十歳
よろしくお願いします。
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私の名前は、ナターニャ=ニンカ。
ニーズ男爵家の令嬢だ。
赤い髪に、赤い瞳。
お父様のアイゼルも、同じ髪色に瞳だ。
十歳上に、同じ髪に、緑色の瞳のお兄様のカイゼルがいる。
ニンカ男爵家の産業は、紅茶だ。
王国三大茶葉の一つ。
苦味があるが、美容効果の高いお茶だ。
王室御用達になっている。
その為、男爵ではあるが、その辺りの子爵には負けないくらいに、裕福だ。
私は、裕福な家の、年の離れた末っ子の女の子として、可愛がられている。
十歳の時に、神から授かった魔法は絵。
お父様に、時を切り取って、絵に閉じ込めた等と言われるくらいのレベルで描けるようになっていた。
魔法を授かった時には、二十歳の兄が、男爵の跡取りとして、決まっていたから、私は魔法のお絵描きで、のほほんと遊んで、暮らしていた。
私の母親リズは、オレンジっぽい金髪に緑の瞳。
元伯爵令嬢で、スタチオ伯爵の兄リーフがいる。
その子供である私の従兄弟には、同い年の女の子マリーと、一つ上に双子の兄弟キースとクリフがいた。
その兄弟は、全員恐ろしく美形だ。
スタチオ伯爵も美形だが、嫁いできた元侯爵令嬢のローズさんは、白い髪に青い瞳をしている滅多にいない美人だから、その血だろう。
ローズさんとうちの母親の仲が、本当の姉妹の様に良かったのと領地が隣だった為、私は、赤ちゃんの頃から、スタチオ家に、ほぼ毎日の様に、遊びに行っていた。
マリーは、親友だ。
金髪に、青い瞳の女の子。
爵位も違うし、顔もマリーの方が圧倒的な美人だ。
私達も本当の姉妹の様に、仲が良い。
私の方が生まれたのは、何ヶ月か先だが、キースとクリフが私を虐めると、マリーは姉の様にいつも私の味方で、怒ってくれた。
マリーは見た目も中身も、天使のように可愛い。
そんなマリーが、ある日言った。
「お兄様達って、仲が良すぎると思わない?」
「そうね。双子だからか、分からないけれど、以心伝心してるよね。」
「私、昨日ある本を読んだんですけれど、感動したの。そして、お兄様達を見ていたら、もうそうとしか、考えられなくて。」
渡された本を、家に帰って読んで見ると、そこには、男性同士の恋愛が、甘く切なく書かれていた。
この本は、メイド達が、こっそり読んでいた本らしい。
本の最後に書かれた、家の為の結婚で、二人が離れる所など、号泣した。
尊いってこういう感情の事を言うのか。
次の日から、マリーと私は、腐った目で、キースとクリフを観察するようになった。
兄のキースは、オレンジの髪色に、青の瞳。
社交的で、運動が得意。
魔法は、風。
自分に纏う事で、早く動けるようになったり、早い風をぶつける事で、攻撃したり、探し物をしたり、竜巻を作ったりできるらしい。
弟のクリフは、白い髪に緑の瞳。
本を読むのが好きで、結構人見知りだ。
魔法は、水。
飲み水を出したり、洗ったり、水に閉じ込めて攻撃したり、大雨を降らせる事もできるらしい。
2人ともお互いが好きなので、外でも遊ぶし、家の中で本も読む。
お客さんが訪れれば、人見知りなクリフをキースが庇う。
逆に、家庭教師に質問されたことを、キースがわからなかったら、クリフがさりげなく正解を教えるらしい。
それに、魔法もお互いの目の色だ。
素晴らしく、二人で完結していた。
マリーと私は、二人の話を、一日中話していた。
「私の兄達が、こんなに逸材だったなんて、思っても見なかったわ。世界がこんなにも、新しく見えるなんて。この瞬間を、絵に残して置けたなら、良かったのに。」
「そうね。私もそう思って、こんな風に描いてみたんだけれどどうかしら?」
普段からカバンの中にいれて、持ち歩いてるスケッチブックを、その時初めて、マリーに見せた。
風景画等は、色々な人に見せていたのだが、人物画は、今まで気恥ずかしくて、誰にも見せてなかったのだ。
勿論、最近描いた人物画は、キースとクリフばかりである。
スケッチブックを手に取ったマリーは、恐る恐る開くと、目を見開き、ページを凄い勢いでめくっていった。
「あなた、天才なの?この画力、構図、全てが素晴らしいわ。とっても素敵ね。私も欲しいけれど、この部屋に置いておいて、キースお兄様とクリフお兄様に見つかったら、終わりだし、どうしましょう。」
「こうしたら、どうかしら。」
私は、スケッチブックの新しいページを開くと、透明な花瓶の中に、向日葵と白い椿の花と枝を書いた。
「そのまま人物を描いたら、まずいけれど、花なら、あってもおかしくないでしょ?」
「貴方、天才?そうよね、心の目で見れば、花がちゃんと人に見えるわ。とっても素敵よ。でも、もっと大きいキャンバスに、絵の具を使って描いてちょうだい。額縁にいれて、飾るから。」
それから、部屋に真っ白いキャンバスと新しい絵の具が用意された。
私は夢中になって、絵を描いた。
男爵家では、こんなに立派な絵の具は、使ったことがない。
思った通りの色が再現できて、私は嬉しかった。
完成した絵には、中央に透明な花瓶と向日葵と白椿。
向日葵が描いてある左側の部屋の窓の外に、夏の景色を、右側の部屋の中には、暖炉と薪に、本棚、窓の外には雪景色を描いた。
「素晴らしいわ、素晴らしすぎる。これは、私が見るだけでは、勿体無いわ。お母様達にも見てもらわないと。」
「え、キースとクリフの絵よ?流石に、怒られてしまうわ。」
「何を言っているの。これは、花と景色の絵よ。こんな立派な作品、怒られるわけないじゃない。」
母親達に見せると、凄く驚いていた。
「魔法が絵だと言うのは知っていたけれど、こんなに素敵な絵が描けたのね。夏と冬が見事に描けているわ。」
「サターニャちゃんは、絵が上手ね。こんなに上手なら、大会に出してみたらどうかしら?丁度、一ヶ月後に、王都で行われる精霊祭に飾られる絵のコンテストがあるのよ。」
「精霊祭のコンテスト?王国で一番有名なコンテストじゃない。でも、確かに我が子ながら、絵が上手いわ。もしかしたら、入賞できるかもしれないわね。」
「素敵だと思います。サターニャは、絵が上手いから、たくさんの人に見てもらえるわ。」
「それなら、私の方から、推薦しておくわね。サターニャちゃんは、それで大丈夫かしら?」
自分の絵が、沢山の人に見られる。
しかも、キースとクリフを描いた絵を。
でも、マリーが言ったように、花と景色の絵だと思えばいいのよね。
とっても緊張するけれど、出してみよう。
「お願いします。」
「わかったわ。所で、この絵の題名は、何て言うのかしら?推薦するのに、必要なの。」
「この絵の題名は、キーじゃなかった、季節の移ろいです。」
危ない。
キースとクリフっていう所だったわ。
誤魔化せて良かった。
「季節の移ろい、良い名前ね。預かっておくわね。」
それからも、マリーに渡せるように、向日葵と白椿の絵を描き続けた。
背景を、庭園に変えたり、図書室に変えたり、花を少し枯れさせたり、蕾にしたり、全然飽きなかった。
いつからか、話をする時に、キースを向日葵の君、クリフを椿の君と言う様になった。
これなら、誰かに話を聞かれても、何の話をしているか、わからない。
それから、少しして、マリーが十歳になった。
伯爵令嬢であるマリーの十歳の誕生パーティーの出席者は、マリーの家族とうちの母親と私だけだったが、盛大だった。
広間に、豪華なメニューが、いくつも置いてあり、好きなものを取って、食べることができる。
私が、十歳の時も豪華だったけれど、豪華のレベルが違う。
マリーは新しいドレスに、身を包んでにこにこしていた。
午前中に魔法教会で、お祈りをして、魔法を授かったらしい。
「聞いて、サターニャ。私の魔法、保護だったの。これで、サターニャから貰った絵を、永久保存できるわ。」
保護とは、無生物を姿形そのままに、保存でき、王宮の建物や、王立図書館や美術館等の作品にかけられているらしい。
それを、私の絵に保護をかけるなんて、とてもマリーらしいなと思った。
そこへ、ローズさんとお母様がきた。
「あら、サターニャちゃん。伝えたい話があるのよ。マリーのと、預かった絵の話とニつあるのだけれど、どっちから、聞きたい?」
ローズさんは、こちらに向かってウインクする。
「お母様、私も聞いてないんだけれど。」
「ついさっき、郵便で届いたの。マリーにも今から言うから、慌てずにね。」
「二つとも、とっても素敵な話よ。」
「それなら、マリーの話からで、お願いします。」
「わかったわ。なんと、マリーの婚約が決まったわ。お相手は、代々王立図書館を任されているツキー侯爵の跡取り、サナエルくんよ。マリーとサターニャちゃんと同い年。この後、パーティーにも来るわ。」
「マリー!おめでとう!婚約なんて、素敵。良かったわね。」
「マリーちゃん、お祝いは何がいいか、考えておいてね。」
「な、なんで、そんな話を、直前になって言うのよ。絶対もっと早く連絡があったでしょ。」
「本当にさっき、連絡があったのよ。うちに直接ツキー侯爵とサナエルくんが来て、婚約を申し込まれてたの。リーフも泣きそうだったけれど、その場で了承したら、パーティーに参加したいって言われたのよ。だから、今この屋敷にいるわ。」
「どんな顔してあえばいいのか、わからないわ。」
「そんなに、慌てないで。大丈夫よ。わたしもさっき会ってきたけれど、サナエルくんは、礼儀正しくて良い子だったわ。それにとってもハンサムよ。合図したら、来る事になってるから。落ち着いて、深呼吸して。」
「すー、はー。それで、サターニャの絵の話って?」
「なんと、サターニャの絵が、特別審査員賞に選ばれて、大賞をとった作品と一緒に、精霊祭の広場に、飾られることになったの。今年の精霊祭は、マリーちゃんも一緒に、全員で王都に見に行きましょうね!」
「サターニャ、おめでとう。貴女は最高だわ。私、貴女の従姉妹で、本当に良かった。」
「信じられない。まさか、精霊祭に、私の絵が飾られるなんて。」
精霊祭とは、死者の祭りだ。
人が死ぬ時、白い光が、身体を包む。
それを、死者の魂を精霊が迎えにきたと信じられていて、精霊の導きと言う。
その精霊を祀る事で、死者を思う祭だ。
魔法教会が中心となって、国の広場で盛大に行われる。
そこに、私の絵が飾られるの?
場違いじゃない?
大丈夫かな?
精霊祭は、国で一番賑わう格式高い祭りだ。
成人の貴族は、理由がなければ、全員出席する。
私達は、まだ未成年だから、毎年お留守番だったのだけれど、今回は特別に行けるらしい。
不安だけれど、マリーが喜んでいるからいいかな。
「さあ、そろそろ落ち着いたかしら。サナエルくんが来るわよ。」
ローズさんが、扉の近くにいる執事に二回ウインクする。
お母様が、優しく私の肩を抱いて、少しマリーから離れた。
すると、執事が恭しく、扉を開いた。
扉の向こうには、茶髪に紫の瞳の美少年がいた。
「初めまして、サナエル=ツキーです。これから、よろしくお願いします。」
マリーは、顔が真っ赤になっていた。
「初めまして、マリー=スタチオです。こちらこそ、よろしくお願いします。」
サナエルは、マリーの手を取ると、そこに口付けた。
「一生大事にします。どうか、僕と結婚してください。」
「は、はい。」
「こらこら、婚約だと言っただろう。結婚は、まだ先だ。」
扉の外から、慌てて大人達がきた。
「初めまして、マリーさん。私は、タナエル=ツキー。サナエルの父親だよ。これから、よろしくね。今度、奥さんも紹介するからね。」
タナエルさんも、茶髪に紫の瞳。
線の細い、美形だ。
「マ、マリーがお嫁に行ってしまう……。」
「貴方、しっかりして。まだ、婚約よ。」
「兄さんたら、もう泣きそうじゃない。」
スタチオ伯爵は、涙目になっている。
「マリーが婚約なんて、俺たち聞いてないよ?」
「なんで、僕たちにも教えてくれないの?」
キースとクリフも、食べていた食器を置いて、こちらに来た。
「本人にも、ついさっき伝えたのよ。貴方達には、サプライズになったでしょ?サナエルくんは、未来の弟になるのだから、仲良くしてあげてね。」
「急に言われてもね。」
「そうだよね。」
お互いの顔を、息ぴったりに、見合ってる。
後で、絵を描こう。
「サナエルくん、ツキー侯爵。この二人がマリーの兄で、双子の、キースとクリフです。オレンジがキースで、白い髪がクリフです。年は、サナエルくんの一つ上です。そして、こちらの女性が私の妹で、ニンカ男爵夫人のリズです。そして、姪のサターニャちゃんです。サターニャちゃんは、マリーの親友です。どうぞ、よろしくお願いします。」
「双子と聞いてはいましたが、そっくりですね。髪色が違わなければ、名前を間違えそうです。こちらのご婦人は、スタチオ伯爵の妹さんだったのですね。言われてみれば、似ていますね。サターニャちゃんも可愛らしい。初めまして、タナエル=ツキーです。」
「マリーさんの婚約者になった、サナエル=ツキーです。よろしくお願いします。」
タナエルさんは、全員と握手をしていった。
サナエルくんは、マリーの所へ言って、何か話しかけている。
「あら、サナエルくんは、マリーちゃん一筋ね。良い子だわ。」
「マリーを誰かに盗られるなんて、思ってなかった。」
「僕らの妹なのに。」
キースとクリフが落ち込んでいる。
2人とも、マリーの事を大事にしているからな。
「可愛い女の子は、早く婚約してしまうものなのよ。言っておくけれど、サターニャちゃんもそうですからね。こんなに可愛いんですから、あっという間ですよ。」
「サターニャも誰かと婚約しちゃうの?」
「サターニャだって、俺らの妹なのに。」
「そんな、私は、婚約なんてまだ決まっていないわ。お母様、そうよね?」
「うーん、どうかしら?でも、本当にすぐ決まるかもしれないわね。」
お母様が私に、ウインクしてくる。
「さて、マリーちゃんは、サナエルくんと話をするのに、忙しそうだし、今日はもう、帰りましょうか。三日後の、精霊祭の時に、また来るわね。」
「ええ。今年は、男性と女性で馬車を分けて、ゆったり行きましょう。いつも通りに六時に集合ね。」
「わかったわ。それでは、皆様、ご機嫌よう。私とサターニャは、これで失礼しますわ。」
マリーとサナエルが何を話しているのか、凄く気になるが、三日後に教えてもらおう。
私は、お母様の隣でカーテシーをすると、家に帰った。
「お母様、白いキャンバスと絵の具が欲しいの。」
「いいわよ。次は、何を描くの?」
「サナエルくんが、マリーにプロポーズした時の絵。」
「それは、素敵ね。サターニャからの、良い婚約祝いになりそう。すぐ用意するわね。」
それから、私はスケッチブックに色々な構図で、マリーとサナエルの絵を描いた。
やっぱり、真横からの絵にしよう。
パーティーの飾り付けを背景に、マリーの手にキスをするサナエル。
私は、素早くキャンバスに下絵を描いて、絵の具を使って仕上げていく。
何枚か描いたのだが、気に入らず、気づいたら、三日たっていた。
「何とか、間に合ったわ。」
マリーの家に出発する直前、絵が描き終わった。
マリーに、喜んで貰えるといいな。
「サターニャ、額縁を用意したわよ。」
豪華な額縁に入れると、画家が描いた肖像画の様になった。
これは、これで気恥ずかしい。
「マリーちゃんに、渡しましょうね。」
私はドレスの上に着ていた、汚れても良いエプロンを脱ぐと、馬車に乗った。
私が乗ると、馬車が動き出す。
「サターニャ、絵は仕上がったかい?」
「はい、お父様。力作になりましたわ。」
「良かったな。ぎりぎりまで、悩んでいたから、間に合うかどうか、実はひやひやしていたんだよ。」
お父様は、優しく頭を撫でてくれる。
「マリーちゃんに、喜んで貰えるといいね。」
お兄様も目を細めて、喜んでくれた。
「精霊祭のサターニャの絵も楽しみだね。」
「カイゼルは見た事ないでしょうけれど、サターニャの絵は、本当に凄いのよ。直接見て、凄く驚いたわ。」
「私も緊張していますが、楽しみです。」
「我が家の小さなお姫様が、こんな凄い事が出来るなんて、大きくなったね。」
「私ももう、十歳ですわ。」
「そうだよね、いつまでも、子供じゃないんだよね。大人になっていくんだね。」
お父様は寂しそうに、ぽつりと呟いた。
そして、横にいるお兄様に目を向けた。
「こんな風に、サターニャもなっちゃうのか。」
「父上、こんな風にとは、なんですか……。」
「こらこら、喧嘩しないの。もうすぐ、着くわよ。」
馬車が、スタチオ伯爵の家に着いた。
私が馬車を降りると、マリーが勢いよく、抱きついてきた。
「サターニャ、色々話したい事が沢山あるの。話を聞いてもらえる?」
「勿論よ。でも、今は渡したいものがあるの。」
私はリボンをかけた絵を、マリーに渡す。
「私からの婚約祝いよ。プロポーズされていた時を絵にしたの。」
「凄いわ。ありがとう。あの時は、緊張していて、良く覚えていなかったのだけれど、あれは夢じゃなかったのね。大事にするわ。」
絵が、白く輝く。
マリーが、絵に保護をかけたのだろう。
本当に大事にしてくれるつもりなのが、伝わってきて嬉しい。
「この絵は、私の部屋の一番いい所に飾って頂戴。」
マリーは、執事に絵を渡す。
「さあ、季節の移ろいを見に、精霊祭に行きましょう。」
男爵家の馬車に、ローズさんとお母様、マリーと私が乗り込む。
伯爵家の馬車には、リーフさんとお父様、お兄様とキースとクリフが乗り込む。
伯爵家の馬車は広いから、五人乗っても余裕そうだ。
「リズさん、あの話はどうなりそう?」
「アイゼルは渋い顔していたけれど、マリーちゃんの話を聞いた事と、直接サターニャと話した事で、良い方に転びそうよ。本当に可愛い女の子達は、あっという間よね。」
「リズさんも、早かったそうですね。」
「ローズさんもでしょ?」
お母様達は、二人で何かの話をしていた。
「聞いて、サターニャ。サナエルが、凄いのよ。パーティーの時に、私の好きなものを色々聞いたと思ったら、次の日にプレゼントをくれたの。」
「凄い。何をくれたの?」
「サナエルに好きな花を聞かれて、つい思わず、目の前のサナエルをイメージした竜胆と答えたの。そうしたら、紫の竜胆の花束を送ってくれたの。しかも、メッセージに、愛を込めてって書いてあったのよ。」
「それは、愛されてるわね。素敵。なんだか、物語の王子様みたいね。美少年だし。」
「私も王子様かと思っていたわ。見た目が華奢で儚げな美少年だけれど、実は剣を習っているから、強いんですって。そんな所も素敵すぎて。」
「いいな。私にも、そんな素敵な人が現れないかな。」
「まだ、聞いてないの?」
「何が?」
「なんでもないわ。それに、あの絵は本当にありがとう。家に帰ったら、じっくり見させてもらうわね。」
「私の力作だから、ぜひそうして。」
マリーと話し続けていると、いつの間にか、外の景色が変わっていき、王都に着いていた。
王都は賑わっていて、人混みが凄かった。
「あら、いつも通り、広場に着くのは時間が、かかりそうね。」
「こんなに人混みがいて、広場は大丈夫ですか?私達、潰されないかしら。」
「大丈夫よ。広場の貴族が入る場所と一般国民が入る場所は、仕切られていて、警備もいるの。貴族の方は、ゆとりもあるから、潰れることはないわ。」
「しかも、王族の方も出席されるから、警備も至る所にいるの。犯罪も少ないし、王国で一番安全な場所になるのよ。」
「その代わり、危ないから広場からはでられないの。」
「でも、サターニャの絵は、貴族の場所から良く見える場所に飾られるから、安心してね。」
人混みに潰される事はないと聞いて、安心した。
ただ、成人貴族が集まっている所に行くとなると、偉い方々も沢山いるのじゃないだろうか。
凄くドキドキした。
「それなら、サナエルにも会えますか?」
「どうかしら。ツキー侯爵はいるだろうけれど、未成年がいるのは、珍しいから。」
「でも、もしかしたら、私がツキー侯爵に、今回は、マリーも行くと伝えたから、サナエルくんも来ているかもね。」
「確かに、婚約者として、公の場で牽制と考えたら、その考えもあるのかしら。いるといいわね、サナエルくん。」
「はい、会えたら嬉しいです。」
ぽっと、顔が赤くなるマリー。
本当にサナエルくんの事が、好きになったんだな。
そのような話をしていたら、広場に到着していた。
先に降りていた、スタチオ伯爵とお父様が私達の手を取って、馬車から降ろしてくれる。
「凄いわ。」
広場は大きかった。
それに、沢山の人がいる。
貴族の方は、そうでもないけれど、ロープで仕切られた一般国民のスペースには、人が溢れんばかりにいた。
一定の間隔で、ロープの側に警備の人が立っているから良いけれど、誰も居なかったら、簡単に溢れるんじゃないだろうか。
「サターニャは、王都が初めてだから、驚くよね。この広場は、王都の中心に作られているんだ。ステージの奥をずっと北の方にいくと、王宮がある。西に真っ直ぐ行くと、王国の一番大きい魔法教会があって、東に行くと魔法学園がある。南には王都の門があるんだ。王都は丸いから、時計の文字盤のように考えるとわかりやすいかもね。ここには、多くの人が暮らしているんだ。」
この広場は、王都の中心なんだ。
人も沢山いるし、凄いな。
「サターニャ、あそこを見て。絵があるわよ。」
マリーの指さす場所には、確かに絵があった。
「真ん中にあるのは、聖なる棺だよ。中は空だけど、聖なる棺に祈る事で、死者を思っているんだ。その右隣りにある絵が、今年の大賞の生命の誕生だね。そして、左にあるのが、サターニャの絵か。本当に素晴らしい絵だな。」
聖なる柩は、白一色で出来ていて、微かに光っている。
神々しい感じだ。
右隣の、生命の誕生は、ふくふくとした赤子を、女性が抱っこして微笑んでいる絵だった。
温かみがあって、素敵な絵だ。
左隣には、季節の移ろいがある。
本当にこの絵がここにあって、いいのだろうか。
キーン。
急に、金属音がした。
「こほん。お集まりのみなさま、ようこそ、お集まりくださりました。これから、精霊祭を開催させていただきます。進行は、魔法教会のレンツォが行わせて頂きます。最初に、今年飾られている絵の紹介を致します。右が今年の大賞の生命の誕生。作者は、王宮画家のマッチョ氏の作品です。毎年、大賞や特別審査員賞に選ばれる程、腕の優れている画家ですが、今年も素晴らしい出来栄えですね。赤子の生命力が見ているこちらにも、伝わってきます。そして、左側が特別審査員賞の季節の移ろい。作者は、皆様、驚いてはいけませんよ。なんと十歳の芸術家、サターニャ=ニンカ男爵令嬢の作品です。サターニャ男爵令嬢は、弱冠十歳でありながら、見事な絵を描き上げました。左から右へと季節が移り変わる様子は、生から死へと、連想させる様です。ニつの作品は、両極端でありながら、どちらも素晴らしい作品です。受賞されたお二人は、おめでとうございます。さて、それでは、最高司祭の登場です。皆様、黙祷をしてお待ちください。」
目を瞑り、下を向く。
こうして、最高司祭が登壇するのを待つらしい。
どうしよう。
それどころじゃないよ。
私、生命から死なんて、全然考えて描いてない。
むしろ、自分の欲望しか表して無いんだけれど、大丈夫かな?
神様に、怒られたりしないかな。
キーン。
また金属音がした。
「皆様、お集まり頂き、有難うございます。先程、紹介があった最高司祭のベルナマリアです。若く見えるかもしれませんが、エルフの為、皆様よりずっと長生きをしている年寄りです。その為、色々な死を見届けてきました。何回看取っても、悲しみには慣れないものです。皆様もそんな経験があるのでは、ないでしょうか。亡くなった大事な方を思ってもう1度、黙祷をしましょう。私は、神に祈りを捧げます。」
また、目を瞑り、下を向く。
すると、何語かはわからないが、とても美しい讃美歌が聞こえてきた。
歌を聞いていると、悲しい時も癒されるような、そんな心に寄り添った優しい曲だった。
歌が終わると、またキーンと金属音がした。
「これにて、神への祈りを捧げ終わりました。死者の方への慰めになっていると良いのですが。それでは、進行者に話を変わります。」
「最高司祭様、ありがとうございました。皆様、大きな拍手をお願い致します。」
盛大な、拍手の音がする。
私も慌てて、拍手をする。
一体何人の人が、拍手をしているのだろう。
こんなに大きな音は、初めて聞いた。
「神への祈りが無事に終了しました。これにて、精霊祭の死者を思う祈りは終了します。ただ、祭りは明日の朝まで続きますので、皆様、是非、盛り上がって下さい。」
進行者の声が聞こえなくなると、周りからガヤガヤと声がし始めた。
「何だか、すごかったわね!」
マリーが、興奮した声で話しかけてくる。
「本当に、歌も美しかったし、拍手の音も凄かったわね。」
「それもだけど、サターニャの絵、凄く褒められてたじゃない。私、それを聞いて、凄く自慢したくなったんだから。」
「私は、あんなに褒められて良かったのか、不安になっちゃったわ。生命から死への連想をさせる為に、描いた絵じゃないもの。」
「そんな事ないわ。貴女の絵は、素晴らしかったわ。絵は、受け取り手が自由に解釈するものよ。素晴らしい絵だから、そんな風に思った人もいたのよ。」
マリーは、私の手を取って、握る。
「そうだね、私も素晴らしい絵だと思うよ。」
お父様も、私の頭を撫でる。
「素晴らしい娘をもって、私は誇りに思うよ。」
そうに言われて、より不安になった。
本当の事を知ったら、お父様、絶対にこんな事言わないだろうな。
遠い目になる。
「マリー、やっと見つけた。」
そこに、サナエルくんがやってきた。
どうやら、本当に来ていたようだ。
「サナエル。会えると思わなかったわ。」
二人とも呼び捨てで、名前を言うほど、仲が良くなったらしい。
「父上にお願いして、僕も連れてきて貰ったんだ。マリーに会いたくなって。僕らの領地は遠いから、これからは、あんまり会えなくなると思うから。」
「そうね、王国の大体反対側よね。でも、会えなくても、手紙を書くわ。」
「僕もだよ。でも、せっかくの機会だから、会いたかったんだ。」
美少年にそんな事言われたら、きゅんきゅんしちゃうよね。
マリーの目は、ハートになっている。
ここに居たら、お邪魔になってしまいそうだ。
「サターニャさん、特別審査員賞おめでとう。」
急に、サナエルに話しかけられた。
「ありがとう。」
「見た時から、凄い絵だと思っていたんだ。それが、マリーの親友の絵だって知って、驚いたよ。凄い才能だね。」
そんな事を言って貰えるなんて、思ってなかった。
サナエルはマリーの事しか、目に入ってないかと思っていた。
「私の魔法が、絵だったの。それから、上手な絵が描けるようになったのよ。」
「そうよ。私の親友は、凄いんだから。サナエルにも、婚約祝いの絵を見せたいわ。プロポーズの時の私達を、そのまま絵にしてくれたんだから。」
マリーは、自慢げに胸を張る。
「それは、見てみたいな。」
「それなら、今度うちの屋敷に泊まりにきたらいいと思うわ。客間はいつも綺麗だから。」
「ローズ、何を言ってるんだ?」
「あら、いいじゃないの。サターニャちゃんだって、泊まりに来た事はあるじゃない。」
「サターニャちゃんは、女の子だろ。」
「もう婚約してるのだから、サナエルくんが泊まりに来ても、悪い事は無いじゃない。」
「それは、そうだけれども。でも、男の子だし。」
「貴方。」
「サナエルくん、今度うちに泊まりにおいで。」
「ぜひ、お願いします。」
ローズさん、強い。
そして、流れを見ていながら、即答するサナエルくんも強い。
リーフさんの表情は、ぐぬぬとなっている。
「そういえば、サナエルの両親はどちらに?」
「あ、置いてきちゃったんだ。探してるかも。」
「それは、大変ね。キース、探せる?」
「ツキー侯爵だよね。あ、こっちに向かってきてるよ。」
「良かった。ここで待っていれば、良さそうね。」
しばらく経つと、ツキー侯爵が女性を連れてやってきた。
「皆さん、サナエルがすみません。公爵と話をしている時に、急にいなくなりまして、中々来られず、ご迷惑をおかけしました。後、こちらが妻のモエナです。」
「初めまして、モエナ=ツキーです。サナエルの母です。よろしくお願いします。マリーさんは、貴方ね。サナエルの事をよろしくね。」
モエナさんは、非常に若かった。
十歳の子供が居るとは、思えない位だ。
身長も私と少ししか変わらない。
頑張っても、カイゼルお兄様よりは年下に見える。
「失礼ですが、サナエルくんのお姉さんではなくて、お母様ですか?」
ローズさんも、困っている。
「ええ、こう見えて、30後半の歳ですわ。どうやら、うちの家系には、エルフの血が混じっているらしく、先祖返りの私は、見た目が若く見えるんです。」
「そう言う事だったんですね。失礼致しました。マリーの母親のローズです。よろしくお願いします。」
「マリーの父親のリーフです。よろしくお願いします。それとこの2人が、マリーの兄のキースとクリフです。2人とも、挨拶して。」
「キースです。よろしくお願いします。」
「クリフです。よろしくお願いします。」
「本当にそっくりな双子ですね。家の家系には1人もいないので、初めて見ました。」
モエナさんからは、のんびりした雰囲気を感じる。
「モエナ。こちらにいるご家族が、リーフ伯爵の妹さんのリズ=ニンカ男爵夫人とその娘のサターニャちゃんだ。マリーちゃんとサターニャちゃんは親友だそうだよ。」
「初めまして、リズです。こちらは、主人のアイゼル、息子のカイゼルですわ。」
「三人とも初めまして。アイゼル=ニンカです。よろしくお願いします。」
「初めまして、カイゼル=ニンカです。よろしくお願いします。」
「初めまして、サターニャです。よろしくお願いします。」
「今日は、お二人もいらっしゃったんですな。どうそ、よろしくお願いします。サターニャちゃん、絵を見たよ。素晴らしかった。」
「サターニャちゃんの絵、素敵ね。」
「ありがとうございます。」
「さっきまで、話をしていた宰相のイノミ公爵も褒めていたよ。今日だけで、君の名前は、貴族全員が覚えたと思うよ。」
「ツキー侯爵。父親として、知っておきたいのですが、やはり、そういう事になりますかね。」
「ええ。特別審査員賞も、普段からニンカ領の紅茶を愛用している王妃の目に止まった作品だったから、何て噂もある位ですから。当分の間、有名人です。ご息女を守るには、しっかり対策を練られた方がよろしいかと思います。」
「……ご忠告ありがとうございます。」
「いえいえ、これから親戚になる仲ではないですか。いや、今日はめでたいですね。」
どういう事だろう。
守るって何?
私が有名人になった事で、何かあるんだろうか?
お父様は、そのままリーフさんに話しかけに行った。
「サターニャ、大丈夫よ。お父様は、貴女をしっかり守ってくれるから。何も心配しなくて、良いのよ。」
「サターニャ、大丈夫?震えているわ。」
サナエルと話していたマリーも、こちらに来る。
「父上。こんなに幼いサターニャさんを怯えさせるのは、どうかと思いますよ。」
サナエルは、軽蔑する様な視線を、父親にむけている。
「サターニャちゃんを、怯えさせるつもりは無かったんだ。むしろ、親切心で言ったつもりだったんだよ。怖がらせて、ごめんね。大丈夫だよ。サターニャちゃんの父上は、素晴らしい判断力の持ち主だ。」
「サターニャ、こちらに来てごらん。」
お父様が、呼んでいる。
そちらに行くと、お父様が私に言った。
「急でびっくりするかもしれないが、3日前に、婚約の申込があったんだ。」
「婚約?それって、どういう事ですか。急過ぎませんか?」
「そうなのだけれどね。私も、こんなに小さいサターニャを婚約させるのは、早いと思うんだ。けれども、同い年のマリーちゃんが婚約した事、それから、婚約相手がよく知っている人物な事もあって、婚約に同意したんだ。」
「サターニャ、僕と婚約してくれませんか?」
そこに立っていたのは、クリフだった。
手には、プレゼントを持っている。
「クリフ、何で。だって、そんな素ぶり一度も見せなかったじゃない。」
それに、クリフは、キースの事が好きなんじゃないの?
「僕はずっと、サターニャの事が好きだよ。好きすぎて、いじめてしまった事もあった。ごめんね。でも、その位、随分前から君のことが好きなんだ。キースは君の事、妹だと思っていたみたいだけれど、僕は違う。マリーが婚約した時、早くしないと誰かにサターニャを盗られると思って、父上に相談したんだ。そうしたら、今すぐ婚約を申込みなさいって言われた。そのまま、アイゼルさんに手紙を書いて、今日返事を貰えたんだ。僕は君を、誰にも渡したくない。どうか、僕と婚約して貰えませんか?」
真剣な目で、こちらを見てくる。
そんな事を言われても、混乱する。
だって私は、クリフはキースとくっつくものだと思っていた。
だから、季節の移ろいなんていう絵を描いたのだ。
急にそんな事を言われても困る。
けれども、お父様は、婚約を受け入れたと言っていた。
もう実質、私とクリフは、婚約者なのだ。
一体、どうして急に、こんな事になったのだろう。
それに、クリフは好きだけれど、それは兄弟としての好きで、恋人の好きじゃない。
「急に言われて、混乱するよね?でも、これからは、目に見える様な形で、サターニャを好きな事を伝えるよ。手紙も書く。絶対、サターニャに好きになってもらう様、頑張るから、だから、僕と婚約して欲しいんだ。」
三回だ。
もう三回も婚約してほしいと言われた。
正直な所、絆されかけている。
だって、見た目はイケメンだ。
しかも、私に懇願してくるのだ。
好きじゃなくても、うんて言っちゃいそう。
「……うん。」
言ってしまった。
子犬の様なうるうるした目に、やられた。
「本当?嬉しいな。婚約者として、これからよろしくね。これ、プレゼントだよ。あげる。」
渡されたプレゼントは、綺麗な絹でできた緑の扇子だった。
軽くて、使いやすい。
「大人の女性は、いつも扇子を持ち歩いてるでしょ?僕の色の物を、サターニャに持ち歩いて欲しかったんだ。」
あどけない笑みを浮かべる、クリフ。
でも、話した内容は、独占欲とか、僕のモノって見せつけたい欲とかが、溢れてる。
これ、相手がキースだったら、マリーと何回も想像したことあった。
自分がその相手になるなんて、思っても見なかったけれども。
何だか、凄く疲れた。
「サターニャ、おめでとう。私の可愛い娘。何かあったら、お父様にすぐ言うんだよ?いいね。」
お父様は、私の肩に手を置いて話しかけてくる。
顔が少し、怖かった。
「もし、少し宜しいかな?」
そこへお父様に、知らない人が話しかけた。
「ニンカ男爵とお見受けする。初めまして、私は、フトシ=ロヘイヤ伯爵という。」
立派な顎髭を持った、男性だ。
「初めまして、アイゼル=ニンカです。」
「ふむ、突然なのだが、うちの息子のブデルを、ニンカ家のご息女の婿へと、婚約を打診したい。」
ロヘイヤ伯爵の後ろから、でっぷりと太った男性が姿を現す。
にやっとした顔で、こちらを見ている。
どう見ても、カイゼルお兄様よりも年上だ。
笑顔から感じるのは、好意より恐ろしい何かな気がする。
ご子息の顔を見たお父様の顔に、青筋が走った。
「申し訳ありませんが、娘は既に婚約しています。」
「おや、そんな事は、聞いた事が無かったですな。」
「ええ、実はつい先程、決まりましたので。こちらにいるスタチオ伯爵のご子息とです。」
「ロヘイヤ伯爵、お久しぶりです。いつ振りですかね。」
「久しぶりですな。そうですか。ですが、スタチオ伯爵は、ニンカ男爵夫人とご兄弟だったはず、少し血が近すぎるんじゃありませんかね?」
「別に従兄弟なら、血はそんなに近くないと思いますよ。王族の方で、叔父と姪で結婚された方もいますからね。」
「貴方は、ツキー侯爵では?どうして、こちらに?」
「私の息子の婚約者が、スタチオ伯爵のご息女でして、親戚付き合いが、ニンカ男爵とあるのですよ。それとも、それも知りませんでしたかな?」
「も、申し訳ありません。ツキー侯爵とスタチオ伯爵の婚約は、存じておりました。頭が回らず、大変申し訳ありません。そうでしたか、ニンカ男爵のご息女は、スタチオ伯爵のご子息と婚約されたのですね。知らなかったとは言え、すみませんでしたな。それでは、失礼します。」
ツキー侯爵が挨拶した途端、逃げる様にロヘイヤ伯爵達は去っていった。
私、もし、クリフと婚約していなかったら、あのブデルとか言う、危ない目をした伯爵子息と婚約していたんだろうか?
普通、伯爵からの婚約は、一番下の爵位の男爵は断れないよね……。
背筋が、ゾっと、寒くなった。
「大丈夫?サターニャ、安心して。婚約したのは、あいつじゃなくて、僕だよ。」
クリフが側に来て、手を握る。
「それとも、僕のことも嫌だ?」
ブンブンブン。
頭を横に大きくふる。
「クリフに対して、身の危険とか、生理的嫌悪感を感じた事はないよ。むしろ、今安心してる。」
「良かった。これから、仲良くやっていけそうだね。」
あれ、何だか言質を取られた気がする。
「サターニャ、聞いたわよ。クリフくんとの婚約、お受けしたんですってね。」
「お母様。」
「心配だったのよ。特別審査員賞を取って、名前が売れちゃったのと、サターニャは可愛いから、変な貴族から婚約の打診が来ちゃうんじゃないかって。うちは、男爵だから、余程の理由がないと、婚約のお断りはできないし。でも、これで安心ね。クリフくんなら、サターニャの事を任せられるわ。」
お母様、想像通りです。
今まさに、変な貴族から、婚約の打診があったのを、スタチオ伯爵とツキー侯爵が撃退してくれました。
遠い目になる。
これ、クリフと婚約破棄したら、その瞬間にさっきの貴族が来るんじゃないかな?
クリフとブデル?
比べるまでもなく、クリフだよ。
「私もクリフが、頼もしいです。」
ブデルじゃなくて、本当に良かった。
「本当に良かったわね。」
「サターニャ、私と本当の姉妹になるんですって?!」
マリーとサナエルもやってきた。
「うん。クリフと婚約することになったの。だから、結婚したら、マリーの義理姉さんになるよ。」
「サターニャなら、大歓迎よ。クリフお兄様ったら、やっと気持ちを伝えられたのね。良かった。」
「え?だってマリーは、クリフはキースと……。」
「それは、それ。別腹よ。クリフお兄様の気持ちは、私には丸見えだったから。」
「ええー!?」
私にとっては、驚愕の事実だ。
マリーは、私と一緒でキースとクリフがくっついて欲しい派だと思っていたのに。
「サターニャが、本当の姉妹になるの、凄く嬉しい。」
「それは、私も嬉しい。」
「僕も、サターニャさんと兄弟になるんですね。何だか、嬉しいな。」
「そうよね、私とサナエルが結婚すれば、私たち、皆兄弟ね。」
マリーも喜んでる。
結婚相手は、イケメンなクリフだし、何も悪くないのでは、むしろ恵まれている気がしてきた。
「マリー、サターニャちゃん。広場もそろそろ空いてきたから、馬車に乗って帰ろう。サナエルくんも、ツキー侯爵が帰ると言っていたよ。」
「わかりました。マリー、すぐ泊まりに行くから、またね。手紙送るから。」
そう言うと、サナエルくんは、ご両親の元へ帰って行った。
「サターニャ、僕らも、帰ろう。」
クリフは、私と手を繋ぐと、馬車へ向かおうとする。
「クリフお兄様がそっちの手なら、私はこっちね。」
反対側の手を、マリーに繋がれる。
「クリフ、いつの間にそんな事になってるの?」
キースが、衝撃を受けた顔でそこに立っていた。
「キース。僕は、自分の感情に素直になる事にしたんだ。」
「だって、サターニャは妹だろう?」
「僕は一度も、サターニャを妹だと思った事はないよ。」
「だって、俺らはいつも同じ風に思ってたじゃないか。」
「うん。サターニャについて以外は、一緒だったね。」
「そんな。」
「キース、僕らもそろそろ、兄弟離れする時なんじゃない?」
「クリフは、それでいいのか?」
「うん、だって今、僕は幸せだよ?」
私と繋いだ手を上にあげて、キースに見せる。
やばい。
私の中のキースとクリフが、ガラガラと音をたてて崩れていきそうな気がした。
「流石、クリフお兄様。言う時は、ズバリ言うわね。」
私達、三人の後ろを歩くキースは、傍目から見ても、かなり落ち込んでいた。
「キース、双子でも、全部が同じじゃなくて良いのよ。別の女の子を好きになることも、自然よ。キースは、自分で好きな女の子を見つければ良いのよ。」
ローズさんに、慰めて貰っていた。
馬車が、広場のすぐ側に止まっていた。
乗り込もうとすると、クリフが手を貸してくれた。
「僕は婚約者だから、サターニャに手を貸すんだよ。ついでに、妹のマリーも乗せちゃう。」
「ついでって、酷いわ。クリフお兄様。」
「しょうがないだろう。サナエルくんは、別の馬車なんだから。」
「そうですけど。」
マリーの頬が、ぷくっと膨れている。
帰り道の馬車は、ローズさんとクリフが逆になっていた。
「サターニャ、僕の愛しい人。どうかずっと一緒に居てね。」
隣に座ったクリフが、私に愛を囁いてくる。
「お兄様、愛が重すぎますわ。」
「好きな気持ちを、形にすると決めたからね。恥ずかしいとは、思わない事にしたんだ。」
「そうではなくて、言われた方は、愛が重すぎて困ると言っているんです。」
「サターニャは、困っているのかい?」
「え?ええっと。」
「ほら、サターニャが、返事に困っていますわわ。もっと愛を伝えるにしても、段階を踏む必要があると思いますの。」
「ふーん。例えば?」
「例えば、ですか。そうですね。私がサナエルに聞かれて嬉しかったのは、好きなことですね。私のことを知ろうとしてくれるんだなと思って、嬉しかったですわ。」
「でも、サターニャの好きなことなんて、大体知っているよ?好きな色は、緑だし、好きな花は、向日葵と椿。好きな食べ物は、苺だろう?」
私は、驚いた。
全部当たっている。
苺が好きなんて、クリフに言ったこと、無かったのに。
「クリフは何で、私の好きな物が分かったの?」
「え?だって昔、花畑に行った時に、カラフルな花も好きだけれど、葉っぱの緑も好きなのって言ってたじゃないか。好きな花は、季節の移ろいに描いてあったし。苺は、デザートに出ると大事に食べるよね。ショートケーキがでたら、一番最後に食べてるでしょ。」
「花畑なんて行ったっけ?」
「あら、懐かしいわね。確か五年位前に、カイゼルが学園の夏休みの時、スタチオ家とニーズ家の全員で行ったわね。」
「お兄様、重いです。花畑に行ったの、私達が五歳の時ですよね?そんな昔の事を大事に覚えてるなんて、重すぎます。それに、デザートなんて、どれだけ、サターニャの事を見てるんですか。私はいつも隣にいましたから、知っているのは当然ですけれど、お兄様達、私達とデザート食べたのなんて、数回じゃないですか?大体、キースお兄様とクリフお兄様で、さっさと食べて遊びに行ってましたよね?」
「好きな子のことは、知りたいって思うだろう?それは、僕だって遊びたい時はあったけれど、サターニャと一緒にいる時は、良く見て覚えているよ。」
「どうしましょう、聞くたびに重い返事しか、返ってきませんわ。サターニャも、リズさんも、どうかクリフお兄様との婚約が嫌にならないで下さいね。」
マリーが、両手を顔の前で振る。
「大丈夫よ。私が聞いている限りでは、クリフくんは、ちゃんとサターニャの事が好きなんだなって思って、逆に安心した位だから。クリフくんは、サターニャの事、幸せにしてくれそうね。」
確かに、好きでもない人と政略結婚するよりも、この位好きで居てくれる人の方がいいのかも。
「それなら、クリフの好きな物は何?」
「サターニャ。」
「いや、そうじゃなくて。」
「わかっているよ。好きな色は、赤。好きな花は赤い薔薇。好きな食べ物は、チョコレートだよ。」
「赤が好きなの?」
「うん。サターニャの色だから。」
「そう言う事なの?」
「そうだよ、ついでに言うと、赤い薔薇もサターニャみたいでしょ?だから、好きだよ。」
「チョコレートが好きなのは?」
「それは、本当に昔、サターニャが小さい頃にあーん、してくれたからだね。その時のチョコレートは、びっくりする位、美味しかったんだ。」
「懐かしいわね。三歳の誕生日の時の話よね。ニ歳のサターニャが、クリフくんに、おいちいって言いながらあーんしてて、とっても微笑ましかったわ。」
「三歳の時の記憶を、詳細に覚えてるクリフお兄様が、怖いです。」
「いや、僕も覚えてるのは、あーんしてもらった所だけだから。」
「と言う事は、もうその頃から、サターニャの事が好きだったんですね。」
「そうだよ。昔から、大好きだ。」
「サターニャ。重いですけれど、お兄様は、本当に貴女の事が好きみたいですわ。」
顔が熱い。
自分の事を好きな相手が、どれだけ自分の事が好きかを親友とお母様の前で言われるなんて。
お母様は満足そうだし。
でも、私も、クリフの事好きかも。
緑が好きなのは、葉っぱの緑が、クリフの目みたいで、素敵だと思ったからだったし。
白い椿はクリフの花だし。
苺は昔、クリフが私に譲ってくれたフルーツだった。
あれ、思ったより、私もクリフの事が好きなのでは?
「私、クリフの事好きかも。」
「本当?」
「うん。」
「良かった。無理やり、うんって言わせた気がしてたから。サターニャも僕のこと好きなら、いいんだ。これで、安心して、結婚できるね。」
「クリフくん。流石に結婚は、魔法学園を卒業してからだからね。それは、今伯母さんと約束して欲しいな。」
「勿論、約束します。」
「お願いね。」
「はい。」
お母様から、念押しがはいった。
やっぱり、お母様達は強い。
その後、馬車は無事に伯爵家についた。
「サターニャ、また直ぐに遊びにくるわよね?待ってるわ。またね。」
「ええ、勿論行くわ。マリーもまたね。」
「サターニャ、明日楽しみにしていてね。手紙も送るからね。」
「わかったわ。クリフもまたね。」
挨拶をすると、お父様とお母様とお兄様と一緒に男爵家に帰る。
「サターニャが私より、先に婚約か。」
お兄様が、落ち込んでいた。
「カイゼルは良い人いないの?」
お母様が、お兄様にそう聞く。
「母上、学生時代に好きだった人には、良い人としか、思えないと言われました。」
「そ、そうだったのね。」
「卒業してからは、そもそも出会いがありません。男爵家の領地を継ぐ為の勉強をする為に、ずっと領地に篭っていますから、同じ位の年齢の令嬢がいません。」
「確かに、そうね。貴族ではない女性は、どうなの?」
「貴族じゃない女性ですか。自分は跡取りなので、貴族の女性の方が好ましいと思って、恋愛対象にしていませんでした。」
「そうよね。貴方は真面目だったわね。これから、婚約の為の活動をしていきましょう。」
「具体的には、どうするのですか?」
話は、お兄様の婚約する為の方法になっていった。
興味はあるのだけれども、絵を描く為に、早起きしたから、眠くて。
いつのまにか、眠っていた。
「お嬢様、朝ですよ。」
「ここは、何処?」
目の前には、私の侍女ミラがいた。
「お嬢様の布団です。馬車の中で、ぐっすり眠られて、旦那様がニコニコしながら、布団に寝かせてましたわ。」
「そうだったのね。」
全然覚えていない。
「お嬢様、贈り物が届いています。椿の花です。」
ベッドサイドには、花瓶に入った白い椿の花と枝がある。
「今って、秋の終わりよね?なぜ、椿の花が咲いているのかしら。」
「何でも、専門の研究所から取り寄せたと聞いています。」
「そうなの。」
専門の研究所なんて、あったのね。
「もちろん、婚約者のクリフ様からです。お嬢様、ご婚約おめでとうございます。」
「ありがとう。」
「こちら、メッセージカードです。」
おはよう、サターニャ。
君の至上の愛らしさに、惹かれてる。
世界で一番愛してるよ。
クリフ。
「恥ずかしいわ。」
「婚約者様と仲が良いのは、素晴らしいことですよ。」
「そうだけれど、限度があるわよ。」
その後も、遊びに行けば、愛を囁かれ、家に帰れば、プレゼントが届く。
デートに行けば、クリフの優しさに気づいた。
そんな形で、クリフとの仲は進展していく。
マリーとサナエルの仲も深まっているらしい。
スタチオ家にかなりの頻度で、サナエルが泊まりに来ていた。
マリーのお父様は、サナエルが泊まりに来るたびに心配するらしく、マリーからうっとおしく思われていた。
クリフと離れたキースは、一人で身体を鍛える事にしたらしい。
会うたびに、筋肉量が増えていく。
身長もぐんぐん伸びて、逞しくなっていく。
二年くらい経ってから、マリー達とダブルデートにも行ってみた。
王都の有名なカフェにお茶しに行ったのは、楽しかったな。
そんな感じで、五年経った。
そして、私達は相変わらず、腐っていた。
彼氏の妄想を続けていたのか?
続けていた。
彼氏は彼氏。
空想は空想。
別腹だ。
振られたキースの片思いという設定に、熱くはまっていた。
窓の外の冬の景色を、花瓶の中の向日葵がじっと見つめている。
夏は、冬に焦がれていた。
最近は、そこに竜胆も登場してきていた。
向日葵が遠くの白椿より、近くの竜胆を気にし始めたのである。
友達の彼氏?
別腹です。
何故なら、マリーが、一切気にして無いから。
肉親や彼氏でも、別腹よと言っているから、私も気にしていない。
向日葵の君や椿の君、竜胆の君の話をマリーと話せるのは、大変楽しい。
キースやクリフが学園に行ってしまい、いなかった一年間に語りまくった感じだ。
夏休みとかの長期休暇しか、帰って来れないから、寂しかったというのもある。
サナエルも、いつもいるわけじゃ無いし。
それなら、することと言えば、マリーと二人で語ることだった。
花の絵も大量に増えたし、人物画も増えた。
危うく、サナエルに見つかりそうになってからは、スケッチブックの人物画は、ニンカ男爵家に厳重に保管することにした。
さて、これからは、魔法学園で、寮生活だ。
どんな生活になるのか、楽しみだな。
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読んでいただき、ありがとうございます。
最初は短編として、まとめるはずだったんです。
1ページで、学園編までを終わらせるつもりだったのですが、どんどん長くなってしまいました。
そこで、精霊祭で一旦区切る事にしました。
学園編の方は、また後で投稿しようと思います。
気長にお待ちくださいませ。
最近、寒暖差が大きいので、風邪をひかないようにお気をつけ下さい。