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She’ll be right here ②

「リック……レイモンドに一体何をした?」


 仮眠を取ったアンディの目にもリックの変化は明らかだったらしい。

 まず、俺を迎えにきた時とは表情が全く違う。目の下の深いクマは相変わらずだが、目には力が戻っているのだ。

 レイモンドに起されたアンディは、少々呆れた様子で俺にそう尋ねたが、レイモンドがソワソワと落ち着かない様子で今すぐ帰りたいと交渉を始めようとすると、「めんどくさいから理由は聞かない」と言いながら彼の早退を許可してしまった。


 アンディ曰く、こういう時のレイモンドは厄介なので、余程の事がなければ彼の要望をのんだほうが被害が少ないらしい。それだけでなく、深入りはしたくないからと俺とレイモンドの会話について特に言及することもなかった。

 その判断もレイモンドの日頃の働き振りあってこそなのだろうし、お互いに信頼関係があってのものなのは理解している。

 それがとても羨ましく思えてしまう自分の卑屈さが嫌になる。





 そんなこんなで急遽二人を合わせる事になったが、彼女の方は俺と一緒にレイモンドに会いに行きたいと言っていたくらいだ。問題ないだろう。


 念の為とモルテンソン公爵邸に先触れを出したのだが、ほぼ同時か下手したらこちらが先に到着してしまうかも知れないとレイモンドを追いかけながら考えていた。

 馬車か徒歩で向かうつもりだったのに、レイモンドに馬を用意されてしまった挙句、笑顔の圧で迫られたら断れなかった。

 流石は王子の側近、仕事が早い。


 先触れではアンナへの客人を急遽連れて行く事、相手の身元は確かである事、自分の学院時代の友人なので来客対応は不要である事、新たな特産品に関する話をするのでネル以外の使用人はなるべく近づかない様にして欲しい事をしたためているが、間に合わなければ着いてから口頭で伝えても問題はないだろう。


 公爵邸に到着すると家令が出迎えてくれた。馬を厩舎に預けていたため、ギリギリ先触れが間に合ったらしい。


 それにしても、家令がにっこり笑い歓迎の意までわかりやすく表すのは珍しい。

 レイモンドが第二王子の側近であると伝えたからかも知れない。

 昔から仕えるモルテンソン家の使用人は第二王子に対して好意的なのだ。


 サロンや応接室では少々話しにくい内容なので、アンナの執務室を使う旨を伝えたが、咎められる事なくあっさりと通された。

 彼女の執務室は、元々私室だった部屋を転用しているため、完全にプライベートなエリアにある。

 婚約者のいない令嬢の私室に初対面の相手を入れるなんてと咎められる事を覚悟していたのに逆に拍子抜けしてしまった。


 執務室まで向かう間、レイモンドは無言だった。目的の部屋までたどり着き、念の為ドアをノックするが返事がない。この時間、彼女はは庭の散策をしているかも知れないなと思いつつ、ドアを開けて部屋に入りレイモンドにソファを勧める。

 すると今入ってきたばかりの扉がゆっくりと開いた。


「リチャード様?」

「ああ、今戻った。君に客人だ」

「私に、お客様……?」


 どうやら前触れは本当にギリギリだったらしく、彼女のところまで伝達が出来ていなかったらしい。

 それもやむなしと思った瞬間、ソファに座ったはずのレイモンドが立ち上がる。

 俺はすぐに入り口まで向かい、驚き立ち尽くすアンナの姿をしたレイラ嬢を執務室の中へと促し、ドアを閉めた。


「お兄……様……?」


 俺がドアを閉めると同時に、掠れた声が聞こえた。声の聞こえた方向を見れば、レイモンドは彼女を彼の腕の中に閉じ込めてしまっていた。


「レイラ……レイラなんだね」


 まるで、恋愛ものの演劇かオペラのワンシーンでも見ている様だ。

 外見はともかく、二人は兄と妹だ。互いに信頼し、とても仲の良い兄妹なのである。決してアンナではないし、彼女は兄として彼を慕っているのだと、あれは感動的な家族の再会なのだと自分に言い聞かせる。


「元気にしてたか? 身体の痛むところはないか? ちゃんと食事は取っているのか? 困った事はないか? ……事故は怖かっただろうし、心細かっただろう?」


 声をあげて泣き出した彼女を宥める様に、レイモンドが声をかける。

 抱きしめたまま背中を優しくさすり、彼の慈しむ様な優しい声に彼女も安心したのか徐々に落ち着きを取り戻していた。


 彼女に向けるレイモンドの視線はとても優しい。そして、そんなレイモンドに身を任せる見た事もない彼女の表情。


 感動の再会とも言える場面なのに、アンナの姿をしていてもアンナではないと理解しているのに、なんだかモヤモヤする。


「……リチャード様と、アンナ様の侍女のネルさんがとても良くしてくださるの。だから大丈夫よ」


 レイモンドに涙を拭かれながらそう答える彼女は、安心し切った表情をしていた。

 そこには確かな信頼関係があって、姿が変わっても変わらない絆があって。


 そんな二人が、俺はたまらなく羨ましかった。

 だから、見ていられなくて背を向けてしまったのかもしれない。


「……リチャード様、ごめんなさい」


 背後からかけられた声は、昔からよく知るものとほとんど同じだが少し違う、この一週間ですっかり聴き慣れたはずのものだった。だというのに、急に距離を取られた様に聴こえた。それだけで数分前に部屋を覗き込んだ彼女の声とは全く別人のそれに聴こえてしまった。


「いや、気にするな。今までずっと不安だっただろう? 久しぶりに家族に会えたんだ、そういうもんだろう」


 背を向けたまま、彼女を案ずる言葉をかけた。自分がどんな顔をしているのか不安だったからだ。

 レイモンドが彼女にそうするのは、母親が自分にそうするのときっと同じなのだ。仲の良い家族としてはそう珍しくないのだ。彼女はアンナではなく彼の妹だ。そう自分に言い聞かせている事に気付く。


 俺は何に対して、こんなにも心を揺らしているのだろうか。

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