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She’ll be right here ③

リチャード視点

 多分、俺は元来自尊心の高い人間なのだと思う。

 そんな俺が第三王子の下僕としてやって来れたのは、他でもないアンナという同志がいたからだ。


 そんな彼女を失った影響は大きい。

 相談出来る相手がいない事が、こんなにも精神的な疲労に影響を及ぼすとは知らなかった。

 今までどれだけアンナに頼って甘えてきたかを嫌というほど実感させられる。


 新たな特産として開発した茶の試作品はひとまず完成した。

 あくまでひとまずなのは、販売戦略が未だに決まっていないからである。

 まずは貴族とか富裕層向けに売り出し、徐々に低価格帯の商品も開発して裾野を広げていくという非常にざっくりとした方向性は決まっているものの、具体的な計画が全く決まっていなかった。


 貴族向けに売り出すと言っても、どうやってお披露目するかなどはアンナの仕事だと思って放置していたのは自分だ。

 モルテンソン公爵に試作品を送ったが、販売計画や今後の戦略展開などについては未だ送っていない。公爵が外遊中の為かろうじて多少の猶予はあれども余裕はない。なんせアイディアが浮かばないのだ。


 普段振り回されている意趣返しにアンナ任せにするつもりだった仕事だ。だからといって、レイラ嬢に意見を求めるのも筋違いである。


 結局のところ、彼女は部外者なのだ。

 アンナと二人で計画を立て、少なくはない領民を巻き込んでやっと出来上がったそれに、部外者を関わらせるのは嫌だった。


 けれど。

 彼女はいとも簡単にそれをどうやって広めれば良いのかをつらつらと語り出した。

 俺が相談すらしていないのにも関わらずだ。


 しかも、彼女の兄レイモンドがその話に嬉しそうに相槌を打ち、彼女のアイディアに衝撃を受け、圧倒されていた俺は蚊帳の外。

 彼がシスコンと噂されるくらいに妹と仲が良いのは知っていたが、それは一方的なものではなく。俺の想像を超える仲の良さにも驚かされた。


 自分は第二王子に献上して、何かの機会に彼がどこかで話題にしてくれたらラッキーくらいにしか考えていなかったのに、それはそれは楽しそうに彼女は具体的なアイディアを次々と口にする。


「その話、詳しく聞かせてくれないか?」


 夢中で喋る彼女を一旦止め、執務机から紙とペンを取って戻ると不思議そうな顔をした彼女と目が合う。


「君のそのアイディアを借りたい」

「アイディアですか? このたわいもないおしゃべりが?」

「そうだ」


 これまで俺が行き詰まっていたことを説明すれば、彼女は嬉しそうに微笑んだ。

「お役に立てるのなら喜んで」という、言葉を添えて。





 ***


「お茶が主役のお茶会……」

「はい。好みもあるかとは思うのですが、繊細な香りのお茶にスミレの砂糖漬けを合わせるとお茶の香りが打ち消されてしまいます。せっかく香りの良いお茶なのですから、お茶に寄り添うお菓子だけをお出しするんです」


 お茶会というのは淑女達の社交場だ。男性も同伴する事はあるが、俺はほとんど出席した事がない。それこそ第二王子殿下の遊び相手として登城していた頃にほんの数回で、やたらと派手派手しい、味よりも見た目重視な菓子がテーブルの上に鎮座している印象しかない。

 彼女は、嬉しそうに「それから……」と言って更に違うアイディアを口にし始めたので慌ててメモを取る。


「低い温度で抽出するのは、苦味を抑えて甘みを引き立てる為だと伺って、思い出した事があるんです。紅茶を水で抽出すると子どもでも飲みやすいって。それならば、このお茶も水で抽出したらもっと甘くなるのではないかしら……それと王都とシトリン領では同じ茶葉を使っても全然味が変わってしまうのです。どうやら水質が影響しているそうなのです。温度や水を変えて同じ茶葉を飲み比べたら面白そうだと思いませんか?」

「確かにそれは興味深い……」


「それから、付加価値をつけるのです」

「付加価値? 具体的には?」


 付加価値を付ける、そう簡単に言ってもどう価値をつけるのか思いつかばないから俺は困っているのだ。


「例えば、シーズン初めの新芽だけを集めて作ったものを最上級品とするとか」

「そうすると、水色と香りのバランスがだな、」

「そこを逆手に取るのです。『柔らかい新芽のみを使っているのでとても繊細な香りで水色も薄く儚い』とか、逆に大きく育ったものだけを集めて『力強い香りとしっかりした味わい』と謳い文句を付ければ良いのですわ。おすすめの淹れ方と、合わせる食べ物についての情報も一緒に売るのです。ワインみたいに」


 流石はシトリン伯爵領の領主教育を受けているだけある。

 シトリン領は特産品が多い土地だが、中でも代表的なのはワインである。

 なるほど、単一ワインとブレンドワインのように考えるとなかなかに面白い。


 シトリンのワインは種類が多く、品質もさることながら、特徴的なのは贈答用のデザインボトルだ。

 絵付けされた化粧瓶に詰められたワインは、とても有名であり、特に貴族などの富裕層の人気も高い。

 しかも、定番のデザインと限定デザインが存在しており、限定デザインのボトルのコレクター間では、空き容器が高値で取引されているというのだから驚きだ。


「そして、容器も大事です。茶葉の容器に、シトロワーズの白磁のキャニスターに入れて売ってはいかがでしょうか?」


 確かに真っ白の白磁のキャニスターに深い緑の茶葉は映えることだろう。しかし、白磁の特性上保存容器として問題がある。

 それを指摘しようとしたが、俺が口を開くよりも彼女が続ける方が先だった。


「本来、白磁のキャニスターは光を通すため茶葉の保管には向きません。ですから、キャニスターを巾着に入れるのです。特別感も出ますし、ドレスを仕立てた切れ端を利用すれば価格も抑えられますし、中綿を入れたキルティングの巾着ならばキャニスターの緩衝材にもなりますもの」


 彼女はただの思いつきで喋っているわけではなかった。保存性や運搬の事まで考えている。

 それだけではない。いずれ自分が経営するであろう領地の売り込みまでしてきたのだ。


「良ければ、シトロワーズの工房に紹介状を書きますよ? 幸い、筆跡は以前の私のものですもの。それにお兄様が封蝋を押してくださればきっと快く迎え入れてくださる筈ですから、一度見学されてはいかがでしょう?」

「とか言って、レイラが行きたいだけだろう?」

「お兄様、気付いてしまわれましたのね……」


 イタズラが見つかってしまった子どものような表情は、先程までの彼女の雰囲気とはまるで真逆だった。

 きっと、レイモンドだからこそ引き出せる表情なのだろう。

 先程までの手腕がまるで嘘のような無邪気な笑顔がとても眩しく感じると同時に、俺とアンナでは思いつかなかったアイディアに、躊躇してしまう俺がいた。

残り60日

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