祭りの前
三題噺もどき―にひゃくきゅうじゅうよん。
軒先にかけられた風鈴が、風に揺らされ軽やかな音を奏でる。
もう少し気温そのものが低ければ、素直に涼し気な音と言えたかもしれない。
今はもう、暑すぎてそんな気にもならないし、若干のうるささを覚えてしまう。
「……」
ま。そんなことで、不機嫌を呼び起こしてもいいことはない。
少し視界をずらして、意識しないようにすればいいだけのことだ。
その上、横には首を振っている扇風機もいることだから、暑さも少しは忘れられる。
自分の機嫌は自分でとっておかないと。
「……ぁっつ」
とはいえ、暑いものは暑い。
今は普段と違う格好をしているから、そのせいかもしれない。
しかし、昔の人はこれでよく生活していたよなぁ……。人によっては、もっと暑そうな着物とかを着ていたのかもしれないが。
あぁ、でも、今と昔じゃ、温度も湿気も全く違うだろうから、あの頃は、これでも涼しかったんだろう。
今は、ひたすらに暑い。
「……」
祭りに行くからと言って、こんなに早めに切ることはなかったのかもしれない。
……着付けをする側からしたら、さっさと済ませてしまいたかったんだろうけど。他にも何人かいるし……。
お子達は、出かける前というか、ご飯を食べてからだろう。
……私も、食後がよかった。
「……」
しかし、実のところ、浴衣というのをはじめてきたのだが。
案外暑い上に、少々苦しい。
これ、足元まで下駄で揃えられたら、更につらかっただろうな……。
今回は、歩きやすい方がいいだろうと言われて、履きなれたサンダルで許してもらった。
見た目的には、下駄の方がいいのだろうけど。それなりの距離を歩いたりすると考えると、慣れている方がいい。
足を痛めながらも、嫌な気持ちで歩くとか、したくない。
せっかく、数年ぶりの祭りなのだから、楽しみたいものだろう。
「……ん」
私は、一足先に、浴衣の着付けが終わったので、1人縁側で涼んでいたのだが……奥から声がした気がする。
そろそろご飯だろうか……。
時間的には、いつもの夕食よりは早いのだが。
我が家は(というか私の母が)、あまり買い食いをよしとしてくれないので、祭りに行く前にこうして、少し腹ごしらえをする。
「ごはんできたよー!!」
「はぁい」
私としては、祭りでの買い食いぐらい許してほしいのだけど。
財布のひもは両親が握っているし、この家の持ち主の祖母は祭りにはいかないそうだし。
あぁ、でもさっき、こっそりとお小遣いをもらったので、少しは何か買えるかもしれない。
……親の前では無理かもしれないが。
「……しょ」
せっかく祖母が気つけてくれた浴衣が、極力崩れないようになんとか立ち上がる。
この家、母の実家なのだが、なかなかに広い家で。
昔ながらの日本家屋という印象ではあるのだが、部屋が少々奥まったところにあったり……する。あんまり広すぎるので、正直家のつくりは把握してない。興味もないし。
個人的には、もともと畳の部屋とかが好きなので、いつでも来たい家だ。
ただまぁ、クーラーのついている部屋が奥の方にしかないので、少々めんどくさい。
と思う。今だけ。
「……ぉ」
呼ばれたはずの奥の部屋に向かうと、すでに机には他の親戚が座っていた。
まぁ、ここが一番涼しいし、うるさいとはいえ快適ではある。着付けが終わっても、ここに居た方がいいだろう。心の安寧が保てる。
私はうるさい方が耐えきれなかったので、祖母に扇風機を借りて、縁側で涼んでいた次第だ。
「……」
しっかし……。
祖父の一回忌と、お祭りの時期が被ったからとは言え……親戚多い、し。お子が多い。
この部屋もそれなりに広さはあるが、なんか……ぎゅうぎゅうに見える。
後、普通に、お子達がうるさい。……苦手だ。
「……」
まぁ、いい。
もうそれよりも腹が減った。
一番最初に着付けをしてもらったから、なかなかに空腹だ。
「……ぉぉ」
今日の夕食はそうめんらしい。
まぁ、この人数分の料理を用意するなら、一度にそれなりの量を準備できるものがいいよな。
ゆでるときのキッチンの温度は、さておいて。
「……」
机の上には、大き目のアルミのボウル。
中身は、氷の浮いたそうめん。
あれだけで、視覚的には涼し気な感じがするよなぁ。
「……」
一番端の方の椅子に、ゆっくりと腰かけ、席に着く。
もう既にお子達は食べ始めている。……はやいな。
「……?」
席に着くと、目の前に、二つの小皿があった。あと箸。
1つは、そうめんを取り分けるようだろう。すでに麺つゆが入れられている。
あと一つは……これなんだ。パッと見た限り、お子達の前には無い。
―あぁ。
「……くずきり」
そういえば、あると言っていた。
〆のデザートのつもりだろうか。知らないけれど。
そういえば、くずきりってあんまり食べたことなかった。おいしいのかこれ。
「……」
んー。まぁ、最悪口に合わなかったら母にでもあげよう。
確か好物だと言ってたし。
……よし。
「いただきます」
さて、この後の祭りの為に腹ごしらえだ。
……浴衣できついけど、食べられるだろうか。
お題:浴衣・氷の浮いたそうめん・くずきり