表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

たべられます

作者: 片野春孝
掲載日:2025/10/29

知らない国鉄のお兄さんに肩車して貰い母さんと2人案内される。列車の乗り継ぎで当時は夜も過ごしたはずだ、母さんが食べる冷凍みかんを分けて貰う。歩行出来る様になってから記憶も始まった、もしくは後に思い出す。母さんの顔を覚えてないのだが、ジッと見つめられたその顔は化粧されてないソバカスのある白い肌で恐怖すら覚えた。ユーチューブで箱に入った猫の話を見て、可哀想じゃないかと感じたが、旅館の仕事で留守の間や男と時間を作られて部屋で1人で閉じこもっていた僕は物理学的にドアを開けて生きている場合と死んでいる場合の2通りがあったろう。喉が渇いたか腹が減ったか冷蔵庫に辿りつきキュウリをしゃぶって何とかしのぐ。昭和42年託児所ないのかよ。メロンを食べた事は無い、3歳でメロンを食べる夢を見て味がした。僕はメロンを食べて知っている、生まれる前かも知れないし。

手を引かれて連れて行かれたんだ。どんよりとした空気の部屋。テレビの前に群がる子供たち、一斉に振り向いてジッと睨みつけるんだ、目のお化けたち。無抵抗でい

るしかなく下を向く。知らないおばさんが母さんと繋いでいた手を引き離す。目に映るものにモヤがかかったような、クリアさが無くなってしまったんだ。こんな事なら母さんの顔を焼き付けておくべきだった。別れの日だとは気づけずに。ワーワーギャーギャー言ってくる子供たち、口のお化け、名前をからかってるのに気づいたけどジッとするしかない。こんな事なら泣けば良かった、振り向いても母さんはいない。おとなしくしてるのを教わったんだ怖いもんか。母さんはスカートを履いていて思いだすならぼんやりとしたその姿。こんな事なら顔をもっと見つめるべきだった、会いたいのに会えないなんて。

保育園を知った。名前を何度も呼ばれるがみんなのような「はい」は言えなくて、それではお歌を歌いましょう、鬼のパンツの歌ですよ。手も足も動かして、出来ない僕は特訓だ。空を眺めていたいだけ。俺が1番番長だ、誰かが叫ぶよこたえるよ、俺が2番番長だ、じゃあ俺が3番番長だ。降り続く雪を眺めていたいだけ。僕は叫ぶ事も「はい」の返事も出来ないさ。部屋の隅の虫を見つめる、他の誰も気にしない事さ。

家から保育園に来る子と僕ら親に会えない子とでは当然のように隔たりがあって、全員集合の際は別に整列させられる。どうしたってこっち側はどんよりとしてトイレ臭と鼻垂れ顔だし、街の子と呼んだ彼らは愛情の溢れる身なりにいい臭いまでした。こっち側はグループの中心になりえないし、皆が自分達の場所に帰るまで騒ぎを我慢した。時々何か貰ってるのに僕らは貰えない。七五三の祝いも当然のように貰えない。僕らはというとこっそり隠れて水を飲むのが精一杯だ。暗くなる、気分も目の前も。「おーい、ぶた松一家集合」。のかけ声で列を作って担当の先生の元へ、「先生、おしっこたれました」。そんな元気を使い分ける。そもそも先生しかいないし。生活の場と保育園。母さんが、いなかっぺ大将のクレヨンと画用紙を僕にくれたんだ。それが形見みたいなもんさ、本来大事にしておきたい。だけどストレスかかえた連中にとり囲まれて奪われる。人の物は皆の物、おもちゃ箱と呼ばれた大きなゴミ箱へ。親の愛は皆の物残ったのは壁にされた落書きだけ。暗くなんだ目の前が、差別されるのはそんな僕らが悪い。あの日どうしても七五三の祝いを貰いたかったのに、あの飴を舐めたかったのに。今日も保育園では名前を呼ばれる。かまわないでくれ、ほっといてくれ。おやつを貰って昼寝する、ああやっと落ち着ける、落ち着ける。

数回母さんとお家に帰ったよ、近所の床屋に行くんだ。だけど母さんに怒られた僕は耳を引っ張られて帰るんだ。おとなしくしてなくて嫌われたかなあ。僕には母さんしかいないから。気に入られないと。長い時間1人でいてもなんとかなる。外は暗くなるけどテレビの明かりから鳩が飛ぶのを見たよ。誰かがやって来て「ひとり?」。と言ってからオムライスと小銭を置いていく。母さんが帰ってくるけど、知らない人もいる。「起きるよ」、「大丈夫」。僕は嫌われたくなかっただけ、なのに別の場所で知らない人と横になるんだ。困らせよう困らせよう。悪い子です、すみません。また例の場所へ戻る。最初で最後の抵抗をした、予感がしたんだ殺される。白い車に乗ったけど大声で泣いて例の場所に戻された。永遠に会えなくなるなんて、4歳の日の出来事だったんです。

その感覚は突然やってきた。大きく温かい両手で頬を包まれ、ジッと見つめられる。目を覚ましても誰もいない。気のせいなんかじゃない、繰り返されるんだ。誰にも気づかれないように僕はその感覚を大事にした。母さんかも、母さんとつながってるような気がして。名前を呼ばれたら返事が出来るようになっていた。お歌も歌うよ、壊れたクラリネットの歌。ただし特訓を受けない為のフリが出来ただけ、みんなに混じってフリをするだけ。ズルなんだズル。だけどそうしないと時が進まない事を、止まって誰かが困る事をなんとなく知った。僕が歩いていると大きな人達がワッと怖がらせる。困った僕を見て笑う大きな人。怖い、誰か助けて、誰も助けてなんかくれない事を知っている。逃げよう、自分の中へ、逃げよう別の世界へ。誰か、誰か助けて。

昭和40年4月6日に新宿区新大久保にあった病院で生まれたとされる僕は6歳になってた。決められた場所に今日もいる。石川県加賀市片山津温泉、児童養護施設の伊奈美園。この何年かで身についた事はフリをする事。元気なフリ、周りに合わせるフリ、わかったようなフリ。教育を受けた。一に感謝二に感謝、そして主張しない事。生きさせて頂いています、おそれおおくて何の不満がありましょうか。小学校にも進学させていただきます。友達何人出来るかな。学校へは徒歩で15分くらい。美しい言葉を学んだよ。海がひかる、山がひかる、川がひかる、屋根がひかる。さあ学校と園でフリをしなければ。園では輪の中心になっていた。2歳から過ごしてるベテランだからだ。いつの間にかいなくなる子もいる。新しく入ってくる子もいる。新しい先生、新しいルール、新しい遊び、新しい女の子。何の期待もないけれど、待つ準備は出来ました。風の便りにも聞かれない母さんの事を。その為に今日もごはんを食べてフリをします。

幽体離脱を経験した。天井まで浮かび上がって寝てる自分を見下ろしていた。飛ぶ夢、ふわふわ浮かぶ夢。みんなそうなんだろうか。壁のシミから何かが飛び出て逃げてったよ、よせばいいのに追いかける。体は寝たままなのにちらと見たのは猿に似たお化けだったよ。そいつと遊んでたら机で目を殴打した。先生がびっくりして閉まってる医院を開けてくれた、失明するとこだったんだ。またある日は神社から続く階段を転げ落ちた。しばらくしての色覚検査で今まで見えていたものが見えなくなった。みんなには形あるものとして認識されるのに、ただの色の粒になってしまった。目が見えなくなる事があった。しばらくすると元に戻るけど心配になって学校の保健室に行くと「どうやってここまで来ましたか」。と言って冷たい目で見る。夜には意識もなくその辺を歩き廻った。いや体から抜け出した僕かなあ、怖くなってなかなか寝れなくなった。毎朝涙で目が腫れるんだ。淋しいから泣くんじゃない、夜が怖いんだ、怖いと感じるようになってしまったんだ。誰か助けて、布団を並べて寝てる同学年近くの子たちは怖くないのかなあ。毎晩変わった夢にうなされて恐怖させられた。

伊奈美園では夕方近くの田んぼを走らせられた。腹筋運動をしたり、縄跳びをしたりして汗を流した。街の子たちと比較しても辛いだけだ。ただ小学校の体育では皆の見本になる程運動神経を訓練した事で、クラスでは多少中心でいれた。何人も友達が出来た、クラス委員にも選ばれる。周りを笑顔にさせる事も出来る。今では手を上げて授業に参加していた。次はホームルームか、テーマは両親の職業を発表すること。席順で前に出て皆の前で話す。さあどうする、時間が止まるぞ、知らない事をどう発表するんだ。絶妙な席順だ、ひとつまたひとつ順が進む。もうだめだ。その時だった、隣の小林くんが立ち上がって言う「先生、片野くん具合い悪いです」。顔は真っ青で自然とハァハァ言う。仮病ではない。保健室で休む事で免れたけど、保健室の女の先生とは顔なじみとなる。園で聞いてみたよ、両親の職業。もっとも僕は母さんしか知らないし父親に対して何も言えないのが正直なところだった。答えはこうだ、片野くんのお母さんは以前文具を持ってきてくれたし、文具店で働いてますよ。父親については語られず。しばらくすると園長先生の息子で次期園長の先生が僕に向き合って答えてくれた。君のお父さんは慶応という大学で私の先輩にあたる人で易者をしてました。僕がお母さんのお腹の中にいる間に亡くなってしまいました。お母さんは旅館で働いています。答えはもらった、だけど次同じような場面になったらどうする。はたしてすぐにきた。自分の名前の由来と両親について、ホームルームだ。時を止めず仮病も使わずその場をやり過ごす。意を決して皆の前で立った。僕の名前は春孝です、春に生まれて親孝行するようにです。お母さんはヨシです。皆にヨシヨシと褒めて貰えるようにです。皆がどっと笑う、やってしまった本当の事ではない、しかしやり過ごした。そこから人生はそんな事の繰り返しになっていく。

10歳の頃が人生で一番充実していた。学校の授業に問題はないし、園ではエンタメが無いなりに自分で小芝居や小話を作って発表していた。園の担当の先生には愛着を持つけど、変わったり転機でいなくなったりする。市橋先生は男のヒゲ先生で、豊満な体格の女の先生と一緒の部屋で暮らしてた。寝る時間になると魔よけ効果のあるエーデルワイスを歌ってくれる。今考えると何だったんだろう。その頃の僕は寝れないうえに夜間頻尿だった。30分もしないうちにトイレに向かう。10歳でかい。どうやって集めてきたかろうメンコ遊びがあった。ある日学校から帰るとろうメンコが無い。豊満先生がいうところでは、片付けないからあるところにしまいました。欲しければ取ってみなさいという事で、楽しそうなその顔で分かりました。体のあちこちに特に胸のほうに隠してあるものですから攻防が始まりますが、いたって楽しそうでした。その後二人とはサヨナラです。

同学年の少女に江戸はるみという子がいた。かつての僕のように「ハイ」。が言えない子です。声も聞いた事がありません。「おはよう」。と言っても能面の様な顔で不思議そうに見つめ返します。僕はつらいだろうなと感じた。他の誰もが相手にしなくて、空気のように扱ったとしても、僕にはなぜそうしているのかが解っていたんだ。いいよ、おはようなんて言わなくても、挨拶がわりにこうしよう。どこで覚えたか、グッドのサイン。グーからの親指で出来るんだぜ。会うたびに送った、何度も送った。するといつの日かグッドのサインを返すようになった。それでいいんだよ、出来る限りで、僕だってそうだったんだよ。朝に昼に夕に、会うたびしつこくやりあったよ。そうすると次はどうしようかって考えてしまうんだ。笑ってる顔を見た事が無いな。僕だってこうしていられるのも、笑いに変える事だったんだから。具体的に説明するしかないな。繰り返し見る怖い夢で、のっぺらぼうの男に追いかけられるという夢に苦しんていた。なんせ振り返ってものっぺらぼう休ませず走って追いかけてくる。近すぎず、遠すぎずにだ。必死に走って逃げる、誰の助けも見込めない。そんな時ふと閃いた、どうせこれ夢だよな、夢なら僕にも武器はある。飛ぶ夢をいつも見るじゃないか。ならば飛んで逃げましょうや、その為の夢じゃないか、さあ行かんと両手を天に向けたせつな、失敗してる事に気がついた。し まった、捕まってしまう。のっぺらぼうに恐る恐る振り返ると彼奴は空を探してた。足を止めて陽の光に邪魔されないようにか、良く見えるようにか、手をかざして右へ左へ視線を移す。あっのっぺらぼうに目は無いか。とにかく首を振る、目の前に僕がいるのに大空を探してるんだ。思わず大笑いだったんです、笑うしかなかった。のっぺらぼうは二度と現れませんでした。さてその事から学んだので動きを加える。ある午後都合良くはるみちゃんと遭遇した僕は、まず「グー」。と一声掛けます。声有りかいと驚いたところで、反対の手で「グー」。とサインを出します。キョトンとした能面のようなツルンとした顔。「グー、グーグ、グー」。「グーググーグーグーググー」。サインの連打、ケツも振りますよそりゃ。体の上下運動も使います。笑ってくれ、最後に「コーッ」。まで言ったかは正直覚えていない。息があがる、やりきった。その時です、彼女は初めてニコッと笑いました凄く嬉しかったです、良かったと感じました。

園の先活で風邪から熱を出して学校を休む事がある。担当の先生の部屋のベッドを借りて休む。ごはんもろくに食べられない。置いてくれるのは多少のお菓子。休んでいるとタイミングお化けがやって来る。ガーッと扉を開けて市橋妙子は言いました、「あんた仮病でしょ、お菓子ちょうだい」。僕はただ固まるだけ。仮病でもないしお菓子もいらないし。僕は寝るのが怖かったから女の子と一緒に寝ました。抱きついていると安心出来る感覚だったんです。時には抽選会も行なわれました。今日片野くんと一緒に寝たい子。僕は選ばれた子に、夜の列車の音を怖がる必要の無いこと、暗くても心配の無いことを教えたつもりです。何より自分が救われてました。ある日若い女の先生が、片野くん来なさい、と僕を部屋に招いてくれました。これ食べなさい、ウイロウというのよ。羊羹みたいなものを僕は頂きました。何を思ったか綺麗で若い女の先生はこう言いました、「いけない、お風呂入ったのにパンツ替えるの忘れちゃった」。絶対に見ないでね、見ちゃダメよ。僕は頷いてこたつの中に潜りました。あれは何だったんだろう、少し後悔します。その先生ともサヨナラです。

男の子も女の子も一緒に同じテレビを同じ部屋で見ます。一日の反省会が終えたあとです。ナプキンのコマーシャルが流れると男子はわかりません、が、しかし「こんなコマーシャルはダメです」。と叫ぶ女子がいる、品川さんです。中学になったばかりでちょっとした高さの所から飛び降りていなくなった方です。ワンカップ大関のコマーシャルを見ました。太陽にほえろで知っていたショーケンが古代の服装で飲み躍動する。記憶が胸騒ぐ。政治家の言葉も聞きました、それは渡辺美智雄さんで「世間では大きい声で話す人がいると、うるさい、迷惑という一方で分かりやすい、主張をしてもっともだと思わせる部分もある、つまり世の中とはそういう事なんですよ」。と子どもにもわかるように言われました。自分の性格も見方次第であって落ち込んでばかりいなくていいんだ。ありがとうございます。渡辺美智雄先生。

夏休みや冬休み、園の子にも楽しみが待っている。放送で呼ばれればお迎えだ。何日か帰省する。僕はいっこうに呼ばれない。冬休みだったけど高良くんと一緒に放送された。お母さんが仕事で留守が多いので遊び相手になって欲しいとの事でした。高良くんも母子家庭で、旅館で働いてるそうです。本人にも勧められたので一緒についていく事にしました。歩いて家に行く途中で料理屋に入って餃子を注文されました。初めて食べる料理です。おばさんは焼き目をしっかりつけてと言ってました。アパートの一室に到着すると仕事に出掛けられ2人になります。冷蔵庫は知ってたけど、電子ジャーというものは初めて知りました。ごはんは最初温かい事を知るのです。バターと醤油で食事を済ませテレビを観てるとコマーシャルで、ワンワンムームーでっかくオープンしたよワンワン、と北陸グランドホテルがしつこいので2人でニヤリと笑い部屋にある電話でイタズラです。ハイ、もしもし「ワンワン、ムームー、でっかくオープンしたよワンワン」。面白いけど何回もはさすがに。おばさんが帰宅して、お腹の心配をされてから眠ります。この期間だけは怖い夢は現れません、ぐっすり眠れます。ある日には一緒に職場へ付いて行きます。ゲームコーナーで遊んだり出来るけどお金が必要でおばさんに貰うのは申しわけなかった。高良くんはおねだり出来るけど。やることもなくなったので2人でかくれんぼしようとなり、隠れ放題のその場所で何回戦か繰り返し、僕が鬼の番で捜し始めると、現れしおばさんが、「ちょっと、はじめは何処」。不安顔。「わかりません」。「居なくなってどうするの、使え無いわね」。その為の遊び相手なのは子供でもわかるが、おばさんかくれんぼ知らないのかな、「だってかくれんぼなんだもん」。「あーどうしよう、はじめ」。その時隠れてた高良くんがひょこっと現れておばさんに抱きついた。「おー、はじめ、おーっ、おー」。おばさんの大きな背中の横から高良くんのVサインが小枝の様に伸びてるのでした。なんだか馬鹿らしく感じたのです。こってり怒られて、謝って、これじゃ独りでいるほうがいいやと思ったのです。

ある時は御三家と呼ばれてた独身先生の一人が結婚して退職したので、休みを利用して遊びに行こうとなり、杉山先生とみきやくんと僕で宇出津という場所に車で行きました。漁船に乗って取れたばかりの海のものを頂きました。全裸で海で泳ぎました。さて帰ろうとなり、若い奥様を紹介され、姑というらしい女性も紹介され食事なのですが、なんか雰囲気が変なのです。歓迎されてなく、姑は鬼の如く怒っています。汚い言葉だけど本当の事を聞きました。「あんたら、ごはん食べるのお金かかるんよ、3人もかい、どうしてくれるんだい」。子供の2人に向かって言うのです。味もその後の事も分からない。御三家と呼ばれていた杉山先生、いや杉やんよ、やっちまったな。打ち合わせ無しかい、突撃訪問かい、えらいダシに使われて迷惑だわい。杉やんは伊奈美園で育ち、そのまま成人したら先生となった人物だ。なんか違うんでないかい。感謝しないなら飯食うなが口癖なのに、感謝で押しとうせない、赤の他人3人だった。

そんな絶頂期に転換期がやってくる。仲良くなった高良くんは山梨のほうに引っ越して行って、新しく入ってきた前崎くんだ。同学年の前崎くんは、その印象から自分でも抑えのきかないワルだった。顔に傷を持っていて威圧感があり、本人も一番気にかけてるのがわかった。ワルでグループの中心になるもんだから、いつ終わるとも知れない闘いが始まるのだった。と言っても一勝一分け残り全部負けだけど。執念が凄いんだ、必ずやり返してくる。僕はそのうち慣れた、親のいない子なのに学校でイジメというものにあった事がない。理不尽に「なんだコノヤロー」。といきなりメガトンパンチを喰らわす奴もいたけど、僕は鼻血を垂らしながらニタッと笑うんだ。やり返してもいいぞ。その子、泉くんは青ざめて逆に怖がっている、居なくなる。前崎くんにもしょっちゅう殴られたけど、本当言うと怖く無いんだ。夜になって自分と向き合い夢でうなされるほうがよっぽど怖かった。後で知るが片山津温泉という土地は家庭環境の良くない子が多かった。番長争いに巻き込まれるのは御免だけど、あれだけ毎日殴られてると慣れというのも強みなのかなあ。びびるとゆう事がない。無差別にピストルで撃たれる夢を見る。決まって死んだフリをする、本当に死んでるか確認される。僕の性根はこんなもんだ、いつだって死んだフリだ。園での反省会の場面で次期園長先生が前崎くんを正座させて、目隠しして、どうするのかと思いきや、「みんな、仕返ししてやれ、殴れ、誰かわからんぞ」。と言うのです。プラスチックのバットまで用意されまして、ここぞとばかりに代わる代わる打ちつけるのです。僕はカッコつける訳でも仕返しを恐れるでもなく断固拒否。いつもやり合ってるし、なにもそんな卑怯な、と思ったのです。その後の結末は、年下のみきやくんが前崎くんにありのままにチクリ、仕返しへと続くのです。その件があってか前崎くんは僕に対して態度が変わるのです。前崎くんのお母さんは山を崩して作った住宅地に家を買ったのか、そこから中学卒業まで通うのです。その間何もされなかったし、僕に何かあれば俺がいるぞ、といったふうです。

案内されて居住地に向かっている。両脇に人々が正座して頭を垂れている。歩く自分は古代の正装だ。ふと感じてしまった、何故人々は薄汚れた服装でいるのだろう。もしかしてこの感覚がその後を決めたのだろうか。通されたのは建物の中で一番立派で大きなものだった。梯子を登って上の階へ、大人が8名程車座に座ってもゆとりがある、僕も立派な大人だ。自然のもので作られている完璧な住居だ。何の目的で招かれたかはわからない。だが歓迎されている、さっそく酒肴ととなり語り合う、無言で。それでも人々は頷き笑う。僕は当然の様に振るまっている。さあ休もう夜は早い、朝になって女性が朝食を持ってきてくれる。夕食はいろいろあってどんな料理を食べたかまでは覚えていないが、朝食は加工された品だ。木の実、パンケーキの様な主食を食べた。片付けてくれて腰掛けるよう促される。すべて無言だ。髭を剃ってもらい出掛けてみる。近場に小川があったので小舟を用意してもらい、その澄んだ川面を見つめる。魚が目視ではっきり見えるので、モリの様なものを突き刺す。何度も夢中にやっている間に穏やかだと聞いていた川の流れが突然激しくなり流されてしまうのであった。

僕は目覚めた。そこは大きなお寺の離れにある一室だった。「あっ、気がついた」。看病してくれた女の先生が言葉を出して云う。あれば夢だったのか、記憶だったのではないかと心が言う。目が覚めたという事はあの激流は三途の川なのか。「とりあえずオシッコ」。「行ってきなさい」。2歩歩いて前のめりに倒れる。「その辺でしなさい」。その辺て便利だし、実際にその辺はあるし。「3日間は寝てたのよ、肺炎になるところだったの」。この大寺は夏になると海水浴を2週間合宿させて貰える場所だった。もっとも親戚にあたる夫婦先生が居たからで、男先生が亡くなってからはこの夢企画も無くなってしまった。朝は恒例ラジオ体操から清掃、お経を聞き説法を受ける。朝食を取り、ミーティングをし歩いて海岸へ向かう。残念ながら土地は覚えていない。羽咋といわれる地域だと思う。スイカもぶどうも蟹も、疑問を持たず当然のように食べていた。昼休みを挟んで午後と2部制。規則は出来上がっていて、泳げる区域、時間、体操、管理されていて事故は無かった。そんな真夏の祭典で寒気から震え出した後の事だろう。高熱がしばらく引かず意識も定かで無かった。僕は何日か損をしたくらいの感じだった。

そういえば、園での毎晩行われる反省会とは何だったんだろう。モーターボートのコマーシャルにて笹川会長がお婆さんをおんぶして、1日1膳って言ってくれてるのだから、それで充分ではないだろうか。御三家解散の杉やんの反省会は最悪だった。グラフを作成して負の要素があれば1つずつ上がっていく。正の要素は考慮無し。さて会を始めて発表させる、「はい」。と女の子が手を挙げ「片野くんにおはようと言ったのに、知らん顔されました」。エッそんな場面あった。グラフは1つ伸びます。「片野くん横断歩道手を挙げて渡りませんでした」。エッあの車の通らない形だけの歩道の事かい。ワンポイントアップ。ほぼグラフは男子だけです。僕らそんな文句思いつきも考えもしない。グラフの5の倍数でお仕置きを考えた杉やん。「歯を食いしばって」。後ろ向きから一閃されるのは本物の木刀。そこはせめて竹刀でしょ、受けた箇所は紫色に腫れあがり歩行困難になる。本当なんだから。

アニメ母を訪ねて三千里を観てると、僕のほうに向く視線があった。女の立川先生だ。物語が進むにつれ泣き出してしまう。僕の為にかい、確かに母さんとは4歳で会えなくなって今が11歳だから長いけど、同じような期間連絡も無い親が突然ごめんね、と言って訪問する姿も実際に目にしていたし、ひたすら信じて待っていた。栗田くんが良い例だ。大阪でタクシーの運転手をしている父親はいきなり現れて、今では必ず夏、冬休みは迎えにくる。正一、正二と言う名の兄弟がいた。正一が兄で高校3年生、弟は2つ下だった。「てめー今まで何してやがった」。正二が怒鳴る現場に僕はいた。父親が1人で訪問に来ていたのだ。ドカン、バタンと正二は倒される。兄がぶん殴り「親になんて事言うんだ」。高校3年だとギリギリ期限だ。僕は息を呑んだ、どんな腕自慢にも対応できる修二先生がそっと見ていたからだ。だけどそれ以上揉め無かったのは修二先生がニンマリと笑っただけだったからだ。幸せな気分。栗田から大阪での過ごし方を聞いてもそうだ。牛丼食ってアホの坂田観に行く、友達もいないのに楽しいそうだ。

「ごはん食べた後お茶飲むとムカムカして辛いです」。「お茶を飲まなければ良いです」。体調に関してはこんな感じです。命に別条なければ問題無し。「鼻が詰まって大変つらいです」。「チョコレート食うか?」。半世紀蓄膿に苦しむ始まりのひと言である。それらは病気ではありません。高校生にまじまじと見られ、「どうやって生きて行くんだろう」。呟いたつもりだろう。はっきりと聞こえるんですが。おかずの脂身しかない豚肉を目の前に思うのであった。

週間少年サンデーのまことちゃんが好きすぎて、サプライズが続けて起った。まず楳図先生に手紙を送ったら、グッズと一緒に返事がきた。友達と学校の帰り道なんちゃっておじさんを見た。えっこんな場所に本物が、顔を認識出来る距離で対峙する。おじさんは動かない。相談のうえ本人に直接聞いてみる。恐る恐る目の前まで近付く。おじさんは微動だにしない。「あのう、もしかしてなんちゃっておじさんですか?」。「コラーッ」。大声を出された2人は一目散に走り出し、追いかけてこないので、立ち止まって振り返った。「なあんちゃって、なーんちゃって」。おじさんはポーズを決めた。満足そうに微笑んで踵を返し去っていくのであった。

入浴は週2回、脱衣所で服を脱ぎ、洗い場兼浴槽に足を踏み入れると、さあどうぞとばかりにセットしてある。イスのうえを洗面器が浮く、シャワーが勢い良く噴き出す。例の透明人間だ。洗面器が傾く、お湯が流される。何十回見るんだよ、とっくに気付いてるぞ。頭をその辺に打ちつける、目が覚めた、と思わせての夢は怖い

バレンタインのチョコレートを貰ったことで、からかってきた栗田くんをつい殴ってしまった。頬に傷が残る、時がたっても「なんでここに傷があるのかなあ」。なんて言われる。僕は誓った、むやみにパンチはしない。そして祈った栗田くんの傷が消えますように。4学年上に清水さんがいた、正二さんと同級生だ。清水さんも放送で呼ばれた事が無い。常に僕の先の世代で戦っていた。何でも出来る印象でフォークソングが流行ってる時は、パンタロンを履いてギターを弾いた。中学では番長兼野球部のエース。監督をぶん殴って辞めて帰ってきたら、修二先生にぶん殴られたという。流行りが終わればギターも持たない。中学卒業が普通の時代に彼は小松大谷高校に進学した。喧嘩で怪我が絶えないが修二先生もやみくもに責めない。彼は弱い者をイジメない。挑まれるので闘い、勝利する。電車の中不良たちが我が物顔でまわりを威嚇するところへ清水さんが乗ると「おはようございます」。直立不動となる。気がつけば石川県の総番長になっていて、片山津温泉夏の湯の祭りで、福井県の総番長が挑んできて負かしたという。僕はアドバイスを受けた事がある、エルボーを使え。女性が清水さんに会いたくて訪ねてくる。親がいない垣根を超えてるんだ。夜に寝たフリから仲間の車で金沢にあるディスコに通ってた。僕はダンスを見せて貰った、パントマイムを基本にベースボールの動き。メッセージなんだな、わかるよ。清水さんは卒業後自衛隊に入り免許証を取ったら辞めた。

小学6年生の夏休みに龍宮城へ行くことになった。立川先生が母親の家と連絡を取り、引率者と訪問する事になった。酒屋に嫁入りして辞めていた立川先生に代わり村上先生と行くことになった。何度か手紙を書くように言われ、正直な想いは伝えていた。返事がきて、少ないが3千円使いなさい、とあるがしっかり抜かれていた。秋田県男鹿市にある母さんの実家まで、当時の列車で長旅だ。外の景色を見て飽きないが、どれくらいかかったろうか。迎えの車に乗って広い敷地に到着した。時刻は夕暮れ時。まず正面にとても大きな木があって縁側が目に入る造りになっている。お婆さんが正座して臼で胡麻を摺っている。立ち尽くしてその光景を見たら、玉手箱が開きました。この光景と全く同じ景色を10年前に観ました。記憶が鮮明によみがえる。僕はおぶられたり、抱かれたり、母さんのお乳を吸います。そこからは、年の離れた男女と3人で、一室の中で遊びました。蛍光灯にぶら下がる長めの紐目がけ交代でジャンプです。大きい男の子は上手です、身長もある。小さい女の子は届くかどうかの繰り返し。僕もやりました、2歳の挑戦でした。「どうしたの」、村上先生に呼ばれるまで僕は記憶を観ていました。そこには確実に母さんがいて、抱かれていたのですから。左手脇の通路を歩くと牛舎があって懐しい臭いがする。随分広い家だなあ、右手にある玄関にやっと到着だ。「やあ、いらっしゃい、ようこそ」。いる、いるぞ成長した男女2名が。

佐藤さんの家では、2人の両親が中心になって世話をしてくれた。高校生、中学生になっている2人は覚えているのだろうか。お爺さん、お婆さんは元気そうだが、生活自体は別らしい。だから食事にも加わらない。伊奈美園では黙食が規則なので、皆で談笑しながらは初めてである。歓迎されている。実に嬉しい。村上先生とは正反対に、遠慮する事自体思いつかなかった。真夏なのに涼しい、過ごしやすい、風が何処からでも包んでくれる。奥さんが優しい笑顔で団扇をあおぐ。蝿取り紙がぶら下がっていたが、そうしないと蝿が寄ってくる。「牛舎あるもんでねえ」。お風呂を準備してくれる、順に入ってテレビを観ながらの談笑で和やかだ。中学生の女性は会話しない。きっと話さなくとも思い出していたに違いない。ただ申し訳無かったのは、ピッタシカンカンの答えを全て言い当ててしまった事だ。既に伊奈美園で観ていたからだ。広い寝室で、蚊帳というもので村上先生と隣の布団で寝た。当然のように怖い夢はやってこない。何日いられるだろうか、来たばかりで別れがよぎる。

「今日、何しようか」。朝ごはんから皆笑顔だ。釣りに行った、自然はいいな。畑も持っているが、稲作はやってないようだ。牛の乳搾りも体験した。夜は夏祭りだから行くべ、夕食にちらし寿司というものを食べた。なまはげも現れた。至れり尽くせり、次回は多分ないので、おもてなしが凄い。夏祭りに行ってみる、賑わいが凄い。地元の会話は外国語のようでふわふわしてくる。別の日はショッピングセンター行くべ。ゲームで遊んで服を買ってもらって、欲しい物を聞かれたので、まことちゃんの特集号をお願いした。晩ごはん、大人がやって来て人数が増える。ビールを飲みながら、僕にはサイダーだ。採れたての枝豆は大きくて甘い、これを超える枝豆はその後無い。タイやヒラメが舞い踊る。何日いたのか覚えていない、だけど来た順と逆を辿って戻っていく。オマケもあった。帰りに村上先生とレストランに行った。びっくりした、どでかいエビフライ最高。園のエビフライは、かっぱえびせんサイズなのであった。かくして僕は決められた場所に戻る。ポケットには連絡してみればと、大量の親戚の名前、住所のリストがあった。

ザ、ベストテンを観ていてピンクレディー登場のいい場面なのに、奥村さんが6年生全員集合をかけた。2歳上の奥村さんには妹がいて、特に親しくしてる訳では無かった。「おいっ、お前ら今度中学にあがるけど、俺ら見かけても絶対に話しかけるなよ」。と脅すのでした。「奥ちょーなんて普段呼びしてみろ、ぶっとばすぞ」。中学生になった僕の担任は、杉やんなのでした。中学校へは徒歩で40分位、整列から服装チェックされ黙々と歩く。さあ中学生か、母さんとは変わらず連絡取れず。かつて清水さんが番長だった片山津中学、不良ばかりと評判の男女共学。前崎くんも1年生だ。不安なんか無いさ、なるようになる。さて、そこで見た光景はこうだった。何処で着替えたか全く別のボンタンに半ランの奥村さんが、まるで歌舞伎役者のように練り歩く。ガニ股で摺り足だ。顔つきまで変わっている。目をつり上げ左右へジロリ。その歩きを見て、思いっきり笑いそうになる。勘弁してくれ、話しかけるなんて、こっちから願い下げだ。これが現実か、清水さんは別だと思う。奥ちょー、形だけでは番長は無理だぜ。

最初の1年間は地獄だった、強制的に朝の新聞配達が始まり、5時には初めないと時間が無くなる。夜は変わらず眠れないし、性にも目覚め考える事が一気に増えた。お小遣いは無いし、街の子達との交流も一切無い。友達作って遊びに行くとか無い。食事では杉やんが睨みを利かせて立っているなかで、「おかわりか」。と言って雑に茶碗を取られ、親指を突っ込んでほらと渡され、指に付いた米を喰っている。どうせ手洗ってないだろ。オエッ。何かあると、「感謝なければメシ喰うな」。と言われ、学校の給食だけで生きる日々。骨と皮だけになるのに時間はかからない。手指がタバコ同然の細さになったところで、杉やんのフォローは無い。心配もされない。整列させて説教を喰らう。何かしたかね、誰かがおならする、笑いを堪える一同。いいぞ、その調子だ。そんなんだから、前代未聞の集団脱走事件が発生する。どうして金工面したか、3名が消えて大阪方面に脱走する。脱走って、そもそも僕ら犯罪者でもなければ囚人でもないぞ。5日もいなければ成功だ。もちろん新聞記事にもならない。聞くところによると、大阪のある土手で野宿してたら、同じ位の女子に、「ねえ、遊ばない」。と、誘われたそう。そんなカオスで学校の授業にどう集中すればいいんだ。全校朝礼で、くらっときてしゃがみ込む、立っていられない。「ねえ、君、社会福祉法人伊奈美園」。と、からかう奴がいる。うるせえ、こっちはそれどころじゃ無いんだ。

新聞配達をしながら小銭探し、実際に集まった。観光客が夜に落としていく。自販機で釣り銭を忘れる。カップラーメンを買う位の小銭はいつも持っていた。もちろん内緒だ。学校に行って女子と会話する場面で顔が真っ赤になってしまう、耳に熱を感じる。しどろもどろになる。病気になってしまったのだろうか。エロガッパ、エロカマキリでいいのに、片野からカタンと呼ばれる僕であった。気持ちをとにかく落ちつかせるのだ、このままでは死んでしまう。夜空を眺める、星は平等に見えている。流れ星を見つけ、母さんに逢えますようにとお願いする。

連休とか夏休みで自宅に帰れるわけでもない。帰れる人はこっそりお金隠して持つんだろうな。息抜きという事がない。眠りが浅いうえに金縛りでうなされる。交渉のうえで、新聞配達のお金でラジカセを買って貰う事だけは約束を勝ち取った。中学1年の時点で、親がいない扱いは僕と定者くんだけになっていた。定者くんには弟がいてミニラと呼んでいた。顔が似ている。真冬で短パン、半袖、着た切り雀。ならば学生服でいましょうよ。僕みたく2歳からでないにしろ、2年目で一緒に家なき子でした。そんな定者くんと僕は連休かなんかで新聞が休みの日に、1泊山代温泉でバイト体験できるから行きなさい、いいえお金なんか貰いませんよ、という事で車で連れて行かれた。布団の敷き方を教わり、はい何人分ねと、つまりあるだけかな。2人でせっせと始めるが、最初が斜めだったもんだから全体で傾いて完成か。と、客が来た、定者くん任せろ。ん、と目を見張る旅館客に「加賀のしらべにございます」。と、訳のわからない言葉が口をついた。「おーっ」。返ってきたのは歓声であった。さあ、おいとましましょうぞ。それが僕にとって初めての接客業でした。

こじんまりとした旅館だなあ。ラウンジみたいな場所でもんたよしのりのダンシングオールナイトが繰り返し流れている。雑用をこなして食事を頂く。当然美味しい。天ぷらに煮しめくらいだったと思う。コロッケと白身魚のフライ位は知ってるけど、天ぷらとなると園では食べられない。海老はフライもいいけど天ぷらも美味いなあ。さあお風呂に入って朝に備え寝ましょう。次の朝布団をしまいに部屋へと。遅れた女性のあらぬ姿が見れてついてます。さあ、しまいましょう。小銭やらが落ちてますよ、しょうがないなあ。昼に迎えの車でいつもの場所に戻ります。また、元日を過ごした2、3、4日は障害の持った方が働くクリーニング場で、休みをあげたいので代わりに働きましょう、いいえお金はいただきません、という事で定者くんとまた仕事体験です。僕らには人権あるのかなあ、せめて定者くんに着る服を。頼むから一緒に買いに行ってあげて。ちなみに、2、3、4日は食堂の方達もお休みにつき、食事はカップ麺と切り餅になります、ああ楽しいなあ。

伊奈美園での食事は決してまずくはありません。環境が印象を悪くする。朝は普通にごはんに味噌汁に漬け物。生卵が付けば充分です。ふりかけもあるし。昼を食べる時は、たいがい菓子パン2個にチーズ、牛乳。何故かよく出たのは青りんご。菓子パンには余りが出て自由に取れるように置かれてたっけ。夕飯のおかずは、なんといってもサバの味噌煮。クジラとかもあったけど。1週間続けて出る時もあり、好きだけど、そのうち身の白い部分と茶色い部分を分けて別に味わうという策に辿りついた。週一はカレーはガン決まりです。何にでもキャベツを添えておかず完成かな。食堂老夫婦は中村さんといい、ある日奥さんが、長椅子に座って一緒に食べてる旦那に近づく為体を寄せる。照れて離れるが、更に体を寄せられて椅子から転げ落ちる場面を見た。コントかよ、いいなあ。2人に手伝うスタッフがいる、先生たちも手伝って成り立つ。中村夫婦の2番目の息子は園で生活していた。僕が母さんに連れられて初めて来た時に、凄い形相で睨んだ子だ。後で知ったが橋の下に捨てられていたそうだ。うれしいな、息子にしてくれて。勝つ人になれ、と勝人となり高校卒業までいました。

クリスマスの行事も行なわれました。日を早めて20日頃にします。仲の良い友達を招待して、演劇などを見せて楽しんで貰います。せがんでは無いけど、親達がプレゼントを持たせ受け取ります。帰って貰った後の夕飯には普段食べられないごちそうが並びます。ここで一同の前に数人の女性が紹介され、「今年もスチュワーデスの皆さんが、沢山の寄付とプレゼントをくださいました、みんなお礼を」。言われた僕達はワーッとかけ寄って抱きしめます。なんならケツやオッパイを触ります、もみくちゃでありがとう、ありがとう。もうお分かりと思いますが、温泉地ですから特殊浴場のお嬢様達なのです。相手も、「あんた、やるわねえ」。と言ってきます。スチュワーデスさん達の訪問が無くなったのは、そんな僕のせいですみません。

そういえば、はるみちゃんの相手はしてなかった。一度笑ったからもう大丈夫と思い込んでたし、自分の事で余裕も無かったんだ。伊奈美園の同級生には他に中谷よしえ、そしてもう1人いたけど名字が思い出せない。4姉妹の2番目で、ビゲで記憶してるからだ。見た目バランスの問題で、頭の方が大きい印象から、ビックヘッド、略してビゲで記憶してしまった。怒られるなあ。虎がくるくる回ってバターになる話が差別だと認識される前、男子にはボビーがいた。ボボブラジル、ホッテントット、キリマンジャロ、スティービーが長い為略された。ボビーは割と僕のそばに付いてまわる。音楽部に入っていた。なんせ定者くん以外は親がいるからそれ程気にかけない。中学生になると体の成長は特に大事だなあ。体力であり筋力もない僕は、小学生の運動神経の良さや、訓練された持久走での頑張りだけでは通用しない。どうすれゃいいのさ、この先俺はの世界に足を突っ込んでいた。全校集会で倒れそうになるので、教室で巡回の先生から隠れるのが関の山だった。

毎日通学で決まった道を歩くので、決まった時間に仮面ライダーがバイクで通ったり、上田という子が大声で、「父ちゃん、行ってきます」。と叫ぶ姿が眩しい。がしかし妖怪もいた、ねこ娘だ。中学まであと10分位の小さな薬局で必ず待ち構えている。知らん顔をするが超ミニスカートだからつい目線がいってしまう。すると栄誉ドリンクをゴクリと一気飲みして、フフフ、好きねえと見つめるんだ。どう見ても若くないし。クイッとポーズを変えて見つめてくる。天気の良い日は毎日だ。学校では口裂け女は怖いぞと話題になっていたが、ねこ娘は怖いのかギャグなのか、エロサービスなのか。でもあの薬局の前を通らないと通学出来ないし。

中学生以上の指導となると、人生の師でもあり、親代りも求められるんでないかい。適任の修二先生は園長の娘婿であり、今では別の福祉法人の代表になっていた。杉やんに呪文のように感謝しろ、感謝だと繰り返されて、本当に感謝すべき時に拒否反応がでるようになっていた。気づけば園での食事の見守りはベテランの女の先生に代わっていた。各自の様子を見て問題が無いか普通に親のように接してくれればいいんだよ。突っ込みおかわの杉やんは周囲から見て問題ありと映ったんだろうね、僕ら誰も訴えてないし。そして担任も男性2人制となっていた。他施設から研修でやって来たお坊さんの息子という人物だ。彼は特に何か言うでも無く、僕らが生活する隣の部屋で同じ様に生活する事から始めていた。時間があってイヤホンで何か聴いてるので、お経かな、と思って質問してみるとYMOだった、素晴らしい。流れる水の如し、特に問題がなければ成長を見守れば良し、道を踏み外せばその為にいる。

学校での昼休みが終わる10分前に、どう見ても酔った感じの女子が黒板の前に立つ。「おい、はるみ入れ」。と言って招き入れる。「お前らよお、はるみイジメんなよ特に片野」。エッ、「お前ならわかんだろうがよお」。そう叫んではるみを連れて出て行く。シンナー吸ったろう事しかわかりません。だけど聞いた人はその通りに受け取るかなあ。それが目的なのか、そういう事でもまあいいか。2人はその後学校に来ませんでした。はるみちゃんはどうしたのか、親に迎えに来て貰うしかないな、こんな受け入れ難い世界とはおさらば出来る。僕は低い所から飛び降りて親の元へ戻った品川さんを思い出す。親を振り向かせる方法があっていいな、僕には無いんだ、そんな事しないでくれ。僕も自分と闘ってるんだ、自分と向き合ってくれ。誰も僕を追求しません、教師も皆も何事も無かったように日常に戻ります。狂ってる、自分の身に何かないと知らんぷり出来る世界だ。

そんな僕の唯一の楽しみは、2年生の時に音楽の担任としてやって来た柴田ひとみ先生だ。若くて美しい、短いスカートは反則級だ。音楽の授業は音楽室に移動で席は自由であり、授業熱心な男子はピアノの前を独占だ。僕は決まって特等席、特に片野という言葉はこういう時に使うんだ。起立は無理、礼からの礼、着席でないともうあそこは期待で大きくなっている。必ずピアノは弾いてくれる、もう見えてるし。エレガントなパンティーだ。問題を解く時間には、ちゃんとやってるか歩いて見に来る、ゆっくりと。相沢くんが鏡で覗く為に手を伸ばすと、「イタっ、はいだしなさい」。わかってるんだ、お見通しさ、相沢くんは僕を睨んで舌打ちする。ジャイアンの様な彼は小学校の給食おかわり早食いチャンピオンであり、唯一のライバルが僕という関係だ。相沢くん、傷つけてはダメだよと僕は思い、周りがプラスチックの縁で囲まれた大きめの丸型鏡で見させて貰う。裏返せば拡大される仕様だ。ベージュ色って美しいなあ、赤とか黒じゃダメなんだ。これだよこれ、音楽部に入ろうかなあ。

そんなセクシーに参るのは僕だけではない、上級生は胸を触るでなく掴んだ。そんな事も想定済み、逆に前進して体を寄せ付け返す。フン、何よやってみなさいよ。不良上級生は女性が苦手になり、子分の男に性的に接するようになった。僕もその攻撃を受けた、制服の上着を脱がずにトイレ掃除してたからだ。だけど何かが違う、2人きりだ。いい香りだ、体を寄せ付けてくる。後ずさりするだけの僕、なんでそこで抱きつけなかったかなあ。結婚する事になりますと去って行った。

同級生の女子、中谷よしえの兄で中谷よしのぶがいた。園での話だ。お前らこっくりさんするぞ、と集められ「大谷直子さんが好きな人は誰ですか」、と問う。10円玉が動き出し、確認の為一旦止まった箇所で確認の為声を出します。ナカヤヨシノブ、そんな事はありませんでした。彼女は3歳下の次期片山津中学番長となる小塩くんのの事が好きでやがて交際します。水槽の水をホースを使って出したり、焼却炉の管理、清掃の段取りが得意な中谷よしのぶが、ある時どうでもいいけど妙に納得する口上を言いました。「お前ら蚊を馬鹿にすんなよ、ぼうふらの中から蚊になれんのは選ばれた確率だぞ、人間で例えれば大臣クラスなんだぞ」。なる程、ぼうふら大臣が蚊なのか。どんな人からも思いがけない言葉を聞く事が可能だ、僕は人から聞く言葉を以前にもまして注意深く耳にするようにした。

園の生活では、規律を守り自主性を重んじる精神から週番という制度があった。以前からあり、継続されてるので疑問に思う者はいない。年代別に6班に分けられ、担当班は生活のリズムを任せられるのだ。在籍してる限り逃れられない制度。午前6時5分に決められた人が園内放送でその日最初の呼びかけを行う。1班の週番の人は集まってください、園旗があって朝は上げ夕方は下げる、つまり2回ある。集合したら連絡事項を済ませ、6時15分に起床の放送をする。食事では合掌、いただきますの合図をする。お寺の真似したお経と先生の話もあった。時間のお知らせ確認や行事進行を担当するのだ。その週担当はそれなりに規律を正す、見張りの大人もいるから形だけとはいかないのでした。

定者くんが洗面時に凄い勢いで鼻をかむ、蓄膿を自力で治すのだ。あれって臭うよな、しっかり僕もかい、どないしょ。弟のミニラが、「ねえ、おあねえさん歌ってよ」、と言う。加賀温泉郷で働く女性の物語りで誰が観るんだい。しかし園ではおしんより人気があるおあねえさんなのだった。しょうがないなあ、「おあねえさん、おあねえさん」。ミニラは嬉しそうで何よりだ。中学の授業を抜けだして柴山潟に1人で行くよ、片山津温泉の象徴なんだろうけど、臭いし汚い、廻りは古いゴミだらけなのだった。周りを囲むようにどんどん旅館を建てて排水からいろいろ流すもんだから、新種と呼ばれるコケムシが浮かんでいて新聞にも掲載された。クラゲ風のクラゲだ。湖にはただ浮かべてあるだけのショーボートという船がある、かつては乗船して催しや飲食が出来たのに浮かべてあるだけ。片山津温泉の当時は昼と夜で顔を変えた。昼は地域の人しか歩かないので少ないが、夜になると人で溢れるのだ。だからおみやげ店とか秘宝館とかあるのか。石を投げればヤクザ者にあたる、と聞いた事があるが本当だった。小さいがいたる所に事務所があった、田んぼの脇にさえあってマージャンしてる。車上荒らしでお金を得ようとする奴がいる、バカ、ヤクザの車だぞ。バレてヤクザも親のいない施設の子だと聞くと、さすがに気をつけろで済むけど、僕はそいつに禁じていたパンチをお見舞いしてしまった。皆がそういう風に見られるからだ。

週番ロックンロール

週番ロックンロール(ロック)

週番ロックンロール

週番ロックンロール

闇にまみれた男が1人園旗降ろしにでかけたとさ(でかけたとさ)

その男はその後食堂に集まり週番ロック始めたとさ

週番週番、、、伊奈美にいる限り

週番週番、、、週番ロックさ6時5分の週番ロックンロール

週番ロックンロール

週番ロックンロール(ロック)

週番ロックンロール

週番ロックンロール

闇にまみれた女が1人食堂でただ立っている

(立っている)

その女はそのあとでかい声で(あーあーあー)

合掌ロック始めたとさ

週番週番、、、伊奈美にいる限り

週番週番、、、週番ロックさ俺たち明日また週番ロックンロール

僕とボーカル担当の雷次郎、キーボードのボビー中心で作詞作曲オリジナル曲を披露した。手作りのドラムは僕が担当する。同級生達が中学卒業とともに卒園するので式が行なわれ、他の子といえば顔を黒く塗ってシャネルズの真似なんかして思い出作りをする小芝居の集合体だ。大人も子どもも食い入る様に見つめる、そりゃそうだろ。女性陣からアンコール、うん、でもあとはアジアの子どもしか無いんだ、さっと引き揚げる。カセットテープに録音され5年は人気となった週番ロックンロールなのであった。

僕は清水さんを意識していた。どうせ伊奈美園にいるからとか、どうせ親がいないとかで垣根を作るのかい。言うとしたら他人だ、自分から卑屈になったらその通りにしかならない。この瞬間、青春といわれる時間は一度きりである。自分の内側で挑むんだ、悩みは誰にでもある事も知っている。大小の差を云々いうのはナンセンスだ、迷わず高校に進学する。母さんの連絡を待つ為に勉強もした、合格発表で受かっていた。男女共学の石川県立加賀高等学校である。

高校まで自転車で20分なんて最高かよ、中学の通勤が嘘のようだ。やってるやってる、弱そうな者を捕まえて脅しを繰り返す3人組だ。同じ1年生で子供みたいな事する奴が、やるなら強そうな奴にしなさい。中学と違い部活動はしないとな、まっすぐ園になど帰りたくない。「片野ラグビー部入るの、もやし君みたいで」。とは乱闘好きの佐々木だ、「何、片野、石川少年の船乗ったの、俺も乗った事がある」。と言うのだった。待てよ自分から話さないのにどういう事だ、あれに参加出来るのは特別のようであった。

それはまるでギフトだった。中学2年の夏休み、説明を受けた僕は断る理由が見つから無かった、小遣いまで渡される。金沢にある港から出港だったと思うが、記憶では30人位か。年代は小学6年生から高校生まで、説明を受けてグループ分けされ沖縄へ向けいざゆかん。最初は様子見、船酔いがあり慣らす為。引率者達のグループが有名なのだろうか。食事やシャワーなど通常になった頃、放送によりスケジュール開始で交流から始まり、朝はラジオ体操、グループ別に集まり引率者の話を聞く、難しい事は何もない。別のグループにとても輝いて素敵な女性がいる。こういうのに弱いなあ。自由時間に話しかける。高校1年生の彼女は浮見さんといって星稜のチアガールだという、甲子園に行って応援し続けるだろう事を想像すると眩しすぎる。この旅が終わる迄に仲良くなりたいなあ。グループ行動は夕方もあり、意見を言いあったりゲームをしたり、グループに結束が生まれてゆく。沖縄に近づいているのか、夕陽とともにイルカ達が並んで泳いでいる、夜空には満天の星なのであった。

沖縄のビーチは信じられない美しさだ、見慣れた日本海もいいが砂浜からして違う。ひめゆりの塔に行き説明を受ける、国際通を歩き、パイナップル畑を見学する。ソーキそばを食べラフテーという料理を頂く。地元の中学に行き交流する、なんだか夢のようだ。さあ船旅は長いから折り返し戻りましょう。自由時間によせばいいのに浮見さんに、好きですと言って住所を教えて貰う。手紙を書くのだ。さあ旅路も終わりにちかづきグループ事にお別れ会だ、小学生は泣いている。さあ皆でダンスパーティーだ、甲斐バンドのヒーローで踊るんだって。そこだけは違うぞ、ドナサマーにしてくれないかなあ。

そんな石川少年の船であった。高校1年の担任が、君は生徒会副会長が適任だ、なりなさいという事で全校生徒の前で挨拶だ。壇上に立って話すのはいつしか慣れていたし恥ずかしくは無い。「全校の皆さん、こんにちは」。何か間違っているだろうか、一斉にざわつき、「くだらねーぞ」「帰れ」と野次が飛ぶ。わかんねえ奴らだなあ、人の話を聞け、そんな調子の始まりだった。ラグビー部には雷次郎の兄がレギュラーでやってたし、やろうと思わなければ寝てる箸を縦にする事も出来ない、やれんのかバカヤローの闘魂注入。このままでは自分に自信が持てない、もやし君無理に挑むの巻。同級生とは正直に自分の事を話し、気にかけない者とだけ友人になり、遊びに行く関係となる。高校生ともなれば、そんな気にされない。だが、父親が慶応だという話だけ誰も認めない。まっ、そうか。

堂々と通い、堂々と過ごす。変化が起こる、開け放たれた校舎の窓から上級生の女子が手を振っている。笑顔で誰にって僕になのだった。一度や二度ではなくなる。3年生のリーゼント頭の奴が始業間近に、「大下、片野ちょっと来い」。と呼び出しをかける。大下にパンチ、キック謝らせる、僕に往復ビンタ、みぞおちにボディー。「文化祭の練習サボってんじゃねえぞ」。「おい、痛えなこの野郎」、睨みつけると予想外なのか去って行く。その後リーゼント頭は僕の視界に入らずに卒業までいた、人を殴っておいて勝手にビビってんじゃないよ。小遣いは少ないけど毎月支給された。床屋行くと無くなるので主張して別にしてもらい、園の近くの床屋に行く。中学は坊主だから床屋は必要無いのだった。おばさんが「あら、久しぶり、お母さん元気」と聞く。時が止まる、てゆうか当時3歳位だぞ、よく瞬時にわかったもんだ。よく通ってたそうでウチの子にさせて欲しいと言っていたそうだ。仕方ない、現在何処にいるかわからない、と伝える。おじさんに髪型を聞かれ、ここをこうで透かしてとか面倒になり「カッコ良くして」、「そうだ、そう言うんだ」。と教わるのであった。

大下、広田、片野赤点。留年になりたくなかったら頑張れ、留年システムって何。夜は3、4時間の睡眠、新聞配達をこなすプレッシャーもある、なんなら寝ないで配達。ラグビー部の活動もあり授業といえば仮眠の時間になっていた。もはやこれまでか、片野セーフ。大下、広田退学を選択する、「あいつもじゃねえのかよ」、母さんに免じて許してくれ。いけない事と存じますが新聞配達をトレーニングにして時短させ、とある旅館の非常階段を上り人と出会えば「おはようございます」と挨拶し、大浴場で朝風呂に入ってました。いいえ毎日とは言えません、仮眠中に足がピーンと伸びて机を飛ばします。そういう時に限ってシーンとしてる場面で、ガタンと出る音が響き女子達は笑います。夜に勉強してテストで点数が取れるように、どうせ寝れないのだから。

園の高校担当先生とは県内で競歩の選手と指導で知られていた中村という人物になります。生理的に嫌いです。かつてパン工場で就職が決まった太田という高校生と本気で殴り合いをしてた、原因はともかく太田の加勢しようか迷った程だ。太田は面接の帰りの列車で某局サンデーズのアイドルと話し込み、なんと園に連れて来た。ラジカセ貸してミニライブを決行させたが多分その件だろう。別の時は1年生が2階から目の前のドブ川に飛び降り、その更に前は派出所なもんで問題になり激怒していた。「あの野郎、安全に飛び降りやがって芝居なんだよ」。解ってねえな親の愛情を振り向かせ、認めたくないクソな現実からおさらばするする芝居とはいえ怪我のリスクは覚悟してんだよ。僕にはいつも「お前は甘えてる、甘ちゃんなんだよ」、と超絶上から発言。自分はちゃっかり保育園で働いている女性とできちゃった婚、その為の住居購入予定だという。自分の価値観を押しつけたくて仕方がない、髪型は角刈りでいい、服装はジャージでいい、最悪なんですけど。

中学の時の杉山しんいち先生は保育児担当になっていた、指導者会議にも呼ばれない。なんせ女性保育士がいて何の為にいるのか。見ちゃうんだよね、たまたま通りがかったその部屋のドアが開けっ放しで、「こらっしんちゃん、しゃんとしなさい」。と保育士の大声が。見ると幼児に混じっておしゃぶりをくわえた杉やんが四つん這いでバブバブアアと動いていた。何だこれは遊びにしてはシュールだなあ、かつて独身女性からモテると錯覚していた御三家の独身男性、運動会でタバコリレーなる火を消さない様にスパスパ激走していた輝ける頃の杉やんは終了していたのだけは間違いない。

精神的には闘いだった。ともすれば死にたくなる、両親の顔を知らない僕は何者なのだろう。神とは、生きるとはどういう事なのだろう、何の為に。解るはずもない、今日も夜空を見上げてバランスを保つ。偶然などあるのだろうか。撃たれる夢はピストルから機関銃に代わっていて容赦なく死体の山を築くのに、お約束で僕には当たらずさっさと死んだフリをするのだった。行った事も無い場所を夢で観る、ここは函館だなと解る、駅とその周辺から感じる。戦前の新宿にいる、皆に知らせるべく階段を降りて人が集まってそうなドアの前に立つと、心臓の鼓動を速くしたようなドッドッドッドッという音が響く。ドアを押して覗くと集団の若い女性が必死に踊っているのだ。現実世界では天然と言われ愛されてるようで、世間の事を何も知らないので会話でもついていけないだけだ。同級生に付いて廻り恥と引き換えに体験させて貰う。ハンバーガーは席に着くだけでは食べられず先に買うのか、なる程な。うんスパゲッティとはフォークを使ってこの様に食すのだな、箸しか使った事無いもんで。一緒に喫茶店に入っても何を注文すれば良いか解らない。しっかりラグビー部を続けてる僕は細いなりに体力は付いてきて、食事以外に小遣いで学校のパンを買えたり友達との食事体験にもお金が必要になる、もっとお金があればもっといろんな体験が出来る、文句言ってないでやってみるか。

さて2歳上の皆上先輩はモーターボートの教習所に入った。デビュー前は地域新聞の片隅に頑張れ地元の星、皆上選手と取り上げられる。僕は皆上さんに誘われたら同じ様に挑戦しただろう。けれど皆上選手は勝利を逃しただけでなく、誰とも連絡取れない不明者となってしまう。愛する人が不明となる事象は母さんに始まり、その後も続いて僕を苦しめるのであった。サヨナラだけが人生か、僕はならば自分がサヨナラする事を考えるようになった。

アルバイトをするにあたり、園が1丁目なので2丁目の区画にある坂上酒店に飛び込んで話させて貰うと二つ返事でいいよ。仕事内容は自販機の補充、空瓶などが積んである空き地の整理、そして配達の助手なのであった。店主の運転する助手席に乗り個人宅、旅館に配達する。また見ちゃうんだよね、とある旅館の玄関先に園の1つ先輩で中卒のブタ松一家総長松井くんが座っている。隣りには清水さんが好きでダンス教えて貰う名目で離さないぞとやっていた姉がいる。人がビールケース積んでいても全然気付かない。姉が「仕事しっかりしなさい、はいちゃんと立って」、叱咤するがブタ松は力なく座って動かない、見ると死んだ魚の目をしている、病人じゃないか、姉さん助けてあげなよ、なんとも切ない。また個人宅にお中元を届けに行くと目を三角にさせたおばさまが、「爆弾だったらどうすんだ、いらん帰れ」、と返されるのであった。姐さんという方ですかね、店主は笑っているのです。

園内放送で若い女の先生が、「片野くん片野くんまた女の子から電話ですよ、すぐピンク電話まで」。と自分の事の様に言う、電話は口下手だし無言の時間が多くなっちゃうのに。なんか数名からかかるのは、全校生徒に各自の連絡先がわかるリストがあるからなのだった。いずれにしろ前代未聞、自分達の世界に閉じ込もって満足する別の次元なのであった。僕の何処に惹かれるのだろう、決して明るくないし考え込む性格だし。当時好きな人はいなかった、まだ彼女はいいかなあ、柴田ひとみ女史を想う。大好きと問わればどんな芸能人より彼女なのである。星稜高校の浮見さんはもう卒業してるはず。年下の子たちが寄ってくる、「なんだ長州コノヤロー」と言われ「なんだ藤浪」、と返す長州藤浪ごっこ。伊奈メシ小僧と海老ろうにはオリジナル足殺しだ、ギロチンドロップの要領で踵をおろす。いかにパワーリストで鍛えてる2人でも、「うわあ足殺しだあと嬉しそうに痛がってるんだ。

角刈り頭の中村が、また勝手な事しやがったのか、と人を追い込む事が出来て楽しそうだ。どうせ賛成されないし無断で始めたバイトなのだった。解決は指導者会議でとなり、案の定認められない。奉仕活動なら良くてアルバイトは駄目だとさ、こんなんで社会人になりやっていけんのかなあ。中村の言う甘ちゃんとは、親もいないのに高校進学した事なのではないか。

夏休みのある日、夜に園を抜けだして友人の家まで自転車で向かう。他には川尻が待っていて、ブラックニッカを初めて飲む。親とはどうなっているのか騒いでも大丈夫だとの事。つまみはポテチ、腹が減るので冷蔵庫にあるものとケチャップで米を炒め食べる。石井の彼女の森さんの父親が市会議員をやっていて拉致されて不明との事、森さんが鉄のカーテンを発動してBまでいけないと聞かされる。森さんは1つ後輩で水泳部でも一緒だと言うが、僕なら想像が先にきて海パン一丁は無料だろう。そうこうしてるうちに天井が廻り出した、それに合わせ頭も動いている。いけねっ新聞配達しなくては、戻って配達するがヘロヘロ、多少時間もかかり通行人も増え何度か声をかけられる。覚えてないが園に戻って大の字に寝てたら、中村に叩き起こされいきなりパンチだ。なんだ何パンチだ、泉くんのメガトンパンチに比べれば屁でもねえ。金属バットでぶん殴ってやろうか頭をよぎるが、奥さんの大きくなったお腹の映像が浮かび踏みとどまった。奥さんに感謝するんだな、またしても前代未聞僕はそのまま眠るのであった。

片山津の町の中心部、バスロータリーがある場所に泉くんは立っていた、こっちに気付くが目線を落とす。坊主頭から綿飴をかぶったような髪型に変わりピンクと金で染められている、ヤクザの面接かなあ。園の1つ先輩でたこ焼きを1人1個家の帰りに食べさせてくれ、いつも親指を咥えていた通称バブくんはリーゼントで頭てかてかに光らせとんでもないバイクにまたがる姿も見た。それぞれの道を行ってるんだな、前崎くんはどうしてるだろう、かつて訪ねる訳でもないが家らしき前まで行った事がある。大音量で矢沢永吉の時間よとまれが流れているのであった。

定者くんは中学卒業してすぐには行くべき場所が決まらないので、別の部屋で生活し園の食堂手伝いです。無料職業体験が役にたったのか一切暗さはありません、いいぞその調子だ。

中谷ヨシノブから聞いたぼうふら大臣を考えてみる、僕こそがぼうふらで誰かの養分となってしまうのか。確率を越えて競争に勝ったところで他人の血を吸い取って生きねばならない。何者かが中谷ヨシノブの姿を借りて僕に伝えたのではないか、この地域特有の急な降雨あとの虹を眺めて考えるのである。アヒルとして育つが実は白鳥だった話があるじゃないか、希望は持っておこう。「お前なんかこうして守られてなければ、野良犬の様に暮らしていつでも野垂れ死にだ」、中村に言われるが自分が同じ立場で考えてみる発想はないのかね。ご心配なく、中学の卒業文集に好きな食べ物、他の人はステーキ、カツカレー、うなぎ、ケーキと書くところカップヌードルの汁と書いておいたよ。他の人が将来の自分というテーマで夢や家を継ぐ、目標を書くところ、ドブに片足を突っ込んで死ぬと書いたよ。自分でも知ってるんだ、それ以上責めないでくれ、どんどん卑屈にさせて閉じ込めておきたいんだな、杉やんを見ろ、何の為の自分だ。具体的に知りたい、世間に出てどんな事にも負けない何か、それは誰にも答えられないだろう。

楽譜は読めないし歌う事にトラウマがある、ラジカセにアカペラで録音しボビーにまとめて貰う。彼は中学まで園の生活で高校からは自宅で生活していた。小松に家があり訪ねたことがある。立派な家じゃないか、なんで園で生活してたんだろう。妹のマリを紹介される、エッ兄妹入園しないパターンもあるのか。小松工業に入学した彼は、加賀高音楽部の女子と交際してるとの事でなによりなのであった。

僕は園でかつて大きい人にやられた事はしない、何が楽しくて驚かせて泣かせる必要なんかあるのか。皆寄ってくるし笑顔にさせる。淋しいから相手にしてるんでしょ、と人は言う、違うんだ愛おしくてたまらない。特に幼児の時から居て育っている伊奈メシ小僧の定岡くんと海老ろうの海老田くんとはずっと遊んでいる。定岡くんに顔を合わせるとつい話しかける、伊奈メシ小僧伊奈メシうまいか、うん。自分も伊奈メシで育っているのでイヤミでもなんでもない。海老田くんもそうだけど2人とも妹がいるし淋しさに関しては未知なのだけど、飛び降り様な事はしないだろう2人なのだった。

時間があればラジカセを聴く、淋しいからではございません、取り繕って嘘ばかり言う大人と違い情報やメッセージを受け取れる。透明人間の悪夢に関してはテレビからピンクレディーが悩ましい姿で現れないのが透明人間です、と言い切ってくれたのが奏功したのか解放されて久しいのでした。ザモッズのトゥーパンクス、俺達は乗る事が出来なかった、俺達は乗せて貰えはしなかった。トゥーパンクス縛られて、トゥーパンクス見張られて、トゥーパンクス逃げられない。ヘイボーイ、お前ならどうすると問いかけられる。いつか僕もハマースミスとやらに電話をかけて2カ月以内に決めるだろう、その時は恐れないオーケーパンクス。

僕は養護施設出身、特に両親がいない人物が後に社会的立場で成功する、いやしたらどうなるという事まで考えていた。答えはノーだ、親がなくとも子は育つ、そんな事になってみろ想像するだけでいやだ。成功なんか知らんけど親子でいてくれ、それだけじゃ不満なのかい。当然進む道は試練だ、そんな事はとうに知っている。妙な感覚に襲われる、なんで自分がと感じてる事が間違っているのかも。するってえと何かい、自分自信が望んで存在しているという事なのかい。唯一の空間である二段ベッドの上段でわずかな私物に囲まれて考えるのであった。栗田くんも小塩くんも卒園して既にいない、別ればかりが付いて廻る。「ねえ、皆上さん何処にいるの」。野球部のマネージャーだった美人さんが加賀高に訪ねてきて聞いてくる。それは僕も知りたい、彼女は皆上さんの事が大好きでいてくれたんだ。

園でマイクロバスに乗って金沢の会場まで向かう、施設対抗運動会で普通参加しないけど最後だしいいか。高速道路で途中石川県立野球場の側を通る、今日は催しはないのかな。かつてはプロ野球でも無いのにワーッと凄い歓声が聞こえる場面もあった。小松辰雄が投げているのである、星稜と言えば小松とチアガールの浮見さんなのである。今は他施設の園長となっているYMO先生がいた、全然偉そうじゃない。法衣みたいなものを纏って小さい女の子を抱っこしていた、柔らかな笑みで後光がさしている。もっと話すれば良かったな、現実は杉やんから中村と最悪のリレーなのでした。各施設がテントを建て昼食を取りながらの応援だ、皆笑顔で過ごせますように。若い女の先生と子供たちが僕に期待の声をかける、そうか各年代順のリレー競争だ、何ハンデないの参ったなあ。案の定多少遅れがあってもあっという間にラグビー部で鍛えた脚力で抜き去り、余裕の一着だ。わあわあのテント、ニコニコの女性達。役目は果たしたぞはよ帰ろ。

定者くんは個人でやっている中華料理店に住み込みが決まった。本人しかわからないつらさもあろうが、親がいない人間にとってもしかしてこの道しかないのかも知れない。なんで誰も教えてくれない、企業に就職して競争を強いられるなら個人で闘って結果を出せる。生きて行ける。親代りになる方に直接教わるのが大きい、奉公という歴史が証明している制度、日本人がつくりあげてきた心そのもの。奴隷制度ではないのである。僕はただの一度も就職の相談や話を受けた記憶がない、そこまでは知らん方針なら早いうちに言っといてくれよ伊奈美園さんよ、中学入ってすぐくらいでないと、とりあえず住む所が必要だから決めるけどすぐ辞めるか廃人になるか、だってそれはギャンブルと同じで自分にぴったりと頑張れる確率はほぼ無い。

さてラグビー部では最後の公式戦の前日である、ポジションがフルバックの僕はキックの練習をしていると監督が「なんだ全然成長してないじゃないか、何してたんだ」。と言う、当日になって「君しかいないんだ頼んだぞ」、と言う。下手くその極みかい。試合ではいつもの如くスクラムで揉めて佐々木が暴れる、そんなんいいから点取れ。相手にタックルし脳しんとうから記憶が飛ぶ、ならばライン際を走る相手にはタックル風の押し出しでラインから出す。また1回戦負けかよ、点差が開いていく。時間はある、下手くそなキックで陣地を挽回する。その時キャプテンから遂に出た、一生に一度のサインが。ライン参加で1人飛ばしからパスを受け取った僕はランを選択だ。右右と思うでしょ左からの右、フェイントからのステップで1人2人3人と抜き去る。密かに練習を積んだ渾身の走り、スローモーションの様に簡単にかわせる。会場では次の試合に備えてしょっぱい消化試合を観ていた観衆から地鳴りの様な歓声が沸く。それはまるで清水さんから教わったダンスなのであった、気づけば相手はあと2人。誰も付いてこれない前提なら突っ込んだけど、そうと思わず味方に託そうと振り返って後悔する。結局得点に繋がらず一瞬の刹那、がしかし観ていた人達から口伝てでその走りは片野ステップと呼ばれ、他校の人達が体育の授業で真似ているのだった。帰りに寄った煙草の吸えるお好み焼き屋で反省会しながら、これで部活動も終わったのだと思うのである。

下駄箱には今日も簡素な手紙が、好きですつきあって下さい。3年生にもなると下級生は神格化した様に見る。小学生様の連絡帳を手に歩いているとワァーッと叫ぶ、テストの上位者を貼り出すボードを見てざわつく。学校の小誌で副会長歴がある事を知り、印象を良くしてしまう。何だこれは。卒園する迄に歯を綺麗にしましょうという事で歯医者に行けば、若くて綺麗な女子2人で「あっねえ、お気に入りの子来たよ」、と喜ばれる。一生に一度はラグビーのサインだけではなかったのである。

好きな人がいる訳ではないが、これではどもならん。母親を基準に好みって出来るんでないかい、顔を覚えてない僕。付き合い始めて1カ月で2人交代だ、多分僕は結婚に向かないだろう、この娘もいいけどあの娘もとなる性分がもう発揮されるのである。噂で瞬時に情報は流れるのに付き合って下さいは続くのだ。1歳下の淑子ちゃんで落ちついた。いいもんだな、正直思ったけど園の生活では外でデートが出来ないじゃん、ひたすら放課後の教室からスクールラブなんて冷やかされる。普通にデートしたかったなあ。淑子ちゃんは僕に似合うようセーターを編んでくれた、ありがとう。伊奈美園で着ていると若い女の先生が仰天する。「えっ手編みのセーターなの、凄い」。園で読書感想文の成績を壇上で知らせるというか発表だ、しょうがないなあ、ドラムロールは無いけど「はっ、ぴょう、します」。退屈させないぞ、子供たちは大受けだ。「ねえ先生のパンツ水色だよ、先生の事好き」、と聞かれ「うん」、わあーっと大盛り上がり、女先生は顔を赤らめて恥ずかしげにするのです。

川尻と吉田を園に連れてきて、こういう生活なんだ見なよと説明する。2歳下の川井くんを見つけた川尻は激励の挨拶をする、人の家にさんざん遊びに行って良く付き合ってくれたんだから当然の事でしょ。がしかし高校生が友人を連れてくるなんて前代未聞の事らしい、なんで。角刈りの中村が言う「お前連れて来るなら言っとけよバカヤロー、なんだあの不良はあんな奴とは付き合うんじゃない」。心がさもしい奴だなあ、言っとけ言っとけ僕は野良犬じゃなかったんかい。なんでも初めての事、前例の無い事を極端に嫌う。負けてたまるか。

授業の仮眠中にいきなりドカーン、ビリビリと窓ガラスが振動する。とうとう奴は機関銃をミサイルに変えたのか、条件反射で死んだフリの為机の下に潜る。驚いたのはそんな僕ではなく同級生達なのであった、お約束の爆笑かい。なんでも近くにある化学工場が爆発したという事、し、まった死んだフリを見られたぞ。女子の1人が「はい、ちょっと厠」、と言って出てく、かわやとなもし。自由時間という名目の授業が増えていた、卒業が近ずいているのだ。自分で挑戦してみたさ、集団面接会。練習をこなして準備は積んだけど実際にはマニュアル外の質問を受ける。「お母さんとはどうしたいですか」、固まる、時が止まる。久し振りの感覚、即答しかねます、結果は不採用。新聞配達を終了させてもらい皆と車の教習所に通う、その為の新聞配達の苦労なんだけど、金額いくらあるか知らされない。この地域で成人で暮らすとなれば車とセットだろ。免許証だけあっても仕事で必要の前に普段から乗ってないと、そこまで考えてるはずが無い。雪の日の通勤はバスを使い高校前というバス停がちゃんとあるのであった。

「おまえの親ひょにおって名前変わってんな」、いやそれは表二雄、園長の名前だ。面倒くさいなあもう。「おい、昨日の花王名人劇場見たか、松尾大活躍」、同級生の会話を聞く、いいぞその調子だ伴内と軍団頑張れ。教師がこれからは皆さんレコードでもなくカセットでもなく、画期的なCDというものが流通して便利になりますよ、と教えてくれる。僕はモーテルズのオンリーザロンリーを脳内で聴いてみる。デートの無い放課後にかわいいと評判の山崎さんが教室に友人と2人で居る。1年生の2人は悩んでたりもするだろう、しょうがないなあ。ガラッとドアを開けたと同時に小芝居の始まり、黒板消しが落ちてくるボケをかましてから黒板前に立つ。エールを送らせて下さい、フレフレ山崎。帰りにズッコケもかます、文化祭間近だったので応援スタイルは身につけていた。何事もなく卒業までいってくれ、自分の事をよそに切に願うのであった。

園ではいる間にしか出来ないから、小さい子とよく交流した。左利きの男の子にボクシングトレーナーごっこだ。左、左、左いいね左、左強いパンチを繰り出してくる。そしていきなり右、へちゃあと弱いヘタレパンチ。コロッケとマー坊兄弟も良かったなあ、コロッケ顔の彼が「僕ドリルちんぽって言われるんだ」。えっ僕じゃないよな、大丈夫皮が余ってるだけだよと教える。マー坊は赤塚不二夫先生のキャラにいそうな面白さだ。ドクタースランプあられちゃんをみんなで見るぞ、「りょうこ、おいで」。とっても可愛い小学2年生の彼女を呼び、YMO先生の如く抱きしめようとしたけど、りょうこはなんだコノヤローとキックを繰り出してくる。未熟でございました。しんえいという5歳児がいてりょうこちゃんが寝てる間にあらゆる部分をペロペロしたという。ううなんて奴だ、僕の5歳時でもそんな発想は無かった、しんえいも親はいない。

ごっこと言えば小学生の時に高良くんとやったあふたごっこを越えるごっこなどないだろう。お控えなすっての態勢で右膝に右手、左膝に左手を口上に合わせて右3回左3回右4回左3回と叩くのだ。あふたごっこをしましょうよ、あふたあふたあふたああふたごっこ。繰り返し行えば、それはまるで以前からお祭りで行なわれてたかの様な神聖さとなる。それを通りがかりで目撃した高齢の表二雄園長が、「なんだそれ、教えてくれるかい」、と言うもんで階段バージョンで特訓だ。こうか、いや違う等と言って教えるのであった。大雪後の雪かき作業でノロノロ運転を余儀なくされた観光バスが退屈そうに通る。しょうがないなあ、おい伊奈メシ小僧、よっしゃあと雪の固まりに頭突き、正拳突きをアチョーと言ってかまさせる。謎の空手の形も披露だ。ウィンドウを開けアンコールを要求する観光客に応える、写真撮影だ。これぞお互い退屈しない一石二鳥なのである。また別の日は「おーいトマトお」、と大声で叫ばせる。不思議そうな顔をした観光客に「うまか棒、うまか棒」と言わせる。そのうちあそこには頭のおかしい奴らがいると話題になったのはそんな僕の罪のせいです。

もうじき卒業か、もうちょっと居たいな。体育で男子はソフトボールの遊びで、ぼてぼてゴロに一塁ヘッドスライディングだ、おーっと聞こえるが校舎から生徒が見てる。ちゃんと授業しろよな。文化祭の打ち上げで不味いウィスキーを飲む、美術部の絵画担当の小学生から知っている男子が「ねえ、キスして」。とくる、いやそれは勘弁。友達の家に行ってモチモチラーメンだぞというものを食べ、バイクの後部座席に乗せられ疾走するが、もっとしっかり掴まないともっとぎゅっと抱きついてと言われる。ヘルメットの無い当時だ言われる通りにする。家に戻れば抱きつかれてキスをせがまれる、ていうか力ずくだ。勘弁してくれ、逃げるぞ逃げる。男からも求愛かよ、かつてその男には修学旅行でおふざけのつもりで全身電気マッサージをした事があったな。し、まった。おうおうと喜んでいたではないか。小泉今日子さんの真っ赤な女の子を聴いてやり直してくれ、頼む。

とりあえずという形で就職は決まった。実質園長のソーム先生の紹介で金沢にある中橋タイル株式会社の職人見習いとして入寮する。園の建て替え時プレハブ暮らしがあったけど、同じ様に別のプレハブで泊まり込みで作業していた人達いたっけ。朝食用の味噌汁を、どうぞと届けに行った記憶がある。入社式の前から入寮して手伝いの仕事をする事が決まった。働くことに不安は無いけど、変わらず母さんとは連絡が取れていない。フタをしてハイ私はですね、と知らない人達に囲まれて堂々といられるのか、聞かれたらどう答える、その時期は間近に迫っていた。

高校の卒業式なんてものはあっけなく終わる、その後行事があるわけでなし、ではサラバで終了だ。歩いているだけで学生服のボタンをせがまれる、目立とうとしてる訳ではないのに気づけば全て無い。彼女の分が無いじゃないか、どうしよう、会うには教室に乗り込むか放課後まで待つしかない。僕は帰ることにした、サヨナラを言う必要も無い。かつて自宅に行った事があり僕はなんだか横になりたかったので、2人で畳の上で横になった。大きくはないが掃除の行き届いた家である。その時間を引き裂く様に姉が入ってきて怒られる。母子家庭で母は看護士だという、何としても立派に育てると親の愛を感じる。僕らの仲はBまでだったのである、お別れではないんだと言い聞かせ園に帰るのであった。

帰るとまたもや若い女の先生が、えっボタン全部無いと目を丸くして驚く。それ程かい、まあ普通はボタンは多少付いてるわなあ。僕は一気に孤独感を味わう、もう学校には行かないんだ。自分を見つめ自分であるしかない、勉強もしなくていい。次は卒園と旅立ちが待つのである。ん、園の下足入れに手紙があるぞ、とどめなのかい。ビックヘッド失礼、恐らく松本さんでないのかい。付き合って下さいとある、どうしようも無いでしょ。返事を相手の下足入れに返しておいた、卒園にはまだ早いのに次の日からビックヘッド、失礼松本さんだろう彼女は園からいなくなった。こんなパターンもあるのか。かつて本棚に古くから置いてある童話があって、挿絵の登場人物の男女にかたのくん、わたし、と落書きがあったけど、わたしとは松本さんだったのかい。いや中谷よしえの可能性もあるぞ、いや山中さんかもな大穴ではるみちゃんもあるぞ、まあいいか免許証も無事取れた事だし。

免許証、面接の記載に戸籍が必要になる、僕の本籍は北海道札幌市厚別区なのであった。父親は長野出身だという、母親が秋田県であり妙な事に3人とも名字が違うという。父親は確か松田姓、母親は佐藤で僕が片野。聞くところで推測すれば母親は集団就職で東京に出た、どの様な暮らしかは知らないが父親と出逢い僕が生まれる。それ以前に父親は脳の病気で亡くなったとの事。易者をしてたのか嘘でヤクザだったのかは知らない。望まれた出生ではなかったのだろう、秋田の実家に勘当される。母子家庭となり養子縁組という制度で札幌の片野さん夫婦の元へ行く、僕の行く末の事もあるだろう、なぜか短期間で解消になる。石川県に行く前に秋田の実家に寄った記憶が僕にはある、つまり2回縁を切られたという事になる。これは一体どういう因果なのだろうか、1つは母さんが美人だった事。男がほっとけ無い、同性の助けてくれる友人がいない。1つはもう既に決まっていた事だ、辛かったろうな急成長の加賀温泉の旅館へ何度も手紙のやり取りを済ませ1人決断する。何故なんだと思っても、恨んだり憎んだりした事は無いよ。願わくば母さんに会いたい、みなしごハッチだって母さんに会うじゃないか。このままってのは厳しいな、どう受け入れてどう生きて行くか。自殺は多分負けの定義で、それゆえ誘惑は激流となって僕を飲み込もうとする。今後は何のフリをすればいいのだろう、少なくとも前例や見本を見て育ってきた。この先は戦場といっても僕に何が出来るというのか、その為の死んだフリ夢攻撃で攻め続けられるのか。おい、どうすんだという声が聞こえる。

免許証費用で僕の貯金はゼロだという。その通帳はチラ見せで処分しとくと中村が言う、いや返してくれよじっくり見たい。正確には小学5年生から強制的に始まった新聞配達だ。どういう経緯でゼロなのかの問題ではなく、極端に言えば寄付でもなんでも増やさんかい。何も頼るものが無く、持たせて貰えるお金も無い。なんでアルバイト禁止なのか矛盾だらけ、僕の意見が理解出来る先生は時代遅れに呆れ僕が卒園してから辞めてゆく。実質園長に誘われて近所の焼肉屋に連れて行かれる、うまくもなんとも無い。いいよと言ってビールを勧められる。「よく前崎と喧嘩してたよなあ」、と言うがその前崎くんを磔にした事は忘れたのかね。オーダーメイドのスーツを買って貰う、僕が根本的にひねくれ者なのか巧妙に騙されてる気しかしない。そうして感謝の作文を書けと言われてもねえ、感謝は内側から湧き出てくるもので強制でのパターン化では無いだろう。杉やんの呪いもあるし、我が加賀高ラグビー部のライン時のサイン84129とはならないのだ。はー良い肉。それよりも良い話を聞かせられないのか、僕の父親の話とか口からでまかせだったのかい。今後どの様に生きて行くべきか驚く程何もないのであった。

限られた世界から出て広い世界を体験させて貰う、それ以上でも以下でもない。それにしても杉やんを筆頭に園で育ってどういう形で子供達の先生となれるのかがさっぱり解らない。少し就職して挫折して職場としてお世話になるのか、そのまま居残って園に居続けた結果先生となれるのか。自分の経験からありがたいと感じるのは真実だと思う、それを忘れてはいけないのだと指導するのも解る。だけど1番肝心な社会に出てどうやって生きていけば良いのか、何に気をつけて暮らすべきなのか教えられるのですかね。ならば仏の道なりキリストの教えを自分で学んで、勉強して伝える事が出来なければただの毒じゃないか。そういえば鼻が詰まって全然寝れない、大事で必死な訴えにチョコレート食うかでかわした大人が杉山杉やん、あんたなんだよ。僕はまやかしはゴメンだし見てきた、全て見てきてるんだよ。

僕が想像する都会とはカツアゲであり、見た事も無い不良であった。金沢はそれ程でも無い。職業選択の自由がある様に一度は東京で暮らし、母さんが見たもの感じた空気を知りたいと願っていた。夢といえばそんなもんだ。園で見たテレビでは忘れられないいくつかの場面がある、マラドーナの伝説の試合をリアルタイムで見た。プロ野球では我らが中日スポーツで好きになった宇野選手のヘディング、星野投手は確かにグラブを地面に叩きつけていた。レフトスタンドポール際にはいつだってムッターハムの看板が目に付くのである。高校野球では星稜対箕島の激闘を見た、小松辰雄が1人でやってんのかいの活躍で桜美林に負けるまで見た。横井さん、小野田さんが帰国する、浅間山荘事件の映像も当然の様に。日中国交正常化で中国人が角栄首相の写真を燃やし、叩きつける。解説無くとも時代の流れは感じた。昭和枯れすすきが流れる時代は確かに気分もしょんぼりした、オイルショックではトイレのペーパーは1人何センチ迄という時代もあり正月元旦の少しのお年玉も中止になる。伊奈美園に居ようが確かに僕は昭和の時代を生きていたのである。

卒園式では司会者が作詞作曲が得意な片野くんと紹介し、高校女子はいかに大変人気者だったかを発表する。他に小芝居でいいからオリジナルでやってくれ。淘汰されるボウフラのままだぞ、笑わせてくれ伝えてきたではないか、足りなかったな。自分を主張していいんだぞ兄弟よ、サラバだ。













僕は年を重ねたが記憶はつい昨日の事のようであり、いっこうに自分が年を取ったとは思えない。僕としてあの頃からちっとも変わっていないのである。そんな事が可能なのか、死や廃人を避け自分であろうと生きてきた。さて、この物語の続きを望まれれば題名がたべられませんに変わります。どうやって生きて行くんだろうに対してこうやってとなります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ