6. 魔導十連門
今現在、修也達が今いるのは円柱型の、高さが見上げる程に高い建物の一階である。
建物の中から見上げてみると、すべての階層が見え、階層ごとの手すりから、微妙に本棚が見えている。
ガラス張りの天井からは日光が差し込んでいるた。
真上に太陽があるあたり、今はだいたい正午だろう。
周りには本棚がたくさん置いてあり、それが何階層にも分かれている。この情報だけでわかるだろう。今修也達は図書館にいる。
「あーだりぃー死にて。俺って生きてる価値ないわ」
そして人生に絶望している。
「図書館のど真ん中であおむけに寝ながら人生を棒に振ろうとするな」
「説明しているかのような丁寧な説明ありがと」
「全部棒読みになってるぞ」
今までの人生何だったんだろう。そう思いながら天井から見える太陽を全身に浴びて絶望している。
あまりの絶望感に走馬灯すらもよみがえってこない。
何故修也がこんな公衆の面前でぶっ倒れているのか。それはだいたい数分前に遡る。
―――
町中を数分間歩いた修也たちは目的地であるここ、『ランティスト国立図書館』といわれる文字通り国が運営している図書館についた。
昨日、幻覚魔法にかかったまま窓の外を見た際に見えた円柱状の建物だった。
ここは国が運営しているとはいっても、ナノ曰く『国立とは名ばかりで、実際の権限は館長さんにすべて一任されてるんですよ』とのこと。
なんでも、魔法はこの世界ではごく当たり前に使われているため、使えるようになるためには検定を受けることは必須。
それに伴いあらゆるところに国立の図書館があるため国がそのすべてを管理するのが難しくなったらしく、国からの信頼の厚い何人かが各図書館の館長として図書館の管理を任されているそうだ。
「とくにここの館長さんはとてもすごい方で、魔導十連門と呼ばれる国が認めたSランク所有者の十人の内のお一人なんですよ」
「へー、Sランクの魔法使いって十人しかいないんだね」
「いえ、正確には十人しか入れないんです。なんで十人かはわからないんですけど」
「その十人って強いのか?」
「それはそうですよ! だって国から選ばれた最強の十人ですよ! ……まあ正確には十連門の誰かを倒せば入れるんですが」
ナノの興奮を見るに、どうやらその十連門は相当すごい集団らしい。
より話を聞くと、どうやら警察や軍隊よりも権限が強いらしい。
「つまりそいつを倒せば俺も十連門に入れるのか」
「やめておいた方がいいと思いますよ?」
「即答?!」
ナノが何のフォローも入れずに即答する当たり、この国での十連門の信頼度はかなり大きいものだと伺える。
そこまで強いのかと疑問を覚えるが、それを察したのか十連門が何故強いのかがナノの口から語られる。
「Sランクには特別な魔法を作る権利が与えられてて、十連門の方が使う魔法のことを固有魔法って言うんです。ここの館長さんは他の方々とは一風変わった固有魔法を使うといわれていますし」
「確かBランクから攻撃系の魔法も使えるんだったよね。修也、今までありがとうな。お前と過ごした日々、忘れないぜ」
「笑顔で死亡フラグを作っていくんじゃない!」
ゆっくり歩きながら会話をしていると、建物の中央よりも少し奥に丸く区切られたカウンターがありその中では何人かが魔法で様々な作業をしていた。
パソコンのキーボードのようなものと、その上にとても薄い半透明の宙に浮いてる画面がある。魔法というよりは近未来チックなものだったが、これも魔法の一種なのだろうか。
カウンターの目の前に立つと白髪に白髭を生やした職員のおじさんが、こちらに気づき近づいてきた。
「ようこそランティスト国立図書館へ。なにか本をお探しですか?」
「いえ、今日は魔道検定のEランクを受けたいんです」
「なるほど、となると後ろのお二方ですね。その身長、異世界人の方ですか」
どうもこの世界では修也達のような異世界人に対しての認知度が高いらしい。それに偏見もない。
それだけ異世界人が身近なのだろうか。
この世界にいる人間は一割が異世界人とナノが言っていたが、その一割が何人なのかもよくわからない。
少なくとも自分達がここに来るまでの間にそんな奴は一人もいなかった。……どうゆうことだろうか。
そんなことを考えていると、カウンターからさっきの職員が出てきた。
そして修也と知樹の前に立つと、俺たちの顔をまじまじと見つめていた。
「無理ですね」
いきなりだった。唐突に修也の方を向くとたった一言、そう告げてきたのだ。
「む、無理って何がですか?」
「無理ですね、魔法を使うのが」
「……え?」
「魔法を使うために必要な魔力と呼ばれる体内に存在するエネルギーがあるんですがね、あなたはそれが全くないんですよ」
「……は?」
あまりの衝撃に言葉を失う。
ポカンとしたままの修也をお構い無しに、修也にとって衝撃の一言をいった口を饒舌に動かす。
「異世界人にも多少は存在しているはずなのですがね、あなたの場合は精密な検査をしなくてもわかるほどに魔力がないんですよ。私も三十年ほどここに居ますし、何人か異世界人の方々を見てきましたが、あなたのような人間は初めてですよ」
ただただ淡々と事実を告げていく職員のおじさん。
その目は真っすぐに修也を見つめており、多少の同情と憐みも感じ取れた。
ましてや人並み以上の観察眼をもつ修也はその真実がすぐにわかったらしく。
「あー死にて。誰か俺を殺してくれ。」
不貞腐れた修也が倒れることで、この状況が完成したわけである。
「あのな、ここ公共の場だぞ。周りの視線が痛いからさっさと立て」
そう言いながら粉々に砕け散った心を立て直すことすらめんどくさがってる修也を、何とか起こして肩を貸す知樹。
修也の顔を見ると目は焦点が合っておらず、なにかブツブツと言っており、若干顔色も悪く見える。
「対してあなた、あなたはすごいですね」
修也を立たせたところで、おじさんが続けざまに感心するように知樹に話した。
「魔力の内在量がこの世界の人間に匹敵している。魔力の少ない異世界人のそれとは別物ですな。こうゆう方も珍しいものです」
「え? あ、はぁ、そうなんですか……」
自分の隣に魔力ゼロで絶望を味わった亡者がいる手前、素直に喜べない知樹。
そのときだった。
「なんでだよ……なんで知樹がよくて俺はダメなんだよ」
虚ろ虚ろと喋っていた修也が急にはっきりとした口調で職員に異議申し立てた。
「こればかりは生まれ持った潜在的なものなので、ご了承願いたい」
『生まれ持ったもの』このたった一言が修也の何を刺激させたのだろうか。
いままで耐えられなかった現実を何とか受け止めようと頑張った心が壊れ、プツンという音だけが修也の中で鳴り響いた。
「ふざけんじゃねえ!! 生まれ持ったものだ?! こんな地獄みたいな世界に来させられてまで何の特別なものも得られないのかよ!!」
「地獄とは何のことかわかりかねますが、少々落ち着いて……」
「前の世界でだってそうだ!! 神はいらねぇものばっか置いて行って、必要なものだけを奪い去っていく! 俺が一体何したって言うんだよ!! なんであいつらは俺の大事な」
「そこまでよ!」
その言葉と同時に一同の目の前を、正確には修也の目の前を火の玉が飛んでいった。
その球はそのまま奥の本棚にぶつかり小規模の爆発を起こす。
一同はその光景にあっけにとられていたが、職員だけは玉の飛んできた方を見た。
「あんた達、図書館は本を静かに読む所だって教わらなかったのかしら? この図書館でこれ以上揉め事を起こすならそこの馬鹿を出禁にするわよ」
つかつかと歩きながら入ってきた少女は、正論を毒舌交じりに言い放った。
金髪の結び目が少し高いポニーテイルに全体的に赤であしらったドレスのような服。右脇には少女より一回り小さいが他のものと比べると大きめの本が抱えられていた。
一同の目の前まで歩くと、少女は職員の方を見て。
「お帰りなさいませ、イオナ様」
「留守番ご苦労様、この世間知らずども以外に何か変わった様子はなかった?」
「いいえ、何もございませんでした。会議のほどはどうでしたか?」
「どうもこうも、進展なしよ。それはさておき」
丁寧に一礼して報告する職員。そしてそれに素っ気なく返事を返す少女。
二人の見た目の年齢からは考えられない上下関係だった。
そして少女は一同の顔を一通り見ると修也を見て、たった一言。
「次は当てるわよ」
たった一言、されど一言。
表情の裏側に隠された殺気と怒りがたっぷりと込められた言葉に、さっきまでわめいていた修也はこう言うしかなかった。
「すみませんでした」