第一話 トカゲヅル大増殖
ほんの少し風が冷たくなってきたある日、植物園に出勤したアーシュタは飛び上がらんばかりに驚いた。
植物園には大きなガラスがはめこまれており、温室のようになっているが、その中にみっちりと植物が詰まっていたのである。
昨日まではそんなことなかったのに……と、アーシュタはあわてて植物園の扉を開いた。植物園の壁という壁に、ツルが張り付いている。
「アーシュタちゃーん! おはようー!」
植物園の奥の方からミシェルの声がする。
ぶら下がるツルをかきわけて進むと、アーシュタは植物園の中を見渡した。かろうじて天井が空いている程度だ。
「もはやジャングルじゃん。……ねぇ、これどうしたの?」
「わかんない。でもこれ、『トカゲヅル』だよね? 今までこんなことなかったのに……」
『トカゲヅル』は、ツル性の植物だ。吸盤状の葉を外壁や他の植物にくっつけて、太陽に向かって伸びていく。アーシュタが駆け寄ってガラス窓を観察してみると、トカゲの指先のような吸盤が張り付いていた。
「こんなに増えたのって、何が原因なんだろう?」
ミシェルはおろおろしながらも、トカゲヅルを引き剥がそうと引っ張った。途端に、トカゲヅルはくねくねと茎を揺らす。枝分かれした細い茎が、へなりと垂れ下がった。ガラス面には、吸盤状の葉がくっついたままだ。壁への張り付き方といい、動きといい、まるでトカゲのようだ。
「増えすぎなんだよ! ちっともこっちに日差しが当たらねぇ!」
惑わし草が毒づいている。このままでは、他の植物に日が当たらなくなってしまう。
アーシュタはガーデンテーブルにコートとカバンを置くと、腕まくりをした。
「とりあえず、剥がさないとだよねぇ」
トカゲヅルの爆発的な大増殖を放置しておくわけにはいかない。
アーシュタとミシェルは、トカゲヅルの根本を少し残して、その他を刈り取ることにした。切った端から増えても困るので、二人はトカゲヅルの根本に空の植木鉢をひっくり返してかぶせた。その上から、水草用の水槽を逆さまにしてかぶせる。
アーシュタはガラスに張り付くツルを見上げて、うんざりした。びっしりだ。
剪定用のはさみでトカゲヅルの枝を切り落とすうち、アーシュタの指が痛くなってきた。はさみを握る手がしびれたアーシュタは、何度か手を振ったり伸ばしたりしたが、トカゲヅルはあまりにも数が多く、作業に終わりが見えない。
「対処の仕方がすごく原始的だよね……。魔法でバーッと刈り取れればいいのに」
「ダメだよ。魔法だと、他の植物にも当たっちゃう」
「あー、もう! クネクネしてて、刈り取りづらい!」
アーシュタは後ろに積み上げていた剪定済みのトカゲヅルをチラリと見た。既に小さな山ができている。
これだけ多いと、植物用の剪定バサミも切れ味が鈍ってくるというものだ。アーシュタは水魔法でトカゲヅルを切った汁を洗い流し、ミシェルは石魔法でときどきハサミを研いだ。
もうどれくらい時間が経っただろう。植物園のガラスがトカゲヅルに覆われているので、太陽がどのあたりまで上っているのか、いまいちわからない。
根っこに植木鉢をかぶせておいたから、これ以上は増えないだろうけれど……と、アーシュタは腰を伸ばした。




