カスのサラリーマン川柳
『カスのサラリーマン川柳』という聞いたことのない公募サイトを見かけたのは、僕が仕事から帰宅し部屋で何気なくスマホを見ている時だった。
サラリーマン川柳なら知っているが、こんな偽物くさい公募など聞いたことがない。しかも、既に応募は締め切られ、大賞作品まで決まっているらしい。
興味を持った僕はサイトの説明が書かれたページをクリックする。すぐに主催者の自己紹介が出てきた。
────────────────────────
こんにちは。このたび「カスのサラリーマン川柳」を主催させて頂きました三井渡と申します。
本来サラリーマン川柳とは、サラリーマンの日常を面白おかしく5・7・5の川柳にして詠んだものです。若者と上司のジェネレーションギャップを詠んだり、会社の古臭い体制を皮肉ったりする句が多いのが特徴ですね。
しかし、このカスのサラリーマン川柳は違います。
皆さまが思っている素直な気持ちを、言葉にするだけで良いのです。上手いこと言う必要はありません。カスみたいな中身でも構いません。そう言う趣旨の川柳をお待ちしております。
私は面白くてうまいだけの川柳が評価される社会にいっさを、えー、むくむく、えーっと、いっし、なんか、矢がむくむ、みたいなことわざありましたよね? えー、まあ、それをね、やったろうと思ってますよ。私はことわざが分かりません。でも健康です。
代表取締役 社長 三井渡
────────────────────────
「大丈夫かよこれ」
「一矢報いる」が出てこない人が社長の会社、はたして大丈夫なのだろうか。というか、なんの会社? 所々に疑問点を感じる。
とりあえず、僕はスマホを下にスクロールして、一番目の入選作品へと目を向けた。
普通のサラリーマン川柳と何が違うのだろうか。
【入選作品】
────────────────────────
新技術
要らぬ鍛えよ
心・技・術
────────────────────────
「頭が硬すぎる川柳だ......」
革新を一切受け付けず、やる気だけでなんとかしろという主張がこもった恐ろしい川柳だ。通常のサラリーマン川柳なら絶対に評価されないであろうモノだが......
『カスのサラリーマン川柳』に求められているものは『これ』なのか?
僕はスマホをスクロールし、次の川柳へと視線を向けた。
────────────────────────
テレワーク
へらへらするな
照れは『悪』
────────────────────────
「『悪』とか言うなよ」
川柳に『悪』って言葉が出てきたの初めて見たな。僕は素直に度肝を抜かれた。こういうこと言う人が上司だったら最悪だろうな。
「......ん?」
と、僕はここで、川柳の下に『批評』という文字があるのに気がついた。どうやらクリックできそうだ。
僕はそれを親指で押す。スマホ画面には、ほんの少し読み込みの時間を挟んだのちそこに文章が現れた。
どうやら、この俳句が入選した理由や、俳句の解説が見られるらしい。
────────────────────────
【選考人の批評】
普通なら「恥ずかしいです・照れワーク」のような甘っちょろいオチで終わるであろう「テレ」と「照れ」をかけた川柳ですが、カスサラリーマン川柳にはそんな見え透いた、選考人に媚びへつらったみにくい、うすぎたない言葉遊びはいりません。
────────────────────────
「言い過ぎだろ」
批評の途中だが思わずツッコんでしまった。僕は気を取り直して続きの批評を読む。
────────────────────────
この川柳では「仕事中だぞ、何照れてんだ。なんなら殺すぞ」という、ゆとった若者への怒りがしっかりと描かれております。
非常にすばらしいぽよ。
────────────────────────
「急に語尾でキャラ立てようとすんな」
ぽよってなんだ。醜いとか薄汚いとか言ってた奴が今さら可愛い語尾を使っても無駄だぞ。
とはいえ、批評自体は参考になりそうだから、次からは批評も見てみようか。僕はそう思い、別の川柳へと目を向ける。
────────────────────────
上司には
ファックスせずに
ファックする
────────────────────────
「相変わらず攻撃的な川柳ばっかりだな......」
試しにこれも批評を見てみよう。僕は【批評】と書かれたタブをクリックした。
────────────────────────
【批評】
・上司に中指を立てるなんて、実際にやったら確実にクビだろうね(アメリカ)
・僕も心の中では常にこう思っているよ(イギリス)
・中指を立てるほど恨みがある相手が上司なんて、不幸な人だね(キリバス共和国)
────────────────────────
「なんで外国人が批評してんだよ」
たしかに『海外の反応まとめ』とかではこういうの見るけど。この場でそれをするのは違うだろ。
「あと何処だよ最後の国」
もういい、次だ次。僕は次の川柳へと視線を移した。
────────────────────────
ディスタンス
これタンスです?
それを言うならディスイズタンスですよwww
────────────────────────
「カスの飲み会か?」
川柳って言って良いのかこれ? 頼むからこんな川柳を選んだ理由を教えてくれ。僕は急いで批評をクリックした。
────────────────────────
【批評】
字余りですが採用です。
────────────────────────
「それがなんでか聞いてんだよ!」
褒めるべき点がないだろうが。字余り以上に言うべきことが山ほどあるだろうに。もういい、次、次!
────────────────────────
真っ赤に燃えた
熱い鉄の棒で
私のことを戒めて
────────────────────────
「どこが仕事なんだよ」
狂ったドM川柳?
僕はとりあえず批評をクリックした。
────────────────────────
【批評】
採用することに理由はいりません。
────────────────────────
「なんでだよ」
評することをやめたなら批評のページなんて作るなよ。僕は段々と頭が痛くなってきた。
一応続きを見てみると、どうやら次が最後、この川柳の大賞作品らしい。
僕はその大賞作品へと目を向けた。
【カスのサラリーマン川柳 大賞】
────────────────────────
サビ残で
クーラー全開
さびぃ
────────────────────────
「......」
なんか、見ていてとても煮え切らない気持ちになる。「さび」で頑張って韻を踏もうとしているのは伝わるが......大賞がこれかぁ。
僕はこれが最後と、批評のボタンを押した。
────────────────────────
【批評】
素晴らしい俳句です。最高。目ん玉キラキラしております。やべ。なんか扁桃腺腫れてきたし、味覚もなくなってきました。
────────────────────────
「褒めてねぇだろこれ」
普通に病院行け。そして喉と頭の両方を見てもらえ。
別にそこまで褒めるほどの内容にも見えないし。最後は自分の俳句を選びました、とかだけはやめてくれよ。僕は批評の続きを読んだ。
────────────────────────
本当に最高。いやー。流石は大株主の息子さんです。えへへ。
────────────────────────
「普通に媚びてんじゃねーかよ」
アホらしくなった僕はスマホのタブを閉じ、記憶からこの川柳を消し去ることにした。