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She has a serious secret. ①

 レイモンドからアンナの存在を聞かされたあの日。

 俺は、アンナの執務室にある金庫の中からエレナが残したという日記帳を取り出したのだった。

 ぱっと見は何かの書類に見える様にとの配慮なのか、紐付きの厚手の封筒に入れ、硬く紐で閉じられたそれをなかなか開く気にはなれなかった。


 正確には、未だに開いて読むことを躊躇っている。だが気にはなっているので、旅行鞄の奥底に忍ばせてシトリン伯爵家に持ってきてしまった。


 シトリン領内の街道の噂は以前よりたびたび耳にしていたが、馬車の揺れの少なさは正直想像以上だった。レイモンドが話してくれた整備に至るまでの経緯というのも驚かずにはいられない。

 レイラ嬢がかなり本格的に領地経営に関わっていた事もそうだ。まさか領内の公共事業だとか、財政に関わるところまでレイモンドと一緒にとは言え成人前から携わっているなど思いもしなかった。


 シトリン伯爵領へ向かう道中、目を輝かせて領地の話をする彼女の姿はとても生き生きしていて、本当にこの地を大切に思っているのだという事がひしひしと伝わってくる。


 そんな彼女の姿が、どうしてもアンナを彷彿とさせる。

 いや、アンナの姿をしているのだからそれは当たり前のことでもあるのだが、なんというか約一月共に過ごしてきた彼女とは雰囲気が違うのだ。

 特に、アンナの姿である事をうっかり忘れたのか、顔見知りの領民に向かって手を振ろうとした瞬間なんて、アンナに戻ったのではないかと錯覚してしまう程だった。


「レイラ嬢は……意外とアンナに雰囲気が似ているのかも知れないな」


 口に出すつもりはなかったのに、思わずこぼしてしまうくらいにはよく似ている。


「あまり気負わず、自然体の方がアンナらしく見えるかもしれない。そう思わないか、ネル?」

「ええ。ふとアンナ様だと錯覚してしまう様な瞬間が確かにあります。立場は違えど根本的なところが似ておられるのでしょうね」


 俺以上に彼女の側にいるネルに確認すれば、そんな答えが返ってくる。


「どちらにせよ、伯爵邸ではレイラ様を思わせる空気感を纏っていた方がスムーズかもしれませんね」

「確かに『公爵令嬢』というだけで職人たちは構えてしまうだろうな……レイラと振る舞いが似ている方が彼らも受け入れ易いだろう。それに屋敷の者達だってそうさ。だからそんなに……拳を握って気合を入れる必要ないからね?」


 レイモンドの言う通り、アンナは女性にしては身長も高いし、顔だってキツそうに見える。さらに、公爵令嬢という肩書きまで追加されてしまうと、かなり相手は構えてしまう。

 けれどひとたび交流を深めると、見た目よりもずっと気さくで話しやすい人間なのだ。

 先程の彼女は、気さくで話しやすいアンナにそっくりだった。


 姿形はアンナでも、レイラ嬢の纏うおっとりとした柔らかな雰囲気の方が『初対面」の相手にはいいに決まってる。

 そして、一度相手の懐に飛び込んでからは先程のような一面を見せれば、相手それほど構える事なく接する事ができるだろう。




 レイモンドによると、馬車にはアンナも同乗しているらしかった。

 残念ながら俺には見えないが、彼女がウトウトし始めるまでは隣に座っていたらしい。


 彼女が眠りやすい様、レイモンドが隣の席に移動した事で俺の隣に来たようだが、すぐ隣にいても俺には全くアンナの気配を感じることは出来ない。

 それはきっと彼女も同じだ。彼女の口からそれらしい話が出た事もないし、彼女の視線の先だとか表情を見ていればわかる。


 今回、アンナが同行している事をレイモンドはまだ彼女に伝えるつもりはないらしく、また()()()()()()()に詳しい知人にも彼女を引き合わせるつもりはないらしい。


 どうやら俺もその知人と引き合わせてはもらえないようなのが残念ではあるが、その知人からのアドバイスについては共有すると言質は取った。今はそれで充分だ。


 アンナを元の身体に戻す事も大切だが、そちらにばかり気を取られるわけにもいかない。俺はアンナに代わってすべき事がある。そちらはレイモンドに任せ、俺は俺のすべきことをするだけだ。

 たとえ姿が見えなくとも、アンナが近くにいるというのは俺にとってプラスでしかない。レイモンドを通してアンナと意思疎通が出来るのはかなり助かっている。


 どうやらアンナもレイラ嬢のアイディアを気に入っているらしかった。

 実際、レイラ嬢が所有しているという白磁の小物入れやらキャニスターなどを見せてもらって、かなりイメージが膨らんでいるそうで、描けない自分の代わりにレイモンドにデザイン画を描かせて俺に渡してきたくらいだ。

 そのデザイン画の隅には、『モルテンソン・ヴェール』と書かれていて。レイモンドに聞けば例の茶を『モルテンソン・ヴェール』という名で売り出したいとのことだった。

 それに関しては、俺も賛成だ。ネーミングはわかりやすい方がいいし、響きも悪くない。


 また、『モルテンソン・ヴェール』のお披露目の茶会についてもアンナはかなり積極的に考えている様だった。


 レイモンドを介してではあるが、以前の様なアンナの仕事ぶりを感じる事が出来るのは俺としてもとても嬉しい事だし、喜ばしい事だ。


 けれどその反面、アンナが戻った後の彼女がどうなってしまうのかという事を考えると手放しには喜べない俺もいる。


 魂が三つあるのに対して、身体は二つしかない。もしも、アンナが戻ったとしても、彼女が戻れないままだったらと考えると、恐ろしい。


 アンナに戻ってきてもらわないと困る。けれどそれは、あくまでレイラ嬢が彼女自身の身体に戻る前提があっての事。

 レイラ嬢が今のアンナと同じ状態になる前提でも戻って欲しいとは思えない程度には、この1ヵ月で彼女に対する情が湧いているのだと思う。


 アンナと仕事をする様な安心感はまだ持てはしないけれど、レイラ嬢に手伝ってもらいながら仕事を進めていくのは悪くない。

 少なくとも外見はアンナであるし、レイモンドの妹だけあって優秀だし、何より手慣れているからだ。


 そう、彼女はレイモンドの妹なのだ。

 だから、レイモンドがやたらと世話を焼くのも、距離が近いのも、なんら不自然などではない。仲の良い兄と妹なら、妹が兄に寄りかかって眠る事もあるだろうし、妹の手を兄が優しく包み込むようにする事もあるだろう。


 ただ、問題なのは彼女がアンナの姿をしているという事なのである。

 ()()()とレイモンドが仲睦まじくしているという視覚的情報は、中身がレイラ嬢と分かっていてもなんだかモヤモヤする。

 モヤモヤしていると、彼女と目を合わす事ができず、思わず彼女から目をそらしてしまうのだ……



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