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55 days left ②

 事故に遭ってから、約一ヶ月半。


 今までも、伯父の元と王都のタウンハウスを行き来する生活を送っていた私にとって、その程度期間タウンハウスを離れる事はよくある事だった。


「ようこそお越し下さいました」


 けれど、そんな風に迎え入れられるのは初めてだったし、そんな風に声をかけられてもいつも以上に「帰って来た」という感覚が強い。

 けれど、いつもなら『レイラお嬢様、おかえりなさいませ』と満面の笑みで迎え入れてくれる家令のケアリーが、なんだかよそよそしくて変な感じだ。

 私がアンナ様として、兄の客人として訪れたのだから当然の事だし、家令として客人に向ける表情としてはふさわしい表情と態度なのだけれど。

 祖父母という存在に縁の薄い私にとって、私を孫のように可愛がってくれていたケアリーは特別な存在なのだ。優しい祖父というのはこんな感じなのだろうなと思ったのは一度や二度ではない。だから、どうしても寂しく感じてしまうのは仕方あるまい。


「こちらは家令のケアリーだ。ケアリー、こちらが俺の友人リチャード・モルテンソンとモルテンソン公爵令嬢だ」

「私共のお嬢様をお救い下さり、本当にありがとう存じます。公爵令嬢様は勿論、リチャード様の父君、ダニエル・モルテンソン閣下にもなんとお礼を申し上げて良いのやら……心より、歓迎いたします」

「ありがとう存じます。ですが、私は何も……」

「そう仰って頂けると父も喜びます」


 前言撤回。ケアリーは今でも私の事を可愛がってくれているし心配をかけているのだ。涙目で深々と頭を下げるケアリーの様子から、それが痛いほどに伝わってくるが、お礼など言われても私は助けられた側であり、何もしていない。

 私が困っていると、リチャード様が笑顔で助けてくれた。

 兄は、今後彼が不在でも私とリチャード様がここへ来る事を想定して紹介してくれたのだろうが、ケアリーの歓迎っぷりには正直戸惑ってしまう。


 私達がそんな会話をしている間、チラチラとこちらを伺う様な視線を感じた。

 ゴホン、と不自然にケアリーが咳払いをしたので、リチャード様に視線でエスコートをお願いした。


 ここで兄に甘えて使用人達に変な誤解を与えたくはない。領地の伯爵邸まで妙な噂となって伝わってしまっては、何かと面倒だ。


「応接室では商談をするので人払を頼む」

「かしこまりました」


 どうやら兄も侍女やメイドの視線が気になっていたらしく、先導するケアリーにそう声をかけた。


「その後、サロンに行くので準備を。()()()にも後ほどサロンへ来るように声をかけておいてくれ」


 実際来てくれるかどうかはわからない。来なかったからといって部屋に押しかけるのは少々気が引ける。

 けれど、早く彼女と会ってお互いの意思疎通はするべきだし、お互いが元の身体に戻るために協力を取り付けたい。


 だが現実問題、それに全ての時間を割けるわけもなく。私達にはしなければならない事も存在する。

 モルテンソン公爵領も、シトリン伯爵領も現領主が健在ではあるものの、事実上の後継として既に一部の業務が私やアンナ様へ任されている。

 私やアンナ様の代わりに兄とリチャード様が肩代わりしてくれているこの状況を打開しなければならない。

 兄から提案されたときには、お茶を飲みながらのんびり過ごすつもりでいたけれど、よくよく考えたらそんな暇なんて無かった。



 人払をした応接室で、私は兄から私が任されているシトリン領のいくつかの事業について報告を受けていた。

 そしてそれらが一通り済むと、リチャード様を交えてシトロワーズの白磁の話をする。


「アンナ様に許可が取れれば、私としても話を進めて行きたいと思っているの。理想としては、アンナ様が()()()として、一緒にシトリン領へ行けたらお互い仕事が進めやすいと思うのだけれど……」


 そうすれば必然的に一緒に過ごす時間も長くなるので、アンナ様の姿のまま自分の仕事が進めやすいというわけだ。


「確かにそう出来れば、仕事は勿論、今後についても話を進めやすいな……」


 もしかしたら、一緒に過ごすうち、何かの拍子で元に戻るかも知れないし、思いつく限りの手段を実行するのにも都合がいい。お互いの変化が元に戻る手がかりになろうる可能性だってあるのだ。


「……シトリン領には俺も同行する」


 兄の申し出には、私もリチャード様も驚いていた。


「お兄様が一緒だと心強いし助かるけれど……大丈夫なの?」

「殿下の許可はもぎ取ってきた。というか殿下の命で行く。伯父にも話はつけてあるし、シトロワーズの白磁には以前から殿下も目をつけていた。二人が話を進めても進めなくても、殿下はなんらかの形で一枚噛みたいと考えていたし、俺が動くのは俺の中では決定事項だったから全く問題ない。ただ時期が少し早まっただけだ」


 爽やかな笑顔でそう言うが、かなり無理をしたに違いない。


「殿下としては、王家とモルテンソン公爵家の関係が良好である事を示したいそうだから、一枚噛ませておくくらいで丁度いい。王室御用達でも何でも、くれると言うものはもらっておけ」


 丁度、婚約が無くなった直後にエレナ様が亡くなったことにより、モルテンソン公爵家は王家主催の夜会を含めたすべての行事を欠席している。それを、喪に服しているからと取らずに、王家とモルテンソン公爵家が不仲だと面白おかしく噂している人達がいるらしい。


「それとこれは俺個人としての意見なんだが、今回の件で事業を立ち上げるならば、『レイラ・リンドグレーン』ではなく俺の名を使った方が良いと思う。もしくは、伯父上に名前を借りるべきだ」

「……それには俺も同感だ。レイラ嬢の名では悪用されるリスクが否めない」


 悪用されるというのは少し大袈裟な気がしないでもないが、レイラ・リンドグレーン名義よりも兄や伯父の名を使わせてもらった方が立ち回りやすいのは理解できる。なんと言っても社会的信用といった面で比べ物にならない。

 それだけでなく、私が表立ってレイラとしての行動が出来ない事も大きく関わってくるのだろう。やむを得ない。

 二人がそう言うので、大人しくその提案に頷いておく事にした。

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