Episode0-3 運命の出会いから始まる物語
これからしばらくは、砂漠の薔薇をお休みさせていただき、こちらを重点的に投稿させていただきます。
「――ってて……」
召喚獣が受け止めてくれるだろうとすっかり思いこんでいた青年は、受け身も取れぬまま床に身体を打ち付けた。幸い、召喚獣が下敷きになっていたため青年にさほど痛みは走らなかった。
「っと、あ、えっと、大丈夫か?」
青年は召喚獣へ向けて、身体を起こしながら声をかける。
「…………」
しかし青年の下敷きとなっている召喚獣は、返事はおろか身動き一つ取らない。思い起こせば、召喚獣は倒れた時さえ悲鳴一つ上げなかった。痛みは青年よりもひどいであろうというのに、まるで口がないかのように一言も声を発しないのだ。
「?」
まるで生きていないかのように何もしない召喚獣を訝しく思いながらも、青年は両手を床につけて身体を支えながら、ふらりと上半身を起こす。右手は固く冷たい木の床につき、左手の平は何かむりゅりとした柔らかい感触を捉えた。
「何っ?」
それが何なのか分からず、青年は眉をひそめる。左手の平には、柔らかさとともに生きている者独特の温かさも感じられた。明らかに、右手に感じる床の感触とは違う。
「あの……」
〝あの、大丈夫?〟。
そう問おうとした青年の言葉は、
「五月蠅いな! 一体何が起きたんだ!?」
床を鋭く軋ませながら、青年の部屋に騒々しく入って来た人物によって遮られた。
大きく開け放たれた青年の部屋の入口の木戸から、淡い橙色の光が流れ込む。
「――っつ」
騒がしい音がした方向を反射的に振り返った青年の闇に慣れた目を、強烈な橙色のランプの光が射る。
蝋燭の光に顔の右半分を照らされてランプを片手に部屋の入口に立っていたのは、若い女性だった。青年よりはやや年上に見える。色白の肌に映える漆黒の長い髪と同色の瞳が青年とお揃いの、強そうなイメージを受ける美しい女性だった。
女性は部屋の中で倒れている青年と、青年の下敷きになっている召喚獣をランプの光で照らし出し、その姿を漆黒の瞳で認めるなり、
「はぁぁあぁぁぁぁぁぁぁああぁぁぁぁぁ――!?」
眼球が落ちてしまうのではないかと心配になるほど双眸を見開き、家を揺るがすような大音量の悲鳴を上げた。
「――ぃぃいぃっ!」
青年の鼓膜に、爆音の悲鳴が直撃する。青年は思わず入口の方向を向いている右耳を右手で押さえ、両目を固く閉じる。
女性の悲鳴はすぐに収まり、青年はその悲鳴の意味を考えるより早く、安堵の息をつきながら右耳から手を離し両目を静かに開いた。刹那、
漆黒の瞳に、鮮やかな色が飛び込んできた。
瞳がまず捉えたのは、青年の左手だった。左手は無論、床にはつけられていない。その手の下に見えるのは、滑らかな白い肌。
「――はっ?」
青年は恐る恐る視線を、自分の左手から上へと移動させる。白い肌の上には覆うにして、透き通った蒼い髪の毛がかかっていた。
青年の瞳はランプの光に白く輝く肌を捉え、くっきりと浮き出た鎖骨を認め、すらりと細く伸びる首の上を通過し、ふっくらとして艶やかな赤い唇をやや目を見開いて見、高めの鼻を一瞥し――
底なしの闇のように深い、吸い込まれそうなほど大きな漆黒の瞳を見つめた。
「…………」
沈黙。
「――」
微笑。
青年の下敷きになっていた召喚獣は――少女の姿をした全裸の美しい召喚獣はふっくらした唇をとても嬉しそうに綻ばせ、青年に向けて微笑んだ。
「……あ。あ、あぁ。どわぁぁぁあぁぁぁあああぁぁぁぁぁぁ――!!」
全裸美少女を押し倒し、少女の左胸の膨らみの上に手の平を置いた形になっている青年は、空気を揺るがしガラスを振動させるほど壮絶な叫び声を上げた。
月の光さえ届かぬ新月の夜。一人の青年と、一匹の美少女召喚獣はこうして〝運命の出会い〟を果たしたのだった。