第三話
「ルールは簡単。私を捕まえてみてね?」
「……嫌だといったら?」
イーグルの問いに、スモークは表情を変えない。
「良いけど、その子死んじゃうよ?」
スモークが視線をウルフの方に落とした。
いつの間にかウルフは体を抱えるように腕を回し、細かく震えていた。緑色の発疹は顔にまで広がっている。
呼吸は浅く、時々咳込んでいる。血が唾に混じって飛んでいた。
「保って1時間ってところかな〜?」
自分たちに選択肢がないことを突きつけられて、イーグルは大きく息をつく。
「分かった乗る。ただし、“あなたはこの公園から出ない”でいいかな? 外まで逃げられたら、追えるものも追えないから」
「うん、良いよ良いよ。あは、楽しくなってきたね」
スモークは立ち上がると、煙に巻かれるように消えた。一先ずは、何とかなりそうだと胸をなで下ろす。
相手が完全にこちらを殺す気だったなら、終わっていたかもしれない。
大きく息を吐いて、心臓の鼓動を落ち着ける。喉のイガイガを取るように咳払いをした。
「イーグルどうするのよ?」
キャットの言葉に、彼女は向き直る。
「大丈夫、あいつが遊びと思ってる間は負けないから」
「……勝算が?」
「ある」
静かに宣言してから、スワローに向き直る。
「引き続き、ドローンで追跡してくれる?」
「は、はい! や、やってみますですけど……」
「けど何?」
スワローがどこか言いにくそうにする。ぎゅっと一度目をつぶってから、覚悟したようにこちらを見つめてくる。
「さっきから少し接触が悪いみたいで、あまりよく見えないのです」
「あー……なるほどね」
彼女の言葉を反芻してから、顎に手を当てた。
「やっぱり先に煙をどうにかしないと無理か……」
「……煙?」
「うん、そう煙」
再び喉の調子を確かめるように鳴らす。先ほどからイガイガが取れなくてとても不愉快だ。
それには原因がある。
恐らくスモークは、煙系の兵器の使い手なのだろう。
鉛玉が溶けたのも、彼女がドローンを掻い潜って現れたのも、煙に巻くように消えたのも、すべて薄煙を用いたトリックだ。
視覚異変は煙による光の屈折を利用したもの。鉛を溶かすなどの物体的な芸当は、煙に混ぜた薬品が反応したものだろう。
なんの薬品かは皆目見当はつかない。しかし、自信満々に自分の名前を名乗るってことは、煙に関しては一定以上の腕を持ってると自負しているからだろう。
きっと煙の調合もすべてお手製で済ませていると思われる。
スモークが厄介なのは、その科学知識を毒に転用しているところだ。きっと最初から彼女がイーグルたちを殺す気できていたのなら、知らない間に毒殺されてた。
だからイーグルは安堵する。
彼女がいまはまだ“遊びで”済ませていることに。
「多分、風上に発生装置があると思う。それを探し出してスワローは壊してほしい。キャットはなるべく目で捕捉しながら、スモークを撹乱して」
「わかりましたです」
「……わかった。それで、イーグルは何するの?」
尋ねられ、少し口角を上げる。
「私は外で位置度って狙撃する。ルールには、“私たちが外にダメ”ってことにはなってないから」
※※※※※※※※※※
「あーもう、草がうざったい!」
キャットはナタを振り回しながら、草や木を除去していく。歩きやすい道を選んでいるつもりだが、それでも手入れされていない公園は動きにくい。
その中でもちょこまかと動くスモークは、この手の“遊び”に慣れていることがうかがえる。
「ニャッハー! 鬼さん、こっちだよ!」
「……あのテンション感、ウルフに似てるわね」
性格は似ても似つかないが……。
しかし、とキャットは彼女の服装に引っかかりを覚える。
黒色統一の服装。既視感があるどころではない。
自分たちの集落を壊滅させたブラッキーに似ている。
──あいつの倫理のない行動もそれだと説明がつくわね。
どちらにせよスモークは敵だ。彼女にイーグルの行動を悟られないようにしなければならない。
地面から石を拾って、スモークに向けて投げる。しかし、コントロールがうまくいかずにそれてしまった。
「にゃはは! お猿さんみたいだ!」
「うっさい!」
「ところでさぁ、君しか追いかけて来てないけど大丈夫なの?」
そこに気がつくのは想定内だ。
「ふん、挟み撃ち作戦よ」
「ふーん? “わざわざ言っちゃうんだぁ”?」
含みのある言い方に、心臓が高鳴りそうになる。
心理戦のコツは動揺を表に出さないことだ。落ち着けるように、こっそりと深呼吸する。
「挟み撃ち作戦なんてバレたところでどうとでもなるはずでしょ?」
「ニャッハー! そりゃそうだ!」
また石を投げる。しかし、当たらない。
「“射角が取れなくても”上手くいくといいね」
その言葉に、心臓が一気に飛び跳ねた。
狙撃をすることがバレてる。しかし、極めて冷静に努めてとぼけなければならない。
キャットの手は震えていた。声も震えるだろう。
下唇を噛みながら、イーグルを信じることしかできなかった。




