第二十二話 『黄金郷』
泣きじゃくるトロイメライとリサに徐々に降り注いでいくのは日光だ。視界に入るすべての窓から茨が消えていく。澄んだ青空はトロイメライの瞳と同じ色だった。
カレンは大粒の涙を流して「良かったねぇ、良かったねぇ」と二人の再会を心から喜ぶ。カレンの反応が正常な反応なのだろうが、黒兎は虎獅狼と同じように辺りを見回した。
「…………ねぇ、二人とも何してるの?」
カレンは鼻を啜りながら感動を台無しにする二人を見上げる。黒兎は「いや」と思わず腰を低くした。
「なんか変な感じせえへん?」
上手く言語化することができない。黒兎は黒兎よりも先に辺りを見回していた虎獅狼へ視線を移す。
「なぁ、工藤……」
「あ、わかった」
やはりこういう時は虎獅狼だ。虎獅狼はトロイメライとリサがいる部屋まで歩き、二人を無視して鏡台を窓の方へと移動させる。その次はクローゼットらしき箱型の家具を壁際から退かす。
「な、何してんねん」
虎獅狼の奇行は今に始まったことではない。その奇行一つ一つに理由があることを知っている黒兎は虎獅狼を止めないが、普段の虎獅狼を知らないトロイメライとリサは涙が引っ込んだ双眸で虎獅狼を呆然と眺めていた。
「ちゃんと元の場所に戻さないとね」
そう言われて思い出す。この場所に誰よりも先に来たのはウーリだ。リサをベッドごと外に運ぼうとしていたならば邪魔な家具を退かしていても不思議ではない。
「せやけどその位置はおかしいやろ」
鏡が向いている方角はリサの方ではなく窓の方だ。箱型の家具も壁際ではないせいで通り難くなっている。
「大丈夫。合ってる」
虎獅狼が見ているのは床だった。五百年前から同じ場所に置かれている家具だ。若干の凹み、多少の日焼け。それらを見て虎獅狼は家具が本来の位置に置かれていないことに気付いたらしい。
「合ってる……?」
疑問を口に出したのはトロイメライだ。誰が見ても使い勝手の悪い場所に家具を置くリサではない。リサはトロイメライの反応を見て虎獅狼が不審者ではないことを判断し、「そんなところに家具を置いたことはありません」と否定した。
「リサさんのご両親が置いたんじゃないですか?」
虎獅狼はすべての家具を虎獅狼が思う位置に置く。すると、窓から差し込む日光が鏡に当たって反射した。
「ずっとどこに黄金があるのかなって思っていたんですよ」
鏡台は一つではないらしく、すべての窓から集められた光が一箇所に集う。その場所には小さな穴が空いており、中に何かが詰まっていた。
「まさか」
トロイメライはリサから退く。トロイメライが把握しているのはリサに関することだけ。王と王妃は誰にも黄金の在処を明かさずに死んだのだ。
いや、王と王妃を殺したメデューサは知っていたのかもしれない。
トロイメライは唇を噛み締めて、起き上がるリサの背中に腕を回す。眠りたくて眠ったのではなく呪いで強制的に眠らされたリサは今までで一番寝起きが良い。
だが、その表情は不安そうだった。
「溶けてますね」
虎獅狼は躊躇うことなく小さな穴に人差し指を突っ込む。
「何してんねん!」
「蝋だよ、これ」
「触んなアホ!」
黒兎は慌てて虎獅狼を羽交い締めにする。その代わりにトロイメライが床に這い蹲った。
「何してるんですかトロイメライ!」
床を軽く叩いて勢い良く押すと大きく凹む。長方形の形で凹んだそれをスライドさせると階段が出現した。
「うおあ!?」
思わず虎獅狼を床に落とす。虎獅狼は尻を打ったが四つん這いのまま階段まで進み、走ってきた黒兎に押し退けられた。
「黄ごっ」
「リサのものだよ」
階段を駆け下りようとする黒兎の首根っこを掴んでトロイメライが制止する。黒兎は「せやな」と背筋を伸ばすが、「ちょお待てや、前盗られてしまうとかなんとかかんとか言うてたやろ!」と反論した。
「あれは……」
トロイメライにも言い分はあるらしいが、爆発音と共に城が揺れる。
「なんや!」
「なんかいる!」
走ってきたカレンに窓の方へと首を曲げられた。ボキッと変な音がしたが痛くはない。
「あっ! ほんまや!」
「コノエ、首、大丈夫? 凄い音したけど」
リサを護る為に人間の怪我について学んだトロイメライはカレンを退かして黒兎の首に触れる。
「あれ! なんなん! なんかおるで!」
骨折はしていないようだ。トロイメライは首を傾げながら黒兎が指差す窓の外を確認する。
そこには浮遊する黒いマントを羽織った男がいた。
「あれは! ……………………誰だろう」
「知らんのかい!」
見覚えがあるようなないような。トロイメライは思い出そうとさらに首を傾げるが、爆発音は止まらない。
「攻撃されてるんだけど?!」
「黄金が目当てか!」
「結構な人数に囲まれてるね」
胸ポケットの中にいるハインツと鏡台のハインツを使って外を確認した虎獅狼は、階段へと突っ込む黒兎を見てカレンを先に行かせる。
「トロイメライさん、下に出口はあると思いますか?」
「ないと思うけどなんとかするよ」
「なら、お先にどうぞ」
トロイメライはリサを抱き上げて黒兎とカレンの後を追う。虎獅狼は辺りを確認して全員の最後尾を走った。
「うぉぉおおおぉぉぉ!」
カレンとトロイメライが魔法で辺りを照らすと動物のように興奮するのは黒兎だ。虎獅狼の目にも塔の内部に積み上げられた数々の黄金が飛び込んでくる。
「えっ! どないすんねんこの量! なぁ! これ!」
それは黒兎でなくても目を見張るものだ。そのすべてを持って歩くことは不可能。トロイメライが保護したすべての人間に運ばせてもまだ余るだろう。
だが、そんなことをしている時間はない。未だに攻撃が続いているはずなのに揺れていないのは、塔の内部には強固な魔法が掛けられているからなのか。
「はよせんと盗られんで!」
茨がそうだったように城が突破されるのは時間の問題だ。黄金が欲しいとは言わない、だからリサの手に渡らないのは我慢ができない。
「トロイメライ! これって……!」
黒兎の言葉で我に返ったリサはトロイメライを見上げる。
目覚めたばかりで状況を上手く理解できていないリサでも、自分が眠っていた場所の真下にこれがある意味はわかる。
「リサのものだよ」
トロイメライは同じ言葉を使った。トロイメライだってすべての黄金がリサの手に渡らないのは我慢ができない。杖を振って黄色いレンガにそうしたように黄金を限界まで小さくさせる。
「早く外に出よう」
人間が全員馬車の中にいて、ハリーとセバスチャンが傍にいるならば最悪なことにはなっていないだろう。それでもトロイメライは心から人間と旧友の心配をする。
塔を内部から爆破させて穴を開けると、同じく黒いマントを羽織った魔法職と思われる人間から馬車を護るハリーとセバスチャンが視界に入った。
瞬間、トロイメライは足を止めた。
「トロイメライ?! どうしたんですか?!」
リサはトロイメライの異変にすぐに気付く。トロイメライが人間と旧友を心配するように、リサだってトロイメライが心配だった。
例え北西の魔女より強くてもトロイメライだって人間と同じように生きている。トロイメライだって死ぬ時は死ぬ。リサの目の前で泣きじゃくったトロイメライの心だって人間と同じように傷付くようになったから──。
「ごめん」
トロイメライはリサを黒兎に、そして掌に収まる程に小さくさせた黄金を虎獅狼に押し付けて踵を返す。
「ちょっと! 何してんの!」
その腕を掴んだのはカレンだったが、トロイメライは一瞬でそれを振り払った。
「置いていけない」
メデューサの生首はどうしても持ち歩くことができなくてクラウジーニョが拠点としていた部屋に置いたままだ。メデューサが石にさせた人間もまだ中にいる。
例え生首でも、愛する者との約束の為に戦った旧友の亡骸だ。
例え石でも、愛する種族の亡骸だ。
カレンはトロイメライの表情と言葉ですべてを察してトロイメライの背中を勢い良く押した。
共に行きたいが走れない自分は足手纏いになる。ならば一刻も早くトロイメライを行かせた方がいい。トロイメライならば大丈夫だ。師匠のカロリーナにも負けない力がある。
トロイメライは駆け出したが、ふと思い出したことがあって振り返った。視線の先には呆然とトロイメライを見送るリサがいる。
「悪い子でいて」
歯を見せて笑うトロイメライをリサは知らない。それでもトロイメライが言いたいことは理解できる。
「任せてください!」
おかしなやり取りだ。何も知らない黒兎と虎獅狼は顔を見合わせるが、あのトロイメライからリサと黄金を託された意味は理解できる。
爆発音を聞いて下りて来た魔法使いや魔女を迎え撃ったのは手を伸ばしたカレンだ。杖で吹き飛ばすよりも巨大な渦を投げる方が速い。あっという間に渦に飲み込まれた五人は彼方に飛んで行く。
「カレン! 一旦任せたで!」
リサを片手に持つ黒兎は狙撃銃を構えることができない。虎獅狼も飛び回る魔法職を斬ることはできない。
「うん!」
嬉しそうに笑うカレンは水を得た魚のようだ。数で押され気味だったハリーとセバスチャンの周りを飛んで攻撃する魔法職でさえ彼方へ飛ばす。
「ニャア!」
爆発音は聞こえていたが、まさか黒兎たちが脱出した音だとは思わなかったらしい。目を見開いてくしゃくしゃに顔を歪めたセバスチャンは「リサニャア!」と大粒の涙を流す。
リサはセバスチャンに笑みを返し、「耳を塞いで」と黒兎に耳打ちをした。
「へあっ?」
綺麗な声に思わず声が裏返る。リサは空へと視線を移して息を吸い込んだ。
「助けてぇぇええぇえええっ!!!!」
「なんでやねぇえぇえんっ!!!!」
助けようとしているのになんて女だ。信じられない。これが虎獅狼やカレンだったら放り投げているがリサの美貌が黒兎にそうさせない。とにかく最悪の女だ。
黒兎は恩知らずなリサをハリーとセバスチャンの下に運ぼうと走り出し、トロイメライのように足を止める。
よく見ると辺りには茨に刺されていたすべてが転がっており──それらがゆっくりと立ち上がった。
「うわぁぁあぁああぁあ?!」
悲鳴を上げたのは黒兎やカレンだけではない。城に攻撃を加えていた魔法職の人間も一目散に逃げてしまう光景が城の周辺に広がっている。
「なっ?! なっ! なぁ?! なぁっ!!」
魔法職の人間に襲い掛かっているのは黄金郷に挑んで敗れた人間の骨だ。驚いていないのは虎獅狼とリサで、リサは人骨ではなくハリーとセバスチャンの周囲を見ている。
「私たちは要らなかったんじゃない?」
「私は最初から見学のつもりだったけどぉ?」
「お前たち! 護るってアーサーとベリルに約束しただろう!」
「ルーシー! グレイシー! スタンリー! お前たちおっそいニャア!」
いつの間にかハリーとセバスチャンを護るように立っていたのは妖精らしき三人だ。セバスチャンは泣き過ぎて前がよく見えていない。
「私もいるよ」
そう言って水玉に乗って下りて来たのは赤髪の人魚だ。
「エルマもニャア?!」
「可愛い曾孫もいるみたいだけど」
曾孫がいるようには見えない見た目のエルマは微笑んでカレンにひらひらと手を振る。
「誰」
エルマに曾孫扱いされたカレンは、眉間に皺を寄せて呟いた。




