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第六話  『魔法使い俺』

 ドナトリア王国へと進軍する馬車の一つの中に、唯一の傭兵黒兎くろと。トレステイン王国騎士団第二部隊隊長カラマ。副隊長タラが座って顔を合わせる。


「今から貴方にこの世界での戦い方を教えるわ」


 そう告げたのは、黒兎が騎士団の中で唯一顔と名前が一致するカラマだった。


 馬車を用意して二人を黒兎と共に乗せたのはウーリだ。大陸のことも国のことも知らない馬鹿な兎なのだ、当然戦い方も知らないだろう──だから道中で大体教えろという無茶な命令を目の前のカラマは文句も言わずに引き受けた。そんな彼女の指導に応えたいと黒兎はしっかりと背筋を伸ばす。


 月光国げっこうこくの師匠が庫田くらたなら、トレステイン王国の師匠はカラマになるのだろうか。「お願いします!」と頭を下げた黒兎をカラマは意外そうに見下ろして、「まず」と口を開いた。


「これが貴方に支給された武器よ」


 カラマが木箱の中から取り出したのは、何の変哲もない剣だ。


「ほぉ」


 受け取ると、ほんの少しだけ長く伸びる。虎獅狼こじろうが何故か持っていた刀を黒兎も月光国軍に入隊する者として何度か使用したことはあったが、剣に触れたのは初めてだった。


「成程なぁ」


 黒兎は剣を持ち上げて隅々まで観察する。刀には「反り」があるが剣にはない、同じ武器でもだいぶ使い方が違うようだ。


「タラ」


「はいはーい」


 タラは待ってましたと言うように身を乗り出す。好奇心旺盛な彼女は《黒の迷い子》とされる黒兎がどのような男か気になって仕方ないのだ。

 黒兎は今から何をされるのかまったく理解していない表情でタラを見下ろしている。自分よりも年下に見える黒兎だ。カラマと同じく面倒見が良い彼女は、教えがいがありそうだと笑顔を見せた。


「早速だけど、これに触ってくれるかな」


 タラが差し出したのは掌に収まるほどの大きさの水晶だった。言われた通りにそれを持つと、水晶の中に突風が発生する。まるで映像を見ているようだ。


「成程。君は風属性が得意みたいだね」


「風属性?」


 見入っているとすぐに回収された。タラが持つと水晶の中に土が浮かぶ。


「魔法の話よ。タラは騎士団の魔女だから、魔法について詳しく知りたかったら彼女に聞きなさい」


「えっ、魔女?! ……え?! 俺魔法使えるん?!」


 思わず立ち上がってしまった。カラマは「座りなさい」と命令し、黒兎は大人しく腰を下ろす。


「魔法は私も使えるわ。《黒の迷い子》の貴方も、国王も、誰だって」


「ならヴァルトラウトを討つのは簡単やん、ちゃうの?」


 大人しくはするが、心中は穏やかではなかった。誰もが魔法を使える世界でヴァルトラウトだけが特別視されている理由は──。


「二つ名を持つ程強い力を持つ魔女は、この大陸に十人もいないわ」


 そのうちの一人が天の魔女──ヴァルトラウト・アベル。淡々と告げたカラマは黒兎から一瞬でも視線を逸らさなかった。

 彼女はまばたき一つもしない。自分の王が連れて帰った傭兵の表情、実力、それを少しずつ確かめている。黒兎はカラマよりも若いが、騎士団の新人よりも使えそうだった。


 新しい王妃も戦いとは無縁の生活をしていたようだが、軍人を見る目はあったようだ。カラマは自分の肉体とは大きく異なる柔らかそうなリタの肉体を思い出し、なるべく考えないようにまばたきをした。


「私が得意な魔法は水属性よ」


 カラマがタラから水晶を受け取ると、渦が映し出された。黒兎は「おぉ」と声を漏らし、ということはタラは土属性なのだろうと見当をつける。


「残りは火属性、土属性、闇属性と光属性。魔法を極める者を魔女と呼び、剣を極める者は剣士」


 カラマの話を聞きながら昔のことを思い出した。月光国軍に入隊しようと決意した黒兎に、どの武器で戦うのかと尋ねた石井いしいとカラマが微かに重なったのだ。

 あの時すぐに答えられなかったが、黒兎は庫田の弟子として長い間鍛えてきた。今までのことを踏まえても答えはもう決まっている。黒兎が持つべき武器は剣ではない。


「なぁ」


 ──グォォォォォォ!!


 口を開いた瞬間に耳を劈いたのは、恐竜のような咆哮だった。心臓まで震える程の爆音だ、それだけ巨大な何かがいる。

 窓の外に視線を移した黒兎が見たのは、木々を薙ぎ倒しながら一行に襲い掛かろうとする白色のドラゴンだった。


「ちょっと待てェ!!」


 思わず何かを叩きそうになってぐっと堪える。なんだあれは。あれが存在しているなんて信じられない。夢じゃないだろうか。

 ドラゴンが踏んだ地面は凍り、触れたら凍ってしまいそうな息を吐いているのか離れていても凄まじい冷気が伝わってくる。全身を覆っている鱗も凍っているのではないだろうか。氷山のようなそれは災害が歩いているようで、黒兎は灰色に曇りつつある空を見上げた。


「出たわね」


 一方、カラマは冷静だった。そういう性格なのかと思ったが、タラも無表情のままドラゴンを眺めている。


「聞いてへん聞いてへん! 俺知らん!」


「慣れなさい。城壁の外はどこに行っても魔獣だらけよ」


 なんて危険な世界なんだ。これが日常ならば討伐という概念が一般的なのも理解できる。理解できるがこの世界で生きていける自信がなかった。


「話の途中だったわね」


「それどころちゃうやろ!」


 カラマは参戦しないらしい。いや、カラマが参戦する為には馬車を降りて馬に乗る必要があるが、あれ程危険な魔獣を横目に話ができる神経がわからない。


「魔法を極める者を魔女、剣を極める者を剣士、そして──」


 話を進めるカラマがドラゴンを見ていない訳がなかった。走りながら一行へと近付く氷のドラゴンは、獲物と定めた騎士に向かって口を開き、どこからともなく飛んできた何かによって吹き飛ばされる。



「──銃を極める者は、狙撃手」



 氷のドラゴンが炎に包み込まれた。騎士たちはドラゴンを避け、止まることなく走り続ける。被害は出ていないようだ。ほっと胸を撫で下ろす。


「火属性であの威力だとローラかな?」


「そうね。彼女が適任だわ」


 黒兎はまじまじと倒れたドラゴンを観察した。炎が弱点なのだろう、消えない炎と黒煙は黒兎に熱気を与えて冷まさない。


「城壁の外が魔獣だらけなら……あのドナトリア王国の人ら、なんで国の外に出たん」


 トレステイン王国は城塞都市だ。国を囲む壁を見ても何も感じなかったが、カラマの言葉を聞いて、その意味を理解する。


「だからリタ様は戦いを選んだのよ」


 国内は魔女が、国外は魔獣が。その二択で国外を選んで、生きる為に他国の王の一行を襲って。そんな彼らを見たリタが命を懸ける決意をして。この革命は始まった。

 黒兎はリタの熱を正しく理解できていない。視線を伏せ、拳を強く握り締め、リタの熱を心に刻んだ。


「私たち剣士は剣に魔力を込めて戦うわ。今のは狙撃手が銃に火属性の魔力を込めて撃ったの」


 成程、だから炎上したのか。


「私は土属性が得意っていうか相性がいいんだ。けど、土属性と武器を組み合わせるとちょっと戦いづらいから魔法を頑張ることにしたの」


 タラが見せたのは小枝のような杖だった。軽く振るとタラの掌に土が出現する。触らせてもらうと、とても柔らかな優しさを感じる土だった。


「水属性は剣と相性がいいわ。水は削ることもできるし、斬ることもできる。剣に水属性の魔力を込めれば大体の物は斬れるわ」


「それはカラマの魔力が高いからできるんでしょ」


 六つの属性と数々の武器、その組み合わせだけでも膨大な選択肢がありそうだが、魔力が加わることを考えると更なる選択肢が出てきそうだ。剣を握りながら風属性の魔力を込めるとどうなるのかを考える。……もしかしなくても水属性並に斬れやすい武器が誕生するのではないだろうか。


「火属性と銃の相性も凄かったでしょ。土属性だと大砲っぽくなるし、風属性だともっと速くなるし。水属性は……水が出る感じかなぁ」


 タラは水属性と銃の相性があまり良くないと思っているらしい。


「水鉄砲か」


 使い方によっては化けるような気がするが、タラは「ミズデッポウ?」と首を傾げた。水鉄砲を知らないらしい。


「水がぴゅって出んねん」


「へぇ〜」


 わかっていなさそうな相槌だった。


「この場でやってみなさいとは言えないけれど、戦場に出たら風をイメージして斬ってみなさい」


「そんなぴゅって出るもんなん? 俺魔法とは無縁の生活してたんやで?」


 カラマは簡単に言うが、黒兎にとって魔法が使えることと使えないことの差は大きい。


「魔法はイメージよ」


 カラマにとっては簡単なことなのだろう。背中を壁に預けた黒兎は息を吐き、風のイメージをする。


「難しいならそれ使ってみたら?」


 タラが指差したのは、黒兎の腕だった。腕──甲冑の下にノームから貰った腕輪がある。


「あ」


「それ魔法道具でしょ?」


 見せていなかったが、魔女のタラは魔力に敏感なのだろう。それに気付いてカラマができないアドバイスをした。


「せや! これノームから貰ってん!」


「えっ?! ノーム?!」


 魔力には気付いても誰が所持していた物なのかはわからなかったらしい。タラはぎょっと目を見開く。隣のカラマも、地味に驚いた表情をしていた。


「ノームってあのノーム?! 本当に?! ちょっと見せて!」


「いやいやいやいや無理! 俺これ自分で着れへんから! 脱がしたらあかーん!」


 指先が素早く動くタラの両手首を握って止める。「やめなさい」とカラマが口を出してくれて助かった。


「ごめんって。ねぇ、ノームってことは土属性の魔法道具なんだよね?」


「穴が掘れる魔法道具なんやって。使ってへんから知らんけど」


 タラの顔がキラキラと輝く。かなり眩しい、それ程素晴らしい物なのだろう。


「いいねいいね! じゃあ一回チャレンジしてみよう!」


 タラは杖の先を窓の外に向けた。進路から外れた数百メートル先に盛り上がってできたのは小さな山で、黒兎の腕を強引に引っ張ったタラは「ドン!」と叫ぶ。


「ドーンッ!」


 倣って声を張り上げた。腕輪は僅かに熱を発し、ここに力があることを黒兎に伝える。そういうものだと思って山に向けていた黒兎の掌は、パチッと小さな音を立てて火花を見せた。


 ──ドォン!


 タラの山に大穴が空く。この距離から見るとあの穴の半径は五メートル。つまり、十メートルの穴が空いていた。


「デカ過ぎるやろ!」


 元々ノームの持ち物だ。たいした威力ではないと高を括っていた黒兎の想像の三倍程の大きさで度肝を抜く。


「そりゃあノームの腕輪だもん! 鍛えたらもっともっと大きくなるよ!」


 タラはこんなものではないと思っているようで先程からずっと頬を赤らめて興奮している。


「ほんまに?! 魔力って鍛えられるん?!」


「勿論! 私もそうやって強くなったんだから!」


 両腕を上下に振って喜ぶタラを見ていると、黒兎の中にも魔法に対する熱が生まれる。遅れて魔法を使えたのだという実感も湧いてくる。


「っしゃあ! 俺、魔法使いやー!」


「その調子! 戦場でも頑張ってね!」


 騒いでいると馬車が速度を落とした。カラマとタラは頷き合い、「行くわよ」と扉を開いて黒兎を引っ張り飛び降りる。


「へっ?」


 着地できずに転がった。着地できたカラマとタラは一点を見つめている。


「着いたのよ、ドナトリア王国に」


 正面を見ていなかった黒兎はそこで初めて城壁を視認した。馬車から馬に乗り換える為に距離を取ったのだろう。まだ先にあるが、馬に乗って先を走っていた者たちは既に城門を破っているようだった。

 カラマもタラも併走していた馬に乗り、「武運を」と告げて駆けていく。黒兎の傍に残ったのは馬車の御者と一頭の黒い馬だった。


「悪ぃな兄ちゃん。余ってる馬はコイツしかいなかったんだ」


 御者が言うコイツは鋭い目付きをしている。凛々しい馬というのが黒兎の第一印象だったが、出された舌がすべてを台無しにした。


「なんやコイツ!」


 完全に黒兎を馬鹿にしている。負けず嫌いな黒兎はすぐにコイツに跨るが、走る気配がない。


「クソ駄馬やんけ!」


 月光国にいた頃に散々乗ったが、こんな馬に出逢ったことは一度もなかった。完全にそっぽを向いている。


「やる気がないんだろうなぁ」


「自分ら俺のこと戦わせる気あるん?!」


 呑気な御者にツッコむが、「あるけどコイツしか貸せる馬がいないんだよ」と言われてしまったらコイツで頑張るしかない。

 リタの熱はまだ黒兎の中に残っている。唇を噛み、先陣を切ったであろうリタを想い、「頼む!」とコイツに願った。


「俺を勝たせたらトレステインの名馬になれんで!」


 ぴくりとコイツの耳が立つ。賢い馬だ。人間の言葉を理解しているのだろうか。

 貸し出された剣は腰に。貰った腕輪は腕に。自分の所持している武器を改めて整理して「あ」と思い出す。


「御者のおっちゃん! 銃持ってへん?!」


「銃?」


 瞬間に御者の顔が小さくなった。走り出したコイツは自分と同じく既に何キロも走っていた仲間の馬たちを追い越し、大きく飛んでドナトリア王国に突撃する。


「待てや駄馬ぁ! 俺っ──」


 黒兎の目的も理解しているのだろうか。家がある方向に走っていく仲間たちとは逆の方向──つまり城がある方向へと走っていく。



「──狙撃手やからぁぁあぁ!」



 女王が城にいるなら目的地は間違っていないが、狙撃手が城に行くのは間違っている。


「バルルンッ!」


 コイツは息を吐いて唇を震わせた。銃がないのに何言っているんだ、と呆れた顔をしているように見えた。

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