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外伝Ⅱ  『聖女フローラの救命Ⅰ』

 歩く度に吹き出す汗を乱暴に拭う。拭っても拭っても吹き出してくるのに、私の目の前を歩くイザナは汗一つ掻いていなかった。


「イザナ、貴方は本当に人間なんですか?」


「急にどうしたんだ、聖女フローラ」


 イザナは立ち止まって私の様子を窺う。イザナが立ち止まると私も立ち止まるし、私たちを囲む軍の方も立ち止まった。


「暑いのか」


 イザナは私を観察して何故か驚く。ずっと前からシルフを呼んで風を発生させているけれど、熱風が来るだけでまったく涼しくならなかった。


「気が付かなくてすまない……だが何故もっと早く言わなかったんだ」


 イザナも、そして軍の方も涼しい顔で歩いているからよ。そう思ったけれど聖女として言いたくない。

 イザナはイシガミから受け取った小さな何かの突起した部分を押し、風を発生させて私に手渡した。


「ひゃあっ! ひやっひやだわ!」


「これを使ってくれ」


 私はまじまじと冷風を出し続ける何かを観察する。私は魔女だから魔法が使えるけれど、月光国げっこうこくの人たちは全員私が知らない魔法道具を使いこなしている。


「……私、要りますか?」


 私たちが今いるのは、宮殿と呼ばれる城ではなく山の中だ。凄く速い新幹線という乗り物に乗って、凄く綺麗に整備された山道を歩いて、干上がってしまったと言う湖に向かって歩いている。


「要るに決まっている!」


 月光国人は魔法でできないことができるのに、イザナは食い気味に否定した。


「暑いからそんな思考回路になるんだ! 石上いしがみ、もっと聖女フローラを冷やそう! アイスだ!」


 イザナの声を聞いて走ってきたのはオオノだ。持って来た大きな箱をオオノが開けると、中から冷気が出てくる。


「ひやっひやだわ!」


 本当にどんな魔法を使っているの? 中を覗くとこの前食べたかぼちゃのような色の塊が入っていた。


「どうぞ、聖女フローラ」


 オオノは綺麗な器に入ったそれとスプーンを私に手渡す。


「きっと気に入ると思う」


 イザナはそう言って微笑んだ。

 箱の中には食べ物が入っていたらしい。恐る恐るスプーンでそれを掬うと、不思議な感触が手に伝わった。


「これ、凄く冷たそうですね」


 食べなくてもわかる。冷気の中にあったそれは凍った食べ物のようだ。

 もう一度イザナを見るけれど、イザナはにこにこと笑ったまま私が食べる瞬間を待っている。思い切ってそれを食べると、じんわりと口の中で溶けていった。


「かぼちゃだわ!」


 その味はよく覚えている。思わず笑うとイシガミもオオノも微笑んだ。

 オオノがシェフに頼んで出してくれたかぼちゃの煮物は本当に美味しかった。それを伝えたことをオオノもイザナも覚えていてくれたのかしら。


「これはなんていう料理なんですか?」


「アイスクリームだ」


 魔法道具も豊富だし、料理の種類も豊富だし、月光国は素敵だわ。なのに山の植物たちは元気がない。

 ウンディーネが萎れてしまった植物に水を与えているけれど、あまりにも植物の数が多過ぎて意味がないような気がしてきた。


「足を止めてごめんなさい。早く湖に行きましょう」


 かぼちゃのアイスクリームを持ちながら歩き出す。


「聖女フローラ! 早く食べないと溶けてしまうぞ!」


 食べながら歩くと、アイスクリームはあっという間になくなってしまった。


「あぁ……」


 口の中で溶けてしまうからか食べたという実感はあまりない。


「またすぐに作らせますから」


 残念な気持ちが漏れていたのか、器とスプーンを受け取ったオオノが慰めてくれた。


「絶対ですよ!」


「聖女フローラの頼みならば」


 オオノはそう言って自分が元いた場所に戻っていく。私はイザナがくれたワンピースという服のポケットから杖を取り出した。


 私の頼みならばかぼちゃのアイスクリームを作ってくれる。

 そんな月光国人の頼みならば私は湖を再生させよう。


「もう少しだ、頑張ってくれ」


 イザナに励まされると不思議と元気が湧いてくる。必死に歩いて坂の頂点に立つと、割れた大地が視界に入った。


「ここが例の湖だ」


 広すぎて大地の終わりが見えない。微かに水が残っている部分もあるけれど、この暑さならばすぐに消えてしまうだろう。


「ずっとこんなに暑いんですか?」


「いや、暑いのは最近の話だが……これからもっと暑くなるぞ」


「えぇっ?!」


 今でもこんなに暑いのに、これ以上なんて考えられない。そんなに表情に出ていたのか、イザナは「安心してくれ、なるべく涼しく過ごせるように努力する!」と慌てて言う。

 月光国を暑くさせているのはイザナではない。私も慌てて「大丈夫です! 自分でなんとかしますから!」とシルフとウンディーネを召喚した。


「大変言い難いのですが、なんとかしてほしいのは目の前の湖です……」


 ずっと私たちの傍にいるイシガミがそう訴える。


「そうだな。水が全国に増えれば打ち水の効果もあるかもしれない」


 イザナは頷き、干上がった湖へと近付いていった。イシガミはそんなイザナについて行くけれど、私は動かずに空を見上げる。空は今日も雲一つない晴天だ。太陽は輝き続けて広い大地を焼いている。

 宮殿があるキョウトはもう雨が上がってしまったけれど、イザナやイシガミは空気が乾燥していないことを喜んでいた。ここも一度雨を降らせれば、しばらくは大地が割れることはないだろう。


「シルフ、ウンディーネ、お願いね」


 二人は私の声に答えない。応えるのは私の想いだ。


 数日前に雨を降らせたように、水と風を空に送る。二人はそれを手伝ってくれる。


「これが例の……!」


「凄いな……!」


 すると、軍の方がいる場所からざわめきが聞こえてきた。思えば、私がイザナたち以外の前で魔法を使うのはこれが初めてかもしれない。

 月光国人だって凄いのに、自分の凄さにはあまりに気が付かないものなのかしら。


「そういえば、お魚さんは無事だったのですか?」


 湖にも魚はいる。少なくともメルヒェン大陸はそうだった。

 思い出すのは魚と話ができる人魚の友達で、彼女を想うと一刻も早く湖を復活させなければと使命感に駆られる。


 私たちが陸の上でしか生きられないように、水の中でしか生きられない者もいるのだ。


 私だってできるなら花の中で生きたい。その居場所を奪うことは重罪だ。


「……すべては救えなかったと思います」


 間があって、職員の方の誰かがそう答えた。


「…………」


 私は魔法を掛けながら、湖だった大地を見下ろす。

 一度だけ、友達──ボーディルに誘われて海の中に遊びに行ったことがあるけれど、そこにはたくさんの生き物たちが暮らしていた。見えていないだけでたくさんの命がそこにあった事実を私は忘れていない。


 花にしか興味がなかった私が惹かれた世界が、この国にはない。唯一あると言われた湖はこの有り様だ。


 狂った天気は誰のことも幸せにしない。私は雨が降る前に土の精霊のノームを召喚し、割れた大地を元気にするようにお願いをする。

 ノームはシルフやウンディーネのように姿を見せてくれない。だから、ノームの姿を見て誰かが驚くことはなかった。


「聖女フローラ、あとどれくらいで降りそうだ」


 イザナとイシガミは私が魔法を掛けていることに気付いて戻ってくる。


「一時間くらいは掛かるかもしれません」


 湖の範囲は前回雨を降らせた範囲よりも広い。降るのはそれくらい掛かるとして、溜まるのはもっと、そして湖になるには数日くらい掛かるだろう。


「そうか、わかった」


「雨が降ったらキョウトに戻りますか?」


「いや、実は近くのホテルを予約しているんだ。私もしばらくここにいる予定だが、湖が復活するまでは聖女フローラにはそのホテルで生活をしてもらう」


 ホテルが何かはわからないけれど、泊まれる場所ということはわかった。


「わかりました」


「気に入ってくれるかはわからないが、料理はきっと気に入ってくれるはずだ」


 もしかしてイザナは私のことを食べることが好きな女だと思っているのかしら……。好きか嫌いかだったら好きだけれど、そういう印象を抱かれるのは心外だわ。


「私はご飯よりも花が好きです!」


「す、すまない……。花束は用意していないんだ……」


 イザナが申し訳なさそうな表情をする。


「あっ、違っ……」


「だが、覚えておく」


 そういうつもりではなかった。訂正しようとするけれど、イザナの真っ直ぐな瞳がそうさせてくれない。

 数日前──初めて会ったあの日、イザナはそんな表情をしたかしら。迷うように私を見ていたイザナと同一人物だとは思えなくてしばらくイザナを見つめてしまう。


「せ、聖女フローラ?」


 すると、イザナはあの日のように恥ずかしそうな表情を見せた。


「いえ、なんでもないです!」


 良かった。私が知っているイザナもちゃんといる。微笑むと、今度は困ったような表情を見せた。


「聖女フローラ、あまり揶揄わないでくれ……!」


「揶揄う?」


「違うのか!?」


「えっ?」


 どういうことかわからなくて辺りを見回す。軍の方も職員の方もいるのに、何故か全員私とイザナから視線を逸らしていた。


「わ、私何かしましたか……?」


 わからないのは、私がマーヴァル人でイザナたちが月光国人だからだろうか。


 同じ言葉を使っているのにわからないなんて。

 ボーディルとはわかり合えたと思ったのに。


「聖女フローラ! アイスクリーム食べますか?!」


 私が落ち込んだことに気付いてくれたのか、オオノが遠くから声を掛けてくれる。


「食べます!」


 ご飯よりも花が好き。それでも今は食いしん坊と思われても構わない。

 先程と同じように大きな箱を持ってきたオオノは、私とイザナにかぼちゃのアイスクリームを手渡す。


「すまない大野おおの、助かった」


「フォローなら任せてください」


 私はイザナとオオノが小声でそんな話をしているのを聞きながら、アイスクリームを一口食べる。


「お、美味ひい……」


 どうしてこんな美味しい食べ物がメルヒェン大陸にはなかったのだろう。かぼちゃだってメルヒェン大陸には必要な食べ物だ。

 イザナはあと少しだけよろしく頼むと言うけれど、私は月光国にも惹かれている。


 日照りの原因がわかっても私はこの国なしでは生きていけない。


 たった今そう自覚した。

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