Episode1-8 召喚獣の召喚獣による召喚獣の為の大騒動
だんだんとシリアスになっていきます。
ハルはどうしても街へ行きたくないらしく、ユイはそんなハルをどうしても行かせたいらしい。ユイはどうやらハルの反応を楽しんでいるように見える。
「お前の個人的な苦情が受け入れられると思うか? そんなわけないだろう。受け入れられるとしても、そんなクソみたいな意見、瞬殺されるにきまっているだろう?」
ユイはハルの意見や個人尊重などといったものは、まるでこの世に存在しないかのような口ぶりで語る。
「うぅ……。何だよその差別。訴えるぞ」
「訴えられるものなら訴えてみろ」
「あぁ! やってやろうじゃないか!」
「お前、自分にそんな勇気があると思うか?」
「うっ……」
結局姉には頭が上がらないハルは、言葉を喉にひっかける。イスがもともとこの家には三つしかないため、一人立つこととなっているハルの方が断然視線は高いが、ユイの威圧感は半端ではない。
「……ふふっ。うふふふふふっ」
ユイがハルを睨みつける、張りつめた雰囲気が満ちた部屋。そこへ、小鳥のように軽やかで鈴が震えるように心地よい笑い声が、突然流れた。はっきり言って場違いだが、その笑い声は思わず耳を澄まして聴いてしまうような美しい声だった。
三つの視線が一斉に、麗しい笑い声の元へと集まる。笑い声を上げる者、ハルの召喚獣である少女は透き通る明るい闇夜のような蒼い長髪をなびかせながら、肩を震わせて笑い続ける。しばらく笑った後、やっと皆の視線が自分に注がれていると気付き、ぱっと頬を朱に染めた。
「すっ、すみません。ただ、あまりにお二方の掛け合いが面白かったもので」
「これは見世物じゃない」
むっとして口をへの字に曲げたハルは、大変面白くなさそうな目つきをして少女へ視線を送る。
「はい。分かっております。けれど、とてもテンポが良かったもので。私、初めてご主人様とユイ様を見たとき、てっきりお二方は同棲されている恋人同士なのかと思いました」
「誰がこんな凶暴女と!」「誰がこんなヘタレと!」
二人の息がぴったり合い、同時に双方が視線を激しくぶつけあって火花を散らした。が、結果は瞬時についた。無論、どちらが先に引いたのかは言うまでもない。
まるで漫才をしているかのような二人を見ながら、先ほどまで興味を失っていた火影もぷっと吹き出し、少女は少し嬉しそうに軽く両手の平を合わせて小さな音を立てた。
「こんなにも息がぴったりということは、やはりお二方は正真正銘のご兄弟ですね! 良かったですね、ご主人様。先ほどまで本当に兄弟なのかとお疑いになられていましたが、これで本当の兄弟だと判明しましたね!」
「や。アレ冗談だし」
ハルはどこか抜けている少女を遠慮がちに見、少女は何が何やら分からないからとりあえず、といった感じで微笑んでいた。
「では、ヘタレ。お前が本当のあたしの弟だと分かったところだし、姉の命令をさっさと聞け。今すぐに、さっさと街へ行って来い、このバカヘタレ坊主」
にこりと笑ったまま、あまり綺麗でない言葉をはくユイ。はっきり言ってとても恐い。
ヘタレもといハルは顔を歪めながらも、「あー」と漏らし、乱暴に黒髪の頭をかいた。
「分かったよ。行くよ。行けばいいんだろッ。どうせオレは年中無休の暇人ですよ」
「おう。なかなか物分かりが良くなったんじゃないか? 頼むぞ、このバカヘタレヒマ坊主」
「さっきより悪くなってる……!」
無邪気な笑みを浮かべるユイだが、それがハルにはどうしても悪魔の笑みにしか見えないのだった。そのうち先が三角の黒い尻尾が生えてきそうである。
額から目の下までにかけて縦棒を引いている主人を見つめながら、少女は遣り切れない気持ちで心を満たしていた。躊躇いがちに瞼を伏せながら、上目遣いに「あの……」と少女は口を開く。
「よければ、私もご主人様とともに街まで行きましょうか?」
「えっ? う……」
少女を振り向いたハルは、その上目遣いな姿に少々目を見開いて頬を染めながらも、慌てながらしかししっかりと首を横に振った。
「なっ……。何故ですかッ? ご主人様をお守りすることは、召喚獣の決まりですッ」
主人の反応に愕然とした少女は、反射的に問う。少女の戸惑うような瞳と声に、ハルは顔を歪めて再度首を振る。
「そうかもしれない。けど……街だけはやめとけ。それに――」
「お前の存在が公になると、随分厄介なことになるからな」
ユイは珍しく神妙な声音と眼差しをして、静かにハルと少女を見すえた。
「小娘とハルは、召喚獣使い取締委員会によってさだめられた、国にも公認されている禁忌を犯した。これは大罪に当たり、召喚したハルは悪くて死刑、良くても無期懲役でブタ箱行きだ。小娘の罪は軽いだろうが、血の契約という固い契りを二人の間で交わしてしまった以上、もはや二人の関係を断ち切る術はない。もし、国や委員会や他の召喚獣使いにこのことがバレてしまえば――その時は二人とも、死を覚悟しておけ。特にハルは、な」
ユイの冷たい声と視線に、少女は今にも泣き出しそうな顔で俯く。ハルは気まずそうに視線を下で泳がせ、最終的に自分の足の爪先を睨むような形となった。