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第九話  『オラティオ』

 冒険者ギルドに到着した黒兎くろとの視界に真っ先に入ったのは、建物の至る所に掲げられた朱殷色の旗だった。

 ベルロワ王国の旗の色は血のような色らしい。その色は内戦中であってもなくてもあまりいい印象を抱かない色だ。黒兎はそれをしげしげと眺めながら「ええ趣味してはるなぁ」と呟いた。


「えぇ〜……そう?」


 黒兎の言葉を額面通りに受け取ったカレンは首を傾げる。カレンは血のような赤色ではなく自分の髪色のような鮮やかな赤色が好きだ。自分の髪を掴んで交互に見ていると、「二人とも、行くわよ〜」と呑気な声が聞こえてくる。黒兎にもカレンにも心を開いたリサは、ニコニコと笑って片手を上げていた。


「はぁーい!」


「はー……い」


 カレンも笑ってリサの下へと駆けて行くが、黒兎はカレンのように無邪気に駆けて行くことができなかった。

 生まれた年が五百年違うとはいえ、リサの肉体年齢と精神年齢は輝夜かぐややカレンと同じ十七歳だ。リサが黒兎を子や弟扱いしても黒兎はリサを母や姉だとは思わない。それでもリサは近付いてきた黒兎を嬉しそうに見上げていた。


「シドニーは留守番?」


 虎獅狼こじろうはうっかり喋らないように必死に口を閉ざしているシルヴァンを指す。黒兎は虎獅狼がシルヴァンの偽名を覚えていることを意外に思ったが、まさかシルヴァンの本名をシドニーと覚えているのだろうか。


「シドニーがいないと何も話せないから」


 ドミニカは溜息を吐いて手で扉を指す。自然にシドニーと呼んでいてもシルヴァンを王太子殿下扱いする行動がなくなった訳ではない。リサとドミニカは行動を改善した方がいいのではないだろうか。


「入れるなら行くかぁ」


 だが、話を聞くと馬は入れないらしい。しょうゆが不満そうにうるさく鳴いたがリサが上手く宥めてくれたようだ。


「おおきに。あいつなんて言うてんの?」


「高級飼葉を食べたいって言っているわ」


「贅沢者やなぁ」


 しょうゆはトレステイン王国の騎士団が所有していた馬だ。黒兎が知らないだけで今までかなりいい餌を貰っていた可能性があるが、しょうゆは自分の要求が届いただけで満足そうな表情をしている。多分貰ったことはないのだろう。


「ちょっとだけええ値段のやつにするか」


 馬ならば味の違いはわからないはずだ。心の声が出ていたのか、しょうゆはまた不満そうに鳴き出した。


「わかったわかった!」


 しょうゆに落ち着くように頼み込んで建物の中に逃げる。クラーケンはしょうゆと共に馬車に残ったが、アルフィーは興味深そうに辺りを見回しながら黒兎の傍を歩いており、テディーはリサの肩に乗っていた。


「どんなパーティやねん」


 自分で自分のパーティにツッコむ。中にいたどの冒険者パーティにも動物はいない。クラーケンがカレンと共に加入した時点で察してはいたが、冒険者にとってペットは不要な存在だった。


「そういやてめぇら、パーティ名は?」


 先に中に入っていたクラウジーニョが思い出したように尋ねるが、リサは勿論黒兎も虎獅狼もカレンも答えられない。なんでも知っているハインツでさえこのパーティの名前は知らなかった。


「ないで」


 そもそも誰も名付けていない。この集団のことをパーティだと思ったのも黄金郷に行くことになってからだ。


「は? じゃあ今までどうしてたんだよ」


「どうしてたも何も要らんかったし」


 クラウジーニョは眉間に皺を寄せる。黒兎は《黒の迷い子》だが、他の《黒の迷い子》の数倍は話がわかる男だったはずだ。それが急に噛み合わなくなる。


「てめぇら冒険者だろ?」


「旅人やで」


「嘘だろ?!」


 まさかと思わないまま確認するとまさかな答えが返ってきた。クラウジーニョだけではなくアリアドネとドミニカも口をあんぐりと開けている。


「そういや旅人のギルドってあるん?」


「ある訳ないだろ」


「ほんなら冒険者のギルドに登録しとくか」


「え。なんで?」


 黒兎は虎獅狼に自分の胸ポケットを指す。そこにはハインツがいるが、指したかったのはハインツではない。次は何も理解していない表情をする虎獅狼の胸ポケットを指すが、黒兎が言いたいことを理解したのは虎獅狼ではなくカレンとリサだった。


「換金した時銀行使えた方が便利やろ」


 虎獅狼は多分自分の胸ポケットに黄金が入っていることを覚えていない。シルヴァンもぽかんとくちばしを開いている。黒兎がそこまで言っても二人は何も思い出さなかった。


「登録するなら全員でカウンターに行けばやってくれるわよ」


 カウンターを指したアリアドネは、自分の仲間を見つけたのか片手を上げてカウンターの傍にいるパーティの下へと歩いていく。クラウジーニョとドミニカも一旦合流することにしたのだろう。冒険者ギルドに登録しようとする黒兎たちを残して行ってしまった。


「全員……」


 黒兎は自分を指し、虎獅狼を指し、カレンを指し、リサを指してハインツを取り出す。


「全員ならお前もやな」


 返事は期待していないがハインツに安心してもらう為に声を掛けると、一瞬だけ廊下を歩くリタが映った。


「────」


 ハインツがいれば、遠く離れた場所にいる人間だって()()のうちの一人になる。

 ハインツは黒兎をリタから遠ざけたいのか、近付けたいのか。共に過ごした時間は既に虎獅狼やカレンが上回っているが、黒兎の特別は変わらずリタだ。リタがいなければ黒兎は今ここにはいない。それだけの物をたった一日で与えられたような気がしていた。


「パーティ名は? どうする?」


 真っ先に尋ねたのは真っ先に名前を忘れそうな虎獅狼だ。


「お前はネーミングセンスなさそうやから絶対案出すなよ」


「『しょうゆ』ってネーミングセンスいいの?」


「やかましいぶちのめすぞ」


 下手な案を出したらぶちのめされる。カレンは顔色を青白くさせるが、リサは笑顔で人差し指を立てた。



「──『オラティオ』はどう?」



 その言葉の響きは美しい。全員一度口の中で呟いてみる。


「うん。俺の『六人侍』よりええやん」


「私の『みんな友達』よりもいいかも」


「俺の『虎獅狼隊』よりいいね」


「全員正気か」


 ハインツが思わずツッコむ程リサ以外の全員にはネーミングセンスがない。名付けに慣れているリサは思わず苦笑いを浮かべ、名付けに参加できないシルヴァンはアルフィーと共に呆れた。


「どういう意味なん? 『オラティオ』って」


「え? オラティオはオラティオよ」


「オラティオは古代語で『祈り』だな」


 古代語の概念がないリサにハインツが教えると、リサは口に手を当てて衝撃を受ける。


「なんで『祈り』?」


 シルヴァンは虎獅狼に文句を言うなと言いたいのか虎獅狼の頭に自分の小さな頭を乗せたが、虎獅狼は真顔を崩さなかった。


「私たちは全員呪われているんですよね」


 リサはそっと自分の項に触れる。自分の項は見えないが、自分以外の全員の項は見えている。それはこの場にいる全員にも当て嵌っていた。


「だから祈りたいんです。私たちは全員呪いを解くことができるって」


 誰も自分が付けた名前の意味を考えていなかったが、真面目なリサは細かいところまで考えている。


「決定やな」


 そこまで言われたら誰も異論はない。表情を一目見ただけでわかる。

 こういう場面では乾杯をしたくなる黒兎だが、ここは酒場ではない。クラウジーニョとドミニカが酒場で合流しようとした意図を遅れて察して渋い表情を浮かべた。


「ねぇねぇ早く行こうよ!」


 カレンに急かされてカウンターに行くと、「あ」とカウンターに立っている女が口角を上げた。


「来ると思ってたっすよ、有名人!」


「有名人?」


 眉間に皺を寄せるのは黒兎だけではない。女は黒兎だけではなく、黒兎の傍にいる全員に視線を向けている。


「あぁ。まだ知らないんすね?」


 女がニヤニヤと笑いながらカウンターの下から取り出したのは、黒兎の討伐依頼書だ。その隣に並べられたのは、虎獅狼、カレン、クラーケン、リサ、そしてシルヴァンの写真が印刷された紙で、黒兎は「は?」と声を漏らす。


「あんたら何をどうしたら魔法ギルドに怒られるんすかぁ? 関わんないでしょ普通。こんなとこ」


 女が黒兎たちに見せてきたのは、どこからどう見ても黒兎、虎獅狼、カレン、リサ、シルヴァンの討伐依頼書だった。


「嘘やん!」


 何もしていないと言いたいが心当たりはある。黒兎はロレンツォを思い浮かべることに必死で、「で? 用件はなんすか?」と黒兎たちを討伐する気のない女を無視してしまった。


「冒険者パーティ? の登録をお願いします」


 代わりに虎獅狼が一歩前に出る。


「え? あんたらパーティじゃなかったんすか?」


「今からパーティになるんです」


 リサも補足する。そして一瞥したのはベルロワ王国の王太子殿下のシルヴァンだった。

 シルヴァンは国外に追放された王女のカレンでも亡国の王女のリサでもない。シルヴァンにはまだ、帰る国がある。


「あぁ〜……。じゃあリーダーとメンバーをここに書いてほしいっす。そんでここに血を入れたら登録完了っすよ」


 女が紙を差し出すとカレンが受け取るが、「書けへんやろ」と黒兎にツッコまれてリサに渡す。リサが書いている間に女が言った()()を見ると、針と水が入った盆があった。


「刺せと?」


「そうっす」


「入れろと?」


「そうっす」


 最初に説明されている。黒兎は渋々針で指先を指して少量の血を盆の中の水に入れた。


「これして何になるねん」


「どっかで死んでもここに登録してたら最低限の身元はわかるじゃないっすか」


「DNA鑑定か」


 虎獅狼とカレンも躊躇なく指先に針を刺して血を入れる。紙を女に提出したリサは躊躇ったが、すぐに血が止まった三人の指を見て血を入れた。


「あぁ〜……」


 一方、女はリサが書いた紙を眺めて声を漏らす。


「古代語は読めねぇっすねぇ」


 そう言って、リサが書いた紙を返却した。

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