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前日譚①~1話の数年前~ 落日の国

 最大限好意的に表現するなら、オモムキのあるホテル。その正面玄関の前で、白髪の目立つ初老の男が溜息をついた。

 研究開発コンサルティング会社の副代表であるその男、三崎達弥(ミサキタツヤ)は昨日の出来事を思い返していた。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



「俺だ」


 電話口の向こうで秘書らしき男が取り次いできたのは特徴のあるダミ声だった。


「お前。面白い事に巻き込まれているな。今日は国(福岡県)へ帰るつもりだったが、話があるから今直ぐ俺のトコに顔を出しな」


 返事も聞かずに部屋の固定電話は一方的に切られた。

 三崎は溜息をついたが、民主自由党の重鎮を無視するわけにもいかず、その後のスケジュール調整を事務員に丸投げしてから、部屋を出た。


 俺のトコということは議員会館ではないのだろう。タクシーの後部座席に身を沈めながら、三崎はこれから向かう番地を頭の中でなぞる。最後にあの場所を訪れたのは、大河昭太が身罷ミマカった日。それが、もう15年も前のことだと気づき、彼の胸に暗然としたものが広がった。車窓を流れる都市の風景がムナしく見える。


 灯滅(トウメッ)せんとして光を増す。梅下派の七本槍が気勢をあげていた頃。あの時代が民自党の最後の輝きだったな。


 エリートの中のエリート。大蔵省主税局の面々を「小僧」呼びし、「勉強し直せ」と怒鳴りつけることが度々あった最強をウタわれた川下率いる党税調の時代。現在の党税調や政府税調に、往事の勢いは全くない。

 今の民自党で財務官僚の言いなりにならないのは、これから会う人ぐらいだ。

 高部さんももういない。馬場澄高が民自党だったら、まだこの国は10年ぐらいは保っていたかもしれないが、あの人は最初からアノ政党系だ。十数年前の悪夢の主民党政権時代には将来の総理大臣として、政財界や保守系評論家からの評価も高かったが、ここ10年、口の端に上る際は失笑ばかりという(テイ)たらく。


 考えてみれば僕がこれから会う人の今の状況は、後を託す予定の蔣琬ショウエン* と費禕ヒイ** に先立たれた諸葛亮孔明ショカツリョウコウメイ*** の心境か。

 明治維新から百五十有余年。政治家も官僚もガラガラポンしないと、この体制が改まることはないだろう。だからといって、そうなるためにダンジョンから化け物が溢れ出て、国民の一定数が死傷するような事態を望んでいるわけではないが……


 ドアを開けるとニヤついた“半径3メートルの男”が革張りのソファにふんぞり返っていた。部屋には特徴的なトルコタバコの臭いと、上質な家具の匂いが混ざり合っている。何か飲むかと聞かれたが、三崎は反射的に首を振って遠慮した。


「明日お前さんが座長の会議。もう勝負は決したぜ」

 いきなり結論を告げられた。


「天下りの温床だと、次々と特殊法人が廃止されていくご時世で、久々の大物だ。飢えた官僚共が放っとく訳があんめぃよ」


 老人はひと呼吸おくと、煙を一服くゆらせた。


「お前さんもよく知っている話だがよ、個室付き秘書付き車付き、年に数千万の金を受け取れる天下りの受け皿法人を1つ創りゃあ、同期の次官(長官)レースで勝ちを決めたようなもんだ。ましてや億単位の金が受け取れる法人創出なんかしでかした日には、同期どころか1周2周を素っ飛ばしてのめでたい次官(長官)様の誕生って寸法よ。場合によっちゃあ、防衛省で天皇と呼ばれた男の任期なんざ軽々と超えちまうかもしれねぇな」


 こちらに何も言わせず“半径3メートルの男”は独り喋り続けた。

「連中、財務省には別の安牌アンパイを用意して黙らせちまったよ。直接ダンジョンに関わる法人なんざ一定のリスクが伴うからな。だが、そっちも億は堅い。俺やお前さんより頭の切れるのが揃っているんだ、妙ちきりんな法の抜け道くらい見つけてきやがるだろうよ。最初からそんなに儲かる筈がねぇんだが……」


 男はトルコタバコを灰皿に押し付けると、前のめりになったまま、初めて三崎の顔をまっすぐ見た。

「で、だ。今日、お前さんにわざわざここまで来てもらったのは、だなぁ……」

 何か言葉を選んでいる。この人にしては珍しい。


「法務省の若造が動いてやがる。ああいうのは見てて悪くねぇ。国家だ国民だなんて、本気でそんなことを考えてやがるんだからな」


 男はそこで、何かを思い出したように含み笑いを漏らした。


「まあ、現実に打ちのめされて役所を辞めていくか、地べたに()(ツクバ)って上の役人様の顔色ばかり窺うヒラメになるか……そこらへんで終わるのが関の山だがよ。……もしかしたら、化けるかもしれねぇな」


 男は背もたれに深く体重を預け、薄く笑った。三崎の顔を射抜くような眼光が、冷ややかな気配を孕む。


「勘違いするんじゃねぇぞ。助けろなんて一言も言っちゃいねぇ。そいつが何かしでかしても、お前さんの顔で上手く大目に見てやれ。……今日、わざわざ呼び出したのは、ただそれを言いたかったからだ。もう帰っていいよ」


「餌にありつけたのは何処なんですか?」


「へっ。内閣府の連中は甘いんだよ。あいつら、現場の泥なんて一度も足を突っ込んだことがねぇからな。だから今回みたいに、大事なところで出し抜かれるんだ。まあ、明日のお楽しみだ。何、行けば直ぐに分かるさ」


 男はニヤリと口元を歪めると、顎で三崎の背後を指し示した。


「あぁ、それとなぁ。連中、三条委員会**** を企図してやがったが、そいつは俺の方で潰しておいた。……けっ! 俺の目の黒いうちは、そうそう好き勝手な真似はさせねぇよ」


 呼び出された秘書に退出を促される。三崎は、男の最後の言葉の裏にある、権力闘争の熾烈な熱を感じ取った。今日のは借りなんだろうか。明日次第では貸し借りなしで良いのだろうか。





~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~





 で、腹をたてた内閣府はこんなところに会場を変更したということか。

「帰ろうか」

 後ろにいた男性が驚いて押しとどめる。

「今回の特別チームは民間人がトップで、先生がそのトップではないですか」


 三崎は返事をせず、ホテルの正面玄関へ敵意を込めて睨みつけた。


「僕だって政府の仕事は今回が初めてじゃない。PT(プロジェクトチーム)にもSG(スタディグループ)にもTF(タスクフォース)にも何度も参加している。そんなものはマスメディアや野党への言い訳用に用意されたもので、誰も僕の意見を聞きたいわけでも僕の能力に期待しているわけでもないことは承知している」


 三崎は吐き捨てるように言い放ち、靴先でアスファルトを軽く蹴った。安っぽいホテルの客にお似合いの安い靴を履いている自分。ここがお前にお似合いだ。未だ見ぬ相手からそう言われたようで、持ち前の反骨心がむくりと頭をもたげた。


「官僚の用意したペーパーを追認することだけが僕の仕事で、後でごちゃごちゃ言ってくる奴がいたら、三崎達弥が同意したことに批判があるのなら対案を示してくれと勝手に僕の名前が使われることも、マスメディアの連中は酒と食い物と流行のファッションには饒舌で、庶民には終生縁の無いブランド品には通暁ツウギョウしていても、僕と論争しようという気概のある奴なんか1人もいないことも。そんなことは分かっているんだ。でも、コレは酷い」


 三崎はそこでもう一度言葉を切り、ネクタイを乱暴に緩めた。都心では珍しい旧い車が黒い排ガスをまき散らしながら直ぐ側を通り抜けていく。


「(衆院)代議士から直々に依頼された仕事ではない。内閣府の連中は引き受け手がいないから僕のところに持ってきたのだろう。あの連中は仕事を与えてやったのだと上から見下すだけで、コレを借りだとは絶対に思ってない。内閣府の仕事だというのに、直前にいきなり会場が変更され、変な地番へ呼び出されたときから嫌だとは思っていたんだよ」

 三崎は、ホテルの正面玄関をもう一度睨みつけた。


「しかし、今日この場で辞退するというのは……」


「分かってる。分かってるさ。そんなことができないなんてことは」

 忌々しげにホテルを睨みつけると三崎は最後にこう吐き出した。

「僕は予言するよ。今日の会議には必ず空気を読まない馬鹿が出席している」


 用意された会議室に入室すると、早い時間に到着したにもかかわらず、室内には既に着席している者がいた。


「コンニチハー」


 その太った中年男性は、変にテンションの高い浮ついた声で話しかけてきたが、三崎は返事に詰まった。

 その男は、公的な会議という厳粛な場に、上質なリネン生地の白っぽいシャツを着ていた。シャツには熱帯植物のような派手な刺繍が施されている。そして、下半身は鮮やかなターコイズブルーの膝丈半ズボン。

 三崎が最初に思ったのは、そういえば光文の頃の直木賞作家で左右色違いのカラータイツを穿いていた人がいたことだった。でも確かあの人は半ズボンを穿いてはいなかった。

 いや、穿いていたのか?

 光文といえば某新聞が勇み足をしなければ、元号は確か昭和と決まっていたとかいう話もあったな。などと持ち前の雑知識を思い返しながら、三崎は最初の疑問に立ち返った。

 何故この男は僕の席に座っているのだろう……


 返事がないことに苛立(イラダ)ったのか、その太った男は今度は咳を1つしてからもう一度繰り返した。

「こんにちは」


 三崎は、男が座る席の名札に目をやり、冷めた視線を向ける。

「ん? あぁ。そこは僕の席だと思うのだが、もしかして君は僕と同姓同名で、肩書も同じで、座長も依頼されているのか?」


 指摘された男は驚いた顔をして、僕が指差した紙を覗き込んだ。


 少しフリーズしてから、その太った男はうつむきながらブツブツと話し始める。

「俺は令和ダンジョンの専門家として、今世界中を騒がしていて、人も大勢死んでいる異常事態に、専門家として、専門家の優れた知見を披露するために、今日この場に呼ばれたのだ。専門家である俺が座長を務めるのは当然じゃないのか。なんだこのジジイは、挨拶もできない。社会常識がない。それなのに専門家である俺を糾弾している。俺は専門家として広く名を知られた作家で、作品はアニメにもなっているのだ。そうだ、どのアニメも1クールだけだったとはいえ、複数のアニメを世界に送り出したダンジョン専門家で、世界中の人が俺の名前を知っているのだ。ビートルズを気取るわけではないが、俺はダンジョン専門家として、その高名をキリストより知られているのだ」


 三崎は、目の前の半ズボンの男から思わず後ずさりしたくなった。

 帰りてぇ~



「どうかしましたか?」


 知らない背広の若い男が後ろから話しかけてきた。


 あいつ。逃げやがったな。僕に出ろと強要した奴は振り向いてもどこにもいなくなっていた。

 この背広。状況はおおよそ分かっているだろうに、何おすまし顔で返事をまっているんだ。

「えっと。彼が座長を務めてくれるそうですし。僕の席はないようなので帰っていいですか?」


「三崎様がこのチームを差配することは決定事項です。既に稟申リンシンし、承認印も頂戴しております」


「えっ、ハンコはもう使わないと、デジタル大臣が先年発表したはずでは?」


「他省庁の話だということは三崎様もご承知おきされているかと」


 ……出たよ。省あって国なし。本当に。帰りてぇ。


 通路が騒がしくなってきた。席の前にぶらさがってる紙をみるに、内閣人事局、総務省行政管理局、内務省警保局の末裔や、防衛省の背広組といった連中か。

 最低でも課長レベルが出席するんだよな? なんで所属だけで役職は書いてねぃんだよ……

* 諸葛亮孔明亡き後、蜀の国の文官最高位相当を約10年務めた


** 蔣琬亡き後、蜀の国の文官最高位相当を約10年務めた


*** 中国三国時代蜀の国の丞相


**** 国の行政組織の1つ。一般に行政委員会とよばれ、府省の大臣などからの指揮や監督を受けず、独立して権限を行使することができる合議制の機関。国の行政機関の名称や機構などを定めた国家行政組織法第三条に規定されているため、三条委員会とよばれる。第三条では、府と省を内閣の行政事務を行う組織とし、その外局として、委員会と庁を置くことを規定している。三条委員会は庁と同格の行政機関であり、高い独立性を保つために予算や人事を自ら決定し、独自に規則や告示を制定することができ、それを命令、公表する権限が与えられている。{日本大百科全書(ニッポニカ)

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