ボクの楽園
ボクのおうちには、パパとママ、おばあさんがいます。
パパは、あさ早くからおしごとでおでかけ、ママはきのうおでかけしてからまだかえってきません。
いつかえってくるのかな?って、ずっとおふとんでねているおばあさんとおはなししていました。
パパにききました。
ずっとママかえってこないのなんで?
おばあさんがずっとおふとんでねているのなんで?
パパは言いました。
ママはとおい、とおいところにおしごとしに行ったから、まだかえらないんだよって。おばあさんはびょうきだから、ねかせておいてあげてねって。ボクは、そっかぁって、パパに言いました。
ボクはずっとおうちにいます。
おふとんでずっとねている、おばあさんとずっといっしょです。
ボクはパパがいつおうちにかえってきているのか、知りません。
あさおきたら、パパがおふとんのそばでボクをじっと見ていることで、かえってきたんだって知ります。
ボクはパパにわらって、おはようって言います。
パパもボクにわらって、おはようって言います。
おばあさんにもおはようって言います。
でもおばあさんは、ボクにおはようって、言ってくれません。
パパはおしごとにでかけました。
パパはおしごとにでかけるまえ、いつもボクに言います。ちゃんといえからでずに、いい子にしてまっているんだよって。
ボクはうん、わかったっていつも言います。
でも、どうしてそんなことを言われるのか、わかりません。
だってボクは、ここからうごけないのに。
おばあさん。おばあさん?
どうしておばあさんはずっとびょうきなの? いつびょうきがなおるの? だってまえは、ボクとおはなししてくれたよね? いっぱいいろんなこと、おしえてくれたよね? おうちからでられないボクに、パパにはないしょだよって言って、おかしくれたりしたよね?
ねぇ、ぼくおなかすいたよ。
おばあさん。おばあさん。
窓の外は一体どんな景色を映しているのだろうか。
あの日からカーテンは閉じられたまま、光と闇の訪れだけを映している。
ボクはおぼえています。
ママはボクをみおろして、かわいそうな子だと言っていました。
どうしてボクはかわいそうなの?って、ママにききました。
ママは言いました。
――かわいそうな子、しあわせな子。ここがあなたのラクエンよ。
ねぇ、おばあさん。
おばあさんはいつのまにか、ボクのラクエンにいたよね。
ボクをみて、とってもびっくりしていたよね。
はやくここからだしてあげるからって、言ってたよね?
どうしてここからだすの? だってママ、言ってたんだよ?
ここがボクの、“ラクエン”だって。
パパがまたボクをみおろしています。
パパはいつもじっと見つめたあとで、わらって、おはようって言います。だからボクも、おはようって、言います。
窓の外は一体どんな景色を映しているのだろうか。
あの日からカーテンは閉じられたまま、光と闇の訪れだけを映している。
ママがかえってきません。
ボクにはわかりません。
パパのわらうかおがだんだんおかしくなっていきます。
ボクにはわかりません。
おばあさんはまだねています。
ボクにはわかりません。
窓の外は一体どんな景色を映しているのだろうか。
あの日からカーテンは閉じられたまま、光と闇の訪れだけを映している。
おばあさんがおふとんでねるまえに、おばあさんがボクにあいにきて、おかしをくれたり、おはなししたりしていたときのこと、おぼえてる? あともうすこしでここからでられるからねって、言ってくれた日のことだよ。
ボクのあたまにしわくちゃの手をおいて、なでてくれたよね?
どうして?
だってここはボクのラクエンって、ママが言っていたのに。
どうして?
おばあさんがボクといっしょにここにはいてくれないの?
ここにいたらボクはかわいそうな子で、しあわせな子。
ここがボクのラクエン。
窓の外は一体どんな景色を映しているのだろうか。
あの日からカーテンは閉じられたまま、光と闇の訪れだけを映している。
ボクのおうちには、パパとママ、おばあさんがいます。
パパは、あさ早くからおしごとでおでかけ、ママはおでかけしてからずっとかえってきません。
いつかえってくるのかな?って、ずっとおふとんでねているおばあさんとおはなししていました。
ラクエンからでられる。
そういわれて、ボク、うれしかったよ。
ほんとうにうれしかったんだ。
だってボク、ほんとうは知っているから。
どうしてママがかえってこないのか。
パパのわらうかおがおかしくなっていくのか。
おばあさんとさいごにおはなしした日、それからおばあさんはおふとんで、ずっとねています。
おばあさん。おばあさん?
いつまでねてるの? いつびょうきがなおるの? いつボクとおはなししてくれるの?
窓の外は一体どんな景色を映しているのだろうか。
「なにを、どんなことを言っても、はなしてくれなくなったよね」
「ラクエンはね、たのしいそのってかくんだって。ママがおしえてくれたんだよ。つらいことは何もおきないところなんだって」
「苦しいこともかなしいことも、ぜんぶ、ぜんぶ!」
「……のどかわいちゃった。お水のみたいなぁ」
「それでね、ボクのラクエンにおばあさんが入ってきて、とってもうれしかったんだ」
「ここにはつらいも苦しいもかなしいもなかったけど、さみしいはあったから。パパとママはおしごとで、おうちにはいつもボクだけだったから」
「ニコッてわらってくれるおばあさんのかお、ボクだいすきなんだ。そのかお見たら、さみしいなんてどこかにいっちゃった」
「おばあさんのこと、パパにもママにも言わなかったんだよ? はなしちゃダメって、おばあさんとヤクソクしたもん。えらいでしょ?」
「ちゃんとまもったんだよ、ボク」
「ろっかい。ボクがおばあさんにここにずっといっしょにいてって、おねがいしたかいすう」
あの日からカーテンは
カーテンは
カーテン
ボク、ほんとうは知っているよ。
ここは楽園なんかじゃないって。
何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ!!
ちゃんと全部食べているのは確認している! もう効き目が出てもおかしくないのに、何故いつも起きるんだ!!
あの女、新しく雇った家政婦をアイツが**してから遂に逃げ出しやがった! アイツが産みやがったのに、俺だけに責任押し付けてんじゃねーよ! 絶対とっ捕まえてやる!!
伝承なんか嘘っぱちだと、馬鹿にして一蹴したのが間違いだった。
まさか本当に悪魔憑きが産まれるなんて誰が思う。
どんなことをしても何をやっても、赤子の頃から何かに守られているかのように全部失敗に終わった。
けど、もう限界だ。死んだかどうかを確認しに戻って、アイツが目を開いて俺を見つめる度に、必死に恐怖心を押さえつけて笑ってきた。産まれた時からアイツは俺を “見て”いる。逃げられない。
アイツが俺を『パパ』だと認識している内に早く、早く――――!!
「……やっぱり『ママ』はにげたんだね。ボクのラクエンから」
窓の外は一体どんな景色を映しているのだろうか。
答えはすぐ傍にあった。
――開け放たれたその世界は明るく、眩く、美しい
ママはうそつきでした。
あそこがほんとうのラクエンだと知っていました。
パパもうそつきです。
ママはとおくにおしごとだと言っていたのに、ボクにうそをつきました。
あの女は『ママ』のくせに、ボクをおいてどこへにげたのか。
あの男は『パパ』のくせに、どうしてじぶんの子どもをこわがるのか。
ここはラクエン。
オマエたちがボクをこの楽園にとじこめた。
ボクはずっといい子にしていました。
パパとママの言うことをちゃんときいて、ずっとおうちにいました。でもパパもママもおしごとでいそがしくて、ずっとボクといっしょにいてくれません。
ある日おばあさんが入ってきて、おかしをくれて、おはなしをしてくれました。うれしくて、ずっとここにいてって言ったのに、おばあさんはボクをここからだすって言いました。
ボクはでられません。
パパとママがボクのあしをジャラジャラとなる、かたいものでつないでいます。
ボクはでられません。
パパとママがおうちからでたらダメだと言うからです。
パパとママの言うことはまもらないといけません。
――だったら、ねぇ
――ボクとずっと、この楽園にいっしょにいよう?
カーテンは開け放たれた。
“ボク”を繋いでいた鎖は砕けた。
押し付けられた理想と与えられた現実は、ただの虚像。
けれど閉ざされた世界の中でしか生きられなかった子どもにとっては、そこは確かに“楽園”だった。子どもにとっての楽園に異物が紛れ込み、いつしか世界は広がり始め、ここが楽園ではないのだと知った。
異物が口にする雑音が、次第に快い音色となった。
異物が『おばあさん』という存在となり、与えられる食べ物は何の異物も混入しておらず。禁断の果実にも等しいそれに、子どもは“ボク”の現実を知ってしまった。
ああ。ああ。これはひどいおはなしだ。
アイツらはボクを生かしながら、ボクを殺していたなんて!!
ああ。ああ。どうしてくれよう。
あの男!! あの女!!
――開け放たれた世界は、暗く、静かで、美しい
音がきこえてきます。
ボクがきょうも生きているのをかくにんしに、あの男がボクとおばあさんのラクエンに入ってきました。
あの男がじっとボクを見ています。ボクはいつものように目をさまして、おきました。
もうボクが、男のわらったかおを見ることはないでしょう。