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第十二話 『黒騎士黒兎Ⅰ』

「ほなよろしゅうな」


 革命から一夜明けて、黒兎くろとはトレステイン王国の都カトライアに帰還するカラマに対して片手を上げる。カラマは「えぇ」と頷いて栗毛の愛馬──ソースと名付けよう──に跨った。


 カラマを含めたトレステイン王国の騎士の一部はドナトリア王国に物資を支援する為に帰還することになっている。ドナトリア王国に拠点を置くことにした黒兎がカラマに頼んだのは、虎獅狼こじろうの輸送だった。

 カラマは虎獅狼の顔を知っている。黒兎はカラマのことを知っている。安心して頼めるカラマが帰還組にいて助かった。快くとはいかなかったが引き受けてくれたカラマに感謝する。ウーリとリタから貰えるであろう報酬の半分を渡してもいいと思える程には黒兎はカラマに懐いていた。


「いってらっしゃ〜い」


 ドナトリア王国に残る騎士の中にはタラやローラがいる。ローラは雪色のような白髪を持つ綺麗な女だ。ローラもカラマやタラの同期の一人で、二人とは異なり丁寧に手入れをした長髪を一つに纏めている。彼女は隊長でもあるカラマと離れるのが不安なのか、困ったような表情を常に浮かべていた。


「それにしても、リタ様遅いわね」


 カラマはちらりと城を一瞥する。黒兎もカラマの視線を追って首を傾げる。すぐに追い付くから先に行ってくれと言ったのはリタだ。既に別れてから十五分くらい経とうとしているが、彼女の身に何かあったのだろうか。


「ヘイカラマ! リタはまだかい?!」


「うるさいですよ」


 カラマがぴしゃりと言い放った相手はウーリだ。ウーリは虚を衝かれた顔を見せ、大人しく馬車の中に顔を引っ込める。王はウーリだが、性格上そうなってしまうのだろう。ウーリに常日頃から振り回されている彼女は、ここがドナトリア王国だからかウーリに強く当たっていた。

 帰還組の中にウーリとリタがいるのは、これからトレステイン王国で二人の結婚式が行われるからだ。まだプロポーズをしてから二十四時間も経っていない。それでも豪勢な結婚式ができると言うのだから王の権力は恐ろしい。金貨十枚が端金ならば上乗せしてくれないだろうか。


「せや。工藤くどう起きとったら事情説明してくれへん?」


 さすがにもう起きていてほしい。寝ていた方がカラマの負担は少ないのかもしれないが、これからの話をしたいのだ。



『あの、コノエ様。私の騎士になってくれませんか?』



 数時間前、黒兎は切なそうな表情を浮かべるリタの願いを断った。


 ──こうして改めてリタを見ると、リタは傾国だと思う。


 リタがドナトリア王国の女王で良かった。と同時にトレステイン王国の王妃でトレステイン王国は大丈夫なのかと思う。いや、ウーリが国王の時点で大丈夫ではないのかもしれない。

 黒兎のそんな間をどう受け取ったのか、リタはすぐに気丈に振る舞った。リタが傾国でなくても心が痛む。黒兎はしっかりと礼を言って理由を話した。


『故郷に帰らなあかんねん』


 思い出すのは別れを告げた時の輝夜かぐやの泣き顔だ。傍にいてほしかったのに、そう言われたら黒兎は輝夜の傍にいる。輝夜の願いを叶える為ならば命だって惜しくないが、輝夜はそれを望んでいない。ならば黒兎は生きてみせる。生きて彼女の下に帰ってみせる。黒兎を支配できるのは、この世でたった一人だけ──月光国げっこうこくの皇帝輝夜だけ。


『コノエ様は、その方のことが好きなのですか?』


 聞かれて少し考える。だが、考えるまでもない。


『好きちゃうよ』


 輝夜は皇帝だ。第一皇女だと思っていた時も、今も、身分が違う。輝夜が結婚して交わる相手は世界がひっくり返ったって黒兎ではない。輝夜を恋愛対象として見たことは一度もなかった。


『俺は皇帝陛下の矛で、盾や』


 それ以上でもそれ以下でもない。ヴァルトラウトを殺して復讐という名の約束を果たしても、黒兎は輝夜のものだ。傍にいて、という言葉にはそういう意味が込められていると理解している。黒兎は輝夜を十年も見ていたから。


『矛も盾もなかったら困るやろ?』


 笑顔を見せる。リタも困るから黒兎にそうなってくれと言ったのだろう。城内を歩き回って確信した。ドナトリア王国の騎士たちは全員殺されている。リタを護る者はリタを王妃として見ているトレステイン王国の騎士たちだけだった。


『そうですね』


 リタは頷き納得する。


『私、コノエ様の故郷見てみたいです。なんていう名前なのですか?』


『月光国っちゅーねんけど、どうや。知っとる?』


 思えばこの世界の人間に黒兎の故郷の話をしていなかった。リタはぽかんと口を開いてしばらくの間固まっていたが、『いいえ』と申し訳なさそうに肩を落とす。


『…………詰んだな』


 リタは王女だった女だ。知らない国名はないだろう。黒兎もドナトリア王国やトレステイン王国なんて国名は知らない。


『あぁでも私は田舎者なので! ウーリ様は知っているかと!』


『せやな。聞いてみるわ』


 落ち込む黒兎を励ましてくれるリタは優しい。国民の為に我が身を犠牲にして革命を起こす女なのだ。危なっかしいが、国民のことを第一に考える女王になれるだろう。


『もし──』


 黒兎はリタのような人間が大好きだ。十年前黒兎たちを庇って命を落とした軍人がいるから──彼らのことを曇りない心で肯定したいから、大好きだと言う。そういう人間を死なせたくないから鍛えてきた。


『──もし帰れへんかったら、その時は俺をリタの騎士にしてくれるか?』


 リタの瞳が煌々と輝く。期待させている、もし帰れたら自分は酷いことを言った人間だと思うが、今日明日で帰れる世界ではないとも思う。だが、行けたならば帰れると──ほんの僅かな希望に縋ってもいる。


『是非』


 リタは喜び嬉しそうに笑った。


『ですがコノエ様、帰れなかったらなんて言わないでください。きっと帰れます』


 その表情のまま希望を語る。ほんの僅かな期待に大きな希望を見出している。


『私も、コノエ様も、諦めなかったらここにいるんです』


 右頬を熱が撫でた。視線を落とすと、ドラゴンと化したヴァルトラウトが騎士たちの手によって燃やされていた。黒煙が空に上っていって、ほんの少し前の呪いの空が再現される。それを絶望の空と言う者はいない。


『だから諦めないでください』


 火の粉が暖かい。月光国よりも寒いこの地域を地獄から温めている。


『だから、帰るまで私の騎士でいてください。どこにいても、何をしていても、私の騎士だって名乗ってください』


 可愛い我儘だと思った。


『リタにメリットないやん』


『生きていけます』


 変わった女だと思った。


『御意、女王陛下。この世界にいる間はずっと、俺はリタだけの騎士や』


 だから誓う。黒兎は変わった女も大好きだ。


『はいっ! 私にできることがあるなら、御手伝いします!』


『おおきに。……ま、俺罪人やし帰ったら処刑されるかもしれへんけどな』


 驚いて一気に笑顔を失くしたリタを笑う。嘘は吐いていないが揶揄いがいのある女だとも思った。


 そういう理由で黒兎はトレステイン王国ではなくドナトリア王国に拠点と戸籍を置くことになった。虎獅狼は唯一の同郷だ、なるべく離れ離れになりたくない黒兎は虎獅狼もドナトリア王国に来てほしいと思っている。そして、月光国に帰るかどうかの意志を聞きたかった。


「善処するわ」


 カラマは何故か微妙な返事をする。そして「カラマは口下手だから」とフォローしたタラを思い切り睨んだ。


「コノエ、リタ様の様子を見に行きなさい」


 無理矢理話題を変えた気がするが、リタが来ないとカラマたちはトレステイン王国に帰れない。リタの騎士である黒兎もリタが心配だ。「御意」と城に向かって歩き出すとこちらに向かっているリタが視界に入る。


「あ。おったで」


 それが普段着なのだろうか。白色の可愛らしいドレスに着替えた彼女はかなり大きな面積の布を抱えている。それは何かを包んでいるようで、カラマも、タラも、ローラも表情を険しいものに変えてリタの合流を待つ。


「リタ様、それは?」


 まるでリタが厄介なものを持って来たかのような言い方だ。リタは戸惑いながら布の中身をカラマに見せ、覗き込んだタラとローラと黒兎は勢いよく後退る。


「それは……」


 カラマはそれを見ても冷静だった。それが何か言われなくても見ればわかる。


「……どうしたのですか」


 とりあえずそう尋ねた。それは二人の様子をしっかりと離れた場所から見守る三人もそうだ。


「母の遺品ゆびわを取りに行ったら……城の、奥で、見つけまして……」


 リタも冷静ではない。助けを求めるようにカラマを見上げている。カラマはそんなリタに気付いてすぐにソースから下りた。そしてリタから布を受け取り、リタの双眸をしっかりと見つめる。


「返しましょう」


「そっ、それは勿論です!」


 その判断ができない程戸惑っている訳ではなかったようだが、薄情にも避難した三人はカラマに抗議した。


「返すってそれを?! どうやって!」


「けっ、結婚式はどうするの?!」


「せや! リタはそないなことしてる暇あらへん! っちゅーかどうやって返すんやそんなもん!」


 一番抗議したのは異邦人である黒兎だ。黒兎が《黒の迷い子》である以上そういう態度を取るだろう、理解しているカラマは黒兎にもわかるように説明する。


「これはホワイトドラゴンの子供。ホワイトドラゴンが生息しているのはドナトリア王国の南西の雪山。ここに来る途中で見たでしょう? あの山に行ってあの種族に返すの」


 カラマの腕の中で眠っているのは、人間が抱えられる程の大きさの白いドラゴン。カラマ曰くホワイトドラゴンの子供だというそれを親や群れに返すのは理解できる。理解できるが受け入れられない。


「誰が返すねん、それ!」


「貴方たち三人のうちの誰かね」


「無理やって!」


 三人揃って逃げたのだ。返せる度胸がある人間はいない。


「そうだよ無理無理! 絶対死ぬって!」


 タラも全力で拒絶している。


「いやなんでタラのねーちゃんが拒否るねん! 頑張れや! 俺は絶対無理やけど!」


「諦めないでよ! コノエはヴァルトラウトを倒したんでしょ?! ヴァルトラウトに比べたらドラゴンなんて怖くないでしょ?!」


「俺はドラゴンがおらん世界の出身やもん! 無理! 絶対! 無理!」


 黒兎とタラは全力で争うが、ローラはその争いに参加してこない。避難直後から青白い顔で立ち尽くしている。これは多分、抗議できる元気がある黒兎とタラが行く流れだろうか。


「コノエ様お願いします!」


「御意!」


 リタに頼まれたら断れない。渋々ドラゴンを受け取りに行くと「いいの?」とさすがのタラも申し訳なさそうについて来る。


「俺はリタの騎士やからな」


「リタ様と主従関係を結んでいても貴方はまだ自称騎士よ。叙任式してないでしょう」


「てことは俺まだ傭兵なん?」


 カラマは黒兎を無視してホワイトドラゴンを手渡す。ホワイトドラゴンは子供とはいえ冷たかったが、成長して氷のドラゴンになることを考えるとまだマシかと溜息を吐いた。


「あっ、あの! 私も行く!」


 名乗り出たのはローラだ。右手を上げて恐る恐る近付いてきた彼女が不安でカラマとタラに目線で助けを求めるが、どちらもローラが付いているならば安心だと言いそうな表情を見せている。目ぇ腐っとんのかと言いそうになったが必死に飲み込んでローラと対面すると、ローラは縮こまった。


「それじゃあ、私たちは行くわ。タラ、後はよろしく。ローラ、ホワイトドラゴンとコノエは任せます」


「ローラのねーちゃん頼んだで」


 カラマがそこまで言うなら信じてみよう。黒兎は「はひぃ」と腰をくねらせて返事をしたローラにホワイトドラゴンを抱えること以外を丸投げした。

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