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8.××無し



 モコに案内された先は、城の最上階《獅子王の部屋》の一階下にあるムゲンも入ったことのない開かずの間だった。


 石壁に埋め込まれたような木製の扉。

 無骨な作りの観音開きの扉には貴重な鉄で作られた巨大な錠がかかっていて、ここがいかに厳重に管理されているかが伺えた。

 重苦しい雰囲気を放つ扉を前に青月季(しょうげっき)が息を呑む。その後ろでムゲンはまだ不貞腐れていたが、彼もこの部屋には興味があるようだった。

 モコが懐から、獅子王より預かった鍵を取り出す。巨大な錠に不釣り合いなほど小さな鍵だ。さして回すと、ガコンと大きな音と共に錠が外れた。


「ムゲン様。扉を開けて下さいますか?」

「え?俺?」

「この扉は獅子王様かムゲン様の手でしか開けられない決まりになっているのです。」

「なんだそりゃ。初耳だな。」


 またも知らされていない情報に怒るのも疲れたムゲンだったが、部屋の中が気になるので深くは考えず扉に両手をつく。

 少し力を入れて押すと、大変重そうな見た目に反してその扉は招き入れるようにすんなりと開いた。


「わぁ…!」


 その中に広がる光景に、青月季は感嘆の声を上げ、ムゲンは言葉を失った。


 庭園だ。

 石壁と石床であるはずのこの城の一室に、緑が青々と茂り、花が咲き誇る庭園が広がっていた。


 庭木の葉は瑞々しく、よく茂るように計算して剪定され、様々な種類の花が大輪を咲かせていることから肥料も定期的に与えられているようだった。

 どうやって水をひいているのか部屋の中には小川が流れ、部屋の中央の小さな泉へと繋がっている。その泉には噴水があり、噴き上がる飛沫が窓からの日光を反射してキラキラと輝きながら部屋中を舞っていた。

 壁は石ではなくレンガが詰まれ、床には芝生が敷いてある。静かにせせらぐ小川の淵にはご丁寧に砂利も敷いてあって、ここが室内なのを忘れてしまいそうだった。

  庭園の奥には緑に囲まれた天蓋付きの豪華なベットが置かれ、傍にはアンティーク調の椅子と机も備え付けてある。


 花々の甘い香り。

 水と緑、そして土の匂い。

 窓は締め切られているのに吹く風。

 限りなく自然に近付けられた美しい庭園にしばし見惚れるが、ムゲンの中で疑問が湧いてきた。



(親父が用意してたのか?一体いつから…)



 豪華なベットを支える足には(つた)が這っていた。家具も随分前から置かれていたのだろう。



(こうなる事が分かってたっていうのか?)



 明らかに青月季を迎えるためであろう庭園。

 いや、室内なので庭園と呼ぶには違和感があった。

 言い換えるなら、《箱庭》だろうか。

 獅子王の得体の知れない思惑が絡む箱庭に不気味さを感じ始めたムゲンだったが、青月季はただただ感動しているようだった。



「素敵…」



 ぽつりとそう呟くと、彼女は色とりどりの花が揺れる花畑を見つけて引き寄せられるようにしゃがみ込む。そして、その中の一輪を手のひらで優しく包んだ。


「これが花…綺麗…」

「なんだぁ?海の中に花は無いのかよ。」

「海藻や珊瑚はあるけど、こんな花はないわ。イソギンチャクも似てるけど、違う。なんていうのかしら。もろくて、儚くて…」


 花を眺める青月季の青い瞳が揺らぐ。

 まるで、尊いものでも見るように。

 まるで、愛おしいものでも見るように。


 意外だった。

 ムゲンの認識では、龍とは絶対弱肉強食主義。

 残酷なほどに生物としての生存本能が強く、己以外の種族は下等と見下し、支配するか利用するか餌にするかしか選択肢は無いのだと思っていた。

 花を美品として飾ることはあっても、愛でるなど考えたこともないのだろうと。



(俺らを油断させるための演技か?)



 そんなムゲンの困惑を察したのか、青月季は花を見つめながらやや自嘲気味に笑った。


「ふふ。意外って思ってるんでしょ?」

「いや、そんなことは、まぁ、あるけども…」


 取り繕っても仕方ないと素直に認める。

 青月季も自覚はあるのか、そんなムゲンの態度を咎める気は無い様だった。


「龍族はあなたが聞いてる通りだけど、例外もいるわ。お兄様は私をとても大切にしてくれているもの。」


 確かに、ムゲンから見ても青四片(しょうしへん)は青月季を可愛がっているように感じた。

 龍が噂通りなら兄妹だからこそ血で血を洗う後継争いになりそうなものだが、青四片は自分が決めた事とはいえ他国に嫁ぐ妹を少なからず案じている様子だったし、青月季も兄を慕っているのが分かる。


 『龍の国の皇族は複雑』

 そう獅子王は言っていた。

 もしかしたら、青四片としては和平を理由に妹をムゲンと婚約させてでも後継争いから降ろさせたかったのかもしれない。国のためと言えば青月季は喜んでその身を捧げるのは容易に想像がつく。


 態度の大きさと敵国の姫ということで忘れていたが、青月季だってムゲンと同じ年頃の少女なのだ。

 婚約の件も毅然としているが、国の都合で差し出された立場で言えばムゲンと同じだ。偏見で見るのは良くないのかもしれない。


 箱庭を嬉しそうに散策する青月季の姿に、なぜか少し胸のもやつきが治まった気がした。



 そして先程から一言も喋らないモコの様子を伺う。



 彼女は部屋の中には一歩も入らず、廊下から青月季の方をじっと見ていた。

 普段の彼女からは想像も出来ない、ぞっとするほど冷たい眼差しで。



(まぁ、そんな簡単にはいかねぇよな。)



 陽の当たる明るい箱庭。

 薄暗い石造りの廊下。



 その間にある開け放たれた扉が

 何かの境界線のように見えた。




◇◇◇




 翌朝。

 毎朝鳴り響く聞き慣れた鐘の音でムゲンは目を覚ました。

 ふかふかの布団から起き上がり、窓から刺す朝日の眩しさに目が慣れるのを待つ。


 ムゲンの自室は最上階《獅子王の部屋》の一階下、青月季に宛てがわれた《開かずの間の箱庭》の隣の書庫兼勉強部屋を挟んだ更に隣にある。

 広くはないが狭くもなく、ちょうどいい塩梅のスペースの部屋だ。

 シンプルな木製の家具が無難な配置で置かれていて、目立つのは分厚いガラス張りの大きな窓くらいだ。その窓からは城下町が一望でき、朝早くから忙しなく働く民たちの姿が良く見えた。


 畑の手入れをする者。

 家畜の世話をする者。

 陶器を焼く火の番をする者。

 城の周りを警護する者。

 国に一つだけある小さな学校へ走る子どもたち。

 色々な営みがあり、一人ひとりがこの国の歯車を回している。この光景を見るのが好きだった。

 

 文明崩壊前はもっと便利で、人が働かなくてもほとんど機械が自動でやっていたらしいが、馬鹿馬鹿しいと思う。

 自分の手で作っていないもの程、人は簡単に壊してしまうものだ。

 ムゲンはこの慎ましく脈々と続く、人の手で(いしづえ)を築いてきたこの国が好きだった。


 気に食わないのは

 自身の気分でそれを脅かす王だけだ。



 コンコン

「おっはよーございまっす!ムゲン様!」



 ノックと同時に勢いよく開けられたドアの音でムゲンの思考は取り払われる。ノックの意味とはと言いたいところだが、毎朝恒例なのでもう諦めている。

 ドアの前には、湯気の上がるお茶とパン、野菜と肉を炒めた簡単な朝食を乗せた盆を持ったモコが立っていた。


「よく眠れましたか?」

「眠れると思うか?絶賛睡眠不足だよ。」


 昨日青月季を部屋まで送ってから自室に戻り、色々考えているうちに一日が終わってしまった。

 夜もなかなか寝付けず、日をまたいでからようやく限界が来て気絶に近い形で入眠したのである。

 そんなムゲンを「そうですか!」と笑顔で華麗に無視して朝食をベットの脇の机に起き、ぺらぺらと喋り始める。


「本日の予定ですが、いつものお勉強や町への巡回はお休みして、青月季様と過ごし交友を深めていただきます!」

「過ごすったってどうすんだよ。お姫様が来てるのは一部の人間しか知らないんだろ?城から…ってか、部屋からも出せないとか言うんじゃねぇだろうな。」

「その通り!そこら辺は致し方なく、青月季様には了承いただいております!若いお二人には茶でもしばきながらお喋りをして、お互いを知るところから始めていただきますね!ファイトでございます!」

「最悪だ…」


 寝て起きたら全て夢であってほしかったが、現実はそうもいかない。しかし、国のため、民のためとあらば腹を括ると決めたのは自分だ。

 ムゲンが今齧っているパンも、野菜も、肉も、全て国民が原料から育てて加工し献上してくれているものだ。


 窓の外に見えるムゲンの好きな風景。

 これを護るためならばなんだってしてやろう。




◇◇◇




「おっっそい!!!待ちくたびれたわ旦那様!」



 さっそく挫折しそうだった。


 《開かずの間の箱庭》の扉を開けると、噴水の上がる泉に服のまま浸かり、上半身だけ出した青月季が不機嫌を隠しもせず怒鳴ってきた。


 色白で小さい顔。

 凛とした、凍りそうなほど美しい顔立ち。

 海波のようなウェーブがかった長い黒髪は光の加減によっては青くも見える。

 その頭の周りには水球がティアラのように浮遊し、空気の流れによってふよふよと時折揺れる。

 昨日は軍服に似たドレスや礼服にも見えるお固めの服を着ていたが、今はレースのワンピースのような部屋着を着ていた。


「その扉は旦那様と獅子王様しか開けられないって言ってたでしょ?聞いてたの?ずーっと一人で退屈で退屈で、乾いちゃいそうだったわ。」

「う、悪かったな。」

「気付いてないと思ったの?部屋の前で1時間くらいうろうろしてたでしょ。意気地無しだわ。」

「仕方ねぇだろ!ってか、気付いてたなら声くらいかけろや!」

「はぁ!?女の子から部屋に迎え入れるなんてはしたない真似できるわけないでしょ!」

「そんだけ声張り上げてりゃはしたないもクソもねぇだろ!」


 段々とヒートアップし口論から喧嘩になりそうだったが、さすがに理性が働いてきて次に出そうな罵声を呑み込んだ。


 落ち着け、相手は敵国の姫だ。

 丁重に、かつ慎重に。

 自分の采配で国の、世界の命運が左右される。


 そう自身に言い聞かせながら息を整える。

 深く深呼吸し、なんとか慣れない笑顔を作って青月季を見れば、彼女はこちらに向けて舌を出し“あっかんべー”をしていた。


「てめぇ!!!」


 元より短気な性分なのに、昨日からのフラストレーションと睡眠不足の鬱憤とが溜まって限界ギリギリだったムゲンの中で何かが爆ぜる。

 気付けば青月季が浸っている泉へと飛びかかっていた。

 婚約者に向けるとは思えない鬼の形相だったが、青月季は余裕の表情でせせら笑う。

 

「馬鹿ね!お兄様から聞いたわ!《森》の人間は(いにしえ)からの弊害で泳ぎが極端に下手なんだって!そのまま溺れて無様に私に助けを乞いなさい!」


 侮蔑を含んだその言葉に、ムゲンは心底可笑しくなった。

 表に出さないようにしていたのだろうが、結局は青月季も他の人間を下に見ている。先程からの煽り言葉も、ムゲンを泉に向かわせるための誘導だったのだろう。

 ムゲンを溺れさせて優位に立とうとしたのだ。

 絶対弱肉強食主義。

 どちらが強いか優劣をつけなければ気が済まない。

 結局は龍の本質と変わらないではないか。


 ザバンと激しい飛沫とともに水柱が上がる

 青月季は滑らかに身を翻してムゲンの特攻を避け、魚のようにすいすいと泉の中を泳ぎ回った。

 水中はムゲンが飛び込んだ事による衝撃で無数の水泡が発生し視界が悪かったが、遊泳力に自信しかない青月季にとってはささいな事だった。



(さて、溺死されても困るからそろそろ助けて…)


 パシッ



 きょろきょろとムゲンの姿を探していると、突如

 青月季の左手首に何かが触れた。

 いや、掴まれたのだ。意志を持った強い力で。

 ハッとして手首の先を見れば、水泡の群れの隙間から不敵に笑うムゲンの琥珀色の瞳と目が合った。



(嘘でしょ!?私の泳ぎについてきてた!?私の視線を避けながら!?そんな真似《海》の人間でも…)



 想定外の事態にパニック状態の青月季の腕をぐんと引いてムゲンが水面へと泳ぎ出す。反対側に泳ごうと抵抗するが、推進力で負けておりびくともしない。



「ちょっと、嘘、まさか…!」



 自分の手を引く彼の腕に力が籠るのを感じた。

 脳裏をよぎる悪い予感に焦りを隠せない。


 自分は《龍の国》末姫、青月季。

 生まれてこのかた十五年、母や兄達から大切に大切に育てられ、手に入らない物はなく、思い通りにならない事などなかった。

 皆が口を揃えて言った。

 私は『特別』なのだと。『奇跡』なのだと。


 あの冷酷で厳格な母がかけてくれた言葉がよぎる。


 『愛しいわらわの青月季。そなたは『希望』。

  その身にかすり傷一つ付けてはならぬぞ。』


 そんな私を、まさか、この男…!



「どらぁぁああー!!!」

「きゃぁぁぁあああああ!!!」



 ぶん投げた。

 泳ぎで得たスピード。水面から出た勢い。

 全ての物理エネルギーを青月季をぶん投げるという力に変換し、ムゲンは彼女を空中へと放り出した。

 青月季はくるくると盛大に宙を舞い、天井すれすれのところで落下を初め、芝生がふかふかに敷かれた場所に尻もちを付いて着地した。


「頭打たねぇように手加減してやったんだ。感謝しろよ、お姫様。」


 意趣返しが成功して気が済んだのかニカッと上機嫌に笑うムゲンを前に、青月季はまだ何が起きたか頭が追いついていないらしくぽかんと呆けたままだった。

 そして段々と思考が追いつくにつれ、美しく可憐な顔を怒りで歪ませ、わなわなと震え始めた。


「よくも…よくもこの私に恥を…!」


 青月季の頭の周りに浮かぶティアラのような無数の水球。それらがぼこぼこと音を立て沸騰し、蒸気を上げ始めた。箱庭の室温がみるみる上昇し、むせ返りそうなほどの熱気が立ち込める。

 それに対してムゲンは毅然とした態度で正面から彼女を見据えた。


「先に仕掛けてきたのはお前だろうが。自分がされて嫌なことは人にもしない、これ常識だろ?《龍の国》ではどうか知らねぇが、《森》に居る以上はここのルールに従ってもらう。」


 勢いでぶん投げてしまったが、先に吹っ掛けてきたのは紛れもなく青月季なのでここで弱気に出ては思う壷だ。

 モラハラめいたことを言っているが、これはただの男女のもつれではない。

 《森》と《龍》の代理戦争なのだ。

 

 丁重に扱いはするが、下出に出るつもりはない。

 そんなムゲンの態度に、青月季も自身の感情より国を優先するべきと思い直したのか奥歯を噛みしめて怒りを抑えているようだった。

 そしてすっと真顔に戻り、立ち上がってムゲンに一礼した。


「…承知したわ。失礼しました、旦那様。」


 言い終えた後も、彼女は顔を伏せたままで表情が伺えず黙り込んでしまった。なんだか落ち込んでいるように見えて、しまったやり過ぎたと冷や汗が吹き出す。


「いやいやそこまでしなくていいけどさ!俺が亭主関白みたいじゃん!違くて!ほら、お互い国のためとはいえ、どうせなら仲良くやっていきたいし!いや、仲良くっていうか、無難に?無難に仲良く?えっと、だから少し仕返しというか、ただびっくりさせようとしたというか!俺もやりすぎた!ごめん!」


 自分でも驚くほどべらべらと弁解の言葉が飛び出てきて、先程の『代理戦争なのだ』云々が情けなくなってきた。ただただ女の子をいじめてしまったみたいで居心地が悪い。


 婚約者。

 敵国の姫。

 生意気で高飛車な女の子。

 どれに対してどう接していいのか分からない。

 あたふたするしかできないムゲンに、ようやく青月季が顔を上げる。


「隙あり!」

「へ?」


 青月季の満面の笑みが視界一杯に広がった。

 湖の底から見上げた時に見える、日光を取り込んで輝く水面(みなも)のような青い青い美しい瞳。

 それに気をとられて反応が遅れ、青月季に抱きつかれる形で2人は再び泉へと落水する。



(しまった…!)



 青月季の真意を悟りその顔を見れば、彼女はしてやったりと言いたげな極上の笑顔を浮かべていた。

 ムゲンはきをつけをした体制の上から彼女に抱きつかれているため、手で水をかけない。ただでさえ慣れない女性との密着に動揺して冷静に立ち泳ぎもできなかった為、2人はどんどん泉の底へと沈んでいく。

 室内の人工の泉なので深さは無いが、いくら泳ぎや潜水が得意なムゲンとはいえ“窒息”するのは時間の問題だった。


「自分がされて嫌なことはしちゃダメなのよね?私は水の中が大好きよ。ぜひ旦那様にも堪能していただきたいわ!」


 《龍の国》は深海の底。

 もちろん《龍》たちは水中でも呼吸できる器官を持っている。なんなら会話もできる。



(勘弁してくれよ、タチ悪ぃ…)



 ムゲンの表情から、彼が潔く負けを認めたことを悟った青月季は悪戯が成功した子どものように無邪気に笑った。



◇◇◇



 散々なセカンドコンタクトを済ませ、ムゲンと青月季は泉の淵に並んで座っていた。

 ムゲンの髪には青月季用に用意されたこの国で最高級クラスのタオルが巻かれ、上着は青月季の手の中で蒸気を上げている。


「私、こんなくだらない喧嘩したの初めて。」

「幸せなこった。こんなことするもんじゃねぇよ。」


 くだらない喧嘩は獅子王としょっちゅうしているので辟易した様子のムゲンに対し、青月季はなぜか嬉しそうだった。


「皆私を前にしたらへりくだるもの。無礼なことをされるのも、あんなに頭にきたのも初めて。だから喧嘩なんてしたこと無かった。新鮮だったわ。」

「ふーん。まぁ、分からなくもねぇけど。」


 それに関してはムゲンも似たようなものだ。

 獅子王はとにかく、ずけずけ物を言ってくるのはタダヒトとモコくらいで、他の者は恭しい態度で接してくる。そのタダヒトとモコも、ムゲンに対しては王子と従者として越えてはいけない一線を一応は弁えていた。

 彼らの立場を思えば当たり前の事なので気にはしないが、その為ムゲンには友達はおろか対等と呼べる相手は一人もいなかった。


 むしろ今ムゲンと一番対等に近いのは

 青月季なのかもしれない。


「もう乾いたわよ、旦那様。」

「ありがと。ほんと便利というか、すごいよなーその力。」

「ふふ、そうでしょう?《龍》のもつ門外不出の《マ法》だもの。もっと褒めていいのよ?」


 すっかり機嫌が治り、むしろ今までが嘘のように接しやすくなった青月季が不思議な力で乾かした上着を手渡してきた。ふんわりと暖かかい。しかし昨日も思ったが、そもそも濡らしてきたのは彼女だ。


「ってか、その旦那様っていうの落ち着かねぇからやめてくんない?ムゲンでいいよ。」

「あら照れてるの?可愛ところあるじゃない。じゃあムゲン、私のことは青月季と呼んでちょうだい。」

「なるべく努力する。」

「あなたがひねくれてるのは昨日今日ですっごく分かったわ。」


 その冗談交じりの嫌味に不思議と悪い気はせず、悪かったなと上着を受け取った。


 二人の間に和やかな空気が流れたが




「…?…ちょっと、え?!」




 それも束の間だった。

 青月季が目の色を変えて掴みかかってきた。


「おいおいなんだよ急に!」

「じっとして!ちょっと見せなさい!」


 彼女が凝視しているのは、上着を脱いでいるため剥き出しとなった裸のムゲンの腹部だ。

 細身だが鍛えられていて腹筋は割れているが、彼女が驚愕しているのはそこではない。


「無い!無い!!なんで!?なんで無いの!?」

「無い!?なにが!?なんか変なところがあるのかよ!」





 青月季は、この日のことを未だに夢に見るという。






「なんであなた、ヘソが無いのよ!!!!!」

























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