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第十五話 『名探偵虎獅狼Ⅰ』

「せやッからァ! これがあぁなってあれがこうしてそうなったってさっきからずっと言っとるやろがぁあぁぁあぁぁあ!」


 虎獅狼こじろうがカップを二つ持ち上げた瞬間、黒兎くろとがテーブルを卓袱台返しのようにひっくり返す。もう何度もこのやり取りをしているのだ、虎獅狼も黒兎の言動に慣れたのか手際が良い。

 黒兎は息切れして椅子にゆっくりと腰を下ろした。虎獅狼は自分と黒兎の空になったカップを黒兎に手渡し、テーブルを元の位置に戻す。


「いやぁ……ごめんね」


 表情は申し訳なさそうだが、心からそう思っていないことがよくわかる声色の謝罪だった。何も覚えていないことにもその謝罪にも腹が立つし、黒兎が一回目の説明をした直後に敬語をやめたことにも腹が立つ。黒兎は虎獅狼を睨んで「自分はぁ!」とカップをテーブルに勢いよく戻した。


工藤くどう虎獅狼で!」


「それは知ってる」


月光国げっこうこくのアオモリ出身や!」


「それは知らない」


 真顔で相槌を打つ虎獅狼は、「それ以外は?」と考え込むように顎に手を添える。


「こっちが知りたいわボケェッッ!!」


 そして両耳を塞いだ。


「静かにしなさい」


 振り返ると、いつの間にか部屋から姿を消していたカラマが扉を開けていた。黒兎はぎゅうっと唇を噛んで黙る。カラマに逆らうつもりはない。


「コノエ様、ありがとうございます。お話はローラ様から聞きました」


 カラマの背後にはリタが立っていたらしく、カラマが扉を完全に開けるとタラとローラもそこにいた。


「あっ」


 リタとホワイトドラゴンのことを忘れていた。黒兎はローラに「ごめんな、おおきに」と片手を上げる。


「お取り込み中のところ申し訳ございません。実は、コノエ様が戻ってきたら一緒に行っていただきたい場所がありまして……」


「ええよええよ! どこ行くん?」


 虎獅狼のことはもう諦めよう。黒兎は立ち上がって外套を脱ぐ。


「ヴァルトラウトの部屋です」


「ほお。わかった、ほな行こか」


 ヴァルトラウトの部屋は早目に片付けておきたいのだろう。先延ばしにしても良いことはない。女騎士しかいない今、黒兎と──


「俺も?」


 ──虎獅狼にしかできないこともあるはずだ。


 虎獅狼の首根っこをしっかりと掴んだ黒兎はそのままリタたちについて行く。ヴァルトラウトの部屋は城の奥にあり、前の部屋の持ち主は隣に立つリタだった。


「開けるでぇ」


 念の為少しずつ扉を開く。部屋から薔薇の匂いが漏れてきたが害はなさそうだ。


「リタ様はここにいてください」


 黒兎が言う前にカラマが言う。リタは頷き、「皆様、よろしくお願い致します」と頭を下げた。

 虎獅狼はリタの騎士でも傭兵でもない。それでも嫌がらずに中に入る。


「気を付けなさい」


 カラマが一番忠告したい相手は虎獅狼だ。カラマ曰く《黒の迷い子》は何をしでかすのかわからないらしい。


「わかったか工藤!」


「わかったよ」


 虎獅狼は月光国にいた頃の記憶がないらしいが、ドナトリア王国の城の一室が月光国人にとって珍しいものであることはわかるらしい。興味深そうに辺りを見回している。


「コノエ。もし良かったらこれあげるね」


 そんな中ローラが黒兎に差し出したのは銃だった。護身用にということらしい。すぐさま近付いてきたタラは「おやおやぁ?」とにやにや笑う。


「ローラがコノエに心開いてるぅ〜!」


 何かと思ったらそんなことだった。


「ちょっ、タラ?!」


「そらそうやろ、俺ら大冒険したもんな」


「コノエ!」


 何故ローラは恥ずかしがっているのだろう。赤面するようなことは何もしていないのに。

 黒兎は興奮するタラとローラを無視して視線を巡らせる。特におかしなものは置いていな──


「何してんねん!」


 ──黒兎が撃ち抜いたのは虎獅狼が食べようとしていた林檎だった。


 突然発砲された虎獅狼は狂人を見るような目で黒兎を見る。発砲音を聞いて表情を強張らせたカラマも、タラも、ローラも、そして顔を覗かせたリタも、黒兎の発砲理由が虎獅狼の右手が持つ穴の空いた林檎であることを察して目付きを変えた。


「こないなとこで郷土愛発揮すな!」


「クドウ、今すぐそれを捨てなさい」


「怒られるの俺なの?」


 虎獅狼は真顔で尋ねるが、タラもローラも虎獅狼の味方にはならない。リタの最後の死因はこの場にいる虎獅狼以外の全員が共有していることだった。

 虎獅狼が勿体なさそうな表情でカラマが差し出した袋に林檎を捨てる。虎獅狼はテーブルの上のバスケットから林檎を取ったようだ。それを処分しようと全員が集まると、部屋の外から走る人間の足音が聞こえてくる。


 カラマと黒兎が走って部屋の外へ出ると、ちょうど女騎士が姿を現した。


「あっ、カラマ隊長! すみません、急用が!」


 カラマを探していたらしい。カラマは今ドナトリア王国にいる騎士団を纏める立場にいる。


「どうしたの」


 刺客ではなかったようだ。黒兎は安堵するが念の為リタの隣に立った。


「街の見回りをしていた者からの報告なのですが、民家で人が亡くなっていたようです」


「そう……。ご遺体は城の中庭に運んで。見回りが終わったら纏めて弔いましょう」


 革命が間に合わなかった人間もいるようだ。悔しそうに唇を噛むリタの肩をぽんぽんと叩いて慰める。


「それが……その、少し変わったご遺体といいますか……」


 女騎士は急に歯切れが悪くなった。


「餓死でも、老死でもなさそうで……」


「貴方たちは殺人と見ているのね」


 女騎士は「はい」と頷く。


「念の為、隊長か副隊長に現場を確認していただきたいんです」


「わかったわ。タラ!」


 カラマが部屋に向かって声を掛けると、すぐにタラと虎獅狼が出てくる。タラも目が離せないと思ったのだろう、虎獅狼は自主的に出てきたのではなくタラに首根っこを掴まれていた。


「何?」


 何も聞こえなかったのかタラは不思議そうな表情だ。


「変死体が出たそうよ。確認してきて」


「えぇっ?! 私が?!」


 その表情がすぐに嫌そうな表情に変わる。タラは何を考えているのかわかりやすい女だ。


「私はリタ様の護衛を国王から頼まれているの。副隊長の貴方が行きなさい」


「わ、わかった」


 だが、黒兎の予想に反して我儘は言わなかった。自分の立場をしっかりとしている彼女は虎獅狼を離して項垂れる。


「変死体ですか」


 代わりに興味津々で会話に参加したのが虎獅狼だ。


「具体的にはどのようなご遺体なんですか?」


 突然見知らぬ男に話を振られた女騎士は戸惑うが、女王と隊長、そして副隊長がいるこの場できちんと説明した方が良いと判断したのだろう。


「えっと……太っています」


 虎獅狼以外は、それだけで女騎士が言いたいことを大体察した。


「それのどこが変わっているんですか?」


「せやッからさっきからずっと言っとるやろが!」


 話を聞いているのかすぐに忘れるのか。黒兎はリタを手で指して何回目かの説明する。


「この国には悪い魔女がおって国民をずっと苦しめとったんや! 国民がデブってんのはおかしいやろ!」


「あぁ、成程。でもそれが死因には……」


「やかましいなあ! じゃあ見てこい!」


 虎獅狼の背中を叩いて前に押し出した。虎獅狼は「確かに」と納得して女騎士を期待を込めた瞳で見下ろす。


「任せたわよ」


 カラマに声を掛けられたタラは、「はいはい」と拳で胸を軽く叩いた。


「あのっ、カラマ様! 私も行っていいですか?」


 リタが虎獅狼のように前に飛び出す。焦っているのか、あのカラマがその勢いに少しだけ押された。


「何故ですか?」


「もしかしたら知っている人かもしれなくて……」


 だからそんな反応をしたのか。本当にリタの知っている人ならば、多分、亡くなったのはただの国民ではない。


「いけません」


 カラマは断った。カラマは無表情でリタは辛そうだ。


「俺もそう思います」


 口を挟んだのは黒兎以上に事情を知らない虎獅狼だが、黒兎もカラマと虎獅狼と意見は変わらない。


「まだご遺体の死因がわかりません。現場に行く人間は最小限にして、そういう確認は全部が終わった後にした方がいいですよ」


 何も覚えていないのにそういうことはわかるのか。黒兎は不満そうに虎獅狼を見たが虎獅狼には一切伝わらなかった。


「そうなんですね……。わかりました、では、そのようにお願い致します」


 リタは引き下がって虎獅狼とタラに頭を下げる。黒兎は虎獅狼を指した。


「工藤、タラのねーちゃんの言うことは死ぬ気で聞くんやで」


 黒兎にはリタから頼まれたヴァルトラウトの部屋を確認する仕事がある。それを放り出して虎獅狼の面倒を見ることはできない。


「わかったよ」


 虎獅狼は二人の女騎士について行くが、好奇心が隠れていない表情をしていた。


「……ほんまにわかっとるんか、あいつ」


「……タラを信じなさい」


 黒兎もカラマも不安を覚える。そして、ローラがどれ程頼もしかったのかを実感した。

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