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第十四話 『黒騎士黒兎Ⅲ』

 自然と目を覚まして、ローラと共にパンを齧り、一部をホワイトドラゴンに分け与えてかまくらから出る。雪は降っていないが晴天でもない。いつ降り出してもおかしくない天気だ。


「帰りたいわぁ」


 ホワイトドラゴンを布にしっかりと包んだ黒兎くろとはドナトリア王国を見下ろして、「帰りたいよなぁ」とホワイトドラゴンに同意を求める。黒兎をずっと見つめているホワイトドラゴンは「キュ?」と言葉を発して首を傾げた。


「よっしゃあ。行くで」


「そっちじゃなくてこっち!」


 ローラは一晩共に過ごしたからか吃っていない。黒兎の首根っこを掴んで頂上へと体を向けさせるその様は本当の姉のようだ。


「今日も雪崩が起きるかもしれないから、気を付けて行こう。あと四時間くらいで着けると思うし」


 この世界には天気予報士がいないのだろうか。不便だなぁと思いながら黒兎は適当に返事をしてホワイトドラゴンの頭を撫でる。


 歩いて、歩いて、ひたすら歩いて、黒兎は盛大なくしゃみをした。時計がないせいで何時間掛かったのかはわからないが、黒兎とローラの狙撃銃のスコープがようやくホワイトドラゴンの大人を捉える。


「おった」


 幾つかの山の隙間からちらちらと見えているだけで辿り着いた訳ではない。スコープから目を離して確認するが、肉眼では見えない距離だ。


「もうちょい近付くか?」


「そ、そうだね」


 ローラはぎこちなく返事をする。黒兎も緊張していない訳ではない。襲われても倒せると頭では理解しているが、それは武器がある前提だ。武器──狙撃銃を失ったら黒兎とローラは即死する。だが、二人がこれからやろうとしていることは近付かなければ実現できないことだった。


 今更だが人選を間違えたかもしれない。黒兎は眉間に皺を寄せる。

 ローラが最初にこの場所を指した時、下から雪が登っていた。黒兎は異常気象だと思っていたがそうではない。ホワイトドラゴンが真上に向かって雪を吐き出していたのだ。だが、観察していると常に吐き出している訳ではない。


「迂回しよう」


 ローラの提案で山を降り、そして登り、遠回りだとしても安全な道を選んで少しずつ近付いていく。


「雪食べる?」


 突然何を言い出すんだと思ったが、黒兎はすぐにローラの意図を察して黙考した。


「敵ちゃうしなぁ」


 答えるとローラは「そうだね」と微笑むが、その答えに反して二人はしっかりと息を潜める。肉眼でホワイトドラゴンを捉えることができることを互いに確認し、黒兎は腕の中の布を開いた。


「キュ……」


 現れたホワイトドラゴンの子供は辺りを見回し、何かに気付いたのか一点を見つめる。黒兎は時間を掛けて地面に下ろし、ローラと共にその時を待った。

 黒兎もローラも待つことには慣れている。だから何も言わない。そして何もしない。だからかホワイトドラゴンの子供は黒兎とローラと同じようにじっとしている。


「どないしたん」


 埒が明かないと判断して声を掛けた。


「親じゃないのかな」


 ローラが申し訳なさそうに俯いた。


「やとしても同族やん」


「うーん。でも人間に置き換えたら……」


「むっちゃ嫌やな」


 そう言われたらホワイトドラゴンの心境が理解できる。黒兎はホワイトドラゴンへと右手を伸ばした。


「自分はどないしたい?」


 ホワイトドラゴンの道を決めるのは黒兎ではない。自分自身で決めなければ意味がない。

 ホワイトドラゴンの子供は黒兎の右手の匂いを嗅ぐ。その匂いを嗅いでも黒兎はホワイトドラゴンの親にはなれない。


「自分、恵まれてんねんで」


 自分のことだから気付いていないのだろう。ホワイトドラゴンの子供はもう一度だけホワイトドラゴンの大人を見た。


「生きる世界を選べるんやからな」


 自分がホワイトドラゴンの子供の立場だったら〝知らんがな〟と思う。それでも言わずにはいられない。ホワイトドラゴンの鼻を啄くと「キュイキュイ」と楽しそうに鳴かれてしまう。だから黒兎は決意した。


「ローラのねーちゃん、俺、もうちょい近付くわ」


「えっ?」


 ローラはホワイトドラゴンの子供を抱えて立ち上がった黒兎を見上げる。そして狙撃銃を下ろした黒兎に驚いた。


「ねーちゃんはここで待っとって」


「ちょっ! 危ないよコノエ!」


 当然ローラは引き止めるが、黒兎はローラの言うことを聞かない。


「納得できひんやん!」


 叫んだ黒兎は駆け出した。自分が納得できるまでやる、それが黒兎だ。


 自分が罪人だからこの世界にいる──輝夜かぐやの口からそう言われたら納得できる。というか多分それが正解だ。だから黒兎はこの結果に納得している。

 ただ、受け入れてはいない。輝夜や泣いたから黒兎は帰ろうと足掻くのだ。傍にいてほしかったのに、それが本音だと理解しているから。直接会って要らないと言われるまでは絶対に受け入れない。


「着いたらすぐ決めるんやで!」


 人間の言葉を理解していると信じているから黒兎はホワイトドラゴンの子供を揺さ振った──刹那、黒兎の足場が崩れた。


「ごあっ?!」


 落ちていく。


「コノエぇっ!」


 ローラが悲鳴を上げる。咄嗟に伸ばした彼女の手は届かない。黒兎の手も──どこに対しても届かない。足を四方八方に動かしてみるが着地しない。


 ──死ぬ。こんなところで? 輝夜やリタを護る訳でもなく、救う訳でもなく、あまりにも関係なさ過ぎるこの場所で?


 嫌だ。死にたくない。こんなところでは絶対に死ねない。

 目を見開いて真下を凝視した。絶対に着地する。腕の中のホワイトドラゴンも護る。全身が危機を感じていたからか真下が見えた。奇跡だ──その瞬間に感じたのは浮遊感だった。


「……はえ?」


 遅れてローラの歓声が届く。

 飛んでいたのは黒兎ではない。ホワイトドラゴンの子供だ。いつの間にか黒兎は両腕を天に上げており、そこでホワイトドラゴンが羽ばたいている。


「キュイー!」


 黒兎をローラの隣に下ろしてホワイトドラゴンの子供は飛んでいった。目指している場所はホワイトドラゴンの大人の下だ。ホワイトドラゴンはしっかりと子供と黒兎とローラを見つめており、黒兎とローラに攻撃することもなく、子供を無視することもなく、傍に降り立つ瞬間を待っている。


「帰れたんだね」


 隣を見るとローラが泣いていた。黒兎は泣かなかったが寂しかった。

 飛んでいくホワイトドラゴンの子供が羨ましい。帰る場所も帰り方も知っている子供が羨ましい。


「……良かったな。帰れて」


 帰る場所は知っていても帰り方がわからない子供は世界に何億人いるのだろう。ウーリは正しかったのかもしれない。黒兎は迷子だ。


 寂しいと言葉には出せないが、虎獅狼こじろうには起きてほしいと言える。


 助けてくれる人も頼れる人もいないが、仲間はいると知っている。





 ローラと共にドナトリア王国の城に戻って、最初に会ったのはカラマだった。やはり先に戻っていたらしい。黒兎くろとが視線を巡らせると城には女騎士しかいなかった。

 黒兎は例外なのだろう。ウーリもリタを傾国と思っているようだ。黒兎はウーリの信頼に応える為に「工藤くどうは?」とすぐに尋ねる。


「目を覚ましたわ」


 そう言われると思っていなくて心臓が跳ねた。


「ほんま?」


「えぇ。こっちよ」


 着替える時間を惜しんでカラマについて行く。ローラも特にすることがないのかついて来る。


「怪我してへん? 元気なん?」


「そうね……」


 カラマは少し言葉を濁した。


「……貴方はクドウとどういう関係なの?」


「え、知らん」


 確かにどういう関係なのだろう。月光国げっこうこく軍の人間なのはなんとなくわかるが上司でもなければ友達でもない。


「そう」


 カラマはツッコまなかった。彼女がとある部屋をノックすると「どうぞ」と虎獅狼の声が返ってくる。


「工藤!」


 カラマの代わりに黒兎が開けた。虎獅狼は椅子に座って優雅に飲み物を飲んでいる。人が死にかけたのに羨ましい男だ。

 虎獅狼はじっと黒兎を見つめる。そこまで凝視されると気持ち悪い。


「な、なんやね……」


 会いたかったのに動揺して心にもないことを言おうとした。


「すみません。どなたですか?」


 それ以上の言葉を吐かれるとは思わなかった。ローラは息を呑む。黒兎からは表情が消える。


「……は?」


 頭の中が真っ白になる。何も考えられなくなる。


「これが《黒の迷い子》よ」


 《黒の迷い子》をよく知っているのはカラマだ。彼らは自分たちの質問の大半を答えることができない。覚えているのは自分の名前や年齢という基本的な情報だけ。


「コノエはクドウをそれなりに知っているみたいだけど、クドウはコノエのことを忘れているわ。自分がどこから来たのかも、何者なのかも、わからないのよ」


 助けてくれる人も頼れる人もいないが、仲間さえいないとは思わなかった。

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