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第三話  『俺、やらかしました』

 森の奥に男たちが八人。長身の男は金髪碧眼で月光国げっこうこくの西に位置する国が昔着ていたようなデザインの服を着用している。月光国人は全員黒髪黒目で、それ以外の色はない。どうやらここは月光国ではないようだ。男はどこかの国の王子と言われても違和感がない程に煌びやかで、かなり端正な顔をしている。一方、低身の七人の男たちの服はみすぼらしかった。皺の数も並ではなく、一体何十年生きたのかと思う。

 そんな凸凹な彼らが囲んでいたのは木の箱で、全員、呆然と突然の来訪者である黒兎くろと虎獅狼こじろうを眺めていた。


 何秒固まっていただろう。最初に口を開いたのは、騒がしく声を掛けた黒兎ではなかった。


「ン〜! ナイスタイミング!」


 指を鳴らして黒兎を指差したのは長身の男だ。低身の男たちは突然のことに驚き、木の箱の後ろに隠れてしまう。


「ヘイユー! これを運びたまえ!」


 これ、というのは黒兎が最も気になっていた木の箱だった。長身の男は腕を組み、ふんぞり返って黒兎を待っている。断られることを想定していないらしい。


「嫌や!」


 木の箱は人一人が横になれる長さだった。右肩に虎獅狼を、左肩に木の箱を担げない訳ではないがしっかりと断る。


「ハァ?!」


 長身の男は目を口を限界まで開いた。端正な顔はしっかりと歪み、やがて青筋を立てる。木の箱から顔だけを覗かせた低身の男たちは「何言ってるんだお前!」「従え馬鹿!」と必死の形相で喚いたが、黒兎は無視する。


「それくらい自分でやれや。できるやろ」


 長身の男は黒兎や虎獅狼より少し劣るものの体格が良かった。できない訳がないと黒兎は本気で思っているし、長身の男は否定しない。じろりと黒兎を睨んで「何が目当てだ」と尋ねてくる。

 黒兎が褒美をねだっていると思ったらしい。確かに黒兎は助けてほしいと思っているし、そう言いながら近付いた。ここがトウキョウではないなら土地勘も金銭もないのだ、森の奥で彼らに出逢えたのは奇跡だろう。


「金くれるんやったらやってもええで」


 対価があるなら黒兎は断らないし文句も言わない。それは立派な労働だ。


「金貨十枚」


 それがどれほどの価値なのかはわからなかったが、ひとまずはいくらでもいい。対価で結ばれた関係ならば、長身の男は黒兎の欲しい物をいくらでも与えてくれるだろう。


「交渉成立や」


 虎獅狼は絶対に置いていかない。虎獅狼を担いだまま木の箱へと近付くと、中身が見えた。


「ぎゃぁぁああ遺体ぃぃぃいッ?!」


 咄嗟に飛び退く。見慣れていない訳ではないが、予期せぬ場所で見ると驚かずにはいられなかった。


「交渉不成立かい?」


 長身の男が不満そうに尋ねる。刹那、低身の男たちが落胆した。


「んな訳あるか!」


 喜んでほしい訳ではない。嘘吐きと罵られても傷付かないが、そういう事情ならば少し話が変わってくる。戻って再び中を覗き、遺体が傷一つない少女の遺体であることを確認した黒兎は棺を左肩で持ち上げた。


「おぉ……!」


 低身の男たちが感嘆の声を上げる。彼らは黒兎と同じように困っていただけなのだ。長身の男ならば「自分でやれ」という意見のままだが、低身の男たちに頼まれたら無償でも運んだ。遺体をこのままにしておくのは黒兎の正義に反するからだ。


「で? どこまで運ぶん」


「あっちだ。馬車を停めているからね」


 長身の男は何も持たずに歩き出す。低身の男たちが「男ならば運べるぞ」と虎獅狼に手を伸ばしたが、「おおきに。でもどっちも自分で運ぶわ」とやんわり断った。


「なぁ、自分ら何歳なん? 俺の国も長寿の国やけどそこまでしわしわで元気なおっちゃん見たことないで」


 話しかけやすい低身の男たちに声を掛ける。会話が成立すれば情報は彼らから得られそうだ。


「さぁな。もう数えてない」


「俺たちはノームだからな」


「ノーム? ほんまに?」


 詳しく知っている訳ではないが、映画や漫画のファンタジー作品で見たことがある。黒兎はまじまじと彼ら七人を観察し、なるほどと頷いた。白髪とたっぷりの白い髭。スコップを担いでいる姿は黒兎が知っているノームそのものだ。


「ここはどこなん?」


「ドナトリア王国外の森だ」


「なんで知らないんだお前」


 ドナトリア王国──聞いたことがない。脳内で世界地図を広げたが、知っていたら自分たちにしっかりとついて来るノームの存在はもっと身近だったはずだ。


「金貨十枚やったら何買えるん?」


「さぁな。俺たちに聞くな」


 森の中で暮らすノームたちには無縁だったか。外に出て違う人間に出逢えたら聞いてみよう。


「この子は誰なん?」


「白雪姫だ。俺たちの友さ」


 ノームたちが一斉に視線を落とした。遺体の状態から察するに亡くなってからそれ程経っていない。心の傷が癒えていないのだろう。黒兎はそれ以上詮索するのをやめた。


「フ〜ン。《黒の迷い子》は本当に何も知らないんだね」


 黒兎とノームたちの会話を聞いていたらしい。長身の男が振り返ることもなく感想を述べる。


「《黒の迷い子》?」


「ユーみたいな人間をそう呼ぶんだよ」


「俺のどこが《黒の迷い子》やねん、迷子ちゃうぞ!」


「ある日突然どこからともなく現れる、何も知らない馬鹿をそう呼ぶんだよ。《黒の迷い子》の共通点は黒髪黒目、男、筋肉。ユーたちもそうだろう?」


 突然身体的特徴を羅列されて言葉に詰まった。そう言われたら返す言葉がない。そして──そう言われて思い当たる節がない訳でもなかった。


「《黒の迷い子》はどこにおるん?」


「大陸中にいるはずさ。うちの国にはいないけどね」


 うちの国? どういう意味だと尋ねなくても答えはなんとなく予想できるが、もし黒兎の予想通りならば長身の男は──。

 瞬間に爪先に衝撃を受けた。右肩に虎獅狼を、左肩に白雪姫を担いでいる黒兎はバランスを崩して真後ろに落ちていく。


「工藤ッ!」


 庇ったのは虎獅狼だった。棺を投げて虎獅狼を両手で持ち上げる。尻を強く打って全身に衝撃が走ったが、虎獅狼も、骨も、傷付かずに済んだようだった。


「「「「「「「何してんだテメェ!!」」」」」」」


 七つのスコップが黒兎の後頭部を止まることなく殴打する。


「頼む! 工藤だけは助けてくれ! 工藤は悪ない!」


「「「「「「「当たり前だボケェ!!」」」」」」」


 先程まで友好的だったノームたちの怒りは何回殴っても収まらなかった。黒兎は大人しく殴られるが、投げ出した棺を放置したい訳ではない。


「なぁ、そろそろ白雪姫を……」


 白雪姫は棺から飛び出していた。硬直している体が変な方向に曲がらなかったことが不幸中の幸いだろうか。どこか傷付いてなければいいが。そんなことを考えていたら、誰かが険しく咳き込んだ。


 ──ごほっ。ごほっ。


 それは男のものではない。この場にいるのは暴行を受けている黒兎と暴行をやめないノーム七人、そして怒りのあまり言葉を発せないでいる長身の男とこんな状況なのに眠り続ける虎獅狼の十人。


「俺は、死んだ人間よりも今を生きてる人間の方が大事や」


 だから虎獅狼を庇った。白雪姫を庇うことは黒兎の正義に反することだった。間違ってはいない、そう思っていたのに。


「…………は」


 赤く熟れた林檎の芯が大地に転がった。黒兎の様子がおかしいことに気付いたのだろう、誰もが黒兎の視線を辿って顔を背けた白雪姫を視認する。


「な、んで……」


 動いた。生きている。それを理解した瞬間にノームたちが歓声を上げた。遠くから様子を見ていたのだろう、ありとあらゆる方向から動物たちが駆け寄ってきて飛び跳ねる。

 黒兎は虎獅狼を傍に下ろして白雪姫を凝視した。信じられなかった。彼女の死は黒兎もこの目で確認している。踊り出した彼らの喜びようを見ても、騙された訳ではないことはわかる。白雪姫を殺したのは、あの赤が映える林檎の芯だった。


 白雪姫がゆっくりと双眸を開いた。黒檀のような温かみのある黒が黒兎の胸を鋭く刺した。元々そういう色なのだろう──血色の良い赤い唇で呼吸を繰り返せば繰り返す程、白過ぎた肌に赤みが戻る。


 ──あぁ。綺麗だ。


 考える必要はなかった。頭の中で幾千の単語の中から白雪姫を褒める言葉を探さなくても、彼女は誰もが認める美人だった。

 生きている人間は死んだ人間に敵わない。だが、死んだ人間が生きている人間に敵わないというのも正しい。


「……ここ、は……」


 鈴のような可憐な声が耳朶を打った。神は何故白雪姫を生き返らせたのだろう。何故〝彼ら〟を生き返らせてくれなかったのだろう。この森のすべてが白雪姫の目覚めを祝福していることが答えなのか。


 両手に付着した砂を拭って両足に力を込めるが、立ち上がれそうにない。立ち上がってノームたちに微笑んだ白雪姫は、黒兎の心を少し折った。


 ──なんで躓いたんやろ。俺。


 空を仰ぐ。白雪姫を生き返らせたのは自分だ。白雪姫は悪くない。白雪姫が黒兎の心を折ったのではなく自分で自分の心を折ったのだ。それを心に刻めば立ち上がれた。


「リタッ!」


 転けた時に付着した汚れを落としていると、長身の男が白雪姫に跪く。白雪姫──リタは驚いて長身の男を見下ろし、数歩後退った。


「あぁ、ボクのリタ! 会いたかったよ!」


 長身の男が腕を伸ばすと、ノームたちが自らのスコップをリズム良くぶつけ合った。鹿たちは足を木にぶつけて軽快な音を鳴らし、兎たちは飛び跳ねて愉快な音を出す。それは音楽の序奏のようで──呆然としていると長身の男が歌い出した。


「?!」


 彼に合わせて歌うのは小鳥たちだ。彼が一節歌うとノームたちがそれぞれ一節ずつ歌い、リタの目覚めがどれ程嬉しかったのかを熱く語る。ミュージカルに造形が深い訳ではないが、目の前に広がっているのはクオリティの高いそれだ。何故それが急に始まったのか。そんなことをされてもリタは困惑するはず、そう期待したが次の一節はリタが華麗に歌い上げた。


「なんでやねん! え?! おかしいの俺だけ?!」


 曲はサビに移ったのだろう。ノームたちはリタと長身の男を胴上げして木の上に登らせ、空を飛んだ二人は蔦を使って様々な木に飛び移る。身体能力が高過ぎることも驚きの一つだが、即興のはずなのに何故綺麗にハーモニーを奏でられるのか。

 その対応力の高さをしばらく見ていると、思い知らされる。この世界では──いや、もう断言する。この異世界ではミュージカルは普通なのだ、と。


「もうええて! どうも! ありがとうございました!」


 そう言えばなんでも終了する。月光国では魔法の言葉だが、やはり異世界では通用しない。


「俺が悪かったから! やらかしたのは謝るからぁ! 頼む! もうやめてくれぇぇえぇ〜!」


 黒兎の叫びは虚しく、彼らは一曲丸々丁寧に歌い切った。そんな状況でも虎獅狼は目を覚まさなかった。

挿入歌

『解放の時』

歌唱:リタ・リープクネヒト/ウーリ・リープクネヒト/七人のノーム

作詞作曲:その場のノリ

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