。

 けれど―――探すことにした。


 そう口にすると、シゲルはいつもの調子で笑った。


「そうか。それだけわかってりゃ、おまえは大丈夫だよ」


 ああ、なんて気楽で、けれど確信に満ちた声だろう。


「さて……ドラゴン肉も手に入ったぞ~~。よっしゃレイナの討伐祝いに、ステーキとしゃれこむか!」

「ええぇ! ここにきてシンプルなステーキだと!? カツ丼じゃないの!?」

「侮るなよ。ジャイアントトレントの炭火でじっくり焼くんだぞ。こいつはヤバいぞ」

「ふはぁあ……や、ヤバいのね! シゲルがヤバいってもう相当ヤバそうなヤバイよね!!(じゅるり)」


 ああ、もう何言ってんのかもわかんない。


 でも気づけば、心からの笑みがこぼれていた。

 剣を振ること、強くなること、やはりこれはあたしの楽しみだ。

 でも目下のところ、もっとも大きな楽しみは―――


 シゲルの料理に他ならない。


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