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She has a serious secret. ⑤

 ここ数日の移動が想像以上に負担となっていたのか、慣れ親しんだ場所で安心しきったせいなのか。白磁工房を訪ねた翌朝、彼女は高熱を出し、寝込んでしまった。


 ネルは事故直後の事を思い出すらしく珍しく動揺しており、また彼女が心配でたまらないレイモンドは、看病させてもらえないどころか部屋にも入れてもらえない状況に不満を募らせていた。

 熱を出したのは()()()なのだ。少なくとも外見は彼の妹ではない。彼女の中身がレイラとは知る由もないモニカやシトリン家の家令に、こっそり入室しようとしたことを咎められていた。

 俺も、彼女が寝込んでからは顔を合わせていない。レイモンドと同じように、俺も彼女が休んでいる寝室への入室を禁止されているからだ。

 俺の方は禁じられる事に何ら問題はない。気にはなるけれども、仕方のない事であるし、俺に出来る事など何もない。けれど、レイモンドは心配で堪らないらしい。


 あまりに心配し過ぎるものだから、周囲は二人が恋仲なのだと思い込んでいるようだ。周囲と言っても、シトリン家の使用人だけなのだから問題ないだろうとレイモンドは言う。むしろ勘違いして多少距離が近い事に関しても目こぼししてもらえるならば、彼女がシトリン家の後継として本来しなければならない仕事の話がしやすいので都合が良いとまで言う始末だ。

 それどころか、社交界で噂になったとしても構わないと言う。レイラ嬢が元に戻れば、アンディの許可が出ず別れた事にするからと。それをアンナ本人も承知済みだと言うのだ。そこまでであれば、俺にどうこう言う権利はない。




 伯爵の手配してくれた医師の見立てでは、疲れによるものだろうとの事だった。

 よく寝て体を休める事、食欲のないうちは水分をしっかり摂る事、食欲が戻ったら胃に優しいものを少しから始めて、徐々に普段の食事に近い内容に移行させるようにする事などいくつかの注意点を挙げた後、「レイラお嬢様が昔、張り切って領地を回った後によく熱を出しては寝込んでいた時と同じ対処をすれば問題ない」と医師に言われた事で、ようやくレイモンドは安心したようだった。


 うなされる程の高熱は翌々日には落ち着き、未だ微熱が続いているものの、食欲はすっかり戻ったらしい。

 らしい、としか言えないのは、俺もレイモンドも彼女とは未だ直接顔を合わせていないからだ。

 無理をさせてはいけないとネルが休ませているようだった。ネルは案外心配性らしく、熱が完全に下がるまでは寝ているべきだと言い、彼女は大人しくそれに従っているために寝室からは出て来ない。




 彼女が療養している間、俺は親方を訪ねて磁器工房へと通っていた。

 昼の休憩を狙い、差し入れを持って行く。

 一人で馬に乗って現れた俺にかなり驚いていたようだったし、露骨に嫌そうな顔をされたのだが、工房の片隅では少しだけ商品の販売をしているのを見つけ、それを買いに来たのだと言えば追い返される事はなかった。


「わざわざこんなところに来なくとも、お屋敷に商人を呼べば済むと思うんですがね」

「伯爵邸に滞在させて頂いている身でそんな厚かましい事は出来ませんよ。それに、直接足を運んで見る楽しみというのもありますしね」

「……さようですか。それで、本日はどういった品をお探しで? 一昨日は御者にペーパーウェイトを、昨日は御者の奥方に花瓶をお求め頂いておりますが」

「今日は両親に何か、という事くらいしか決めてないのですが、何がお勧めでしょうか」


 ヘラリと笑いそう言うと、訝しげな視線を向けられてしまう。かと思えば、訝しげな視線が突然含みのある笑みへと変わった。


「ここに並んでいるのはいわゆる欠陥品ですよ。とは言っても、欠けてるだとか水漏れする様なもんじゃないですがね。釉薬がちょこっとばかりムラになってるだとか、ごく小さな陥没だとか、黒い点が入っちまってるだとかって理由でお貴族様向けには販売できないもんですから。きっと他領(よそ)じゃあ普通に売ってしまうんでしょうが、シトリン領では品質を維持するためにそうする事になってるんですよ。だからそれを、平民向けに安価で販売してまして。安価と言ったって、庶民にゃまだまだ高級品ですけどね。普段使いは無理でも、お祝いの贈り物として喜ばれてますし、中には贈り物としてもらったのをきっかけに少しずつ自分達でも買い集めている人だって少なくないんですよ。そうやって、少しずつ広めていきたいんです。シトリンは白磁の産地なのに、領民がその良さを知らないってのもおかしな話でしょう?」


 こちらに話す隙を与えず、語り始めた彼の話話には参考になったり共感できる部分がとても多い。多少品質は落ちてしまうだろうが、庶民でも手を出しやすい廉価版の販売はモルテンソンヴェールでも検討しているし、何より、作り手やその土地に住む人々にも愛してもらえてこそ名産品だと言えるのではないだろうか。

 そういった事を俺が伝えようとした瞬間だった。


「ですから、ここに並んでるのをご両親へのプレゼントにするのは向いてませんよ。()()()()()()

「……ん?」

「ですから、公爵夫妻へのプレゼントにされてはこちらとしても困るんですよ」

「……あの、誤解されている様なので訂正させて頂きます。私自身、モルテンソンと名乗ってますが、厳密に言うと貴族ではないんです」

「はぁ? そんなわけ……」

「父はモルテンソン家の人間でしたが、母と結婚するために籍を抜きましたので。ですので両親も厳密に言えば貴族ではありませんね。なので、お弟子さんと会話する様な砕けた口調で話して頂けませんか?」


 含みのある笑みに、なるべく人好きのする笑みで返せばチッと舌打ちをされた。


「じゃあ口調はそうさせてもらうが、『厳密に言えば貴族じゃない』と言っても、貴族と変わらん暮らしをしてきた事には違いないだろう。貴族は勿論、貴族に近い奴らは皆、こちらの事情なんて顧みもせず、身分を笠を着て自分の主張ばかり通そうとする。短くはねぇ人生で俺が嫌って程学んできた事さ……唯一の例外が現領主夫妻とレイラお嬢様、それからレイモンド様だけ。親兄弟だからと言って、かの方々と同じ考えという訳じゃあないし、いずれ婿入り予定の婚約者とて然り……これまで散々な目に遭ってきてるんだよ」


 親方はそう言って俺に背を向け、ため息を吐いた。広義における貴族には勿論だが、むしろシトリン家と関わる貴族家——具体的には、リンドグレーン家やレイラ嬢の婚約者のボンクラの関係者に無理を言われたのだろう。

 シトリン家でリンドグレーンという名が出てこない点を顧みても、間違い無いのではなかろうか。ボンクラに関しては言うまでも無い。

 喉まで出かかった『心中お察し致します』という台詞は飲み込んだ。

 似たような経験は俺だってある。顔を思い浮かべるだけで嫌悪感で吐き気がしそうなくらい、腹の立つ思いを幾度も経験してきたのだ。


「……高級茶はないが、一服していきな」


 先程とは一変した声の雰囲気に顔を上げれば、なんとも気遣わしげな表情をした親方と目が合った。


「その顔、あんたも同じ様な経験してんだろ?」


 そう言って勧められた椅子に腰掛けると出された茶は、清涼感のある爽やかな香りがした。

残り42日

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