4.青四片
──この世のものではない。
そう思わせるほど、鮮明に記憶に残る姿だった。
まだ事態を飲み込めずに立ち尽くすムゲンの前に現れた不穏な客。
《龍の国》第一皇子、青四片
艶のある黒髪のおかっぱ頭。
真珠や珊瑚が装飾された、絢爛豪華な軍服に似た紺色の上下の衣装。
そして不思議なことに、頭上から足元にかけては薄い水の膜がベールのように波打っていた。
《森の国》とは全く異なる服装だが、それよりも目に止まるのは陶器人形のように整い過ぎた顔立ちだ。
魚の腹のような青白い顔。
大きな青い瞳。
その瞳に影を落とすふさふさの睫毛。
筋の通った小さな鼻。
血の気のない薄い唇。
寒気がするほどの美貌に、見惚れるというよりは血も凍りそうだった。
そして、その麗人を護るように頭上から揺らめく水のベール。先程の姿を消す技といい、これが噂の《マ法》というやつなのだろう。
彼の後ろには護衛らしき5人が腕を後ろに組んで並立しており、青四片の物に比べ簡素な紺色の軍服を着ている。その身体は人型だが、顔は蛸、ウツボ、イソギンチャク、鮟鱇、フジツボと異形の姿だった。
(海を支配してるってのは、そういう事か。)
ようやく思考が追いついてきたムゲンだが、嫌な予感が増すばかりだった。
見たところ、龍達は恐らく海の生物を支配し、使役する能力を持っている。
そしてこの星の9割は海だ。
海に生息する生物の数など想像もしたくない。
不気味な王族と、異形の軍隊。
これを退け、500年の膠着状態に持ち込んだとは、当時の《獅子王》はどんな化け物だったのだろうか。
圧倒されて1歩も動けない自分に情けなさを感じつつ横目でモコを見ると、いつの間にかムゲンの後ろに隠れて震えていた。
「おい、お前は俺のお目付け役兼、世話役兼、護衛じゃなかったのか?」
「無理無理無理無理です!モコはにょろにょろやうねうねが苦手なんです!」
小声でぶんぶんと首を横に振るモコの視線の先では、青四片の護衛の蛸が横長の瞳孔でこちらを睨んで、上着の襟元からはみ出た八本の足をうぞうぞと動かしていた。
さすがにタダヒトは戸惑う様子もなく冷静に静観し、獅子王は相変わらず何を考えているか分からない様子で長椅子から動かない。
まず口を開いたのは青四片だった。
『いやいや、大変失礼いたしました。貴方の率直なご意見が聞きたくてですね。驚かせてしまって申し訳ない。』
身構えるムゲンを安心させる為か、青四片はまっすぐとムゲンを見据えてからにこりと微笑んだ。
造り物のような相手から僅かに生き物らしさが覗き、ムゲンもやや緊張を解く。
そこでようやく、自分がまだ名乗っていない事に気が付いた。そして、《龍の国》に不信を抱いている旨を聞かれた事も。
「…《森の国》のムゲン、です。あ、あの、俺」
『良いのです良いのです。何事にも疑問と疑心を持つのは生存本能として大変良い事ですので気になさらないで下さい。むしろ我々の今までの経緯考えると当然の事ですよ。能天気な獅子王殿に比べて貴方は実に賢明だ。』
「は、はぁ、どうも。」
「おい青四片。その能天気な獅子王殿ってのはまさか俺のことじゃねぇだろうな。」
「お前以外に誰がいるんだよ!」
外交などした事がないのでしどろもどろになってしまう。
そんなムゲンに被せるようにぺらぺらと喋る青四片に戸惑いを感じつつ、思っていたより話が通じる相手らしい事に少し安堵した。
むしろ無遠慮な軽口を叩く獅子王の方が心配だ。
『ムゲン殿の不安もごもっとも。しかし私は心底この膠着状態に飽き飽きしているのですよ。元はと言えば我が母と当時の《獅子王》が始めた事ですし。あ、《森の国》建国前だから《その後獅子王になった男》が正しいでしょうか。なに、我々を信じて欲しいとは言いません。行動で証明していくつもりです。そうですよねぇ、獅子王殿。』
「てめぇとババァのことは絨毯に湧く壁蝨くらい大嫌いだが、飽き飽きしてんのは同意見だな。」
ピシッ
一瞬、空気にヒビが入るような感覚がした。
「クソ親父!なにをはっきり言ってんだ!そういうのは曖昧に濁しとくもんだろ!」
『良いのですよムゲン殿。獅子王殿の後先考えずにはっきり物を言う性格は重々承知しています。そんなところが私も大嫌いですが、いちいち気にしていても仕方ないので享受しますよ。大嫌いですが。』
2回言った。本当に嫌いなのだろう。
棘のある言葉の反面、青四片はにこにこと笑顔を絶やさぬままだ。
対して獅子王は一国の皇子相手に仮面を脱ぐこともせず横柄な態度である。もしかして今まで和解できなかった原因はこちら側にあったのではと思うほどだ。
『ところで獅子王殿。そろそろ座っても?来賓用の椅子はどちらかな?』
「椅子ならお前の後ろに五つあるだろ?好きなのに座れよ。」
ピシッ
「いい加減にしねぇか親父!話し合うって決めたのはお前だろうが!それならその無駄にでかい態度を改めやがれ!タダヒトお前も黙ってねぇでなんとか言ってくれよ!」
「ムゲン様の言う通りです。獅子王様、もう少しオブラートに包んでください。」
「うるせぇな。傲慢なババァめ。俺は息子だけ寄こしてくるのが気に食わねぇんだよ。和解したいならてめぇで来やがれ。」
息子、ということは青四片は男か。
とどうでもいい事に気を取られそうになったが、獅子王の口ぶりで先程から気になっていた事が確信に変わってきた。
500年前の戦争。
青四片は言った。
『我が母と《後に獅子王になる男》が始めた』と。
獅子王は言った。
『息子だけ寄越して』と。
「おい親父。それじゃあ500年前と今の女帝は…」
「あ?何言ってんだ。同じに決まってんだろ。こいつらの寿命は永い。そこの青四片だって500年前から生きてるんだからな。ババァに至っては文明崩壊らへんだろうから1000年近いんじゃねぇか?」
「はぁ!??」
ムゲンが驚いて青四片を見ると、彼は蛸の護衛を四つん這いにさせて、その背中によいしょと腰を降ろしていた。
座るのかよ。
『我々の見てくれはあなた方と似ていますが、体の中の作りは全く違うのです。あ、それと誤解しないでいただきたいのですが、今回の件は私の独断で、女帝には伝えていませんよ。』
女帝に内緒で、とは、そんな事して大丈夫なのだろうか。
青四片にはそれほどの権力があるという事か、他に何か理由があるのか。
青四片の言葉に、ほぉ、と仮面の奥で獅子王が愉快そうに笑った。
「おもしろい。悪巧みかよ青四片。そろそろ本題を言ったらどうだ。」
『では単刀直入に。実は私には妹がいましてね。《龍の国》末の姫、名は青月季。』
この日のことを、ムゲンは未だに夢に見る。
『《龍》と《森》の和平の証として、青月季をムゲン殿の婚約者とさせていただきたい。』




