第二話 2-1
冥界にやってきて一時間程度だろうか。コニッシュと手を繋ぎながら歩く河原は当然のように石がごろごろと転がっているばかりで、絵面が変わらない。思っている以上に川は長く、このまま歩き続ければ源流に辿り着くのではないのかと思うほどだ。しばらくの間は互いに何も話さずの状態だったがあまりにも景色が変わらず、気まずい沈黙を破るべく頭をかすめた言葉をそのまま口に出す。
「冥界って川しかない? あ、でも住居とか話してたっけ」
「冥王様のいるところがもう少し河原を登って行った近くだからここ歩いてるだけで、川以外もちゃんとあるぞ。オレ達冥界の住民の住居や、煉獄の土地とか氷山とかもある」
「思ってた以上に色々ある感じするな……死者って冥界に来て一番最初に冥王サマにお目通りするイメージあんだけど、ここは違うん?」
「それは……生者達が勝手にそういう話を作ってるだけなんじゃねぇか? 冥王様は……確かに冥界を治めてる王様だけど、そんな面倒なことやってないぞ。オレも詳しく何やってるかは知らねぇけど……」
「お飾り?」
「一気に失礼が過ぎるだろ! 今後どうするかをその冥王様に聞きに行くんだぞ!?」
かつて聞いた物語が思考の軸になっていたのか、死んだ者は閻魔……この世界で言う冥王によって天国に行くか地獄に行くかを裁かれる、というイメージが勝手に強くなっていたらしい。実際のところこの冥界は王に裁きを受ける事もなく、死者はそのまま彼ら導き手によって光の粒へと変えられて天へと消えていく。かつて生者だったころに罪を犯していた場合はどうなるかも不明だが、聞く限り分け隔てがあるように思えない。
「死者が生きてた頃に悪い事とかしてた場合とかってどうなるん?」
「一応、冥界に来た際に分けられてるらしいぞ。そういう死者の魂は少し特別な浄化……正しく巡るための試練が必要になるんだ。そういうのは長く死者と対応してて実力もある導き手の先輩方が担当することになってる……何か適性があるのか、それとも相手にする死者がそういうのが多いのからか、面倒で荒っぽい奴が多いな」
「冥界に自動振り分けフィルターがあるのか……」
内心でそちら側の導き手に最初に発見されなくてよかった、などと思う。罪人になるような事はやってはいないのだが、自身の体質と発現してしまった奇怪な能力のせいで他者に迷惑をかけた事は一度や二度ではない。どちらにせよ実力者の導き手ならば生者であることを一瞬で見抜いたのだろうが。と、思考がコニッシュ以外の導き手の存在にまで及んだところで、この体質の事を彼に説明していないことに気付いた。
「もしかしたらはちゃめちゃに冥王サマのいるところが遠くて長旅になる可能性を否定できないから先に言っとくわ」
「いやそんなかからねぇぞ……なんだ?」
「実は厄介なモン持っててさ、二つくらい」
「生者のまま冥界に来てる時点で厄介の塊だと思うぞ」
「それは……まぁうん……とりあえず言っておくと、滅茶苦茶不幸体質なんだよな」
「不幸体質?」
大事な話をしようとしていると気付いたのか、自然とコニッシュの足が止まる。片手はぎゅっと握られたまま、話を聞くためか目を合わされる。不幸体質、と言われていまいちピンとこないのか、僅かに首を傾げられた。
「うん。トラブルに巻き込まれやすいし、危険な目に遭いやすい。生きたまま冥界に来た理由もこいつのせいだと思ってる。あと、この体質のせいで冥王サマのとこに着くまでに滅茶苦茶時間がかかるかどえらい事が起きるかはしそうなんだよな」
「例えば?」
「何故か冥王サマの元に辿り着けないとか、変な冥界住民にしつこく絡まれるとか、事情を知らない死神……導き手に狩られかけるとか」
それこそ、罪人を担当している導き手とかに、だ。おそらく全員が全員ではないだろうが面倒で荒っぽい奴が多いとコニッシュが言うのだから、直接会ったら想像以上に面倒な相手が出てくるかもしれない。実力者であることは確実なのだが、勝手に世紀末のような世界観の導き手を想像してしまう。
「それは嫌だな……とりあえず、冥王様の元にはオレがちゃんと連れて行ってやるから大丈夫だと思うし、変な奴とか他の導き手に会ってもオレがなんとかしてやる。お前と違ってオレは冥界の住民だから少なくとも導き手には話が通じるだろうし」
「一人での移動じゃなくて本当によかったって思うわ」
「導き手以外の相手は上手くできる保証はないからな? オレがどうにかしようとしてもお前が変な返事したら何もできねぇぞ」
持つべきは現地を知る仲間だな、と内心で頷き、この調子なら問題なさそうだと次の話……自身の持つ奇怪な能力についてへと移る。
「あと、咳とかくしゃみすると爆発する」
「は?」
不幸体質と同じ流れで理解を貰うことは難しかったらしく、コニッシュは困惑するように眉を寄せた。