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2. 旅立ちには時間がかかりそうだ

「うわああぁぁああああ!」


 轟音の叫びから始まる非日常の夜明け。

 目の前の部屋は明らかに赤の他人のものなのに、目覚めは自宅とそう変わらない辺り、これはもう治る余地がないものなんだなと思い知らされる朝でもあった。

 修也は昨日と同じ場所で眠っており、時刻は6時30分。


「はぁ、はぁ……昨日見たのはやっぱ夢じゃねえんだな」


 辺りを見渡しても、昨日の目覚めと寸分違わず同じ場所で同じ起き方だった。唯一違うのは時間だけだろう。


「あれ……確か俺は昨日……あそこで倒れたよな。俺をベットまで運んだのか?」


 いったいあの小さな体のどこにそんなパワーがあるのかは知らないが、きっと子供なりの知恵を働かせたんだろう。


「いや、そんなことはどうでもいいんだ。肝心なのはあの町の風景……いや、人間だ!」


 思い出すだけで吐き気を催しそうなほど修也にとっては残酷な地獄絵図だった。

 実際今も冷や汗がダラダラである。


「なんで町の住人が全員子どもに……」

「それを説明しようと思ったらあなたが倒れてたんじゃないんですか」

「え?」

「ここに運び込むの苦労したんですよ? 少しは労ってもらいた」

「うわああぁぁあああ!」


 昨日のことを整理しようと、頭を働かせるのに集中していたからか、隣に少女がいるのに気づかなかった。

 何とか逃げようと試みるがベットは部屋の隅っこに。

 対してベットの枕側には少し大きな棚がある。

 そして少女はベットの横にいる。

 つまり逃げるには一度少女に近づかなければならなかった。

 そんな無謀なことをすることなどできず、唯一できたのは布団にくるまり目の前の悪魔を直視しないようにすることだけだった。

 昨日は街の景色を見ただけで気絶したためか修也自体がよく覚えていなかったのだろうか。

 一瞬だけ見えたそれは、大人の腰あたりまでの身長しかなかった。


「はぁ。それで会話できるのであれば、もうそれでいいです」

「呆れ気味に言われても俺はこのスタンスを変えるつもりはないぞ!」

「勝手にしてください。私は話さえ聞いてもらえればそれでいいです」

「……子どもと話すなんぞ不本意だがそれしかないか……」


 昨日から続く長い奮闘の末、ようやく修也は彼女からこの世界について説明を受けることとなった。


「まず、あなたはこの世界の人間じゃありませんね? そしてここはあなたが知る世界とはまったくの別物です」

「ああ、外の景色を見て痛感したよ」

「ですから、あなたの世界での常識を一回リセットしてもらえると、理解が早まると思います」

「わかった、俺の海のように広い寛容さと餅のようにやわらかな柔軟さを兼ね備えた心で現実をちゃんと受け止めてやる」


 昨日の景色を思い返す限り、ここは100%異世界だ。元の世界の常識が通用するような場所じゃないことは、修也も重々承知している。


「まずはじめに、この世界にはあなたみたいな背の高い人間はほとんどいません」

「やっぱり無理だああああぁぁぁぁぁあああああああ!」


 思った以上に修也の心は狭く、焼く前の餅のように固かった。そしてこれが焼く前の餅にひびが入った瞬間でもある。

 布団の中に潜り込みながら思いっきり泣き叫ぶも、その声が消えると、何故か虚しさだけが布団の中と言う限定空間内にだけ広がっていた。


「もう手遅れだからぶっちゃけるけど! 俺は子供が大嫌いなんだ!」

「あなたを見ればわかります。でも私、子供じゃないですよ?」

「え?」

「私は今年で22歳になります」


 もう無理だ。元の世界の常識よ、カムバックしてくれ。

 そう願いながらも、どうしようもない現実を受け止められないせいか、修也の餅のひび割れスピードが少しづつ早くなっている。


「子供じゃないってわかった以上、もう大丈夫じゃないですか?」

「見た目がもう無理」

「あなた、結構デリカシー無いんですね」


 その見た目でデリカリーなんて言葉が修也に通用するはずがなかった。

 少女に言い返そうと思ったとき、修也はふと大事なことを聞き忘れていたことを思い出した。


「あ、そういえばまだ名乗っていませんでしたね。私はナノ・ハルバードリッチ。気軽にナノって呼んでください」

「……俺は水無月修也」

「わかりました。では修也さん、話を戻しますね」

(え?何で名前で呼んでんの? 俺らってそこまで親しかったっけ? ってか子供に下の名前で呼ばれるってなんかなめられてる気がするんだけど?!)


 心の中で誰に訴えかけるでもない言葉が、とうとう布団より内側の空間の中で木霊する。

 女子に名前を呼ばれただけで勘違いし、ドキドキする男子高校生とは別の意味で勘違いしてドキドキしていた。


「さっきも言ったとおり、この世界では背の低い人間が人口の9割を占めています。そして残りの1割があなたのような転生者です」

「……俺以外にも同じ体験をした人間がいるのか……転生する条件とかはあるのか?」

「躓いてこけたり、タンスの角に小指をぶつけたり、格好つけてすっ転んだり。こういった痛みに伴って転生する人がほとんどです」

「こけて転生した俺が霞むくらいの別の意味で痛いのがあった?!」


 転生の仕方が地味だし、地味に痛いのばかりだ。

 最後のは別の意味で痛いが。


「でも確かに俺もここに来る直前、立ちくらみでこけたな」


 この地獄に来ることになった原因は痛みだったようだ。


「原因はわかった。次の質問だが、正直言ってこの質問が一番重要だ。ちゃんと答えてくれよ?」

「……わかりました。できる限り詳しく説明するように心がけます」


 布団の中にいるだけで空気が変わったのがわかる。

 まあ、声のトーンをいきなり真面目モードに切り替えればそうなるか。


「もしここが本当に異世界なら……魔法とかってあるの?」

「…………え?」

「『え?』じゃねぇよ! 照れながらにも勇気を振り絞って聞いた質問に対しての反応か? それが!」

「いや、てっきり元の世界への戻り方を聞くのかと……」

「バカ野郎! 男にとって異世界転生は夢のまた夢! こんな地獄でも異世界は異世界だ! それが叶ったのならもっと上を望むのが男というものだろう?」

「どうりで女の私には理解できないわけです」

「いや。だって異世界だぜ?! 男としてここで魔法の一つも覚えずに帰ったら何のためにこんな地獄に来たっていうんだよ!」


 ここまでのさほどかけてない苦労を心の中で都合よく美化した修也はありもしない苦悩を思い浮かべながらそう思った。


「……結論から申し上げると、確かに魔法は存在します」

「キタコレ!」

「ですが、あなたには使えません」

「え?」


 一瞬で跳ね上がったテンションが一瞬で冷めていくのを感じる。

 事実を伝えられる前までの数秒間の妄想がバカみたいに思えてきた。


「ホノオ、ウテナイノ? コオリ、ツカエナイノ?」

「言葉が片言になっていますよ」

「俺、何のために異世界に来たんだろう……」


 魔法が使えない以上、修也はこんな地獄みたいな世界で何もできずに一生を送らなければならないかもしれない。

 その現実が修也をさらに不幸のどん底へと突き落とした。


「人の話は最後まで聞いてください」

「ここに居る意味もないのに聞く必要なんて……」


 もはや話を聞く気にもなれない、いっそ自殺を検討仕掛けたときだった。


「私の言い方が悪かったですから! とりあえず聞いてください。何も絶対に使えないって決まったわけじゃないんです」

「え?」

「転生してきた人の中にも、極々少数ですが魔法を使える人がいるんです」

「え?! マジで! 魔法使えるの?!」


 たった一言の力って実は結構偉大なもので、実際にこの超単純思考回路の少年も、何の根拠もない言葉に救われたわけで。


「使えたとしても光を灯したり、小さな火を出したりとコストの低い魔法しか使えませんが」

「いい! 別にいい! どれだけショボくても魔法は魔法だ! だったら早速使うっきゃないな」


 魔法が使えるかどうかすらわからない状況で、やったこともないことをやりかけた修也。

 修也に魔法適正がないかもしれない状況で、ありもしない魔法を唱えられてまたへこまれるのは困ると思ったのか、ナノは今にも布団から飛び出しそうな修也を止めた。


「待ってください! 魔法を使うにはちゃんとした審査をしないと使えないんです!」

「そ、そうなの?」

「当たり前です! 魔法は素人が勝手に使ってもいいほど安いものじゃないんですから!」


 アニメとかでよく見る魔法も、ものによっては超強力なやつもある。

 なんなら世界滅ぼすぐらいのがあってもおかしくはない。

 この世界ではそれ相応の力を行使するための免許のようなものが必要なようだ。

 なんだか魔法の裏側を見た気分である。


「じゃあその審査ってのはどこでやってるんだ!」

「き、基本的にはその町の図書館の司書さんがやってるんですが。生憎、この街には図書館がなく、審査に行くには隣町にある大図書館にまで行かないといけません」

「だったら行こう! 早速行こう! とう!」


 『魔法が使えるかも!』というテンションに任せてかっこよく布団から出た修也。もちろんそこから出たら目の前には可憐な天使、もとい修也からしてみれば極悪の悪魔がいるわけで。


「うわあああぁぁぁあああああああああ!」


 何回目だろうか。それが視界に映った瞬間にベットの上で泡を吹きながら倒れた。


(俺はこれからこんな世界で生きていかなきゃいけないのかよ。俺にとって地獄でしかない、こんなロリショタだらけの世界で……)


 薄れゆく意識の中、修也の頭にあるのは抗えもしない運命への後悔。

 異世界転生という夢物語みたいな現実から逃げるように、修也はまた眠りについた。

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