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6.青月季



 ムゲン達の前に現れた《龍の国》末姫、青月季(しょうげっき)

 彼女の姿に全員の視線が釘付けになる。


 腰下まで伸びたウェーブかかった長い黒髪は、艶加減によっては青色に見え、海の波やそれに揺れる海藻を連想させた。

 色白で美しい顔立ちに大きな青い瞳と長い睫毛は兄である青四片(しょうしへん)とそっくりだが、まだどこかあどけなさが残り、桜貝のような淡く小さな唇は自信に満ちた微笑みを浮かべている。

 同じ顔をしているのに、冷たく飄々とした印象の青四片と、凛とした雰囲気を纏っている青月季と、まるで真逆な2人だった。


 青月季の紺色を基調とした軍服のような衣装は真珠で飾られ、長袖部分とズボンはゆったりとしたシャーレのような透明な布の素材になっていて、軍服というよりは礼服やドレスにも見える。

 踵の高い黒い靴を履いているが、それでもムゲンよりも背は低く華奢で小柄だ。

 その頭上にはビー玉程の水球が幾つも浮遊しており、彼女の頭を一周していてまるでティアラのようだった。

 

 彼女はずいっとムゲンの真正面まで歩み出て、右手でパチンと指を鳴らす。すると、ずぶ濡れだったムゲンの全身から水蒸気が上がった。

 その気化熱に「あちっ!」と驚いたが、服も肌も一瞬で乾いていることに気付いた。


「え?あ、ありがとう…?」


 乾かしてくれた、のだろうか。

 思わず感謝の言葉が漏れたが、そもそも水をかけてきたのは彼女なので疑問形になってしまった。


 そんなムゲンを彼女はふん、と鼻で笑う。


「礼くらいは言えるようね。安心したわ。さっきから見ていたけど、私の存在に気付きもしない。慌てふためくばかりでまともに喋れもしない。私の未来の旦那様がこんな腑抜けじゃ拍子外れもいいとこだもの。せめて礼節くらいは弁えてもらわないと。」


 両手を腰に当てて小さな胸を張り、印象に違わぬ上からっぷりで初対面にも関わらずぺらぺらと話す。

 背丈は小さいのに随分と態度は大きいのでムゲンが数歩気圧されていると、そんな2人を微笑ましそうに見ていた青四片がコホンと咳払いをした。


月季(げっき)。いけませんよ。おしとやかに。』

「あら、私ったら。申し訳ございませんお兄様。」


 少しも悪びれた様子もなく青月季はムゲンから視線を外し、獅子王の方へと向き直って優雅な仕草で(うやうや)しくお辞儀をした。


「《森の国》の獅子王様。貴方様のご武勇は深海の底まで轟いてらっしゃいますわ。陸地最強の《5本足の獅子》にお目見えすることができ光栄でございます。」


 彼女の声色には畏敬の念が込められており、ムゲンに対してとは雲泥の差である。

 しかしそれより気になる言葉があった。


(5本足…?)


 初めて聞く呼び名に困惑してモコを見ると、モコが珍しく真剣な顔で息を呑んでいるのが分かった。


 ムゲンは初耳だが《龍の国》や一部の間ではどうやら知れている話らしい。

 随分気味の悪い通り名であるが、その事に自覚があるのか獅子王は「その呼び名は嫌いだからやめてくれ。」と言って、獅子頭を僅かに傾けて彼女の礼に応えた。


「噂に違わぬ、可愛らしい姫さんだ。愚息には勿体ないくらいだな。こいつのことは尻にでも鍋の下にでも敷いてくれ。」

「ふふっ。無論そのつもりですわ。獅子王様。」


 青月季は獅子王を前にして少しも怯まず言葉を交わし、見る者全てを蕩けさせてしまうような可憐な笑顔を向ける。


「頼もしいこった。なぁ、ムゲン。度胸もあるし華もある。大事に接して差し上げろ。」

「へいへい。その華に棘やら毒やらが無いことを祈るばかりだけどな。」

「あらあら。かましてくれるわね、旦那様。そういうの嫌いじゃないわ。」

「おいムゲン。先に言っとくが、姫さんにかすり傷でもつけてみろ。お前の首から上は国外まで吹っ飛ぶ事になるのを重々肝に銘じとけ。」



 ムゲンは「分かってるよ。」と精一杯反抗的に言い返した。

 

 息子よりも他国との体裁。

 息子よりも他国の姫の心配。


(…そうか。俺が間違ってた。)


「話し終わったならもういいすか?俺は部屋に戻りますんで後は勝手に決めて下さい。」



 急に全て馬鹿馬鹿しく思えて、ムゲンは踵を返してドアの方へと向かう。

 発言の権利も、選択の余地も与えられていない自分はいてもいなくても一緒だろう。



(獅子王(親父)が要るのは()()としての俺で、()()なんかは必要無かったんだ。)


 王と王子。

 簡単な話だ。

 割り切ってしまえばいい。

 親子としての何かを望むから裏切られ、失望するのだ。

 父親と息子ではなく、王と王子として関わればいいだけの話だ。

 


(獅子王には何も求めない。王子として、国を護る。それだけを考えれてればいい。)


 

 「おい待て。」



 ドアノブを回そうとしたムゲンを呼び止めたのは獅子王だった。


「…何だよ。」

「お前どこ行く気だ。」


 ムゲンの手が止まる。

 割り切ると決めたばかりなのに、まだ惨めにも心のどこかで獅子王の言葉に期待している自分に嫌気がさした。

 続きの言葉を待つ間、呼吸が止まったかのように息苦しかった。


 だが獅子王はそんなムゲンの心中を知る由もないのか淡々と、さも当然のように言い放つ。



「姫さんを部屋に案内してやれ。」

「…は?」



 反抗心から背中を向けたまま退室してやろうと考えていたのに、予想外の言葉が飛び込んできて思わず振り向いてしまった。

 あんぐりと口を開けたままのムゲンに、獅子王が呆れたように続けた。


「何驚いてんだ。姫さんにはしばらくここに居てもらうんだよ。どうやって親交深めるつもりだったんだお前。婚約の意味分かってんのか?」

「ちょ、ちょっと待てよ!一緒に住むって事か?!」

「だからそう言ってんだろバカ息子!」

「説明足らずなんだよクソ親父!」


 ついに我慢の限界が来たムゲンは獅子王に飛びつき、その白銀の(たてがみ)を思い切り引っ張った。


「息子とか呼んでんじゃねぇ!思ってないくせに!」

「ああ!?何訳分かんねぇこと言ってんだ!?ああそうか!知ってるぞ!反抗期ってやつか!反抗期ってやつだな!おもしれぇ!受けて立ってやるよ!」


 それに対して、獅子王は獅子面の大きな口でムゲンの頭に噛み付く。


 ぎゃあぎゃあと取っ組み合いの喧嘩になった2人にさすがの青月季も戸惑って兄を見るが、彼は呑気に出された紅茶を啜っていた。

 ならばとタダヒトとモコの方を見て「ちょっと、止めなくていいの?」と尋ねるが


「「いつもの事なので…」」


 とお手上げのポーズで返された。


「そう…。苦労されてるのね。」


 2人に哀れみの視線を送り、石造りのこの部屋を破壊しそうな勢いで取っ組み合う親子を物珍しそうに見つめる。

 タダヒトには、彼女の横顔にどこか羨望が含まれているように見えた。


「そこの貴方。獅子王様と旦那様は仲が悪いんですの?」

「タダヒトと申します。仲が悪いというか…」


 タダヒトとモコは顔を見合せ、子どものような喧嘩をする主君2人に頭を抱えながら本日何度目になるか分からない中でも最大の深い深いため息を吐いた。






「「似たもの同士なんです。」」






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