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え?それは冤罪だと思います。断罪された悪役令嬢は無慈悲になります



「公爵令嬢レイア……いや、極悪令嬢レイア!! 貴様はもうおしまいだ!! この学園の裏組織をまとめ上げ、地位の低い令嬢や平民をゲスな貴族に春を売らせて莫大な利益を得た悪魔のような女だ!! この第三皇子であり、貴様の婚約者であるルキア・マシマが貴様を断罪する!! はっ、元婚約者であったな、こんな輩は婚約破棄だ」


 自由都市皇国上級学園高等部の会館に集められた貴族の生徒たち。ほとんどは第三皇子派閥の人間、ほんの少しの第二皇子派閥の生徒が遠くから見ていた。


 ルキアが手を振りかぶって、レイアの頬を叩こうとする――





 その瞬間、私の怒りと私の足元の床が爆ぜた。


「はっ!?」

「「「「「はっ???」」」」」


 魔法があまり使えないレイア、運動も出来ないと思われているレイア、みんなから嫌われているレイア。


 そんなレイアがルキアの膝を高速タックルで刈り取り、マウントへと移行する。そして、無慈悲に拳をハンマーのように叩きつける。


 ルキアの顔がみるみるうちに血だらけになり、腫れていく。喋れなければ「この世界」の人間は魔法が使えない。


「や、やめ……」


 レイアは拳を止めない。


 だって、これは冤罪だから、レイアの名誉のために。


 怒りを込めて拳を振り起した。




 さて、時間を少し遡ろう。私、西園寺麗華さいおんじれいかが、バイクの事故にあって死んで、謎の空間で、謎のたぬきと会った時からだ。



 ***




「ループというものの存在は許容出来ないの。それは女神が決めたルールなの。だって、世界の人々が進んだ道を否定して、自分の都合だけで過去に戻るなんて許されない。もちろん、様々な世界線は存在しているの。選択肢によって分かれた世界は決して交わることがないの。一部例外を除いて。だから、君とレイアは例外なんだ」


 気が付くと私は、どこかの西洋のお庭みたいな場所で、たぬきが豪華な椅子に座ってお茶を飲んでいた。随分と小器用なたぬきだ。

 私はそのたぬきの眼の前に座っている。


「さて、『西園寺麗華』さん」


「あ……」


 私はそこでやっと気がついた。私は……西園寺麗華、都内の大学三年生、就活の準備に……あれ? 私、北海道で旅行していて……。


 たぬきが柔かい表情で私にお茶を勧めてきた。良い匂いが鼻腔をくすぐる。


「ふふ、この場所でそこまで自我を思い出せるのはすごいの。なら、きっと大丈夫。レイアの思いを……悲しい結末をどうにかしてほしいの。そのために、私は全力を尽くすの。レイアはループ出来ない。死は変えられないの、でも、転生した心なら――そこでレイアの意識を復活させるの」


 たぬきさんが手に持っていたスカーフを懐かしそうに見つめていた。まるで、大切な誰かを失くしたような表情。


 瞬間、私の視点がぐにゃりと歪む。声を出そうとしても出せない。かろうじて、たぬきさんの姿が見える。私に手を振ってる?


「また向こうで会おうね」


 向こう? ちょっと、まって! 何を言ってるの――



 ***



「レイア様、聞いております? あんな下等国民なんて――」

「本当にムカつくわね。レイア様、ぶっ潰しちゃうましょう!」

「最近は獣人の国の王子が出しゃばっていますね。エッチな身体してますので、あれを手下にして――」


 何がなんだかわからなかった。

 またまた、気がつくと、私は学校の教室のような場所で、生徒たちに囲まれていた。

 頭がパニック状態だけど、私にとって異常事態は日常茶飯事だ。それでも叫ばなかった自分を褒めてあげたい。


 こんな時の対処法は学校で習った。まずは自己の再確認を頭の中で構築しよう。


 私、西園寺麗華は大学三年生。趣味はバイク旅行。夏に北海道ツーリングをしていたら……、事故にあった。

 ライトの光しか見えなかったけど、あれは確実に死んだ。

 だって、銃弾でトドメを刺されたのを俯瞰して見えたから……。


 そこから気がついたら、あの場所に飛んでいて。あれは天国だったの?


『向こうでまた会おうね』


 あのたぬきさんの言葉。


 ……あっ、もしかして、小説とかドラマの題材になっている異世界転生ってやつ? そ、そんなことが起きるわけ……。


 ――現実を見よう。


 否定したい気持ちと動揺が心に広がるけど、深呼吸をしてそれを抑える。自分の心をコントロールできるのと、どんな時も冷静に対処できるのいが私の最大の長所。だって、私はあの学校で育ったから。


 OK、異世界転生ね。じゃあ、この身体の持ち主は――


 と、思った時、私の頭の中に圧倒的な情報量が一気に詰め込まれた。人一人分の人生のすべて。


「いたいいたい!!」


 ループが出来ないこの世界、特例、女神の使徒、この身体の持ち主、レイア・マヒロ、現在16才、皇族の親戚、公爵家の令嬢、嫌われ者、王子と王子と皇子、ドアマットヒロインに、ざまぁ、18才で反乱罪で魔法銃殺刑――


 今まで食らったどんな痛みよりも痛かった。

 私は今、この一瞬でレイア・マヒロに人生を過ごした。過去だけじゃない、まだ見ぬ未来さえも。

 苛烈な人生だった。

 それを説明するほどの余裕がない。もう限界……。なるほどね、本人はループ出来ないけど、そのかわり私が先の事を知り得たって事ね。


「げほっ、げほ……ちょっと保健室へ行ってきますわ」


 ……言葉使い、こんな感じでいいのかな?


「きゃ、きゃっ!!!」「だ、だれか!! レイア様が体調を崩されて!!」「誰か毒もったのか!!」「保健室に連れてけ!」


 私はハンカチで口元を抑えながら、手でみんなを制する。それだけで生徒たちの動きは止まった。

 生徒たちから見えるのは、恐怖心と警戒心。

 これが『悪役令嬢』っていうやつなんだ。


「お気になさらず。おほほ、それでは失礼します」


 私は誰もついてこないのを確認してから、教室を出た。


 ***


 保健室には行かずに、誰もいない屋上へと向かう。ポッケに入っていた懐中時計で時間を確認すると、もう授業が始まる時間だ。


「すごい、結構栄えている街並みね」


 レイアの記憶を自分の知識として定着される必要がある。知識を再確認をするために思考を深める。


 ここは異世界の『自由都市皇国』という国だ。

 車のような馬車が走っていたり、文明的にはかなり発達している。魔力というエネルギーがあり、それを利用して文明を発達させてきたらしい。


 この国は魔力絶対至上主義だ。魔力の量が多くて強いものが正義だ。国全体にそれが浸透している。近隣には帝国や聖王国、王国、獣人族がある。


 自由都市皇国は強大な国家だ。皇帝ハヤトを筆頭に、化け物じみた皇族と四天王、大臣たちが支配している。

 幸い、他国とは戦争状態ではない。それでも、反乱が起きたり、吸血鬼や魔族、宗教問題に悩まされている。


 私、レイアが通っている学園は『自由都市上級学園高等部』だ。現在一年生で……、私は将来的にこの学園を卒業出来ない。

 今日、この日より、私レイアの人生が負の方向へと傾いていく。


 そして、三年生の最後に死刑される。


 私はレイアの一生を見た。今までの人生と、この高校三年間。

 確かに殺されてもおかしくなかった。それでも、彼女は不器用な部分があったり、誤解があったり……、とても、悲しい結末を迎えたんだ。


「……どうせ私も一度死んだ身だしね」


 マシロ家は女神教という邪教と手を組んで反乱を起こした。その筆頭は私、レイアだった。

 レイアの人生を回想できたけど、レイアの心まではわからない。


「一応、未来の事がわかるから、自分が反乱に加担しないように、死刑にならないように行動しないと」


 私はいつの間にかレイアとして生きようとしていた。

 少し自嘲気味に笑ってしまった。


 だって、あんなにあの殺伐とした現実世界で生きるのが嫌いだったのに、今はこの世界で生き延びようと考えている。


「ううん、あんまり細かい事は考えないようにしよう。……私の目標はいつだって一緒。平凡で動物に囲まれてのんびりとした生活を送ること。だから、この世界でその夢を叶えよう」


 現世では忙しすぎたんだ。大学生だったけど、過労死になってもおかしくなかった。

 私は大きく背伸びした。先の事を考えるとちょっとだけ気が重いけど、なんだか頑張ってもいい気分になった。



 ***


 丸々半日を知識の定着に使った。大体のこの世界の事とレイアの事が把握できたから教室に戻ることにした。


「あのたぬきって何者だったんだろう? この死の運命を乗り越えたらわかるかな?」


 廊下を歩くと、生徒たちが急いで端に寄ろうとする。私の悪名は高い。天高く突き抜けるほど、みんなから嫌われている。

 レイアは少し鈍感だったからそれに気がついていなかった。


 誰かにそれを指摘された時、陰で泣いていたみたいだ。


 ――レイアって精神面が強くない。


 この魔力至上主義の皇国において、レイアは蚊蜻蛉のような魔力量しかなかった。それが自身のコンプレックスになっており、人付き合いがうまくいかなかった。


 レイアは陰で馬鹿にされていた。自分の仲間だと思っていた取り巻きはトイレで陰口を叩いていた。


「っと、ここだったね」


 教室に着くと、談笑していた生徒たちが静かになる。そして、甲高い声を上げながら取り巻きたちが私に近づいてくるのであった。


「レイア様! お身体大丈夫でしたか??」

 ――この子は、二年の時にレイアの顔に唾を吐いて顔を蹴った。私の家が潰れたからだ。


「レイア様、わたしすごく心配していました!」

 ――この子は優しいフリをして、レイアを率先していじめた。


「ええ、今日はずっと隣にいて差し上げますわ」

 ――この子は、レイアに冤罪をなすりつけ、自分の手を汚さずにレイアを苦しめた。


 もちろん、レイア自身の責任でもある。レイアがもっとうまく立ち回ればあんな事態にはならなかったと思う。未来の話だけどね。



「当分一人っきりでいたいので話しかけて来ないでください」


「レ、レイア様! そ、そんな!」「私たちがなにかしましたか?」「こんなに尽くしているのに……」


 正直、私も人付き合いがうまい方じゃない。伊達に大学でぼっちをしていない。だから、私なりのやり方でレイアが生き延びる方法を探るんだ。


「どいて」


 私がちょっとだけ言葉を強くすると「ひぃっ」と言いながら私から離れた。レイアに対する恐怖心が強い。教室の生徒たちは誰もこちらを見ない。

 とりあえず私は席について、今後の対策を練る事にした。


 あれだ、現実世界で見たことがある漫画と一緒だ。ちょっとずつ良い行いをして、周りからの信頼を得て、仲間を増やし、破滅に危機を回避する。

 でも、なんか私にはそんな器用な事は無理そうだな……。



 ***



 行動を起こさなければイベントが起きるものではない。そう思っていた。だが、違った。


「公爵令嬢レイア、君はやりすぎた。――ついてこい」


 皇国第三皇子ルキア・マシマ。悪名高い学園三馬鹿と陰で言われているこの国の皇子だ。ちなみに、三馬鹿のもう一人は私レイア自身でもあった……。






 そして、話は冒頭に戻る――

  

 血で真っ赤にそまったルキアの顔。意識はまだある。ちゃんと刈り取らないと駄目。ここで慈悲を与えてもなんの得にもならない。


「拳で殴ると手が怪我するから、棒を持っているイメージで手を振り下ろすと簡易的なハンマーになるんですわ。この方法だとか弱い女子でも効果抜群ですわ!」


 うん、言葉使いがよくわからなくなってきた。私は立ち上がって皇子から離れた。誰かが放った魔法の火の玉が皇子にあたり、おしりが燃え上がった。


「お、皇子!!! き、貴様!! に、逃げるな!!」


「逃げも隠れもしませんわ……。意外とこの口調、悪くないですわね。もちろん、逃がしませんわ、第三皇子ルキア派閥が管理売春の元締めってわかってますから。もちろん、証拠も保存済みですわ!! おほほほっ!!!」


 本来ならここでレイアは冤罪になってしまう。そこから下り坂を転がるように、転落していく。


 ここにいる生徒たちの殆どはルキアの売春仲間だ。というよりも、ルキアの悪事はこれがほんの一端で、もっとやばい事件に関わっている。

 とりあえず、レイアの今後のためにここで叩き潰しておかないと。


「ば、化け物だ!!」

「ごほっ……のど……魔法が……」「し、死ぬな!!」

「くっ、真剣で斬りかかれ!!」

「馬鹿野郎!! 武器を奪われるんじゃねえよ!」「ま、まって、あれって本当に無能公爵令嬢のレイアなの?」

「いいから口封じしろ!」


 繰り出される魔法を躱し、殴る。

 剣を絡め取り、骨を折る。

 命乞いは聞かずに、首を締める。


 そして、私は静かになった会館をあとにした――



 ***



 校庭の隅っこにある水場で手を洗う。血は乾くとなかなか落ちないからね。

 こうやって手を洗う時間が結構落ち着くんだ。

 頭が色々整理できる。


「……はぁ、私、人と接するのが苦手なんだけどな……」


 レイアのループした記憶の中には数人の人物と関わりがあった。レイアはほとんど泣かなかった。いつも涙をこらえていた。


 そんなレイアが泣いた時が一度だけある。


 ある男子生徒がレイアを庇って死んだ時だ。


「あっ」


 いつの間にか、隣に男子生徒がいた。いつも無表情で、何を考えているかわからないクラスメイト。


 今のレイアとは関わりがないけど、これからずっと一緒に関わっていく事になる重要な人。


「……レイアでいいんだっけ?」


「ええ、レイアよ。あなたは……えっと」


「俺は第六皇子アキラ・マシマ」


 第六皇子アキラ・マシマ。人間嫌いで皇子の中でも一番何を考えているかわからないと思われている。

 非常に頭がよく、年下なのに飛び級で高等部に入った神童と言われている。


「ねえ、君は泣いてるの? 僕達、どこかで会ったの?」



 どうやら知らぬ間に涙を流していたらしい。この身体のレイアが反応したのかも。

 ……本当にいつかレイアの意識が戻るかもしれない。


 彼の言い回しは少しおかしかった。だからその生徒からも距離を置かれている。それもそのはず、彼は……記憶が一週間しか保持できない病気(呪い?)に侵されていた。


 正直、そんなに驚きはない。

 記憶に関する事は現実世界で特殊な事例をたくさん見てきた。記憶をリセットするのが当たり前だった私たちの日常。


 そんなアキラ君の病気を知ったうえで、恋をしたレイア。


 なんかすごく素敵だね。レイア。いつかちゃんと会ってお話してみたいな。

 

 だから――


「ううん、これから私たちは知り合うのよ。だからさ、友達になるわよ!」


 困惑している彼の手を取り、私は歩き出した。


 私は西園寺麗華だった存在。それは過去の事だ。

 今はレイアとして全力で生きよう。


 私が彼を愛するかわからないけど、彼女が愛するはずだった男の子とともに――





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