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第一話 1-1


「……今日で最後かぁ」


 がらんどう。


 今の状況を一言で表すなら、それに他ならない。家財が全て無くなって床板だけになった一室でひとり、大の字で寝転がる。これが出来るのもあと数分程度。手元にはスマートフォンと僅かなお金だけ。持っている服も、着慣れた灰色のパーカーとくたくたになった紺色のスカート程度。今更しわになった所で気にもならなかった。


 こうなったのは少し前だ。それこそ、二、三ヶ月程度前。


 夏休みに入る少し前だったか、授業合間の休み時間に両親の訃報を聞いた。そう長く悲しむ暇も与えられず、両親が今までに残していた金銭で葬儀を執り行い、その後高校を中退した。頼れる親族はいない。父方の親戚は物心つく前に何かしらの揉め事があり、縁を切ったという話を聞いていた。母方の親戚も一度も連絡を取り合ったことが無いから、同じなのかもしれない。だが諦めきれず、両親の親族に電話帳の片っ端から当たってみたものの、どれの一つも通じなくて。

 つまり、天涯孤独。これからは一人で全てをこなして生きていかなければならない。高校を中退したのは、今後の生活を学校に通いつつ、バイトしながら……という器用な事は出来ないからだ。なんせ、今まで一度もバイトの面接に受かれた試しがないから。フルタイム稼働のバイトならば、少しは行けるところもあるだろう、と思っていたのだが、……全てダメだった。

 くしゃりと頭を掻く。生まれてこのかた背負っていた不幸体質が、本格的に自身の首を絞めに来ていた。幼少期、最も古く思い起こされるのは川で溺れた、という記憶だった。それからも大なり小なり何かしらの目には合っている。もちろん自身から不幸になり得る事象に頭を突っ込んだこと、他者に巻き込まれる形で不幸な目に遭ったりなど全てを問わず。時が経つにつれて完全に慣れてしまい、開き直って不幸上等と起きるトラブルを楽しむような形で今までを生きてきたのだが、ここまでくると笑えない。

 更には両親を失ったと同時に奇怪な能力を手に入れてしまう、という現実的ではないオマケまでついてしまった。これがまた現実であまり使えたものではない上、自分自身にとっても発動のタイミングが狙えないもので困っている。うかつに発動してしまったのもあり、今いる町からの居場所も失ってしまったのだからこれも不幸体質の一環とみていいだろう。


 そんな流れで全てがうまくいかず金銭に困り、暮らしていた家を手放すことになる。それが、今だ。数分後にはこの家を出なければならない。

 これからやる事は、正直な所最後の賭けに近い。自身が暮らす街は山間にある田舎町だ、少しでも移動して都会に行けば、一つくらいは仕事が見つかるだろう、受かれるだろうと。金銭は一つの間取りを借りれる程度も無い。しばらくは野宿になるだろう。その程度は覚悟している。仕事だってどれだけハードなものでも危険なものでも構わない。それくらいの腹積もりで。奇怪な能力が悪影響を及ぼす可能性もあるが、この田舎町と違って都会ならば噂の広がる速度は遅いだろう、と。

 一息ついて、家を出る。生まれてからずっと暮らし続けていた家を離れるのは、なんとも寂しい気持ちになる気がした。パーカーのポケットに財布とスマートフォンを入れて、家の鍵をポストに突っ込んで歩き出す。数日前に別れの挨拶をした友人の家の前を通り、見慣れた道を通り、都会の方面へと繋がる橋を渡り。ふいに名残惜しくて振り向けば、綺麗な夕暮れが町を照らしていた。雨上がりの街、そこかしこにある水たまりが夕陽を反射してきらきらと輝いていて。まるで写真の一枚の様で、最後に見る光景に相応しい景色であった。


 舗装された山道を進む中、少しずつ陽が沈んでいく。都会は山を越えた先にあるというのに、どうしてこの時間まで家を出なかったのか、と思わず自分自身に問いかけたくなる。電車やバスにかけられる程度のお金も残っていないというのに。山とはいえど町に繋がるものだからきちんと舗装はされている。崖沿いに作られガードレールがある程度設置された道路の端を歩いているうちに、陽が山の向こうへと沈むのが見えた。黄昏の色が陽と共に薄れ、夜の帳が空を覆い始める。陽は見えなくなれど、まだ全てが夜に覆われたわけではない微妙な時間帯。雨上がりの湿った空気が夜を纏って、少しずつ冷たくなっていく。


 ぼう、と僅かに存在を主張し始めた、山と雲間からちらちらと顔を覗かせる月を歩きながら見上げた。今日は満月だったのか、と思わず独り言ちて、少しだけ急ごうと足を速め、踏み出した先にあった濡れた落ち葉を踏みつけて。


「あ」


 ずるり、身体がバランスを崩した。濡れた落ち葉は滑りやすい、今いる場所が坂道ならば尚更だろう。転ばないようにと何かを掴もうとするが、無情にも空振る両手。身体が倒れた先は偶然にもガードレールが存在せず、ぶわり、身体を襲う浮遊感。


「やらかしたっ……!」


 一瞬の油断は命を奪うとは、正にこの事だろう。普通の人ならばそうはならないだろうが、不幸体質とはそういうものだ。先程まで見上げていた月は、まるで嘲笑うように冷たく見える。殆どが夜に染まった空が、いやに暗く見えて。

 視界はさかさま、落ちる先は暗くて見えず。ちらりと下を見れば、遠くに木々が見える。落ちたら確実に死ぬであろう高さだ。そう気付いたところで、長く感じる一瞬の中に一つの考えが生まれる。これは、来世に期待しろと運命が言っているのではないか、と。来世が実際存在するかはわからないが、今後もこんな不幸体質と付き合っていくならば、と考えればその方がよっぽど幸せなのでは――


 そう思った瞬間、妙に気分が軽くなるのを感じた。落ちる?死ぬ?そんなものどうだっていい、どれだけ痛くても一瞬だ、来世はきっと幸せだ。 ……この死は、不幸ではない、と。落ちる最中、数秒にも満たない間に心底から叩きだされた結論。


 ふと、耳に流れる水の音が届く。少しずつ、近付いてくる。雨の後の、激しく流れる川の音。どうしても水は嫌いなものだから、水没はどうしても避けたかったのだが。 ……もう、どうでもいいか、と。


 さかさまの景色に別れを告げて、そっと目を閉じた。

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