ゆめのなか
ハリネズミのハリーは、同じハリネズミのリズに相談を受けました。
「おととい見た夢を、もう一度見たいの」
同じ夢を見たいと言われても、ハリーにはよくわかりませんでした。
「うーんと、どんな夢なの?」
「秘密」
秘密と言われると、気になります。
ましてやリズの夢となると、ハリーは余計に気になるのです。
けれど、同じ夢を見るのは簡単ではなさそうです。
「どうしても見たいの?」
「どうしても見たいの!」
ハリーは真剣に同じ夢を見る方法を考えました。
けれど思いつきません。
「そうだ。物知りで有名なゾウのジョンに聞いてみよう」
「そうね」
ハリーとリズは二人でゾウの群れに向かいました。
ゾウの群れにつくと、二人は呼び止められました。
「君たち、こんなところを歩いていると、間違えて踏み潰されてしまうよ」
「ジョンに会いにきたんです」
そう言うと、話しかけて来た若いゾウは鼻を差し伸べました。
「僕の背中にお乗り。揺れるから気をつけるんだよ」
二人は頭を下げると、長い鼻を上って背中に乗りました。
ゾウの群れの中程に行くと、ジョンがいました。
二人は降りようとしましたが、ジョンは制止しました。
「そのままで話を聞こうか」
二人はリズがもう一度同じ夢を見たいという話をしました。
「夢はね。風船のように空を上がっていくと言われている」
「空に……」
リズはゾウの背中からさらに上を見上げました。
「じゃあ無理だね」
「私たちゾウにとってはそうだ。だが、君たちなら、そうでもない」
「えっ? 今なんて」
ジョンは鼻で方角を示しました。
「詳しいことは、向こうの先にいるシマウマのミラに聞いてみるといい」
「ありがとうございます」
二人はそういうと、若いゾウに群れの外まで送ってもらいました。
「シマウマの近くにはハイエナがいるかもしれないから慎重に」
二人は若いゾウにお辞儀をすると、シマウマのいる方へ走り出しました。
シマウマのいる場所を目指して走っていると、急に雰囲気が変わりました。
「風向きが変わった?」
「それだけじゃないみたい。みんなが息を潜めてる」
「……いるってこと」
いる、あるいは、いると思うから、周囲の弱い動物たちはじっとしているようです。
「ハイエナ」
いざとなればハリを立て、しばらくの間凌ぐことはできるかもしれない。
けれど彼らは集団でやってくる。
ハリーは周囲を確認すると、物陰から物陰に移動します。
「リズ」
リズもハリーを追うように走り、走っては周囲を確認しました。
緊張感のなか、しばらく進むと、地面を蹴る蹄の音がたくさん聞こえてきます。
シマウマの群れが、右へ左へと動かされています。
「これだったんだ」
シマウマの群れが、激しく動いているのは、ハイエナたちが狙っているからです。
弱い個体が群れから出てしまうまで、煽り続けようと言う作戦です。
ハリーたちは、シマウマに声をかけるタイミングがないまま、状況を眺めていました。
すると、ついに若いシマウマが疲れたのか、群れから弾かれたように飛び出てしまいました。
一斉にハイエナたちが集まってきます。
その時、一頭の親シマウマが若いシマウマとハイエナの間に飛び込みました。
後ろ足で、蹴り上げると、近くにいたハイエナは、シマウマに蹴り上げられました。
「ダメだ!」
ハリーはそう言って物陰から飛び出します。
リズは足がすくんでしまって、ハリーを止めることができませんでした。
あっという間にシマウマの群れについたハリーはシマウマに言います。
「僕を蹴って飛ばして。あのリーダーをやっつけないと」
ハリーは丸くなるとシマウマの後ろ足に乗りました。
シマウマがタイミングよく後ろ足を蹴り上げると、ハリーは力を入れ背中のハリを立てました。
勢いよく中を飛んだハリーは、ハイエナの群れに向かって落ちていきます。
ハリーは頭を守るように体を回転させました。
「いてっ!」
ハイエナのリーダーの腹に、ハリーの背中が衝突しました。
硬いハリも当たったはずです。
ハリーは、地面に着地すると、もう一度丸くなり、ハリをたてました。
「いててて、このハリネズミやろう!」
ハリーに向かってハイエナが牙を向けます。
その時でした。
ハイエナと若いシマウマの間に入っていたシマウマが、ハリーを襲おうとしたハイエナを蹴り上げました。
「何しやが」
そう言ったハイエナまで、別のシマウマに蹴り飛ばされます。
シマウマの群れから、次から次へと、若いシマウマを助けるため、ハイエナに向かって来ています。
ハイエナのリーダーは、ハリーが当たったお腹が痛くて、群れを統率できません。
ついにハイエナは散り散りに逃げていってしましました。
群れから弾かれた若いシマウマは、泣いていました。
そしてハリーにお礼を言いました。
「ありがとう」
別のシマウマがハリーに近づくと、ハリーの背中を舐めてくれました。
「大丈夫かい?」
ハリーは頷くと、リズを呼びました。
ハリーとリズはシマウマたちに言いました。
「この中にミラはいますか? ミラは、同じ夢をもう一度見る方法を知っているって、ゾウのジョンから聞いたんだ」
シマウマたちの中でザワザワと声が上がります。
そして、一頭、また一頭、と移動すると、ハリーとリズの先に道ができました。
道の先をみると、一頭のシマウマが草を食んでいました。
シマウマたちは、無言のまま首を振って、そのシマウマが『ミラ』だと悟りました。
ハリーとリズが近づいていくと、ミラは草を食むのをやめました。
「夢を見たいって?」
「ええ」
「夢は空に上がっていってる。風船みたいにな。空では大きくなっていき、そのうち割れてしまう」
ハリーは空を見上げますが、雲と太陽が見えるだけです。
「同じ夢を見るには、空に上がって夢を捕まえて戻ってくるしかない」
リズは言います。
「そんなことができるんですか?」
「できるさ。けど、夢が見たいのがお前さんなら、夢を取ってくるのは他の子じゃないと」
「じゃあ僕が行ってきます。行ってきますけど、僕には夢が見えないから、どれがリズの夢だかわからない」
シマウマは頭を空に向けると、言います。
「普通は見えやしないよ。あたしだって見えない」
「意地悪しないで、教えてください」
「方法があるのさ。この草原の真ん中あたりに『夢の木』があって、毎晩、どれか一つの葉が光るのさ。その光る葉っぱを咥えている間、空に浮かぶ夢が見え、そして触れることができるのさ。夢の木の葉は高いところにあるから、届かないかもしれないけどね」
ハリネズミであるハリーとリズは、木登りは出来るけれど、葉を取ろうと枝の先までいくと折れてしまうかもしれない。
大きな木の、たった一つ光る葉っぱ。
リズは『無理ではないか』と絶望しました。
「夢に触れるようになったら、お前たちハリネズミは体が軽い。そこを利用するんだ。あちこちから湧き上がってくる様々な生き物の『夢』を使って、空に上がっていくことができるだろう。ただ、ゆっくりはしてられない。夢は高く上がると割れてしまうからね」
言い終わると、尻尾をフリフリして虫を払いました。
「ああ、それと」
ミラは続けます。
「夢を覗き見することはできる。ただ、それは他人の夢であって、本人が見るものとは違う。そして覗き見された夢は次第に萎んでいく。興味があるからって他人の夢を見ないことだね」
「……」
ハリーとリズは顔を見合わせます。
ハリーは覗かないことを伝えるつもりで、リズは覗かないでくれと頼むつもりで、互いを見つめます。
「見たい夢はいつごろのものなんだい?」
リズが答えます。
「おとといのものです」
「なら、かなり高いところに登っているはずさ。割れるか、割れていないか、ギリギリかもしれないね」
ハリーは尋ねます。
「夢の木のことだけど、光る葉っぱが先端だったら、僕達ではどうすることもできないんだけど」
「ふん。そんなこと知るかい。光る葉っぱを咥えている間は見えるし、触れることができる、それを教えただけだ。あとは自分たちで考えな」
「……ありがとう」
項垂れて、二人がシマウマの間を抜け帰って行く時でした。
周りのシマウマたちから声をかけられたのです。
「葉っぱが先端とか、取れないところにあった場合、たとえばだけど、背の高いキリンに協力してもらったら」
「うんそうだよ、キリンにお話ししてみたら」
シマウマの群れから、一頭が出てくるとハリーたちに言った。
「助けてくれたお礼に、キリンのトムを紹介してあげるよ。今なら、ちょうど、トムたちの群れは夢の木がある中央付近にいるだろう」
ハリーは、そのシマウマから渡された、くるくると丸まった、大きな葉っぱを受けとった。
「これを渡せば、協力してくれるはずだ。西のシマウマから紹介されたというんだ」
「ありがとう」
ハリーはお礼をした。
木登りで届かない葉っぱの場合は、キリンのトムに手助けしてもらおう。
これなら万全だ。
それより、夢が割れてしまったらおしまいだ。
急いで夢の木に向かわないと間に合わない。
ハリーたちは、今晩、夢を見るため、草原の中央へと向かいました。
草原の中央付近にやってくると、キリンがゆったりと歩いていました。
そうは言っても歩幅が違います。
ハリーたちより数倍早く移動しています。
葉の茂った木の近くで立ち止まると、下を伸ばし、絡めとるようにして葉を食べています。
ようやく追いついたハリーたちは一頭のキリンに話しかけます。
「やあ、君はトムかい?」
上の方で頭が少し動くと、キリンは言いました。
「そっちにいる奴がそうさ」
ハリーは、別の木の葉を食べているキリンに近づきました。
「やあ、トムだね? 僕はハリーで、こっちはリズ」
「……」
キリンのトムは口をムシャムシャと動かしながら、何も答えません。
「シマウマからこれを渡すように言われたんだ。そうすれば、僕らに協力してくれるはずだって」
そう言ってハリーはシマウマからもらった棒のようにクルクルと丸まった葉っぱを取り出しました。
乾いていて、茶色く変色した葉っぱです。
トムはそれをじっと見ているかと思うと、急に頭を下ろしてきました。
ハリーに顔を近づけてきます。
「ん、いい匂いだ。これは……」
「どう、お願いを聞いてくれるかな?」
ハリーがそう言った瞬間、トムは長い舌を出して茶色の葉っぱを巻き取ってしまいました。
そして茶色い葉は、トムの背中にあるカバンにしまってしまいました。
「これは上質な発酵葉だね。いいよ、たまにはこういうのを食べないと、キリンなんてやってられないんだから」
「ありがとう。僕らは、夢の木の葉を取りたいんだ」
「はぁ? 夜中に光る、あの葉のこと?」
トムは、あからさまに嫌な顔を見せます。
「夜中まで起きてろって? しかも夢の木の周りで」
ハリーとリズは頷きます。
「夢の木は、周りに隠れる木々や草むらがないんだよ。だから、夜に近づくのは非常に危険なんだ」
「今日夢の木の葉っぱを取らないと、間に合わないんだ。お願いだよ。そうじゃなかったら、さっきの葉っぱは返して」
「……」
トムは自分の背中と、ハリーたちを交互に見比べました。
トムは考えます。
さっき舌で感じた葉の味は、かなりの年代ものだ。
それをこのハリネズミたちが渡されたということは、シマウマたちもよっぽど世話になったのだということだ。
「わかったよ。ただし、危険だから、夢の木に近づくか、近づかないかは、光る葉の場所がはっきり見えてからにするよ。あまりに高い場所だった場合、今日はやらない」
「そんな……」
「命に関わるんだからそこは約束してくれ」
ハリーとリズは頷きました。
トムとハリーたちは、夕方まで仮眠をとっていました。
陽が落ちて、暗くなり始めた頃、ハリーたちはトムの頭の上に乗せてもらい、夢の木へ向かいます。
夢の木が近づくにつれ、草木が少なくなってきました。
トムが言った通り、夢の木を中心にして、草木が生えてない場所が丸く存在します。
肉食動物がいたら、一瞬で見つかってしまいます。
そして、障害物もないので、一直線に追ってくるでしょう。
トムが言っていた通り、ここは危険すぎる場所といえます。
「見えるかい?」
とトムが言いました。
ハリーとリズは掴まっているのが精一杯だったので、改めて『夢の木』を見直しました。
なんとなく、光っている葉が見えます。
高さとしては木の中央ぐらいです。
「僕も見えたよ。あの高さなら届きそうだ」
「いきましょう」
リズが言うと、トムは夢の木に向かって走り出しました。
「落ちないでね」
走って夢の木のしたに着くと、トムは精一杯背伸びをしました。
「ほら、とって!」
ハリーはトムの頭の上で手を伸ばします。
光る葉に手が届きました。
「取れた!」
「帰るよ」
トムは再び周囲の草木が生えている辺りまで、全速力で走ります。
ハリーは葉が飛ばされないように抑えることと、自分の体が落ちないようにすること、その二つで精一杯です。
「まずい、ちょっと回り道するよ」
「どうしたの?」
「ライオンだ」
リズはキリンにしがみつきながら、ライオンの様子を見ます。
「トム、ドンドン回り込まれてる」
「わかってる!」
トムは、一直線に円の外に出ることができず、草木の生えていない場所を回るように走ることを強いられています。
ライオンは数を使って追い込んできています。
この調子だとトムが先に疲れてしまします。
「向こうよ!」
リズはトムに見えるように指差しますが、その方向にも新たなライオンが現れました。
「ダメだ!」
この逃げ方をしていると、もうすぐ夢の木を一周してしまいます。
それはすなわち、最初に待ち構えていたライオンの元に飛び込んでしまう、ということです。
「ごめん……」
キリンは諦めて、スピードを落としてしまいました。
このままでは、後ろから追いかけてくるライオン、そして待ち構えていた最初のライオンに挟み撃ちされてしまいます。
その時でした。
地震が起こったような、地響きが聞こえてきました。
ライオンは足を止め、夢の木の外側を睨むように見つめます。
ハリーはライオンの視線の先を追いました。
「トム、走るんだ!」
「どこへ?」
「ゾウのジョンが、ジョンたちが助けに来てくれたんだ」
ゾウの群れが全速力で突っ込んできたら、たとえライオンだとしてもひとたまりもありません。
危険を察知したライオンは夢の木の周りへ飛び込み、去っていきます。
キリンのトムと、ゾウのジョンが、顔を合わせました。
ジョンと頭の上に乗ったハリーの目が合います。
「やっぱりここだったか!」
ハリーは手を振ります。
「ありがとう、ジョン」
「それより早く安全なところへ逃げるんだ」
「わかった!」
トムは木々の中を走って消えていきました。
ゾウの群れは、夢の木の周りを回るようにライオンを追い回した後、同じように夢の木の外へ逃げていきました。
ハリーとリズはトムに別れを告げると、巣に戻りました。
ハリーはリズが眠るのを見届けると、夢の木の光る葉を口にいれます。
一瞬、体が軽くなったかのように足が地面から離れます。
びっくりして、葉を噛み切ってしまいました。
食べてはダメだ、噛んでいればいいのだから、と、改めてハリーは自分自身に言い聞かせます。
そしてハリーは木に登りました。
何か、下の方から泡のようなものが上がってくるのが見えます。
一つや二つではありません。
無数の、大小様々なものが湧き上がってきます。
透明なものも、濃い色で塗られたものも、輝くものも、暗いものも、たくさんの種類、たくさんの個性がありました。
「これが夢?」
ハリーの横を通過していく夢を見ると、夢を見た者の姿がぼんやり浮かび上がります。
つまりリズの夢なら『リズ』の姿が浮かび上がるから、リズの夢だとわかるはずです。
ハリーは枝の先まで進み、夢に触れてみることにしました。
夢は固く、軽いものでした。
空高く飛んでいく風船のように、掴んだ夢が、ハリーを宙に浮かせます。
このままだと、上がっていくスピードは、他の夢より遅くなってしまいます。
つまり、このままだとリズの夢に追いつけない。
時間が掛かれば、リズの夢が割れてしまうかもしれない。
ハリーは思い切って、下から上がってくる大きな夢に向かって飛び降りました。
「届かない!」
大きな夢が上昇するスピードが、思ったより早かったのです。
足も手も、大きな夢には届きませんでした。
「落ちる」
地面に叩きつけられる、そう思った時、ハリーと地面の間に、別の夢が生まれました。
出来たてホヤホヤの真白い夢です。
ハリーはその夢の上に、無事に乗ることができたのでした。
「確実な方法を取ろう」
白い夢に乗ったまま、ハリーは登っていきます。
木々より高くなってくると、自分たちの住んでいる草原が見渡せました。
空には星が輝いています。
満月も次第に真夜中を示す、頂点に登りかけています。
ハリーは十分な高さに登ってきたことを確認すると、周りを確認しました。
飛び移りながら、早く上空の夢に辿り着く方法を考えていました。
少しずつ段差のある夢を、階段のように駆け上る。
そのルートを見つけました。
「よし」
大きく息を吸い、そして吐きました。
ハリーは走り出します。
白い夢の端にきた時、ジャンプして、少し高い夢に捕まります。
その夢をまた駆け、方向を変えると、さらに高い夢へと飛びつきます。
順々に、少しずつ、高い夢へ高い夢へと飛び移ります。
一つ間違えれば、また地面へ落ちてしまいます。
さっきのようなラッキーが続くとは限りません。
それでもハリーは夢から夢へ飛び移ります。
空の高い場所へと進むたび、恐怖は増してきました。
高く上がってきたせいで、夢が割れ始めたのです。
今割れた夢がリズのものだったら……
ハリーは正面の夢に飛び移ります。
すると、今まで乗っていた夢が割れました。
割れる予兆は? もし足元の夢が割れたら?
考えている暇はありません、周囲の夢を確認してリズの顔が出てこないとわかったら、移動するだけです。
ハリーが夢の限界の高さで探していると、小さい夢が見えてきました。
夢の大きさは個体の大きさに似ていて、大きなゾウが見る夢は大きく膨らんでいました。
小さい大きさの夢には、ネズミやウサギの姿が見えます。
きっとあれは僕たちハリネズミの夢だ。
ハリーは下から浮き上がってくる大きな夢を眺めて、ルートを決めます。
スーと息を吸って、ハーと吐きます。
ハリーは勢いよく走り出しました。
ハリーは最後の夢を蹴ると、リズの顔が浮かぶ夢へとジャンプしました。
そして、ついに夢に触れました。
ハリーはその夢を、胸に抱えるように掴みます。
リズの夢はハリーを空に浮かせるだけの力がないのでしょう。
ハリーは、勢いよく地面に向かって落ちていきます。
「!」
あれだけ時間を掛け登ってきた高さが、一気になくなってきます。
ハリーは一か八か、リズの夢を足で挟むようにして、別の夢に手を伸ばします。
「やった!」
ハリーは勢いよく上がってくる、ウサギの夢を掴むことに成功しました。
しかし、今度は徐々にですが、空へ上がっていってしまいます。
もう一度手を離したら、別の夢を掴めるとは限りません。
けれどここから落ちたら、まだまだ高いので、死んでしまいます。
「……」
ハリーはシマウマのミラが言ったことを思い出しました。
『他人でも夢を見ることができる。見ると夢は萎んでいく』
そうか。
萎めば、空へと上がらなくなるに違いない。
ハリーはウサギの夢を見ました。
夢を見た本人と思われるウサギが草原を走っています。
夜ではないのに、空は例えようがない、暗い青です。
強いプレッシャーがかかっている。
それは間違いようがありません。
ウサギの夢、その暗い暗い空に更に暗い影が見えます。
爪を立てた、恐ろしい姿。
ハリネズミのハリーも知っている敵です。
『鷹だ。逃げなきゃ』
鷹に食べられる仲間が絶えません。
奴らに巣を知られたら大変です。
まっすぐ巣に帰るのではなく、遠回りして、巣がバレないようにしなくては。
ウサギもきっと同じ思いをしているに違いありません。
その時、ハリーはこれが夢であることを思い出しました。
慌ててハリーは夢から抜けました。
夢は地上に降りるのに、十分小さくなっていました。
リズの夢と、ウサギの夢、二つの夢を掴んだ状態で、ゆっくりと地上に降りていきます。
早くリズに夢を渡し、見させてあげたい。
十分低くなると、ハリーはウサギの夢を手放し、地上に飛び降りました。
「待ってね」
ハリーは夢を掴んで巣に帰ります。
巣に戻ったハリーは、涙を流していました。
巣には血がたくさんついていました。
リズの血です。
巣が『鷹』にバレたのです。
寝ていたリズは鷹に襲われてしまったのです。
リズの頭だけが、巣に転がっています。
夜動く鷹もいる、それは聞いたことがあります。
さっきの、あのウサギの夢は、このことを暗示していたのかもしれない。
ハリーは大声で泣き、口の中の『夢の木の光る葉』を左手に吐き出してしまいました。
すると、右手に持っていた『夢』が見えなくなりました。
ハリーは両手を見ながら、左手の葉を再び口の中に戻しました。
右手に夢が見えました。
そして、ハリーは夢の中に飛び込みました。
『リズ!』
『ハリー!』
夢の中のリズは、夢の中のハリーと抱き合って、崖の上に立っています。
本当のハリーは、その二人の様子を見ています。
『リズ……』
二人は、崖から眼下に広がるこの草原を見つめています。
ハリネズミがこんな高い場所に登るまでには、相当な困難が伴います。
この草原にすむハリネズミには、夢でしかあり得ないことなのです。
『あそこが巣のあるあたりだね』
『大きな沼が、あんなに小さく見えるわ』
ハリーは幸せそうな二人を見て、これをもう一度見たいと言ったリズの気持ちを思います。
奇跡のような風景を見ながら、ハリーは涙を流しました。
その後、草原でハリーを見たものはいません。
ですが、もし、夢の木の葉を噛んだ者がそこにいたなら、小さく小さく萎んでいくリズの夢の中に、ハリーを見たはずです。
そう。ハリーは今も、縮み続けるリズの『ゆめのなか』にいるのです……
おしまい