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She’ll be right here ①

「俺は、事故後のアンナに会った時『初めまして』と言われた」

「まさか……」

「そうだ、レイラ嬢が姉の様に慕っていた侍女と似た様な感じだろうな。この茶だって、アンナの発案で東方の茶を模して開発したのに、飲ませてみれば『初めて飲んだ』ときたもんだ。正直、ふざけるなと思ったね」

「筆跡も違ったのか?」

「違ったな」

「……同じではないが、症状が似ていると言わざるを得ないな。それにしても、さっきから妹の名を当たり前のように口にしているが……君とレイラは面識がないだろう?」


 彼の声には、少し苛立ちが含まれているようだった。意訳すれば「妹の名を気安く呼ぶな」と言う事だろう。

 確かに呼び捨てではないものの、個人名を出すのは不躾だったかも知れない。彼のいう通り、「リンドグレーン伯爵令嬢」または「妹御」と言うべきだったと反省する。


「なぁ、レイモンド。俺はあくまで真面目な話をする。だから怒らずに聞いてくれないか?」


 彼は大きく息を吐くと「善処しよう」と呟いた。そして居住まいを正すと、視線だけで俺に話の続きを促した。


「とにかく、アンナの反応に腹が立って仕方がなかった俺は『お前は誰だ?』と問い詰めた。感情的になった面は否めない。けれど、部分的な記憶の欠如があるにしても、欠如した部分が不自然に思えた。それはまるで、アンナではない誰かがアンナに成り代わっている様にしか思えなかったからだ」


 彼は少し眉を顰めた。


「俺が問い詰めると、彼女は自分がアンナではない事を認めたよ。そして、自分はレイラ・リンドグレーンだと名乗った」

「……そんな、あり得ない!」


 彼の座っていた椅子がガタリ、と音を立てた。テーブル越しではあるが、こちらに身を乗り出している為距離が近い。

 俺は手で座るように促し、話の続きをする。


「彼女は自分の身体に戻りたい、俺は彼女がアンナのままで過ごすのは困る。利害関係の一致から、俺と彼女は手を組む事にした」

「……何故、それを俺に?」

「あの日中央公園に行った本当の理由をレイモンドに伝えれば、自分がレイラ・リンドグレーンである証明になり得ると彼女は言った。出勤時か帰宅時を狙って城門へ行けば会えるだろうと」

「それで……彼女は何と?」

「彼女はあの日、婚約者と今後の事を話し合う為に中央公園を訪れた。彼の女性関係の清算と今後の生活改善を求め、それに応じられないならば婚約の解消も辞さない事を伝えるつもりだったと……」


 これではきっとまだ弱い。彼はまだ半信半疑なのだろう。この程度ならば、レイラ嬢と婚約者の様子をよく観察していれば想像がつきそうな内容だ。


「最近の彼は婚約者としての役割を碌に果たしていなかった。彼が学院を卒業した2年半前から徐々に悪化し、この一年は特に酷くなっていた。彼女は周囲に心配をかけまいと隠そうとしていたが、君は彼女の異変に気付き、彼女の希望もあって家族……いや、主にシトリン伯爵夫妻に婚約者との不仲を隠そうとした」


 レイモンドの視線が僅かに彷徨う。驚いているに違いない。


「今年の誕生日に婚約者から贈られた事になっているドレスだが、君が万が一の事態に備えてオーダーしたものだ。婚約の記念日のプレゼントのイヤリングもそう。彼女はそこまでさせるのは申し訳ないと断ったが、シトリン伯爵家の事を押し付けた詫びだと言って受け取らせたそうじゃないか?」


 レイモンドは天を仰ぎ、目を瞑った。妹が別人に成り代わっているなんて、突拍子もなく信じがたい事だが、きっと彼はそれを信じようとしている。彼の中で折り合いをつけようとしているのだ。


「彼女としては関係改善が目的で、彼との婚約解消はこちらが話し合いを有利に進めるための脅しの様なものだと。レイモンドは反対したそうだが、結婚後愛人を持つ事は条件付きで認めるつもりらしいね。レイモンドは彼方有責での破棄にするべきだと言って、彼女は君を宥めるのが大変だったと言っていた」

「……モルテンソン公爵令嬢、いや、レイラに会わせてくれ」

「……会わせる代わりに、条件があると言ったら?」

「……その条件とやらを聞こうか」

「……俺と彼女に協力をして欲しい」

「もとよりそのつもりだ。レイラに戻ってもらわないと、俺が困る」

「ありがとう……」

「リチャードのためというよりも、俺とレイラの為だ」


 よろしく、そう言って彼は笑顔で手を差し出した。俺がその手を握ると、思っていたよりも強い力で握り返された。


「レイラがいつものレイラではないと思わなかったわけではないんだ。けれど、両親も兄も義姉も皆が口を揃えて『レイラに対して過干渉すぎる。今までレイラが我慢していただけで、邪険にされて当たり前だ』と言われて……」

「あまりのショックで、『使い物にならない』とアンディが言うほど仕事に支障をきたしたわけか」

「まあ、そんなところだ」


 苦笑しながら答えるレイモンドの表情は、先程よりも随分と明るく見えた。



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