第四話 終話
「はぁ、疲れた……」
荒れ地の行軍は慣れているとはいえ、さすがにジープまで全力疾走は堪えた。往復となるならなおさらである。
『け、煙の発生源は、全部潰せましたです』
近くのドローンが、褒めてとでもいうように揺れている。
イーグルは公園近くの家の屋根に登りながら、スワローに「ありがとう」と言う。
『だ、だけど敵は外から見えないルートをずっと選んでいるです……』
「うん、やっぱりね……」
そもそも、こちらは狙撃銃を携帯していたのだ。遊び感覚で命の奪い合いはする奴が、想定していないなんてそんな馬鹿げたことはない。むしろそのことを分かっていないほうが拍子抜けだ。
しかし、彼女はイーグルのことを低く見積もっているのもまた分かった。
射線は通らなくても、射角は通るものだ。
腹這いになって狙撃銃を握りしめる。
照準器を覗き込みながら、呼吸を整えた。
「スワロー、射角ポイントを測定して」
『わ、わかりましたです!』
ドローンが空中で円を描くように飛んだ。
『か、角度十一時半。カウント五です!』
イーグルは俯瞰する。自分の名前の通り、空から視線を通すかのように彼女の構造把握は正確だ。
スワローのドローンから地形を聞き、頭の中で反芻する。
スモークは必ず通る。姿が見えていないから狙撃はできないと高を括っている。その油断が、彼女の敗因だ。
引き金に指をかける。小さく呼吸を整えながら、心の中でカウントをする。
ゼロと同時に引いた。発砲音が響き渡る。
弾は空気の間を回転しながら抜ける。森の中に吸われ、葉を散らしながら、木々の間を通った。
遅れて驚いた鳥たちが、鳴き声を上げながら羽ばたいていった。
『め、命中したです』
ドローンの声を聞き、イーグルは上体を起こす。
※※※※※※※※※※
「ニャッハー! 負けた負けた!」
響き渡るのはスモークの楽しそうな声。ナタの先を彼女の顎に向けてるキャットに、イーグルは合流した。
「どんな感じ?」
「さっきから笑ってるわ。気味が悪いったらありゃしない」
「……そう」
倒れるスモークにイーグルは視線を向ける。彼女の脇腹からは血が溢れていた。
医者じゃなくてもわかる。スモークはもう長くないだろう。
それなのに、笑みを絶やさない。
キャットの言う通り、薄ら寒さすら覚える。
「私たちが勝ったよ。ウルフの治し方を教えなさい」
「大丈夫大丈夫、私が消えたあとに“残る”から」
その言葉の意味がわからない。
眉根を寄せていると、スモークの体が崩れていく。まるで地面に溶けるように吸い込まれていった。
「待ちなさい!」
「じゃあね〜! ウルフだっけ、“実験体ちゃん”によろしくね」
それだけ言うと彼女の体は消えていった。残されたのは、手に収まるほどの小瓶が一つだけだ。
森のざわめきと動物たちの鳴き声が、一層大きく感じる。ただ、イーグルは少しその場で立っていた。
※※※※※※※※※※
イーグルは小瓶を持って、待っているウルフとスワローに合流する。
「ウルフの容態はどう?」
「ずっと震えていますです。皮膚も緑色の変色が始まっていて……」
ことは急を要すると、彼女の元に駆け寄った。頭を持ち上げて、小瓶の中の液体を飲ませる。
スモークのことを完全に信用していいかはわからない。しかし、信用するしかない。
口に流し込むように無理矢理傾けると、彼女の震えは止まった。緑色の皮膚は元に戻り、発疹も引いていく。
よかったとキャットと顔を見合わせて息をついた。
「私たちも一応一口飲んでおこう」
イーグルの提案に、キャットもスワローも頷く。
感染リスクがあるかもしれないのだ、躊躇している暇はない。
小瓶の中の液体を飲み干さないように気をつけながら、三人で回した。
「ん!」
そんなとき、ウルフが元気よく立ち上がる。後頭部をかきながら照れくさそうに笑っていた。
「いや~今回は死ぬと思った!」
「本当よ……まったく心配かけんじゃないのよ!」
「痛い痛い痛い! キャット! 首が締まってる締まってる!」
じゃれ合う二人を見て、イーグルは安堵する。ところで、ウルフの異変に気がついた。
「ウルフ、右目大丈夫?」
彼女の右の瞳だけ緑色に変色していた。
「“にゃは”? 何ともないけど?」
右目を押さえながら、首を傾げている。
何ともないならいい。そう思ったが、一抹の不安がどうしても残る。
実験体という言葉も頭の中に引っかかった。
「大丈夫なら良いけど……大丈夫なら」
イーグルの言葉は、沈むようにしぼんでいく。




