Episode1-14 召喚獣の召喚獣による召喚獣の為の大騒動
「……まぁ、いい。では、お前は自室で休んでいろ」
ユイの言葉に、火影の身体からふっと力が抜ける。
「ありがと」
火影は安堵半分疲れ半分の引きつった微笑を浮かべ、ユイに軽く礼をする。返答の代わりにユイは廊下の狭い入口の脇により、火影が通れるほどの道を開けた。火影はユイの脇を通り、息苦しいほどに狭い廊下へと入る。とすぐ正面に、火影の行く手を阻むようにして一人の少女――アゲハ蝶の召喚獣が立っていた。先ほどとは全く違う服装で。
「おう。その服、似合ってるぜ」
火影は一瞬驚いたように双眸の瞼を軽く上げた後、ほの明るい炎を思わせる柔らかな笑みを浮かべた。僅かに緊張した面持ちで火影の正面に立つ少女は、はにかんだ笑みを浮かべる。
「ありがとう、ございます。あの、えっと、先ほどのからの話を聞くところによると、お身体の具合がよろしくないようですが……。大丈夫ですか?」
はにかんだ表情から労わるような表情へと顔を一変させた少女は、まるで自分の身体の一部が痛むかのように小さく眉をしかめた。
少女の言葉に対し、火影は意外にも余裕を見せてニタリと笑う。
「何だ、そのことか。あたいは平気だ。それよりも、お前さんが早くその姿を主人に見せてやりな。鼻血出すぞ、ハルのやつ」
悪戯っぽく笑いながら、火影は少女の脇をすり抜けて階段を登って行ってしまった。少女は肩越しに火影を見つめる。やがて楽しげにゆれていた狐の尻尾の先さえも上へと消えてしまい、そこでやっと少女は正面へ視線を移した。前へと歩み出そうと足を踏み出しかけた刹那――上の階で、何か物が倒れるような鈍い音と、布の擦れるかすかな音がした。
「――え?」
少女は前へ出しかけた足をふっと止め、肩越しに再度階段を振り返った。が、そこには誰もおらず、火影が消えてしまったときのままの状態の階段が静かに広がるのみ。
「空耳、でしょうか?」
少女は納得のできないような顔で首を傾げながらも、再度正面を向いた。
「ほら、何をしている。早くこちらへ来い」
後方でもたもたとしている少女に対し、ユイは怒っている風もなく冷静に声をかける。リビングへと促す言葉に少女は慌ててそちらへ向かう。白いワンピースの裾が、少女の動きを追うようにしてひるがえる。
「お待たせいたしました」
日焼けなどという言葉は知らないとばかりの白い足が、リビングのフローリングへとつけられた。と同時に、綺麗な弧を描くようにしてスカートの裾が柔らかく広がる。
朱に色づいた頬。両端へ自然に広がる薔薇色の口元。白雪のような純白の肌。明るい陽光に照らされて澄み渡る海のような色をした緩く波打つ髪は、水色のリボンでツインテールに結いあげられている。服の襟にも同じ水色のリボンが結ばれており、胸元でそれは軽やかに躍る。少女の大きな胸と美しい線を描くくびれを強調するような身体にぴたりと合う白いワンピースは、裾にフリルがあしらわれている。胸元はざっくりとあいており、そこにはクロスするように黒いヒモが通されていた。さらに白いワンピースの下に質素な黒いワンピースを着ているらしく、胸元とワンピースの裾から僅かに黒が覗いている。腰の後ろについているはずのアゲハ蝶の羽はどうやら服の下に収められているらしく、鮮やかな黒や紫や蒼の影は全く見えない。
まさに美少女と呼ぶにふさわしいその姿を、呆気にとられた表情で見つめるハル。その口は僅かに開かれているが、あまりの少女の美しさに言葉を失ってしまっていた。
「あの……。似合っていますでしょうか、ご主人様」
少女は小鳥のように小さく首を傾げ、自然な笑みでハルを見つめる。が、絶句しているハルが言葉を紡ぐことはない。
「……ご主人様?」
少女は主人の反応があまりにもないため、もしかすると服が似合ってないのではと不安になり、笑みを消し去ってしまった。
口を小さく開け呆然と少女を見つめていたハルは少女の表情が崩れたことに気がつき、はっと我に返った。
「そのっ……。すごく、似合ってる」
ハルの言葉に少女はぱっと顔に光を灯し、向日葵のような明るい笑みを浮かべた。
「本当ですか! それは良かったです。ありがとうございます」
男性を瞬殺してしまいそうな少女の笑みに、ハルは目を白黒させて視線を彷徨わせる。
二人の姿はまるで、付き合いたての初々しい恋人同士のようであった。