She has a serious secret. ④
今でこそモルテンソン・ヴェールなんて名付けた茶も、数年前には存在などしなかったものだ。
当初は、全く相手になどされなかった。そんな状況でも茶を生産する農家に足繁く通い、初めは畑のほんの一角から採れる茶葉を買い上げさせてもらうという形でどうにか着手する事が出来たのだ。
手に入れた摘んだばかりの茶葉を、俺達自身で加工した。
書物を頼りに手探りで蒸して揉んで乾燥させてという工程を試行錯誤して行く中で、カビが生えてダメにしてしまう事もあったし、せっかくいい感じに仕上がっても転んでぶち撒けてしまう事もあった。
俺達が悪戦苦闘している姿を見て、ようやく本気である事が伝わったらしい。
その後は生産者の協力のもと、試作を重ね、ようやく納得のいくものが出来上がったのだ。
きっとその経験は役に立つ筈だと信じている。
***
「本日は受け入れて頂き誠に有難う御座います」
「レイラお嬢様の頼みじゃ断れないからな」
俺が頭を下げたのが意外だったのか、親方は一瞬驚いた表情を見せたが、すぐに厳しい顔をしてぶっきらぼうにそう言った。
俺のそんな態度に驚いたのは弟子の職人達も同じだった様だが、彼らはその表情を取り繕う事が出来なかったらしい。目をぱちくりして顔を見合わせていた。
親方は明らかに俺達を歓迎していないのを隠す気がないらしい。俺はそれでも全く構わないのだが、弟子達は気になるのか親方の様子を何度もチラチラと窺っている。
工房の見学は、俺が望んだ事だ。レイラ嬢が手紙で頼んでくれたいたせいか、ぶっきらぼうながらも弟子達の作業風景を工程に沿ってシンプルに説明してくれた。
本音を言えば、親方自身が作業する様子が見たかったのだが贅沢は言えまい。こうやって、見学させて貰えるだけでも有難いのだ。
人間関係においてはもちろんだが、ビジネスにおいては相互理解が不可欠だ。
中には必要ないと切り捨てる人もいるだろう。けれど、俺達がしようとしている事に関してはそれではダメなのだ。
どんな信条を持っているのか、妥協できるところ、妥協できないところはどこなのか、技術的な問題や、製品の品質や強度に関わる事、やりたい事、やってもいい事、やりたくない事。
こちらは彼らを知り、製品を知り、彼らの意向も汲み取らねばならない。だからと言って、言いなりになる気もない。
こちらが求める品質のものにはきちんと対価を出すし、それ以上のものであればその分の上乗せもする。
こちらを理解してもらうためには、相手も理解する必要がある。その上でこちらの要望を伝え、形にしてもらうのだ。
無理強いはしない。けれど、こちらとしても納得のいかないものをで良しとする気もない。
相手のことを慮りながらも、こちらの主張も通す。
矛盾している様だけれど、いかにお互いを知り、お互いの思惑や利害を考えた上でバランスを取るべきだというだけの事。
どちらか一方の主張だけを通すのではなく、主張の擦り合わせをして調整すれば良いだけの話だ。
きっと、レイラ嬢はそういったバランス感覚に長けているのだろう。彼女の場合、自然と身に付いていて無自覚で振る舞っているのだろうけれど。
俺にはとてもそんな芸当はできないので、考えるしかない。考えて話を聞いて、相手の意見と擦り合わせるしかない。
どの工程にどんな意味があるのか、些細な事でも知らないよりは知っていた方がいい。
俺が職人達の邪魔にならない様な位置で作業を見ながら、時々声をかける。鬱陶しいかもしれないが興味を持たれればそう悪い気はしなかった様で、声をかけた職人は丁寧に答えてくれた。
見学も終盤に差し掛かった頃、レイモンドが親方に連れられ作業場の外へ出ていくのが見えた。
耳をすませば、二人の会話が途切れ途切れながらも聞こえてくる。
要約すれば、今回の話は重荷だから断ってほしい、そんな事を親方はレイモンドへと伝えていた。
どうやら、アンナも二人の話が聞こえていたらしい。不安そうな表情で、彼らのいる方向を見ていた。
彼女の顔色はあまり良くない。体調は悪くないとは言え、体には負担がかかっているのだろう。
彼女はレイラとして、領地のあちこちへ視察へ行ったり、年に何度か王都とシトリン領を往復する生活を送っていたから長距離移動には慣れているというが、それはあくまでレイラとして生活していた頃の話だ。
今彼女がいるのはアンナの体の中だ。普通の成人女性よりも休息を必要としている事から本来の体で過ごすよりも負担が大きいのは明らかだ。
なるべく移動は最小限にして、体の負担を減らしたいと思うと同時に、精神的な負担もかけたくはない。
本来なら、俺とアンナですべき事だ。それをアンナに代わって頑張ってくれている。
だから、説得は俺がする。ただし、今日ここで粘っても印象を悪くするだけだ。無理強いをする気はないし、彼らにとってこの取引を重荷にするつもりもない。
きっとアンナだってそう考えるはずだ。
職人を使い潰すのは、その産業を潰してしまうのと同意だ。素晴らしいものは守っていくべきで、次の代へと引き継いでいかねばならない。
世に広めようとしている以上、その環境を整える責任がある。お互い納得して契約するのは、その為の一歩なのだ。
見学後、話を聞いてもらう時間を設けてもらった。
その際、簡易の厨房を借り、持ち込んだ茶をネルに淹れてもらう。親方は勿論、この工房で働く皆に味見してもらいたいと言えば、驚かれたが比較的すんなりと受け入れてもらえた。
親方が口をつけると、それに続き弟子達が口へと運ぶ。室内には沈黙が流れた。
「こちらの工房の白磁の繊細さが、モルテンソン領でこれから売り出していく茶のイメージにピッタリ合致しているため、是非お願いしたく思っております。ですが……」
沈黙の中、口を開いたのはアンナだった。しかし、先ほどの親方とレイモンドの話を聞いていたせいで、言葉に詰まってしまったらしい。そこで、俺が彼女に代わって説明をする。
「こちらの工房にも色々都合がおありでしょうから、無理のない範囲で受けてくだされば結構です。こちらとしても、品質を落とさず、作り手の納得のいくものを納めて頂くのが一番ですから」
彼女は、安堵した様な表情を見せた。どうやら彼女の言いたい事を代弁出来たらしい。
「ひとまず本日はこれで失礼致します。急にお邪魔したにも関わらず、快く見学させていただき、こちらの話まで聞いてくださりありがとうございました」
「本当にありがとうございました」
俺が再度頭を下げると、彼女も立ち上がり頭を下げた。
どうやらそれがかなり衝撃だったらしく、親方も若い職人達もポカンとした表情で固まっていた。
「アンナ、レイモンド。今日はこの辺で失礼しよう」
その言葉に親方も我に返ったのか、立ちあがろうとした親方は椅子に足をぶつけ悶えていた。
「見送りは結構です、ゆっくり相談して下さい。では、また」
何度も驚かせても良くないだろう。俺は軽く手を上げる程度の挨拶に留め、アンナの手を取り馬車までエスコートした。
案の定、帰りの馬車で眠った彼女は、肉体的にも精神的にも負担がかかっていたのだろうと思われる。
見学中、何かとこちらの質問に答えてくれた職人に、親方が比較的手の開く時間を聞いていて正解だった。
明日からしばらく通う事になるであろう道を覚えようと、俺は車窓からその景色をじっと眺めていた。
残り48日




