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第四話  『恩人』

「小僧、殴って悪かった!」


 元気良く謝罪する七人のノームを許し、黒兎くろとはリタと長身の男に向き直る。長身の男はリタの怪我の心配をしており、リタは笑顔で自分の無事を伝えていた。


「すんませんでした!」


 そんな二人に土下座する。例え無事でも投げ飛ばした事実は変わらない。金貨十枚、それがなかったことになるようなことをした自覚もあった。


「えぇっ? えっと、あの、顔を上げてください。私は本当に大丈夫ですから……!」


 両手両膝を地面に付けたまま顔を上げる。目の前の少女リタは、即興であれ程のミュージカルを乗り乗りで披露したにも関わらず黒兎の言動に困惑の表情を浮かべていた。

 年は黒兎と変わらないだろうか。黒髪黒目に頬と唇のみ血色の良い雪色の肌。白雪姫と呼ばれていたのも納得できる程に儚い雰囲気を纏っている。服は直前まで亡くなっていたからか純白のドレスを着用しているが、ところどころが土で汚れてしまっていた。


 ……弁償するべきだろうか。懸命に洗えば落ちるかもしれないが、純白のドレスで連想するのはウエディングドレスだ。汚した時点で重罪なような気がしてつい言葉を飲み込んでしまう。

 つり目で強気な輝夜かぐやならば殴られて終わりだっただろうが、たれ目で弱気そうなリタが殴ってくるとは思えない。気にしないでくれと許されてしまったら、なんとなく、リタのことを一生忘れられないような気がした。


 とりあえず聞いてみよう。そうしなければ何も始まらない。


「ところで……その、貴方()()は?」


 口を開くと、リタがおずおずと──黒兎と虎獅狼こじろう、そして何故か長身の男に目を配った。


「は?」


 黒兎や虎獅狼はそうだろう。一時間前は違う世界にいたのだから。


「自分ら知り合いちゃうの?!」


 リタと長身の男を交互に指差す。長身の男はそれがどうかしたのかとでも言いたげな表情をし、「今初めて会ったね」とリタに対して片目を瞑った。


「嘘やん!」


 なのにリタは否定しない。困惑した表情のままノームたちに助けを求めている。リタから充分に信頼されているのだろう、陽気なステップで七人はリタに近付いた。


「こっちは白雪姫を譲ってくれってうるさかった男だ」


「こっちは白雪姫を生き返らせてから騒ぎ出した男だ」


「こっちは白雪姫が生き返る前からぶっ倒れてる男だ」


 長身の男、黒兎、そして虎獅狼を紹介する。黒兎は軽く頭を下げ、虎獅狼を抱き上げ顔を見せた。


「私を……生き返らせた?」


 リタの表情が困惑から吃驚に変わる。そもそも彼女は亡くなった自覚があるのだろうか。


「それはなんとお礼を申し上げればよいか……ありがとうございます。このお礼はいつか必ずさせてください」


 深々と頭を下げる彼女は姫と呼ばれた通りそれなりの身分なのだろうか。服装も所作も庶民と大きく異なっていた。


「いや、いい! いい、いい、いい! 要らん!」


 ここは全力で断ろう。黒兎は棺を全力で投げ飛ばしただけなのだ。


「そのドレス汚してもうたし! どうしてもって言うならそれでとんとんにしてくれ!」


 両手を全力で左右に振る。貰えるなら長身の男からは遠慮なく貰うが、彼女からは金銭を貰う気にもなれなかった。


「そうだよリタ。礼ならボクがたぁっぷりとしておくから」


 長身の男はリタの視界から黒兎と虎獅狼を消すように間に立ち、ミュージカル前と同じように跪く。伸ばした右手が今度こそ掴んだのは、リタの華奢な右手だった。


「初めまして。ボクはトレステイン王国国王ウーリ・リープクネヒト」


 ──王族かなんかやと思っとったけど、国王か。


 確かに煌びやかな服だと思ったが、皇帝輝夜を思い出すとたいした華美さではないと思う。

 ……国力は月光国げっこうこくの方が上か。スコップを使っているくらいなのだから、文明も月光国の方が上なのだろう。


「ボクの王妃になってくれ」


 ぼんやりと考えている間に行われたのはプロポーズだった。


「はい、喜んで」


 微笑んで了承するのはリタだ。あっという間に二度目の歓声が上がる。


「嘘やーん」


 もう勢いよくツッコミをするのも疲れた。この世界はこういう世界なのだ。慣れるしかないのだろう。


「フフン! そうと決まれば急いで戻ろう! こっちだ!」


 リタを抱き上げてウーリは意気揚々と歩いていく。七人のノームもついて行く。だが、足音に違和感があったのだろう。振り向いたウーリは立ち尽くしていた黒兎を見て首を傾げた。


「何しているんだ、早く来たまえ」


「え?」


「礼をすると言っただろう。ユーたち二人とも国に連れて帰って、英雄として祭り上げてやろう」


「あー……」


 行き先はない。頼れる相手もいない。そもそもこの世界がどういう世界なのかもわかっていない。

 ウーリの提案は黒兎にとって損がないものだった。考えたくはないが、虎獅狼がこのまま目覚めなければ医者に診てもらう必要もある。生活の基盤は早目に整えた方がいい。


「はい、喜んで」


 ついて行こう。このおかしな国王とおかしな国王に嫁ぐ姫に。

 黒兎は虎獅狼を担ぎ直して駆け出した。リタを抱き上げたウーリの足取りは黒兎の予想通り軽い。黒兎の足取りも羽根のように軽い。だからか森の外までたいした時間は掛からなかった。

 ウーリの言う通りそこには馬車が停まっていたが、周囲にいる護衛らしき人間は二十人に満たない。国王の護衛ならば少な過ぎではないだろうか。


「国王!」


 人間を乗せている甲冑を着た馬を観察していると、女の声が飛んできた。それは栗毛の馬に乗っている女のもので、華麗に下りて駆け寄ってくる。

 女が着ているのは騎士服だろうか。マントの色は黒兎が好む金青色で、腰には立派な剣が差さっている。月光国軍は全員が男だが、この世界では女でも騎士になれるのだろうか。待っていた騎士の男女比は半々だった。


「お怪我はございますか?」


 心配していたのだろう。駆け寄ってきた女だけではない、騎士たち全員が安堵の表情を浮かべている。


「ヘイユー! ボクがそんなヘマをすると思うかい?!」


「思いませんが、国王でも死ぬ時は死にます」


 正論だ、と黒兎は思った。生き物である限り死は常に傍にある。避けられないから下の者は上の者を死に物狂いで護るのだ。

 黒兎は騎士たちを哀れみの目で眺める。命知らずの人間が王だなんて可哀想だ。その点輝夜は物分かりが良かったと思う。


「ところで国王、その方々は?」


 国王本人が抱き上げている華奢な少女が一人、男を担いでいる男が一人、そして唯一武器を所持している男は未だに眠っている。四人の背後にはスコップを所持したノームたちが揃っているが、害はないと判断したのだろう。女は迷うように剣に手を伸ばしたが結局それは抜かなかった。


「紹介しよう! ボクの王妃と王妃の騎士と王妃の恩人と眠りの男だ!」


 その説明で充分だと思っているらしい。ウーリは「彼らをトレステイン王国に連れて行く! さぁ、馬車を出したまえ!」と告げて騎士の一人に扉を開けさせた。


「は、はぁ……?」


 女の理解は追い付いていないようだ。もしかするとリタとウーリが異常なだけで黒兎の感覚は正常なのだろうか。ますますトレステイン王国に行きたくなってくる。

 森の外は舗装されていない道と整備されていない草原が広がっており、家屋どころか騎士たち以外の人間もいない。ノームやウーリの話を合わせるとここはドナトリア王国やトレステイン王国でもないのだ。黒兎は今、この世界の人間を知りたい。


「いや、俺たちは森に残る」


「俺たちは森の番人なんだ」


「結婚式は呼んでくれよな」


「いつか君が困った時もね」


「俺たちは必ず駆け付ける」


「約束だよ。忘れないでね」


「白雪姫を頼んだぞ、恩人」


 最後の一言は黒兎に向けられたものだった。リタを護る義理はないが、軍人を目指して生きてきた黒兎だ。輝夜と似て非なる容姿を持つ彼女を護ることは容易い。


「これを貰ってくれ、恩人」


 手渡されたのは腕輪だった。


「これは?」


「穴が掘れる魔法の道具だ」


「姫を助けてくれた礼だね」


 絶対に使う機会がなさそうな物だったが、魔法道具という単語に惹かれる。やはりここは異世界。魔法も存在しているのだ。


「おおきに」


 貰っておこう。腕輪なら今の黒兎でも持ち運びに困らない。


「小人さん、今まで本当にありがとう!」


 先に馬車に乗ったリタが窓から顔を出して告げた。


「私──幸せになるわ」


 涙を流しながらも宣言する。そうならなかったら黒兎も困る。甦って、結婚をすると言うのなら、幸せになってほしい。リタを護る仕事だってない方がリタの幸せだ。

 黒兎も馬車に乗り込んで虎獅狼の上半身をソファに寝かせる。リタに倣って遠ざかるノームたちに手を振って、貰った腕輪を腕に付けた。持ち主の腕に合うように変形するのだろうか。黒兎の右腕に綺麗に嵌っている。


「おぉ〜」


 いい感じだ。悪くない。今度はソファにしっかりと背中を預けて窓の外を眺める。眺めのいい広大な土地だ。細長い建物ばかりだった月光国よりものびのびと暮らせそうだが、逆に言うと、どこを見ても何もない土地だ。


 ……善し悪しか。しばらく走っていると遠くの方に民家が見える。


「なんや。家あるんか」


 月光国では見ないレンガの家のようだ。珍しくて観察していると、近付けば近付く程にそれが半壊していることに気付く。

 一体何故──疑問に思った瞬間に何者かが死角から飛び出してきて馬車を囲んだ。


「クッ!」


 剣を抜いたのは先程の女騎士だ。確かに抜かざるを得ないだろう。一目見て相手が何者か判断できない黒兎でさえ彼らから敵意を感じている。


 一行を囲んだのは、ノームたち並にみすぼらしい服を着た老若男女だった。全員骨が浮き出ている程に痩せている。その手にはしっかりと、本人たちが剣や棍棒のように使用すると決めたお粗末な武器が握られていた。


 何をしようとしているのだろう。彼らがあまりにも馬鹿野郎過ぎて自殺なのかと疑ってしまう。

 彼らは異邦人の黒兎と違ってこの馬車が王族のものだと理解できるはずだ。人数が劣るとはいえ彼らの何十倍も武装した騎士たちも付いている。どう考えても単純にぶつかったら勝てる相手ではない。


「金を出せ!」


 ただの盗賊ではないのだろう。彼らの骨と皮同然の見るに堪えない体がそう物語っている。彼らが本当に欲しいものはどう見ても金ではない。


「どこの国の馬鹿どもだ」


 盗賊にも聞こえるような声量でウーリが問うた。さすがミュージカルをそつなくこなす男だ。舞台映えする容姿も相俟ってこの状況に現実味がなくなってくる。


「ドナトリア」


 その国の名前は知っていた。


「ッ?!」


 刹那にリタが両手で口元を覆い隠す。囲まれてから怯えたような表情で俯いていた彼女だったが、今はしっかりと彼ら一人一人の顔を見つめていた。


「カラマ、殺せ」


 自国民ではないからか、ウーリが淡々とそう告げる。カラマと呼ばれた女騎士は「御意」と返事をしたが、泣き叫ぶような「お待ちください!」に掻き消された。

 振り被る女騎士たちを制止したのは、未来の王妃だ。リタは両手を体の前で握り締め、目の前に座るウーリに頭を下げる。ウーリは驚いた様子もなくリタを眺めていた。


「お願いします、彼らに食と住処を分け与えてください」


 お人好し過ぎる。命知らずの国王も、お人好し過ぎる王妃も、騎士たちの命を脅かす大迷惑な存在だ。


「あの!」


 リタは窓から顔を出し、襲撃した側にも関わらず驚いた表情を見せる元村人の盗賊たちに問う。


「女王が代われば、皆様はドナトリア王国で幸せに過ごせますか……?」


 遠慮がちに尋ねているが、内容は穏やかではない。他国の王妃になるリタが他国の政治に口出しをするべきではない。


「次の王次第だ」


 行動しなければ状況は変わらないと理解しているから彼らはドナトリア王国の外に出たのだろう。上に立つ者が代わっても状況が変わるとは限らない。そんなことはリタに言われる前からわかっているのだから全員が諦めた表情を浮かべている。諦めているのに生きたいと本能が訴えているから、少しでも生存率を上げるように今ここで賭けに出たのだ。


「私が……次の女王になります」


 握り締めた拳は震えていた。盗賊たちは自然と落ちていた顔を上げる。その顔は眩しい太陽の光に照らされていた。


「あと少しだけ、待っていただけますか?」


 彼女の言葉の意味は月光国でのんびりと過ごしていた黒兎にも伝わっている。


「ウーリ様。私を貴方の王妃にしてください」


「フフン。最初からそのつもりだよ」


 ウーリも一国の王だ。理解しているのににやにやと笑っている。


「恩人様」


 泣きそうな表情をしているのはリタだけではない。盗賊たちは既に泣いていた。


「私に力を貸していただけないでしょうか」


 黒兎の体、そして森の中での身のこなしを見た上での願いなのだろう。泣きそうだが、黒兎ならば大丈夫だと本気で思っている芯が見える。

 彼女はウーリに対して無償でとは言わなかった。自分の願いの為ならば自分の身を躊躇いもなく捧げられる人間なのだ。盗賊たちといい、誰かの為に何かを成す覚悟を決められる人間はそう多くはない。だから黒兎はそんな人間が大好きだ。


「傭兵にしてくれるんやったら命懸けてもええよ」


 リタの覚悟に応える。お人好しで首を突っ込んだ訳ではないことはこの数秒で理解した。

 ウーリが国王だったのだ──。



「私はドナトリア王国王女、リタ──リタ・リープクネヒトです。望む物はすべて差し上げます」



 ──リタが王女でもおかしくはない。


「そこまで強欲ちゃうわ」


 つい笑ってしまった。リタは真面目な人間のようだ。


「足りないくらいです。貴方は私の恩人でもあるのですから」


「ボクの王妃の恩人クン? 王妃を怪我させたら処刑だよ?」


「恩人の命軽ない?」


 そんなリタの傭兵として、黒兎の第二の人生が今、幕を開けた。

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