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4. 羞恥の事実

「うわああぁぁぁぁああああ!!」


 修也が目を覚ましたのは夜だった。

 シチュエーションは毎度のごとく同じだが一つ違う点を挙げるとすれば、ここは修也が三度目を覚ましたナノの部屋ではないということだった。

 結構狭い部屋の間取り、生活感の無さ、だが清潔さは保っている。察するにここは……


「宿屋……か?」


 修也が起きたのは部屋には普通の人が二人納まるかどうかのベットの上。

 向かい側の壁の隅には一人用の椅子と机があり、修也の左側にはクローゼットだと思われる扉があった。さらに左には部屋の入口であろう扉もある。


「正解。流石、直ぐに気づいたか」


 扉を開けた知樹がアンサーを出した。丁度修也の部屋に入ってくるところだったのだろうか。


「子供に極力合わないように周りを観察してきたこの目、なめんなよ?」

「その努力、流石としか言いようがないな。ある意味」

「ん? なんのことだ?」


 その『ある意味』の意味が理解できていない修也はある意味すごかった。

 小首をかしげて少し考えた修也だったが、何のことか全くわからなかったため、その意味を自分の中で深く追求することをやめた。

 そして修也はその議題を頭の隅に追いやると別の気になっていたことを知樹に聞いた。


「なあ、一つ聞いていいか?」

「ん? なんだ?」

「俺がこの世界に来る直前、躓いたじゃん? その時誰かが俺の手を握った感触があったんだ。それにもかかわらず引き上げられなかったんだが」

「ナンノコトデショウカー」

「おい、棒読みになってるぞ。それと露骨に目をそらすな」


 今の反応ではっきりわかった修也。

 確かにあのとき誰かの手の感触があった。そして知樹のこの反応。

 つまり知樹は修也の手をつかんだにもかかわらず引き上げなかったことになる。

 となると、知樹は被害者兼、加害者になってしまうわけだが。


「えっとな、恥ずかしい話、お前の手をつかんだ時に実は俺も道端の石に躓いて……それで気絶して、気づいたらナノちゃんの家にいたんだ」

「悪い冗談、もしくは分かりにくいボケはよしてくれないか」

「悪い冗談じゃないし、ボケたつもりもないんだけど……テへッ!」

「『テへッ!』じゃねえ! じゃあ何か?! 俺たちはとんでもない確率で生み出された不可抗力でこの世界に転生したのかよ!」

「そ、そうなるな」


 つまりたまたま道にあった石に、たまたま二人とも躓いて、たまたま二人で異世界転生するという、確率論も膝で笑ってしまう程ビックリの大外れを引いてしまった訳である。


「まあいいじゃないか。おかげでこんな貴重な体験をできたんだし」

「だまれ! このポジティブロリコン! こんな世界、俺からしてみれば魔物が町中をうようよと歩いているようなもんだ!」

「おい、さすがにそれは……あ、そうだ。魔物で思い出した」


 そういって知樹はガサゴソとベットの下のあたりを漁っている。

 修也はまだベットの上で座っていて、角度的にピンポイントで見えなかったため、知樹が何をしているのかわからなかった。


「修也さ、ちょっと前に誕生日だっただろ? だから俺からの誕生日プレゼントだ!」


 そういって知樹が取り出したのはまさにファンタジーにありそうな立派な両刃剣だった。


「おいまて、確かに二週間前が誕生日だったが、俺は今までこんな物騒で誕生日に絶対に送っちゃいけない物を貰ったことがないぞ」

「……貴重な体験だろ?」

「それで片づけちゃいけないような気がしてならない。あとさっきの、言葉の文というか、物のたとえなんだけど。まさか、マジで魔物いるの?」

「……貴重な体験だろ?」

「とりあえずそれ貸してくれ。ちょうど目の前に現実を突き付けてくる魔物がいるから試し切りしたい」

「おおお落ち着け修也! アイムヒューマン! ミーはユーのベストフレンド!」


 単に知樹にイラッっと来たのもあるが、普通に興味本位でどんなものか気になる。

 知樹の持っている両刃剣を強引に奪い取ろうとしたとき。


「あの~すみません……お取込み中ですか?」


 コンコンというノック音が聞こえた後ガチャリと右正面の扉が開いた、反応が遅れた修也は目を瞑ることすら叶わず一瞬冷や汗をかいたが。


「みなさんと今後の方針を決めに来たんですが……」


 二人の目の前にいたのは両肩のおさげが似合う大人しくて純粋そうな少女、ナノ・ハルバードリッチ……とよく似ているが身長が元の世界の大人と同じ、しかも何やら胸に巨大なスイカを入れている人だった。 

 ナノのようでナノでない彼女、もちろん修也は会うのが初めてな訳で。


「あ、あの~、どちら様でしょうか?」

「ん? お前、この子が誰か分かんないのか?」

「あ、ああ。初めて見る。知樹の知り合いか? よくもまあ俺が寝ている間にこんな別嬪さんを」

「修也。それ、ナノちゃんだよ」

「は?」


 修也の中で時が止まった。止まった針が稼働するのに約三秒は待っただろうか。

 その間、ナノは何故か頬を真っ赤に染め上げていた。

 そして秒針がカチカチと音を立てたのと同時に、修也の心から驚きが込み上げてきた。


「はああぁぁぁああああ!? そ、それがあの子娘というのか?!」

「だ、誰が子娘ですか!」

「百歩譲って、なんでここに居るのかはこの際どうでもいい! だがな、なんだその身長は! なんだその顔つきは! んでなんで胸に巨大なスイカを二つぶら下げているんだ!!」

「なななな何言ってるんですか! 巨大なスイカ?!」


 どこからどうみてもあの小さかったナノではなく、大人ならではのわがままボディを手にしたお姉さんであった。

 誰がこんなことをしたのかは知らないが、匠が力を入れすぎてビフォーとアフターで比較困難になるほど様変わりしている。


「おい修也。それ、セクハラだぞ」

「うるっせえ!! 今はそれどころじゃねえだろ! おい知樹、こいつに何しでかしやがった! 揉んだのか! 揉みしごいて無から有を生み出したのか! このロリコンが!!」

「いや、ロリコンだったら無は無のままにしておくだろ」

「めっちゃ丁寧で的を射たツッコミありがとうございます!! ってか、さっきまで俺の腰くらいの身長だったのになんでか伸びてるし……」


 頭を抱えうなだれながらも考える修也。しかし一度目にした光景は現役の男子高校生である修也にはあまりにも刺激的だったのか。


「だめだ! R18指定の画像しか頭に出てこん!」

「それだけお前の頭が腐ってるってことだ。ナノちゃんはこんな大人になっちゃだめだよ?」

「わたし、もう大人なんですが……」


 いくら考えても、この超異常現象をひも解くための論理を頭の中でくみ上げることはできず、頭の中のピースが型にはまることはなかった。

 そもそも、現代科学で育ってきた修也にとってこの魔法みたいな出来事は理解できるわけが・・・ん?魔法?


「あ! そうゆうことか?!」

「お、何か分かったみたいだな」

「ああ、ナノは俺の子供嫌いを理解して、魔法の力で快く大人の姿になってくれたんだな! いや~、ナノのやさしさが伝わってくるぜ~」

「大人の姿っていうか、私これでも大人……」


 この世界が魔法の存在する世界というだけで、頭の中でご都合主義を凝り固め、あるかどうかもわからない魔法を生み出す修也。

 その姿が少し哀れに見えたのか、ナノと知樹は顔を見合わせて苦笑いを浮かべる。

 しかし何故か二人の視線は全く交差しなかった。


「修也。答え合わせなんだが……半分は合ってる」

「え? 半分?」

「確かにこれは、お前の子供嫌いを考慮したうえでの行動だ。だが違うんだ」

「違うって何が?」

「窓を開けてみろ」


 窓?なんでまたそんなもんを。と思ったが、また頭に発生したもやもやを取り除くには実際に行動に移した方が早いと考え、とりあえず窓の前に立った。

 外の景色を見るに、この部屋は二階にあるのだろうか。

 窓を開けると夜空には星こそそこまでないものの、修也たちの世界よりも一回り大きい水色の月があった。

 こうゆうのを見ると、改めて異世界に来たんだと実感させられる。


「見たけど、あるのは綺麗な夜空だけだぞ」

「下を見ろ、下を」

「嫌だ」


 下を見るのが物凄く嫌なのか一向に頭を下げない。

 修也からしてみれば異世界転生初日の苦い思い出をぶり返す行いのため、下を見たくないというのはわからなくもないが。


「いいから見ろ!」


 知樹に頭を掴まれ、無理矢理視線を下げられる。

 終わった。そう思いながら街を一瞥する。

 先日いたナギド村より少し発展した街だったが、街の奥の方に巨大な円柱の建物が見えた。

 何とか建物に視線を移してギリギリ意識を保っていたが、頭を下げられたまま上目遣いで見ていたため、目が疲れて視線を下に落としてしまった。

 しかし、修也の目に飛び込んできたのは、初日の地獄絵図とは全く違った光景だった。


「なあ知樹」

「なんだ?」

「なにあれ?」


 修也の目に飛び込んできたのは、幼女という修也にとっては視界の害悪でしかない存在ではなく、グラマラスボディのお姉さんや、超絶イケメンの集団だった。まさに目の癒しといってもいい。


「俺、異世界に転生してきたのかな?」

「バカ野郎現実見ろ。すでに転生しに来てるだろ」

「どっちにしろ異世界なんですね……」

「ナノ、いやナノお姉様。ナイスツッコミ」


 あまりの衝撃に頭が追い付かず思わずナノにお姉様とつけてしまう。

 先ほどまでの抵抗はどこに行ったのか、身を乗り出して外を凝視するその姿は不審者以外の何物でもなかった。

 若干よだれも垂れており、もし下に人がいたらその人の頭が大惨事になっているだろう。


「おい、顔がにやけてるぞ。そんな醜態を窓を開けてまでさらしたいのか?」

「お前が外見ろって言ったから見たんだよ! ってか、あれどうなってるんだ? そこらじゅうにボインのお姉さんやイケメンがいるんだが」


 修也のその一言に、先ほどまで顔を見合わせて苦笑いしていた二人の表情から笑顔すら消え、気まずそうに眉をひそめていた。

 その表情を一言で表すならドン引きという言葉が最も正しいだろう。


「な、なるほど。修也にはそう見えてるってことでいいんだな」

「ああ、そうだけど」

「ナノちゃん。答え合わせお願い」


 知樹がそう言うと、ナノは何やら赤い顔をしてもじもじしながら一歩前に出てきた。

 修也もその表情を見て流石におかしいと思ったのか、先ほどまでのにやけ顔から一転してまじめな顔でナノの目を見た。しかしお互いの目線は合わない。


「修也さんには、とある魔法をかけさせていただきました」

「魔法? ってかナノって魔法使えたのか……」

「はい、一応は。それで修也さんは今後の旅でその子供嫌いは非常にまずいと知樹さんがおっしゃっていたので、私たちを平気で視認できる魔法をかけておきました」

「んで、その魔法とは?」


 この世界にきて初めて体験する魔法。

 しかもここまで相手の見た目が変わってしまうということはさぞすごい魔法なのだと思った。


「幻覚魔法です」

「あれ? 案外普通」

「この魔法は、おもにコミュニケーションを目的としてつくられた魔法です。修也さんも顔や声質が苦手な人っているでしょう?」

「ああ、気絶する前まで見えてたやつらだな」

「その苦手な部分を幻覚によって変えてしまうんです。自分目線で人の顔や声を美化させる魔法なんですよ。ただ低級の魔法ですから人のしぐさとか口癖はさすがに無理ですけど」


 人のコミュニケーションを助ける幻覚魔法というなんとも言えない魔法だった。

 しかし修也の頭の中にはもう一つ疑問が残っていた。それは、しぐさや口癖は変えられないのに、なんで身長とヒップとウエストとバストは変わって見えるのか、ということだった。

 疑問を解消すべく質問しようかとも思たが、その答えはすぐに出てきた。


「そして、その人の苦手な部分が苦手であればあるほど、それに反して美化されていきます」

「え、ちょっと待て。ひとまとめにすると、これは俺がお前に求める理想の姿ってことか?」

「修也よ、もっと端的に説明しよう。今お前が見ているナノちゃんやこの世界の女性は……お前の好みのタイプに極限まで近いということだ!!」

「は?」


 一瞬思考が停止し、再度起動すると同時に、顔の周りが赤くなる修也。

 改めて二人を見やるが、知樹は修也を見るときは目線が合っていたが、ナノを見るときは、修也が見ているナノの頭よりかなり下の方を見ていた。

 このことから察するに、修也のナノに抱く外見的理想は実際と、身長がかなり異なることが分かった。


「え? なに? じゃあさ。俺、いままで自分の口から自分の性癖を暴露してたってこと?」

「だってそうだろう? 極限まで嫌いなものに反して美化させたら、極限まで好きなものに見えるんだから」


 異世界に来てから初めて黒歴史を作った修也。

 しかも、自分の性癖を自分から暴露するという相当恥ずかしいものだった。

 先ほどまで赤らんでいた顔は、ゆでタコのように真っ赤に染まっていた。


「つまり、お前の性癖は年上ボインのお姉さ」

「う、うるせえ! お前ら何なんだよ! ごんだごどぢで、ただでずむどおぼうなよ!」

 訳(こんなことして、ただで済むと思うなよ!)

「何も泣くことは無いだろ。わ、悪かったって!もう意地悪なことしないからさ!」

「うるぜえ! おばえば、だのぶがらこごがらでてっでぐでよ!」

 訳(うるせえ! お前ら、頼むからここから出てってくれよ!)


 たっぷり見せた醜態をこれ以上晒したくなかったのか、二人を無理矢理押し出す。

 真っ赤に染まった顔には涙すら浮かべていた。

 異世界転生でここまで恥をかいた主人公が今までいただろうか?

 元の世界でも感じたことのない羞恥の前に主人公は仲間を部屋から追い出すという行動以外になすすべがなかった。


「お、おい! 押すな押すな! 悪かったっよ! っていうかここ俺の部屋でもあるんだが!」

「んなもん知るか! 二人とも出てってくれ!」


 バタンッ!


「あ~あ、追い出されちゃったな」

「知樹さんが悪いんですよ、修也さんにあんな意地悪するから」

「ナノちゃんはあいつの肩をもつのかい?」

「いえ、そ、そんなことは……」


 知樹のにやついた問いかけに、肩をすくませもじもじする。

 その愛らしい姿に、さすがに罪悪感が生じたのか、すぐに訂正を加える。


「冗談だよ。いや~やっぱりナノちゃんはかわいいな~」

「か、からかわないでください!」

「あはは、ごめんごめん。二人とも面白いからついね」

「修也さんはともかく、私は別に……」


 さらに訂正をもとめるナノ。だが、知樹は直しを加えることもなく、どこか懐かしいものを思い出すような顔で、上を見た。

 それにつられてナノも上を見るがあるのは天井だけ。

 すると知樹が。


「あいつ子供嫌いのくせして、どこか子供っぽいからな。からかい甲斐があるってもんだ」

「さっきもそうでしたね」

「そうゆう点では、二人とも結構似てるんだけどね」

「に、似てません!」


 ぷくっと頬を膨らませながら抗議するが知樹は『にしし』とわざとらしい笑いでナノの講義を華麗にスルーする。


「さて、もう夜も更けてきたし、そろそろ部屋に帰って寝ようか。とは言っても、俺は修也の機嫌が直るまで部屋に入れないけどね」

「ふふ、お二人は本当に仲がよろしいですね、ではおやすみなさい」

「うん、おやすみ」

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