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第一話  『信じる運命』

 昔々、ある国の王様と王妃様の間に綺麗な王女様が生まれました。


 二人はその誕生を祝う為のパーティーを開き、妖精の代表者を全員招くことにしました。招かれた妖精たちは嬉しくて、生まれた王女様に魔法で贈り物をすることにしました。

 妖精たちが出逢った王女様はそれはそれは美しく、たくさんの物を贈りましたが、楽しい時間は魔女の登場で終わりを迎えます。


「この赤ん坊は十七歳の誕生日に死ぬ!」


 魔女は王女様の美しさに嫉妬していました。そこで、王女様に死の呪いを掛けることにしたのです。

 王様と王妃様は嘆き悲しみました。妖精たちも嘆き悲しみました。そこで立ち上がったのが、まだ王女様に贈り物をしていない妖精でした。妖精は王女様の呪いを死の呪いではなく眠りの呪いに変えました。


 王様と王妃様は自分たちがいなくても王女様が生きていけるように、大陸中から黄金を集めて隠しました。


 そして、王女様は十七歳の誕生日の日に五百年の眠りにつき、お城は茨に覆われてしまいました。


 王女様は今でも黄金と一緒に茨に覆われたお城の中で眠っています。

 そんな王女様や黄金を手に入れようと大陸中の男たちが茨のお城に入ろうとしましたが、みんな棘に刺されて死んでしまいました。


 えぇ。そうです。王弟殿下も、王太子殿下も、民たちも、その茨に刺さって死んだのです。


 綺麗な薔薇には棘があると言うでしょう? だから殿下、貴方は女を見た目で選んではいけませんよ。





 無様に倒れたシルヴァンは、自分の顔を覗き込むリサを見上げる。

 茨に覆われた城で眠っていた亡国の王女は、呆れた表情をしながらシルヴァンを見下ろす黒兎くろとと違って心配そうな表情をしていた。


「どうしましょう! 何故無事なの?!」


「アホやからな」


「ダチョウって頑丈らしいよ」


「へぇ~」


 ダチョウに詳しい虎獅狼こじろうと回復魔法を掛けようとしていたカレンもシルヴァンを囲む。シルヴァンは起き上がって黒兎の頭を咥えようとするが、ダチョウの口に黒兎の頭は合わなかった。


「殿下! ばっちいものを食べないでください!」


「誰がばっちいや」


 黒兎と虎獅狼は今でも毎日風呂に入っている。カロリーナとトロイメライはカレンが出す水玉と虎獅狼が出す炎で毎晩風呂に入る黒兎と虎獅狼を理解できないと言っていたが。


「殿下って呼ぶな!」


「いいえ、貴方はまだ殿下です」


「知り合いなん?」


 黒兎は地面に腰を下ろす。リサがいるのだ。魔獣はもう怖くない。シルヴァンとのやり取りを見てクラウジーニョやドミニカを警戒する必要も感じなかった。


「そんな訳ないでしょ。殿下は我が国の王太子殿下」


 ドミニカは黒兎を睨んで自分が出した土壁を均す。そしてシルヴァンの目の前に跪いた。


「殿下。今すぐ国に戻ってくださいと言えば、戻っていただけますか?」


「戻る訳ねぇだろバカ!」


「シルヴァン。言葉遣いが乱暴よ」


 リサはシルヴァンを窘める。そうされたことがないシルヴァンはうっと言葉を詰まらせる。


 やはり、シルヴァンにとってリサの光は自分の闇を濃くするものだ。

 リサはシルヴァンに足りないものを持っている、シルヴァンがリサの光を持っていたらシルヴァンが呪われることはなかったのだろう。


 なのに何故リサは呪われたのか。


 シルヴァンは幼い頃に聞いた昔話を思い出す。その見た目の美しさが理由ならば、シルヴァンだって美しくなくていいと言う。汚い方が安心する。


 光の子でも闇の子でも呪われるのならば、シルヴァンはやはり誰かを愛したいとは思わない。そんな自分が誰かから愛される訳がない。

 呪いは一生解けないのだと、乱暴な言葉遣いをやめられないシルヴァンは思った。


「ベルロワってここやろ」


 黒兎はハインツをドミニカに見せる。ドミニカは「そう」と頷き、黒兎は「治安が悪い、なぁ」とシルヴァンの言葉を繰り返した。


「悪いんだよ! 多分!」


「知らんのかい」


 ドミニカがベルロワ王国だと断言したのは黒兎たちがこれから行こうとしていた南西の国だ。シルヴァンの故郷は隣国だったが、その距離はトレステイン王国とマーヴァル王国くらい離れている。ダビとどこで出逢ったのかは知らないが、王太子殿下がこの距離を走ってきたのだろうか。


「ねぇ、なんで戻らないの?」


 カレンは呪いで国に戻ることができない。

 帰る国がないリサも、国への帰り方がわからない黒兎と虎獅狼も、鏡があるすべての場所に存在しているハインツも、妙に頑ななシルヴァンに注目する。


「お前ら俺様の姿が見えてんのかよ」


 この場に目が不自由な者はいない。シルヴァンはそっぽを向いて暇そうにしているしょうゆを眺めた。


「どんなお姿でも殿下は殿下です」


「どこからどう見ても化け物だけどな」


 ドミニカについて来ただけのように見えるクラウジーニョは、相変わらず人間以外の見た目を持つ者に毒を吐いた。


「化け物ではありません」


「シルヴァンはシルヴァンだよ」


 リサとカレンはシルヴァンを庇う。動物が喋ることが当然だと思っている──それ以上にシルヴァンを化け物扱いしたくないリサと元人魚のカレンだ。黒兎と虎獅狼とハインツ以上の感情をシルヴァンに向けている。

 五人は魔獣ではなくて良かったと大粒の涙を流したシルヴァンをまだ忘れていなかった。


「殿下、少しだけ私の話を聞いてください」


 頭を下げるドミニカも泣きそうだ。


「殿下が国を出てから内戦が始まり、民にも死者が出てしまいました。もう、殿下にしか内戦を止めることはできません」


「なんでだよ! 母上がいるだろ!」


 シルヴァンは変なところで上品な男だと思う。満足に食事をすることができない者がいる大陸で干し肉以外を口にしなかった姿は、ウーリのような自分勝手な王族に重なった。


「女王陛下は投獄されています」


 ドミニカは躊躇したが真実を告げる。


「……は?」


 シルヴァンは母が無事であると信じて疑っていなかったらしい。現実が見えなかったのか見ようとしていなかったのか。王族でも投獄されることはあるだろうと黒兎でさえ想像することができるのに。そして。


「それは半年前のことなので、今はわかりませんが」


 いつまでも牢屋の中で安心安全に暮らせる訳ではないことも容易に想像できた。


「ッ」


 息を呑んだシルヴァンは視線をベルロワ王国がある方へと向ける。


「このままでは国が滅びます。陛下の安否も不明。殿下の安否も不明。私は国を出た身ですので国が滅んでも構いませんが、友は死なせたくありません。殿下はどう思いますか」


 シルヴァンは一歩歩を進める。その足がダチョウの足であることに気付いて、細長い首をぶんぶんと左右に振る。


「お前は! 俺様の姿が見えてんのかよ!」


 そして同じことを言った。


「よく見ろよ! 俺様はダチョウだ! 誰が俺様を王太子殿下だって認める?! この姿でどうやって王になれる?! 教えろよ! この姿でどうやって母上を助けることができるんだよ!」


 シルヴァンは国を見捨てる男であっても母を見捨てる男ではない。


「私を使ってください」


 ドミニカも国を見捨てる女であっても友を見捨てる女ではない。


「私は家族と共に国から逃げました。それは私に斧があったからできたことです」


 ドミニカの背中には斧がある。黒兎は生きる為にドナトリア王国から飛び出した盗賊たちを思い出した。


「お金が必要だったので今はクラウジーニョと共にいますが……」


 ドミニカは両手を握り締める。


「……私は殿下の為に命を懸けられます。ここで出逢った意味をあのエルフの馬車の中で何度も何度も考えたから──殿下の意思を聞かせてください」


 ドミニカは運命を信じている。


 シルヴァンはまだ、命を懸けなければならない戦場を知らない。

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