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Episode1-6 召喚獣の召喚獣による召喚獣の為の大騒動

「文句はないな。では、これはあたしがいただいてやる」

 ユイはにんまり笑うとサディスト(よろ)しく、悔しげに顔を歪めるハルの目の前で大口を開けてバケットを頬張った。香ばしく焼けたバケットと、とろけながら良い香りを放つバターがユイの口の中へと消える。ハルは潤んだ瞳で消えゆくバケットを見送った。

「うん。我ながら美味(うま)いな」

 などと言いつつ、ユイは嬉しそうにバケットを食べ進む。

 ユイの手からすっかりバケットが消えてしまうと、ハルは右手に持っている食パンに視線を落とした。白い部分を赤くぬられたそれを恨めしげに見つめ、まるでやけ食いをするかのような勢いでがつがつと食べ始める。

「良い食いっぷりだな」

 口元を右手で押さえてニヤリと笑い、ユイは視線をハルに向けたまま紅茶の入ったシンプルな白いカップを持ち上げて口をつけた。ほぼ冷たくなってしまった紅茶を口に含み、その冷たさに小さく顔を歪める。

 ハルは自分を見つめる闇の様な漆黒の瞳を見つめながら、そのにくい顔に罵詈雑言の数々を浴びせかけた。ちなみに、心の中で。

「あ」

 ふいに声を上げるユイ。白いカップが小さな軽い音を立ててソーサーの上に置かれる。

「言っておくが、もうバケットは品切れだからな」

 食パンを咀嚼していた口が、まるでふいに舌を噛んでしまったかのようにぴたりと止まる。口と手はすっかり固まり、瞳は瞬きさえしない。束の間、ハルは呼吸さえもしていないのではないかと思うほど身動きをしなかった。

 ユイは静かにハルを見つめ、火影は自分の食パンが載った皿の淵にそっと手をそえ、少女は口の周りにバケットの(くず)をたくさんつけた顔できょとんと主人を見つめた。

 沈黙が続く。徐々にハルの黒い瞳が、下へと移動する。視線の先、バケットを並べていた籠の中。そこにあったのは、バケットの小さな欠片だけが虚しさをアピールするかのようにぽつりぽりつと残されていた。

 口の中いっぱいに詰め込まれていた食パンを嚥下し、胃の中へ流し込む。ひどく緩慢に喉が上下する。ラズベリーの甘酸っぱい味と香りをほのかに感じながら、ハルは視線を上げてバケットを食べていた一人と二匹をじっと見る。

「ちなみに殆ど食べてしまったのは、この少女だからな。あたしは攻めるなよ」

 ユイはあたかも自分は悪くないという風に、召喚獣の少女を指す。

「えと……。あの……?」

 口元にバケットの名残をにぎやかにつけている少女はきょとんと目を瞬かせ、自分を指すユイの指を訝しそうに見つめる。

「……どうぞ。お納めください」

 火影はと自然な動きで、食パンの載った皿をハルの方向へ滑らせた。

「おう。……って! このタイミングでそれはないだろ!!」

「ちぇっ。上手くいくと思ったのに」

 ハルは火影に突っ込みを入れる。火影は、ラズベリージャムがどろりと盛られた食パンをハルの元に置いたまま、ふっとそっぽを向く。

 ハルは口の端をひくひくと釣り上げ、怒りをむき出しにして言葉を乱暴に紡ぐ。

「これはお前が食べろ。っていうか! 何でそんなにみんなバケットが食べたいんだよ! こんな、食べ物ごときであーだこーだと」

「食べ物ごときなどと言って、食べ物を馬鹿にするな。あと、一番こだわっているのはお前だろ」

 ユイの冷静な反論に、ハルの言葉が詰まる。「そっ、それは……」などと言って言い訳をしようとしているが、どうやら何も言葉が思い浮かばないらしい。結局諦めて、視線を落とすと再度食パンに齧りついた。ジャム特有の口にまとわりつくような甘さが、ハルの気分をさらにどん底へと落としていくようだった。

「あの……」

 ふいにハルへ声をかけられる。ハルは視線を上げ、声の主である者を見つめる。

「えっと、バケットをご主人様は食べたかったのですよね?」

 声を上げた召喚獣の少女は、純粋な光を宿した黒い瞳でハルを見る。

「……あぁ。あぁ、あぁ、食べたかったさ。君があまりにも美味しそうに食べる姿を見たからな」

 ハルは憎々しげに少女を見つめる。少女はそんなハルの憎しみや怒りなど、微塵も感じ取れていないらしい。瞳を猫のように煌めかせたまま、躊躇いなく白く細長い右手の指を形の良い紅色の唇の前に持ってきた。

「吐きましょうか?」

 神妙な口調で、冗談のようなことを少女はさらりと口にした。ハルは息をのんで僅かに身を引きながら、グロテスクなものでも見るかのような目つきで少女を見る。

「いっ、嫌だ! じゃなくて、いいです! 構いません。遠慮しておきます」

「いえ。遠慮なさらずに」

 小さな少女の口が開き、その中に指の先が僅かに入る。

「どわー!! 止めろ! いいって! 遠慮とかじゃなくて! お願いします止めてください本当もういいですから!」

「そう、ですか……」

 少女は残念そうにまつ毛を伏せて、口からそっと指を離した。

 少女にとっては主人の力になれなかったことが残念であったのだが、少女の気落ちした姿を見つめるハルには少女は吐くことができなかったことを残念がっているように見え、少々この少女を恐ろしく思ってしまったのだった。


コメディを書きたいのですが……どうしても私の作品はシリアスに傾いてしまうんですよね;

本当はもう一つの作品である「砂漠の薔薇」だって、シリアスな話にしているつもりはないのですが、結構シリアスな雰囲気があるといわれます。

コメディって、難しいですorz

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