3.獅子王
2025/11/13
獅子王さんのお部屋の描写が抜けていたので
付け足しました。すみません。
《青蓮華の湖》から道標通りにしばらく進むと、20m程の高さはある城壁が見えてくる。
ごつごつと不規則な形の大岩をパズルのように上手く積んで出来た頑丈そうなそれは、外からの何かを拒絶するようにぐるりと国を円形に囲んでいた。
《森の国》
巨木がひしめく深い森の奥にある自然豊かな国で、《獅子王》と呼ばれる国王が陸地に散らばっていた人々を集めて集落を作り、秩序を作り、社会を作り、やがて国へと発展させていったという。
国ができて500年程なので、建国した者と今の国王が同一人物であれば齢500歳ということになるが、この国の平均寿命は50歳程なのでそれはまずありえない。
いつから国王が入れ替わっているのか。
どういった基準で選ばれるのか。
それは誰も分からない。
獅子王の素顔を誰も見たことが無かったからだ。
◇◇◇
「どういうことだよ、クソ親父。」
「やっと来たか、バカ息子。」
黒髪を逆立て、琥珀色の瞳を見開き怒りを露わにするムゲンに対し、その前に佇む相手はムゲンの方を向きもせずにお気に入りの長椅子に腰掛けていた。
いや、腰掛けているように見えた。
このように表現するのは、そもそも腰がどこか分からないからだ。
獅子をかたどった赤い面。
獅子の片目だけでも人の頭程ある大きな面だ。
はるか昔に存在した島国の伝統文化とされる『獅子舞』の面に似ているが、その口は見るものを嘲笑うように口端が大きく歪んで開けられているのが不気味さを漂わせる。
その面の縁からは、面をつける者の体を足元まで覆い尽くすほどのふさふさの白銀の鬣が生えていて、そのせいで大きな獅子の毛むくじゃらが長椅子に乗っているように見えるのだ。
彼こそが《獅子王》。
この国の国王であり、ムゲンの父親である。
これでは確かに、いつ中身が入れ替わったかなど分からないわけである。息子のムゲンですら、獅子王の素顔を見たことがないのだから。
「ところでムゲン、モコ。お前らなんでそんなとこから出てきたんだ。」
仮面の奥からくぐもった低い声が響く。
モコはだらだらと冷や汗をかきながら、その場に勢いよく膝を付き頭を垂れた。
「しっ獅子王様!申し訳ございません!モコの監督不行届でございます!まさかこんなものがあるとは…!」
円柱状になった石造りの城の最上階に位置する獅子王の部屋。内装は至ってシンプルで、石畳の床には分厚い麻の絨毯が敷かれ、石壁には所々に無理やり空けた感が否めない不格好な窓が付いている。
家具らしきものは、獅子王お気に入りの大きな長椅子が部屋の中央に鎮座しているのと、部屋の奥のふかふかの布団が敷かれた天蓋付きのベットと、ベットの横にある今は使っていない暖炉のみである。
その暖炉から転がり出てきた煤だらけの2人を見て、彼は驚くことも動揺することもなく、むしろ感心したような声を上げた。
「なるほどな。城の外壁からここに直通の隠し通路ってわけか。気付かなかった。おい、タダヒト。お前知ってたか?」
「いいえ、全く。」
獅子王の後ろには、ローブを羽織った青年が呆れた様子で控えていた。
彼はタダヒトと呼ばれ、獅子王の右腕である。
銀の短髪に翡翠色の瞳をした精悍な顔立ちで、国内の女性から絶大な人気を誇る。その手には、身の丈程ある錫杖と槍が合わさったような物騒な杖を持っていて、モコがごくりと生唾を飲み込む音が響いた。
(タダヒト様がこれを持っているということはやはり…)
「タダヒト。お前がそれ持ってるってことはやっぱ本当なんだな。《海》の奴らが来るってのは。」
モコの思考に被さるようにムゲンが呟くと、タダヒトは目を伏せて静かに頷いた。
「ムゲン様。突然のことで驚かれたでしょうが、これは以前から何度も交渉を重ねて、あくまで話し合いのみ、戦いはご法度と契約を結んでいるのでご安心下さい。」
「できるかよ。お前だって得物持って構えてるくせに。海のやつとはこの国ができる時に相当揉めたって話しじゃねぇか。」
《龍の国》
深海の都、珊瑚で出来た巨大な古城には龍達が住んでいて、『マ法』と呼ばれる不思議な技を使い、全海域の生物を支配しているという。
500年前──まだ陸の三国ができる少し前に、陸の住人達と《龍の国》とで大規模な争いが起きた。
その際の争いの発端であり、英雄でもあるのが当時の獅子王で、無類の強さを誇って龍達を退け、龍達の報復に備えるために国を作ったと言われている。
「おい親父。以前から交渉してたって、俺は何も聞いてねぇぞ。」
「言う必要があるか?ガキのお前に。」
獅子王の言葉は嫌味ではない。
心底分からないのだろう。
王子という立場にも関わらず、国の有事に関われないムゲンの気持ちが。
父親から大事なことを何も聞かされず、蚊帳の外にされる息子の気持ちが。
今に始まったことではない。
ムゲンが産まれたときからこうだった。
獅子王は赤ん坊のムゲンをモコに託したきりで
共に食事をしたことも、遊んだこともない。
それどころか真正面から向き合ったことすらない。
これからもずっとそうなのだろう。
国民にとっては頼りになる偉大な王なのだろうが
ムゲンにとっては冷たい機械のような父だった。
そんな獅子王に対して怒りと諦めを堪えるムゲンと、それに気付いていても何も気にする素振りもない獅子王に、タダヒトはやれやれと頭を抱えた。
モコは空気の重さといたたまれなさから、頭を垂れたまま完全に気配を消している。
(気まずい!気まずいですー!タダヒト様なにか喋ってくださいー!)
そんなモコの刺すような視線を察し、タダヒトはこほんと咳払いをして冷めきった場に切り込んだ。
「ムゲン様の心配もごもっともです。しかし我々は歴史から学び、変わらねばなりません。そしてそれは、あちらも同じ考えなのです。海側から話し合いを持ちかけてきたのはこれが初めて。こんな機会はもうないかもしれません。」
「そう言って擦り寄ってきて、こっちが信用した時に攻めてくる算段かもしれねぇ。」
「勿論。その可能性も十分あります。しかし、まずは対話して、お互い知ることから始めなければ進むものも進まない。というのが獅子王様のお考えです。」
「もしダメだった時は取り返しがつかねぇじゃねぇか!」
もしまた戦争にでもなったら──
最悪の結末が脳裏によぎりムゲンは反論するが、駄々をこねる子どもをはいはいと窘めるように「そう喚くな。」と獅子王は笑う。
国民全員の命どころか、陸の三国を巻き込みかねない自体になっているのをこの男は分かっているのだろうか。
「落ち着けよバカ息子。客人の前でバカ晒すな。」
「バカバカ言うなクソ親父。だいたいてめぇはなんでそんな呑気に…おい待て、客人の前って…」
当たり障りのないような説明に務めたタダヒトの努力も虚しく、獅子王はあっさりとネタばらしをした。
「素のお前の本音を聞きたいってことでな。」
そう言って獅子王は、部屋の奥、壁しか見えない空間に声をかけた。
「これで満足か?《龍の国》次期王位継承者筆頭、青四片殿。」
ぱしゃり
水が弾ける音がして、壁に見えていた空間から無数の水滴が弾け飛び、一瞬で蒸発して部屋中が水蒸気に包まれた。
『大変結構。元気があって何よりではないですか。』
声が聞こえた。
男か女か分からない、中性的な声だ。
霧のようなもやが晴れてきて、客人は姿を現した。
『初めまして、ムゲン殿。大海を統べる母にして覇者、海底に巣食うおぞましく美しき女帝、青牡丹一華が長子。《龍の国》第一皇子、青四片と申します。以後、末永くお見知り置きを。』
この世の物とは思えない姿をしたその人物は
不自然な程ぺらぺらと饒舌に喋った。
嬉しそうな、恨めしそうな
不気味な笑みを浮かべて
『ああ、ずっと貴方に会いたかった。』




