Who the hell is she? ①
『◯ days left 』 は基本的にレイラ視点、それ以外で特に明記していないのはリチャード視点です。
しばらくリチャード視点が続きます。
半年前にエレナが亡くなってから、アンナの様子がおかしい。俺に何かを隠して、コソコソと何かを嗅ぎ回っている。
俺が一人で領地へ行ったのも、アンナが『私にはするべき事があるから後はリックに任せたい』と言い出したからだ。
任せられても困ると、彼女が事故に遭うまでは頻繁に手紙をやり取りして指示を仰ぐようにしていた。
俺主導で動いては、要らぬ誤解を周囲に与えてしまうからだ。
アンナと第三王子の婚約が解消されてしまった今、次期領主の座は空白とされている。
相手次第では、アンナの夫となる人が領主となる道もあり得るが、元婚約者同様に実権を持たせず名ばかりの領主とする可能性が高い。
領地を任せられる様な相手を探したところで難航するのは目に見えている。
俺達の世代の上位貴族は、比較的結婚が早い傾向にあった。
というのも、王太子殿下のご成婚に合わせて結婚し、子供を世継ぎの側近にと目論む家が多かったからだ。
というわけで、高位貴族の家の未婚者は少ない。同世代か少し上の年齢となるとかなり限られてくる。しかも公爵領を任せられる適性まであり、しかも婿入り出来る立場でなければならないとなるとゼロではないがほぼ皆無と言える。
同年代よりも少し下の世代まで広げれば、それなりにいるはずだったのだが、現状、喪に服すという形でその手の話は一切受け付けないと公言しているはずなのに、そういう家に限って婿入りの打診をしてくるのだから迷惑な話である。
話を聞かない、礼儀を知らない、相手の心境を慮る気がない相手を公爵が心底嫌うというのに。
その度に俺は叔父である公爵から愚痴を聞かされ、ちょっとした嫌味まで言われるのだからたまらない。
俺としては、アンナが領主となるのが最善だと思っているので、あくまで俺はアンナの代理であるというスタンスを崩す気は無い。
アンナが女公爵となり、好きになった相手を婿に迎えればいい。きっとそれが一番丸く収まる。
そして俺は今まで通りアンナの下で、彼女の理想とする領地に近づける努力をするまでだ。
にも関わらず、俺が領主の座を狙っているのだと実しやかに語られるのは心外であるし、最近のアンナがあわよくば俺に色々なものを押し付けようとしているのが本当に気に食わなかった。
『第三王子との婚約が解消になって本当に良かった』
『リックには安心して任せられる』
『私よりもリックの方が領主に向いてるよ』
『エレナを止めなくちゃいけないから、あとはよろしく』
最後に届いた手紙には、そんな無責任な事が書かれていた。
今となっては、きっとアンナは自分の身に何かが起こるのを分かっていて俺に託したのだろうと思えるのだが、あの時の俺はアンナの身勝手さに腹を立てる事しかできなかった。
そして、件の事故が起こる。
アンナからの手紙が途絶えた代わりに、俺の元へはネルからの手紙が届く様になった。
『アンナお嬢様が暴れ馬に突っ込んで行き、もう3日も意識が戻らない』
『ようやく意識が戻ったが、強い鎮痛剤の影響で朦朧としている時間が長い』
『事故の影響か、記憶の欠如が見られる。日常生活には支障なし。エレナお嬢様の死を理解はしているものの、病死であると思っている模様』
『一般的な貴族の常識についてや、マナーや立ち振る舞いといった点では全く問題ないものの、公爵家の使用人などの顔はほとんど覚えていない様だ』
『以前に比べて、感情の起伏が穏やかになった』
『怪我をしているせいか、大変大人しく過ごしている。暇つぶしに読書をされているが、読めれば良いと思っているのか、珍しく恋愛小説も読んでいる』
『まるで別人の様な言動をする時があるものの、母親とのぎこちなさは相変わらずである。母親が娘の好みを勘違いしているのも相変わらずなので仕方ないのかもしれない』
『アンナお嬢様の笑顔が増えた』
『最近のアンナお嬢様の言動はとても可愛らしい。第三王子と婚約する前を思い起こさせる』
『アンナお嬢様が領地の話を一切しない。あんなに動向を気にしていた新たな特産として開発中のお茶の進歩状況についても然り』
『アンナお嬢様の様子がおかしい。あんなに嫌がっていた刺繍に1日のほとんどの時間を注ぎ込んでいる。刺繍に打ち込むなんて、まるでエレナお嬢様の様だ。しかし、刺繍の図案はアンナお嬢様が好みそうなものなので、エレナお嬢様の好みではない』
『アンナお嬢様に刺繍入りのハンカチを頂いた』
アンナの侍女からの報告は、アンナの診察をしている父から聞かされていた内容と重複するものも多いが、彼女独自の視点から見たアンナは、俺としては見過ごせない内容のものも少なくない。
俺のよく知るアンナとは別人すぎる。
人の顔を覚えるのが得意なアンナが、公爵家の使用人の顔を覚えていないなんてあり得ない。
一度立ち話をした領民の顔やなんとなくの会話まで覚えているアンナが?
エレナの死を一番悼んでいたのはアンナだ。息をしていないエレナを最初に見つけたのがアンナで、彼女の死を誰よりも憤っていたアンナが、覚えていないなんてあり得ない。
必要な時には完璧な公爵令嬢として振る舞うが、普段のアンナ自身は暴れ馬の様な存在だ。怪我をしたからって大人しくしているわけがない。
自分が動けないのならば、周囲を動かす——それがアンナだ。
そして、まず先に動かされるのが俺だというのに、意識を取り戻したアンナからの手紙が俺の元へ届かない事がそもそもおかしい。
すぐにでも王都の公爵邸で療養しているアンナのところへ戻って文句の一つも言いたいのをグッと我慢して、俺は事故に遭う前のアンナに丸投げされた仕事を迅速に片付けてから王都へ戻ることにした。
何しろ、「途中で投げ出したらどうなるかわかってるでしょう?」と笑顔で送り出されていたのだから、望むもの以上の成果を持ち帰りたかったのだ。
残り69日