第11話 レイナの目標
「ふぅ……美味しかったわ」
「ふはぁ、もう幸せしかないですぅ~」
食後の満足そうな吐息が、ド田舎食堂に静かに響いた。
女剣士レイナの大きな鉄板皿の上には、少しの肉片も残っていない。向かいのコレットも、口の端にソースをつけながら「はふぅ」と頬をほころばせている。
「やっぱりドラゴン肉は違いますね! おなかの奥からポカポカしてきます!」
「ふふ、ほんとね。力がみなぎる感じがするわ」
二人が幸せそうに目を細めるのを見て、俺は胸の奥がじんわり熱くなる。
これだから料理はやめられんのだ。どんな大層な冒険よりも、こうして目の前で「美味しい」と笑ってもらえる瞬間のほうが、ずっと心に響く。
……と、その時。レイナが不意に真面目な顔になり、俺の方へ視線を向けてきた。
「ねぇ、シゲル。料理人って、みんなあんたみたいな人たちなの?」
「ん? どうしたんだ急に」
「だって、あたし……シゲルのご飯を食べるようになるまで、料理人って職業について深く考えたことなんてなかったから。こだわりの食材を用意して、調理にもこだわって。そういう人たちが料理人になるのかなって」
俺はまな板を洗う手を止める。
「それは人それぞれだな」
「人それぞれ?」
「ああ。俺の料理だって、一言でまとめられるもんじゃない。……冒険者やってた頃、いろんな国や街に行った。そこには本当にいろんな料理人がいたよ」
俺はどちらかというと、調理へのこだわりが強いタイプ。むろん料理人ならば調理へのこだわりはみなあるだろうが、そこへ注ぐ熱量は違う。あとは食材はけっこう自分で獲りに行くことが多いか。
だが全ての料理人がそうではない。
「市場の片隅で小さな屋台を構え、毎日同じ料理を黙々と作る老人。客と軽口を叩きながら、料理そっちのけで笑わせ続ける陽気な店主。効率だけを追い求め、同じ味を安定して提供するために機械のように動く職人。
そして、自分の店舗数を国中に広めることに命をかけるやつや、のんびりダラダラやりたいやつ」
そんなもんは、人によって違う。
「俺はどちらかというと、調理にこだわりを持つタイプだ。けどな、それがすべてじゃない」
「そう……なのね」
そう、正解なんてものはない。
「大事なのは自分でやりたいことを決めて、それをとことん楽しむ。それだけだ」
レイナはしばし沈黙し、まっすぐ俺を見つめた。
その燃えるような赤い瞳は、さっきまでステーキを堪能していた少女のものではなく、戦場で剣を振るう女剣士のものだ。決意を帯びた強い光が宿っている。
「シゲル、あたし……目標を立てたの」
「ほう、聞かせてくれ」
「――――――レッドドラゴンの討伐よ」
俺と出会った時にレイナが達成できなかったクエストか……
「なるほど、再び挑戦するってわけだな」
「ええ、そうよ。で、討伐した後はギルドには持っていかない。ここに来るわ」
レイナは少しだけ照れたように唇を結び、言い切った。
「シゲルにカツ丼を作ってもらうの。今度はあたしが狩った食材でね。もう一度、あの味を食べたいから」
「ふっ……なるほど」
俺は不意に笑ってしまった。
レイナはずっと、自分が何をしたいのかを探していたようだ。誰も寄せ付けず、ただがむしゃらにソロで戦い続けてきた彼女にとって、それは難しい問いだったのだろう。けど今、ようやく一歩を踏み出したらしい。
「自分の好きなことを探し始めたんだな」
「ええ」
「まあ、焦らずいけよ。一足飛びに答えなんて出ない。ひたすら続けて、試していくしかないんだ。料理と同じでな」
俺の言葉に、レイナの燃えるような赤い瞳が、いくぶんかおだやかになる
その顔はどこか安心したように見えた。
「ただな。本当に嫌になったなら、続けなくてもいい」
「……そ、そうなのか」
レイナが少し驚いた顔を見せる。
そう。それで前世の俺は辛い目にあった。すごく後悔したんだよ。あのブラック店をもっと早く辞めて、好きなことに挑戦すればよかったって。失敗したらまた次を探せばいいのだから。
苦い記憶がチクっと俺の胸を刺す。
けれど、それを今こうして別の奴に口にできること自体が、少し救いでもあった。
「ようはな―――最終的に楽しみ尽くしたやつの勝ちだ」
俺はそう締めくくり、二人に笑ってみせた。
レイナもコレットも、顔を見合わせてからくすっと笑う。
「あとしんどい時は休めよ。無理して壊れたら元も子もない」
「……ええ、もちろんよ」
レイナは静かにうなずき、少しだけ肩の力を抜いたようだった。
そうだ、それでいい。何もかも一度に答えを出す必要なんてない。
「さてと……話はここまでだ。ドラゴン肉はまだ残ってるし、当面いろいろ作れそうだぞ」
「店長! 私はシチューを所望します!」とコレットが元気よく手をあげ。
「楽しみにしてるわ」とレイナが笑う。
今後のメニューについてあーだこーだと談笑をはじめたコレットとレイナ。
やれやれ。
俺の今いちばんの楽しみは、この食いしん坊たちに飯を食わせてやることらしい。
そんな2人を見ながら片付けを進めていると。
―――カタカタ
神棚が鳴っていた。
おっと、遅くなって悪かった。ちゃんと女神さまの分もあるぜ。
ほら、焼きたてのドラゴンステーキ……
―――シュン!
神棚に置く前に消えたんだが!?
よっぽど食いたかったのかよ。
元気にしてるかな? ま、神なんだから元気もクソもないか。
まあ、あの女神さまの美味そうに食う顔は忘れたことはないけどな。




