7.血潮
『そっくりですね。驚きました。』
不毛な親子喧嘩の果てに、獅子王の全力体当たりで吹き飛ばされたムゲンは扉を破壊しながら廊下まで転がり出た。
獅子王から何か仰せつかったモコが青月季を部屋の外へと誘い、伸びているムゲンの首根っこを捕まえてひょいと立たせる。ムゲンはまだ半分目を回した状態だったがむしろ好都合なので、今のうちに背中を押して無理矢理どこか歩かせ始めた。
青月季は室内に向けて一礼してからその後ろに続いた。
三人を見送りながら獅子王がタダヒトに視線を送ると、察しの良い側近は静かに退室していった。
残されたのは《森の国》国王である獅子王と、《龍の国》第一皇子青四片とその護衛だけになったところで冒頭の言葉に戻る。
「あ?どこがだよ。」
『ふふ。貴方にではありませんよ。』
「それにしたって似てねぇだろ。」
『外見ではなく内側ですよ。見てくれにこだわる貴方には分からないでしょうが、彼の中に流れる血潮はまさしくあの人と同じものだ。』
「そりゃそうだろ。ムゲンは俺の息子だが、あいつのガキだ。」
青四片が飲み終えた紅茶のカップを軽く空中に放ると、彼の頭上からベールのように波打つ水がしゅるりと動いてカップを受け止め、カップが空中で浮いているような形になる。
獅子王の感情の機微は仮面と鬣に隠れて読み取れないが、発される空気から何か察した青四片は楽しそうに続けた。
『止まっていた…いや、貴方が押さえつけていた世界が動き出します。私も忙しくなる。ふふ、楽しみです。実に楽しみですよ。』
「相変わらず嫌な野郎だ。お前にはこの先の結末がもう視えてんだろう。用が済んだらとっとと帰ってババアを何て言いくるめるか必死こいて考えてろ。」
『勿論そうします。ムゲン殿や青月季の件が無ければ、こんな体が重たくて土臭いところに一瞬たりとも居たくないですからね。しかしこの紅茶というのは悪くなかった。貴方達の文化ではこういう時に「ごちそうさま」と言うんでしたっけ?』
「心にもない歩み寄りのふりは喧嘩を売るよりタチが悪いって知らねぇのか?」
《龍の国》と陸地三国の文化や思想は異なる。
龍たちは生物としての本能が強く、残酷なほど合理的なところが残っている。
絶対弱肉強食主義。
命をいただくなどの考えはない。
たとへ皇族同士でもそれは変わらない。
強者が弱者から奪い、貪り、淘汰され、最後に生き残ったものが頂に君臨する。
今の女帝が典型的な例である。
「哀れだな。たった独りで玉座に座ってなんになる。」
獅子王の皮肉には何も答えず、青四片は立ち上がる。
『このちっぽけな陸地が未だ海からの侵略を受けないのは彼のおかげということをお忘れなく。』
「シスコン野郎が。さっさと帰れ。」
獅子王の怒気の混じった言葉にいよいよ上機嫌になった青四片が指をパチンと鳴らすと、水のベールが彼と護衛達を包むカーテンのように広がる。
そして水滴が爆ぜると、彼らの姿は跡形もなく消えていた。
水のベールの支えを失ったカップは床に落ちて割れてしまった。
破片を散らしながら、真っ二つに。




