1. 爽やかな朝と眼下の地獄
「うわああぁぁぁああああああ!」
またあの夢をみて、前と同じ場面で目を覚ました。
これが俗に言うデジャヴというやつなのだろうか。
いや、修也の場合は『ループ』とか『リピート』に近いような気もする。
「はぁ、はぁ。またあの夢か……起きて早々疲れが溜まるなこりゃ」
前と同じことが起き、そこからいつも通りの日常に吹けようとするが、彼の目の前に飛び込んできたのは紛れもない非日常。
「あれ? ここ、どこだ? 俺こんな部屋知らねえぞ。ってか俺、登校中だったよな……それで眠くなって……倒れて……」
気絶してから知樹がここに運んでくれたのだろう。
そう考えるのが自然であり、逆にあの状況だと、そうとしか考えられないのである。
だが、今いるのは見覚えのない寝室。
人が住んでいるのは当たり前だが、それにしても知樹が知らない部屋に修也を連れ込む道理が分からない。
外はまだ朝だからか部屋の奥のカーテンの隙間から日の光がさしている。
「いや、状況を整理しよう。思い返せ、まずここはどこだ? 知樹の部屋でも誰か知り合いの部屋でもない。つまり知らない部屋。……そういえば今何時だ?」
修也が次に気になったのは現在時刻と倒れてから起きるまでの経過時間だ。
これを知ったからどうと言うことは無いが、単純に気になり、なおかつ今調べられる、そこそこ重要な事柄でもある。
部屋に時計がないか探すと右側の奥の壁におしゃれな時計が飾ってあった。
時間の針は短針が七を少し過ぎたところ、長針は四の数字の場所を指している。
「やっべ! 早くここを出ねえと学校に遅れ……あれ?」
おかしい。修也の記憶の中に、今のこの状況に匹敵するくらいにおかしい点が一つ存在していた。
「今の時間は朝の七時二十分。そして朝起きて家を出たときに確認した時間は……」
修也の机の上に置いてあるデジタル時計。
そこにはきっちりと『七時三十分』と表記されていたのだ。
「俺丸々一日寝てたのかよ! 気を失ったにしても寝すぎだろ?!」
つまりトータルで二十三時間五十分も眠っていたことになる。
夢の内容はいつも十分程度で終わるのに対してこの経過時間。
それだけ眠っていて、疲れが取れていない事の方が異常である。
「ああ……出席が、授業が、大事な一日が……なんであんなところで気を失ったりなんかしたんだろう……って言うか持ってたもの無くなってるし……」
しかしこんな状況の中、単位や授業や出席日数を気にしていられる修也が一番異常なのかもしれない。
まあ、学生にとっては死活問題に変わりないのだが。
「いや、そんなことを気にしてるときじゃないな。とにかく状況確認だ」
落ち込もうとするも、起こってしまったことはもう仕方がないと思い、折れかけの心をなんとか持ち直した。
状況確認のために周りを見ると一つ分かることがある。
それはここが、女性の部屋だということだ。
壁紙をクリーム色、床は赤い絨毯が敷いてあり、所々におしゃれな装飾品が飾られてあった。
部屋の角には机や本棚が置いてあり、机の上にはかわいらしいクマのぬいぐるみが置いてある。
「にしてもひっかかるな。なんで知樹の奴が俺をこんなところに」
おこがましい気もするが常識的に考えて、あのタイミングだったら普通知樹が修也をおぶって家に届けるか学校の保健室に連れてくだろう。
なんでわざわざこんな見知らぬ人の家に。
だが、知樹の親戚なら修也も知らないし辻褄は合う。
もしここが知樹の親戚の家なら、丸一日寝かせてもらったとなるため、なんだか気まずい。
「とにかく、ここの人にお礼を言っておかないとな」
一宿の恩義を告げるため、修也はこの部屋を出ようと扉を開けた。
「あ! 目が覚めたんですね。よかった~、一時はどうなるかとおも」
バタンッ!!
(見間違いだよな。うん、そうだ! きっと見間違いだ。扉を開けた瞬間に幼女とか、そうゆうベッタベタな展開なんかなかったんだ。肩にかかった両サイドの三つ編みがよく似合うとても純粋そうな女の子なんかがこの扉を開けたすぐそこにいる訳がないんだ)
頭の中で必要のない情報まで解説気味に考えているあたり、冷静な思考を張り巡らせようとして、逆にパニックになっているのが見て取れる。
頑張って現実逃避するために己の心に暗示をかけ、粉砕骨折寸前の心をようやく持ち直し、
現実を確かめるために再度扉を開けた。
ガチャ
「あの~なんでいきなりドアを閉めたりなんかした」
バタンッ!!
(み、見間違いなんかじゃなかったああぁぁああ! 見るからに純粋そうな女の子だったああぁぁあああ! しかもご丁寧にパンと牛乳をおぼんにのっけて持ってきてくれてたああぁぁあああ! ……どうする? 開けるか? 見るからにここの家の娘さんだろう。流石に泊めてもらった挙句に娘さんに無礼を働くわけにもいかないな。……仕方ない何とかして叫ぶのを我慢しよう。大丈夫! 俺ならきっとできるさ。)
突きつけられたどうしようもない現実を心の中で実況しながらも、複雑骨折になりそうな心を無理矢理立て直す。
今度は現実とちゃんと向き合うために覚悟を決めて扉を開けた。
ガチャ
「いい加減にしてください! なんで何回もドアを閉めるんですか!」
「ひぎゃあああぁぁぁあああああ! 無理だあああぁぁぁあああああ!!」
現実からわずが数秒で逃げた。
腰をぬかし、少女に無様な姿をさらしながらなんとか両手両足の四足ダッシュで扉の向かい側に移動した。
逃げるのなんかかっこ悪い? いや、逃げも立派な計画の内。消して恥じることではない。
とは言っても、これ以上奥には進めないため実質詰みである。
計画性なんかあったもんじゃない。
「はぁ……はぁ……あ、あいつは……」
壁際までたどり着くと恐る恐る後ろを振り返った。
少女は修也の声にびっくりしたんだろう、彼女は盛大に尻もちをついていた。
その時におぼんを天高く上げたのだろうか。
持ってきてくれてたいくつかのパンが床に転げ落ち、彼女の子供らしいもっちりとした肌にはそれはそれは真っ白な牛乳が付いていた。
服もところどころ濡れており、それこそ大人のお姉さんとかであればさぞかし良い絵面になっていたのだろう。
「痛ったたた。もう! なんでいきなり大声なんか上げるんですか! びっくりしちゃったじゃないですか!」
そう言いながら立ち上がり、顔についた牛乳を指にとり、そのまま舐めた。これを無知でやっているのであればある意味すごい。
「そ、そそそっちがいきなり現れるのが悪いんだろ!」
「そっちが大声をあげるのが悪いんです!」
確かに大声をあげたのは悪いと思うが、ベストタイミングで扉の前にいたそっちにも少なからず非はあるはずだ。
っと言うのは心の中だけにとどめておくことにした修也であった。
「はぁ、せっかく用意したパンがもったいないです」
彼女はため息交じりにおぼんを拾い上げると、その上に落ちたパンを乗せ服のポケットに入っていたハンカチで床の牛乳を拭いていく。
少女の服装はファンタジーの庶民が着ていそうなフリフリというかぶかぶかというか、そんな感じの服だ。コスプレイヤーか何かなのかもしれない。
全ての後片付けを終えると、彼女はおぼんを持ったまま部屋に入ってこようとした。
「ま、まってくれ。ストップ! これ以上は近づかないでくれ!」
「え? 何でですか?」
「いや……えっと……」
まずい。
流石に子供に弱みを握られるわけにはいかない。
それに今の距離でも気分が悪いのに、これ以上近づかれたら死んでしまう。
修也の本能が頭の中で警報を鳴らしている。
このままでは本当にまずいと。
修也は文系科目にしか使ってこなかった頭を、なんとかフル回転させて、とっさに思い付いた一つの案を実行に移すことにした。
「ほ、ほら。さっき牛乳こぼしちゃっただろ? まずはシャワーを浴びて着替えてきてからの方がいいんじゃないか?」
「いや、でもまずは事情を説明しないと」
「でもさ、服も早く洗わないと。牛乳を浴びちゃったんだから早く洗わないと臭くなっちゃうぜ?」
「……それもそうですね……おとなしく待っててくださいよ」
それだけ言い残すと目の前の少女は部屋から出て行った。
ガチャン
「――行ったか」
少女が部屋を出ていき、階段を下りるような足音が聞こえなくなったその瞬間。
「おとなしく待ってる? 俺が? こんな怪しさぷんぷんの家に? 冗談じゃない」
悪びれるそぶりもなく立ち上がると、この家からの脱出方法を模索した。
修也の中では家に少女一人いるだけで怪しい家認定されてしまうらしい。
だが先ほどの足音からしてここは二階。
流石に窓からの脱出は無謀だと考え、そこから出ていくのは諦める。
しかし先ほどの機転で、問題の少女はシャワーを浴びてるはずだ。
その間に玄関から退散すれば事は済む。
「とりあえず窓から外の様子を見てみるか」
修也は外の様子を確認するために窓のカーテンを開けた。
「あれだけのことがあってもまだ朝、朝日が眩しいぜ」
窓が東側についているのでそれはそうである。
修也はまぶしすぎる朝日から視線を落とし街の風景を眺めようとする。
もちろんここが見覚えのある景色なのかどうかを確認するためだが、ついさっきまで太陽をみていたからか、まだ光の残像が目の裏に焼き付いている。
「だんだん見えてきたぞ……よしこれで完全に見え……え?」
目が慣れてきた修也が直視したのは全く慣れない景色。
そこには日本の風景とは似ても似つかないほどのファンタジーな街並みが眼下に広がっていた。
それだけならいいかもしれない。いやよくはないのだが。
目の前にはそれ以上の衝撃が目の前をうろついていた。
「なんで……なんで、街の住人がみんな子供なんだよ!」
信じられない、信じたくもない景色。
街、と言えるほど規模はそれほど大きくはない。
しかし、見慣れない景色と同様、そこには見慣れない人種……というか見た目からして明らかに子供に見える住人たちが、景色と共に眼下に広がっていた。
ある通りでは紳士と淑女の朝の挨拶が、ある街角では主婦同士が話のタネに花を咲かせており、ある広場では街の住人よりもすこし小さい子供たちが追いかけっこをしていた。
そのどれもが和やかな朝の雰囲気なのに対し、修也の視界にはこの街全てが、頭痛と吐き気なんかじゃすまないくらいの、おぞましい地獄絵図にしか見えなかった。
修也の子供嫌いの本能がその景色に耐えられないと思ったのだろう。
頭を抱えながら後退し、そのまま目をつむった。
これ以上壊れかけの心が壊れないようにするため、自己防衛本能に従い現実逃避という名の気絶で、地に体を叩きつけ眠りについた。