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She has a serious secret. ②

 シトリン伯爵家に到着して感じたのは、レイラ嬢が皆から愛され大切にされてきたという事だ。


 彼女にとっての伯父や伯母は勿論の事、伯爵家で働く人達も皆、彼女を可愛がっていたり慕っていたのだろうというのが()()不在でもよくわかる。

 先日リンドグレーンの街屋敷を訪れた時もそれなりの歓迎はされたが、その比ではない。あの時のリンドグレーン家の家令の様な反応を皆がするのだ。


 もしかすると彼女にとって、ここが本当の意味での『家』なのかもしれない。そう思わずにはいられないほど、ここは温かな場所だ。

 なんというか、そんな空間に自分も居る事がなんだかむず痒く感じてしまったせいで、すっかりこういった空気感と距離を取っていた事に気付く。

 同時に感じたのは、アンナが憧れている家族像というのが、この目の前に広がる光景なのだろうな、という事。

 レイラ嬢がアンナの姿をしているせいで余計にそう感じてしまった。


 アンナの両親はいわゆる仮面夫婦というやつで。世間にはそれを一切感じさせる事なく社交の場などでは仲睦まじい夫婦を演じているが、家庭内では父親が仕事で家を空けることが多いこともあり、直接顔を合わせて会話をすることは滅多になく、必要事項さえ使用人だったり娘を介して伝える程に不仲なのである。

 俺にはアンナの姿を確認する事は出来ないけれど、きっと彼女も俺と同じ様に落ち着かない思いをしているのではないだろうか。

 アンナは両親の不仲を見て育ってきたし、それを見て傷付き、いずれは自分もあんな風になるのだろうと口には出さないけれど悲観していたのを俺は知っている。

 顔を合わせれば喧嘩ばかりで、二人の娘の将来をめぐっては言い争い、そのくせ対外的な場面では仲睦まじい夫婦を演じる。

 どちらにも愛人がいないことから社交界ではおしどり夫婦だと思われているが、とんでもない。公爵である叔父は愛人を構うほどの時間がないからそういった相手を作らないだけだし、夫人の方は自身が流行を作り出すことに必死だったり、エレナを着飾らせて見せびらかすのに忙しいから必然とそういった遊びに手を出していないだけだ。

 そういった雰囲気なので、公爵家の使用人達の雰囲気もあまり良くはない。個々はとても優秀だし、教育が行き届いてはいるのだが、なんというか皆が皆他人行儀なのだ。


 対して俺の両親は、息子である俺が居た堪れなくなる程に仲が良い。俺の母親は仕事柄、家に帰る事が少ない。たまの休みで家にいる時は大抵父も合わせて休みを取っているのだが、まるで新婚夫婦の家に俺がお邪魔している様な気分になってしまうのでなるべく近づかない様にしている。


 自分の両親とアンナの両親の夫婦の在り方は対極的だ。いずれ自分も家庭を持つ事になるのならば、正直両親の様にも叔父夫婦の様にもなりたくないと思ってしまう。

 そういう意味では、シトリン伯爵家の雰囲気というものには心惹かれるものがある。だからこそ、むず痒さを覚えるのだろう。


 ここでは、至る所で伯爵夫妻の心遣いを感じる。

 疲れているであろう俺たちに配慮して、畏まった晩餐ではなく、ほどほどにカジュアルな夕食会という形で歓迎してくれた事もそうだし、そのメニューも考えあぐねた結果、レイラ嬢の好みを集めた様な形になってしまったり。

 慣れない環境で少しでも羽を伸ばせるようにと別邸をまるまる一棟貸して下さった事もそうだし、俺とアンナだけでなく、ネルや御者に対しての配慮まで。


 ネルは早速ここの侍女と打ち解けた様だし、俺とネルの又従兄に当たる御者も厩舎の世話係とは気が合いそうだと言い、待遇にも満足どころか感激している様だった。


 こんな環境で育ったから、彼女はおっとりと柔らかな雰囲気なのだろうか。それとも、彼女がそんな空気感をまとっているからこの屋敷がこんなに温かいものなのだろうか。


『伯父の前ではもちろん、使用人達の前、それから領民の前でもあまりリンドグレーンの名は出さない方が賢明だ。ついでに言えば、レイラの婚約者に関わる話もしないに越したことはない』


 彼女が馬車で眠っている間、レイモンドに言われた言葉を思い出す。

 確かにここへ来てから、レイラ嬢が今どうしているのかという話になった時ですら彼らの口からリンドグレーンの名を耳にしていない。

『あちらの家』とか『向こうの街屋敷タウンハウス』と表現されていたように思う。


 確かにあちらも彼女にとって家ではあるのだろう。けれど、こちらで過ごしている時間の方がより笑顔が多い気がする。

 到着してからまだ、数時間しか経っていないのにそう思ってしまうくらい、表情が明るいのだ。




 風呂に入り寝支度を整えていると、寝室をノックする音がしたのでドアを開ける。そこには夜遅いのにも関わらず未だ侍女服のネルが立っていた。


「これは今日のうちにお伝えしていた方がよろしいかと思いまして」


 どうやら今まで、シトリン家の侍女達と話し込んでいたらしい。

 彼女の話によると、モニカという侍女はレイラ嬢専属ではないが、いずれはレイラ嬢の専属になる予定だそうで彼女を主人として慕っているらしい。レイラ嬢が刺繍を渡した侍女ケリーともとても仲が良かったそうだ。

 彼女は、ケリーを通じてレイラ嬢の婚約者について色々な話を聞いていたらしい。中にはケリーが彼に抱いた不信感や愚痴など、レイラ嬢にはとても言えない内容のものもあったらしい。流石に内容までは聞けなかったそうだが、かなりの不満を抱えているのは明らかだったという。

 モニカに限らず、シトリン家においてレイラ嬢の婚約者に対する評判は最悪だった。それに関しては全く驚かなかったが、その悪評が意外なところで影響を及ぼしかねないという事だった。


「明日お出かけ予定の白磁器工房ですが、何やら以前、件の侯爵令息が色々やらかしてしまったそうで……貴族に対する印象が最悪だとか。明日、レイモンド様も同行されるので大丈夫かとは思いますが、追い返される覚悟で訪問されるくらいがちょうど良いそうです」

 ほとんどシトリン領に来ないくせに、珍しく来たかと思えば権力と財力を翳して無茶を言ったらしい。彼らしいと言えば彼らしいのだが、彼のせいで貴族は皆そうだと思われるのも迷惑な話だ。


 ただでさえ、白磁器工房の親方は職人気質のなかなか気難しい人物なのだという。加えて過去にも貴族絡みのトラブルに巻き込まれた事もあるそうで、そういった経験からシトリン伯爵家以外の貴族を毛嫌いしているらしい。


 そんな親方も、幼い頃から可愛がっているレイラにだけは滅法弱いのだという。モニカによれば、レイラ嬢の口添えが無ければ、たとえレイモンドが頼んでも断られていただろうとの事だった。


「それにしても、レイラ様はとてもお綺麗な方ですね。レイモンド様も整った顔をされてますから、美人だろうとは思っておりましたが……」


 ネルはモニカからレイラ嬢を描いた肖像画を見せてもらったそうだ。その際、モニカはレイラに早く会いたいと涙ぐみながら、いかにレイラが素晴らしい主人なのかを熱弁していたらしい。


「レイラ様とアンナ様が無事にお戻り頂けるよう、明日から一層精進しなければいけませんね」


 そう話すネルの目も、心無しか潤んでいるような気がした。


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