Episode1-12 召喚獣の召喚獣による召喚獣の為の大騒動
「けど……。どうして、召喚を間違えたんだろ……」
テーブルの上を片付け終え、椅子に座ってテーブルに突っ伏しているハルが、ふいに言葉をもらす。キッチンで食器を洗う火影は、ハルへと視線を上げた。
「何だ?」
「いや、だから、何で召喚を間違えたのかなって……。オレ、本当は男の鴉の召喚獣を召喚するつもりだったんだ」
ハルの言葉に、火影は白い泡に包まれた手の動きを一旦止め、しばし物思いにふけるように視線を宙に彷徨わせる。が、すぐにその視線は食器を洗う自分の手へと落とされた。
「そりゃあ、手順が間違ってたんじゃねぇのか?」
火影のあっさりとした声に、ハルは神妙な顔をして首を横に振る。
「いや。魔法陣は完璧だった。召喚の詠唱だって一語一句間違ってないはずだし……」
ハルが否定を述べ終えるとともに、火影は食器を洗い終えた。手にまとわりついた泡を水道の水で洗い流し、タオルで丁寧に手の水気をとる。
「別に、今更何を言ったって無駄だろ。言うことで問題が解決するわけじゃねぇんだから。召喚したからには、主としてしっかりしろよ、ヘタレ」
「だから。いつまでもヘタレヘタレ――っでッ!!」
頭を振り上げるように、ハルがテーブルに伏せていた頭を勢いよく上げた。刹那、その後頭部に手刀を叩きつけられたような鈍い痛みが走る。
「いっででで……」
余りの痛みに悶絶するハルは、視線だけを後ろへ投げた。そこには、ハルと同じく痛みに呻く火影が立っていた。
「何すんだよッ。火影」
「ぐぅっ……。それはこっちの台詞だっつーの……」
後頭部を抑えるハルの頭上では、火影が鼻を押さえていた。火影の痛々しい声が、ハルの上から降って来る。
「つーか、何してたんだよ、火影は」
「いや、お前サンの顔を覗いてやろうと近づいたら、いきなりお前サンが顔を上げるもんだから……。っ痛……」
火影の瞳は痛みのあまりにか、僅かに潤んでいた。ハルは後頭部を手で擦りながら、今回は恐る恐る頭を上げる。火影は赤くなった鼻の周りを覆いながら、鋭い目つきでハルを睨みつける。
「こっ、恐いですって。火影さん」
「悪かったな、恐くて。ったく。覗きこんでたあたいにも非はあるけど……」
「ですよね」
「そこは強く否定しろッ!」
噛みつくような勢いで火影はハルへ言い、ハルは小さく身体を震わせた。
「全く。痛ぇんだよ。っていうか、主様とあの娘遅くないか?」
「あ、そういえば。何かあったのかな……?」
ハルは僅かに腰を浮かせ、階段へ続く廊下の方へ首を伸ばす。無論、そこに見えたのは薄暗がりに沈む廊下のみ。
「あたい見てくる。お前サンはここにいろ。あ、別にお前サンはあの娘の生着替えシーンを見たってどうってことないか」
「だから! いつまでンなことを言うつもりだッ! あれはたまたまだって!」
「へい、へい」
火影は小さく笑うと足を廊下へと一歩踏み出し、
「つっ……!」
眉根を寄せ、足をふらつかせた。
火影の身体が不安定によろめき、ぐらりと斜めに傾ぐ。
「危なっ――!」
火影の身体が揺れるのを見た瞬間、ハルは後頭部から手を離し、目を見開いて両手を火影へと伸ばしていた。ハルの足元で、椅子がけたたましい音を立てながら床へと派手に倒れる。ハルの真っすぐに伸ばされた手が火影の身体をしっかりと捉えたが、
「重っ!」
その一言ともに、ハルもろとも火影は床に倒れた。
「っ痛……」「ったた」
火影は顔を歪め、火影の上に倒れ込んだハルは顔をしかめながらも、すぐさま身体を起こした。両手を火影の両脇につけ、その二つを支えに上半身を持ち上げる。
「って、大丈夫かッ? 火影、どうした?」
ハルは、顔を歪めて目を閉じている火影を曇った瞳で見つめる。
「お前サンに心配されるほど柔なあたいじゃない。ちょっと眩暈がしただけだ」
火影の亜麻色の髪が床に散らばる。火影は閉じていた瞼を上げ、金の瞳を光にさらす。ぼうっとした焦点を結ばない瞳のままで火影は言葉を発するために口を開き、
「――っ!」
そのまま言葉を口にはできず、息を止めて目を瞠った。太陽のような黄金の瞳が、一瞬にして凍りつく。
身体に電流が流れたかのような、こわばった表情をしたまま火影は何も言わない。その肩は小刻みに震え、口元は空気を求めて喘ぐように薄く開かれていた。