異世界に召喚された〈私〉の主張
常々思っていたことがある。
世の中に流通する「異世界召喚」。
聖女やら何やら多種多様なシチュエーションと立場でなされるそれに巻き込まれるあれ。
主人公たる彼女(または彼)は様々に悩み苦しみながらも与えられた職務をこなし、最後にはどのような形であれ迎えるのはハッピーエンド、大円団で終わるというあれである。
読み物としては面白い。
決して嫌いではない。
誰だって召喚されて、右も左も分からない異世界でのたれ死んだという悲惨な結末なんて読みたくないだろう。
私だって読むのならハッピーエンドで終わる方がいい。
が、しかし。
今この瞬間にも私は実感している。
娯楽は読むからこそ娯楽なのだと。
目の前には首を垂れつつ、こちらを品定めしている見知らぬ人々。
顔を伏せているから瞳の色はわからないが、髪の色はそれこそ千差万別で、驚くことに緑や薄紫なんてものもある。
もちろん天然物で。
この場に女性はいないから女性の服装はわからないが、服装は中世っぽいがそれなりに洗練されていて、なかなか動きやすそうだ。
腰には剣帯、そしてある者は杖。
背にはマント、そしてある者はローブ。
怯えるべきか、それとも異世界だ!とわくわくすべきか。
これがラノベ好きな女子高生だったりしたら喜んだのかもしれないが、ここにいるのは〈私〉であり、そしてその〈私〉は怯えもわくわくもしなかった。
まず最初にぼんやりと今進行中のプロジェクトをどうしようと思った。
まあこれは1人のプログラマーとして参加していたものだから、よしとしようと思えばよしとできる。
が、ここに来る前にシステムダウンを引き起こしたエラーを誰が修正するのかと結構真剣に悩む。
あれは特定が難しい類のエラーだった。
次に何で私が、と思った。
前述したように私はラノベ好きな女子高生ではない。
ただの一般ピープル、一社会人だ。
25にもなった人間が異世界召喚を喜ぶか?
性格がいいとか特別何かに優れているわけでもないのに、いい迷惑ではないか。
そして最後に込み上げてきたのは怒りだった。
首を垂れる人々の中でもとりわけ偉そうな若造が滔々と世界を救え的な口上を読み上げる(懇願するのではなく)のも気に食わない。
こちらの事情はお構いなしかコラ(怒)と思った瞬間、口に出た。
「世界を救うためには1人の犠牲はやむを得ない、というわけか」
私の言葉にざわっと場がざわつく。
偉そうな若造の隣で首を垂れていたこれまた若造が血相を変えて「無礼な!」と腰の剣の柄を握り締めたのを見て、さらに挑発するように唇の端をあげた。
「無理矢理この世界に引っ張り込んで謝罪もない。
自分たちの主張を一方的に捲し立てて、
それで全てが罷り通るとでも?
世界を救うために召喚した?
召喚された人間の、元の世界での生活はガン無視か。
さぞかし傲慢に育ったのだろう。
それで召喚された人間がわかりましたと世界を救うとでも?
寝言は寝てから言え」
・・・マイルドに言ったはずが口が悪いのが災いした。
剣の柄を握った若造は今にもその剣を抜きそうだ。
偉そうな若造は召喚された人間にそんなことを言われるとは思ってなかったのだろう。
絶句し唖然と目を見開いている。
腕を組んで辺りを睥睨する。
その瞬間に面白そうな色を宿した瞳が目に入る。
髪はブルーグレー、瞳は蒼。
非常に整った顔立ちのその人物は私を見てにっこりと笑った。