第5話 レイナ視点、あたしの過去とこれから
◇レイナ視点◇
「あ、レイナさんいらっしゃ~い。今日もいつものですか?」
「ええ、コレットおねがいするわ」
この食堂に通うようになって1週間が経った。
あたしのフルネームは、レイナ・アスタット。
アスタット伯爵家という、そこそこ名の通った貴族だ。家名を告げればコレットも気付くだろう。
幼少の頃より、兄弟姉妹の中では抜きんでた運動神経があり魔力量もそこそこあった。剣の鍛錬はとても楽しく、のめり込むのに時間はかからなかった。
もともとお転婆だったあたしは、姉妹もたくさんおり、あたし1人ぐらい嫁ぎ先がなくてもいいと思われたのも幸いして比較的自由に育てられた。
そう、あたしは麗しき貴族令嬢ではなく女性騎士の道を選んだのだ。
14歳で騎士学校に入学したあたし。ただし身分は隠した。貴族令嬢という事がわかると本気の鍛錬が受けられないと思ったから。
そこで人生の師ともいえる男性に出会った。素晴らしい教官で、より鍛錬が楽しくなり、友にも恵まれた。
だが、その生活が一変する事件が起こる。
野外訓練の際、あたしとパーティーを組んだやつらが結託してあたしを罠にはめたのだ。
人気のいない場所で、痺れ薬いりの食事を口にしてしまい。やつらは本性を現した。やつらは友として接していたのではなく、女としてのあたしの身体を狙っていた。
あの獲物をいたぶるようないやらしい目。無理やり自分のものにしたがるゲスな本能。
すんでのところで、偶然にも他のパーティーが通りがかり事なきをえたが、主導者は有名な貴族の息子だった。
相手方はあたしの家と同格の貴族。さらにあたしが身分を隠していたこともあり、貴族間のいざこざを起こしたくない両家の意向から、その息子を1週間の謹慎という到底許容できない軽い罰で手打ちとなる。
なにより許せなかったのは、恩師と思っていた男性教官がこの件を手引きしたことだった。彼は事を起こした貴族息子から金を受け取っていたのだ。
あたしは、騎士学校を去った。
男の全てが嫌いになり。信用できなくなり。
それからは狂ったように冒険者として腕を磨き続けた。男とは絶対に組まない。基本的に冒険者にせよ騎士にせよ男が多い。パーティーを組むとすれば必然的に男は存在する。
女性だけのパーティーもわずかにあるにはあったが、あたしの望むレベルには到底及ばない。
もう一人でいい。自分の剣だけで生きていければいいと思った。
狂ったようにクエストを受け続けて3年が経ち、気付けば最年少18歳でS級冒険者にまでのぼりつめた。
成し遂げた感があふれるあたしは、目標であったドラゴン討伐クエストを受ける。しかもドラゴンの中でも凶暴なレッドドラゴン。S級がパーティを組んでもクエスト達成は難しい。ソロであれば、さらにその難易度は跳ね上がる。
恐れは無かった。女性剣士として歴史的な名を残す。
男ですら達成できなかったことをあたしが1人で成す。そして男どもにあたしが最強だとわからせる。そのことがずっとあたしの頭の中を支配していた。
「――――――ギュラァアアアア!!」
耳がちぎれんばかりの咆哮。あたりの空気が振動している。
あたしは体力も魔力も、もはや尽きかけていた。
相棒である白銀のドレスアーマーを強化させて突撃する。
だが―――あっけなく最大奥義もことごとく弾かれた。
力の違いを見せつけられた。
くっ……どうすればいいんだ?
前衛で激しい攻撃を防いでくれるタンク役もいない。
臨機応変に回復魔法でサポートしてくれるヒーラーもいない。
強烈な攻撃魔法でドラゴンの注意を引いてくれる仲間もいない。
なにを今更ないものねだりをしている。なら、どうしたらよかったんだ?
S級に昇格して浮かれていたのもあるんだろうな。ソロでここまでやってきたから、今回もいけると慢心があったんだろう。
いずれにせよここで終わる。
人生なんて、あっけないもんだ。
そう思った時だった。
なんかコック帽かぶったおっさんが現れた!?
その時あたしの中で消えかけていた心の奥底にある炎が燃えた。
男は嫌いだ。だけど、格下の奴すら助けられずに終わるのはもっと嫌だ。
あたしは、おっさんに逃げろと言い放ち、最後の力を振り絞ろうとした。
その時―――
おっさんは取り出した出刃包丁で一閃。
ドラゴンの分厚くてミスリルのように硬い尻尾をいとも簡単に切り落とした。
あたしは目を疑った。というか飛び出ていたかもしれない。
だが、そのおっさんはさらに出刃包丁をスパスパと振るって、レッドドラゴンをぶつ切りにしてしまった。
なにこれ……!?
たぶん、目が飛び出ていたと思う。
「食材を前にして逃げる料理人がどこにいる?」
ドラゴンを前にして食材とかいう常識がぶっ壊れたおっさんによって、あたしは生き残った。
そこからは記憶がおぼろげだ。
そもそも男嫌いなあたしが、男におぶられて彼の店に行ったことも自分自身で驚いた。
おそらく目のまえで常識を吹き飛ばすできごとが起こったのと、死を覚悟したのに生き残った感情のやり場がごちゃまぜになって、自身の判断能力が著しく低下していたのかもしれない。
でもシゲルは不思議な奴だ。
おぶられていたことを告げられても……いつもの悪寒は走らない。
純粋にあたしにご飯を食べさせたかっただけだったからなのか、嫌な感じはしなかった。
その日はシゲルのかつ丼を食べて、こんなに美味いものがこの世にあるのかと感動した。
そして、なんだかんだでこの食堂に通うようになり1週間……
「はいよ、かつ丼おまち」
くぅ~~これこれ。すでに箸を手にして待ち構えてしまっていた。
でも……本当に美味い。あたしが食事に執着するなんていつぶりだろうか。
なんだろう、最近身体も軽いし。気力が充実している気がする。
不思議な料理人シゲルの方に視線を向けると。彼もあたしの目線に合わせてきた。
「そうだ。レイナ、明日は休業だぞ」
「そう……わかったわ」
明日はこれが食べられないのか……。たかが1日休業するだけなのに寂しくなる。
「おまえがことのほか、うちのかつ丼食ってくれるからな。食材がなくなった」
「なあぁ!! あ、あたし。そ、そんな食いしん坊じゃないわよ!」
「ここのところ、朝昼晩とかつ丼ですからねぇ~レイナさん♪」
「こ、コレットまで……」
だが無邪気に笑うコレットを見て、あたしも思わず笑ってしまった。
この食堂に通って、わかったことがある。
ずっと1人で男を寄せ付けず。ご飯も1人で携帯食の日々。常に警戒する癖もついていた。
たぶんずっと押し殺してきたから、爆発したんだと思う。
彼の作ったかつ丼を食べて理解した。あたしは純粋に美味しいものが食べたくなってたんだ。
そして思い出した。幼いころや騎士学校を去る前は、よく食べていた。そして良く笑っていた。
美味しいものが食べられて、自分の素の笑顔が出せる。
それを思い出させてくれたのが、このド田舎食堂なんだ。
けど……ずっと食べてるだけってわけにはいかないわよね。
「シゲル、その食材狩りにあたしも連れていってほしい」
ずっと1人だったけど、変われるかどうかはわからないけど、なにかを変えないと。
あたしは、前に進まないといけない。




